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14.新たな脅威


 健吾が昼食の残りを片付けようとしていると、どこかからサイレンの音が聞こえてきた。

 食堂にもサイレンが鳴り響き、室内や屋外に設置されたスピーカーから校内放送が聞こえてくる。


『緊急事態発生、生徒は速やかに避難してください。繰り返します、緊急事態発生、生徒は速やかに避難してください』


 火事か何かだろうか。あるいは、これも訓練の一環なのかもしれない。

 生徒達はざわめき、食堂からぞろぞろと出て行く。

 仕方なく健吾達も食事を中断して席を立とうとしたところ、雨音の携帯電話が鳴った。


「はい、もしもし。えっ? わ、分かりました、すぐに行きます」


 通話を終え、雨音は険しい表情を浮かべた。

 彼女の様子からただ事ではなさそうだと思い、健吾は尋ねた。


「おい、どうした? 今の電話、緊急事態ってやつと関係があるのか?」

「そうらしいわ。学園のすぐ近くに魔物が出現したんだって」

「なっ……魔物だと」


 コクンとうなずき、雨音は彼に告げた。


「対魔技能レベルが高い生徒にも協力するよう要請が出ているみたい。私にも来て欲しいって」

「行くのか?」

「ええ。生徒にまで招集が掛かるなんて、状況はかなり切迫してるみたいだし。行くしかないでしょ」


 決意を固めた様子の雨音を見つめ、健吾は呟いた。


「はあ、仕方ないな。んじゃ、行こうか」

「えっ? あなたも来るつもりなの?」

「俺だけ避難するわけにはいかないだろ。ま、俺なんかじゃ役に立たないかもしれないけど、足手まといにならないように……」

「やった、ありがとう! 横賀君が来てくれるのなら百人力ね!」

「そ、そうか? あんまり期待されても困るんだけど……」

「大丈夫、期待なんかしてないから! でも、当てにはしてるかな」


 それってどう違うんだ、と思ったが、健吾は黙っておいた。今はやれる事をやるだけだ。

 手首に食い込んだリストバンドをなでさすり、健吾は雨音と共に食堂を後にした。



 永劫学園は都市の郊外、山間部の麓にあり、周りを森に囲まれている。

 一番近い街は二キロ離れた場所にあり、そこから学園までは緩やかに傾斜した道路が続き、それ以外には人が通れるような道はない。

 問題の魔物は森の中から現れ、学園へと続く道路をゆっくりと進んできているらしい。既に一部の教師達が迎撃に出ているが、魔物の足を止める事ができずにいるという。

 そもそも、対魔技能を持つ戦士は異世界へ派遣する事を前提に部隊を編成しており、ゲートを監視している隊を除けば、こちらの世界には防衛部隊などはないのだ。


 校門へと走りながら雨音から状況の説明を受け、健吾はうなった。


「先生達じゃ手に負えないのか。操先生は?」

「砂川先生は午前中から出張に出てるんだって。でも、先生がいてもどうにもならないんじゃない? あの人、確かレベルBでしょ」

「えっ、そうなのか? 知らなかったな」


 教職員のほとんどがレベルBで、レベルAはほんの一握りらしい。

 生徒の大半はレベルCやDで占められており、レベルB以上の者など全校生徒の中でも二十数名しかおらず、レベルAは数人しかいない。

 レベルAAの雨音やAAAの藤谷は突出した存在なのだ。

 加勢するよう連絡を受けたのはレベルA以上の数名で、その中には生徒会会長と副会長の古宮と藤谷も含まれていた。

 校門前に集合した生徒達の前に立ち、二人は皆に指示を出した。


「援軍を要請しているそうだけど、到着はいつになるか分からないわ。私達で時間を稼ぐわよ」


 藤谷が状況を説明し、皆がうなずく。この中で最も優れた実力者は彼女という事らしい。

 一年生は雨音と健吾の二人だけで、藤谷が声を掛けてくる。


「レベルが高いから呼んだけど、天道さんはまだ実戦経験もほとんどないでしょうし、無理しないで。援護役に徹してくれればいいわ」

「は、はい」

「期待してるわ」


 健吾にパチンとウィンクして、藤谷は二人から離れた。彼女が先頭に立ち、生徒達を引き連れ、現場へと向かう。

 上級生達の後に続きつつ、雨音は健吾に呟いた。


「何今の。藤谷先輩、期待してるって、横賀君にだけ言わなかった?」

「考えすぎだろ。それより、気を付けろ。たったこれだけの人数じゃ、どうなるか分からないぞ」

「藤谷先輩がいるんだし、大丈夫だと思うけど……ま、やれるだけやってみましょうよ」

「ああ」


 魔物は既に、学園まで五〇〇メートルのところまで来ていた。

 片側一車線の道路をふさぐ小山のような怪物を目にして、健吾と雨音は息を呑んだ。

 これまでに遭遇した魔物よりもはるかに大きく、凶悪な外見をしている。

 体長は一〇メートルぐらいだろうか。蛇のような長い首を三つも生やした、四つ足で歩く、紫色の皮膚をした巨大な怪物だ。

 数人の教師が攻撃を仕掛けているが、それらをものともせずのしのしと歩いている。


「おいおい、なんだ、あいつは……ギリシャ神話に出てくるヒドラかよ」

「首が三つだから、ギドラじゃないの? 金星を滅ぼした宇宙怪獣」

「さすがに宇宙怪獣じゃないと思うが……異世界にはあんな化け物がいるのか」


 健吾と雨音は後方に控え、指示を待った。

 二人の前で上級生達は横並びになり、それぞれが武器を手にした。


「みんな、行くわよ! 攻撃開始!」


 藤谷の合図で、皆が一斉に魔銃剣を構え、魔力弾の雨を降らせる。

 さすがはAランクの生徒達だけあって、魔力弾の威力はすさまじく、ほぼ全弾が命中し、激しい爆発が魔物を包む。

 だが、怪物の歩みは止まらない。魔力弾の直撃を受けたというのにダメージは見られず、一定の速度を維持して迫ってくる。


「なんてやつなの……ならば、接近戦を仕掛けるまで!」


 魔銃剣をソードモードに切り替え、藤谷が身構える。

 彼女の武器は接近戦仕様にカスタマイズされており、通常の物よりナイフ部分が大型になっている。

 出力レベルを最大の『5』に合わせ、藤谷は引き金を引いた。

 ナイフが輝き、魔力による刃が生じる。

 それは厚みのある二メートルクラスの魔力剣で、赤い光を放ち、さらに炎をまとっていた。

 藤谷の魔力は炎を生じさせる事ができるのだ。

 充填可能な魔力量も多く、増幅器と変換器もソードモード用に調整された特別製だ。

 自らの魔力を高めて全身を包み、藤谷はアスファルトの路面を滑るようにして加速移動を行い、怪物に肉迫した。


「やあああああ!」


 気合い一閃、三つある怪物の首の一つを狙い、紅蓮の刃を振るう。

 鋭い斬撃が首の根元にヒットし、硬い鱗で覆われた皮膚が裂け、藤谷はやった、と思った。

 だが、炎の刃は、怪物の皮一枚を浅く切り裂いただけだった。

 瞬間的に傷口がふさがるのを目にして、藤谷はギョッとした。


「そ、そんな! 私の攻撃が効かないなんて……!」

「マリリン、危ない!」


 怪物が藤谷に向けて口を開き、古宮が叫ぶ。

 慌てて離れようとした藤谷に向け、怪物は炎を吐いた。ファイヤーブレスだ。


「きゃああああ!」


 炎に包まれ、悲鳴を上げる藤谷。倒れた彼女に古宮が駆け寄り、上着を脱いではたき、火を消す。


「しっかり! 大丈夫!?」

「ま、魔力でガードしてなかったら死んでたわ……あいつ、並みの魔物じゃない……」


 藤谷は全校生徒で最高の対魔技能レベルAAAで、調査団に参加して異世界へ行き、何匹もの魔物を仕留めている現役の戦士だ。

 その彼女が歯が立たないのでは、もはや他の生徒に太刀打ちできるはずがない。

 戦意を削がれた生徒達をファイヤーブレスで追い払い、魔物は学園へ向かって進行してくる。

 負傷者を担ぎ、教師達も撤退していく。


 状況は最悪だった。

 早くも味方側の敗色濃厚となっているのを見せ付けられてしまい、健吾は目を細めた。


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