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12.女子力というか圧力


 今日は午前中から実技訓練が行われた。

 クラス単位で利用するために造られた体育館程度の広さしかない小規模な屋内訓練場にて、A組の生徒は班ごとに分かれていた。


 生徒達は全員、訓練用の防護スーツに着替えている。

 黒いウェットスーツのような衣服で、少々の打撃を受けても平気な素材で作られており、防御力は高いが全身を覆う構造のため、やや動きにくいのが欠点だ。


 訓練用の木刀を用いて、接近戦の訓練を行う。

 雨音は銀髪に眼鏡の少女、神谷美絵と組み、彼女を指導していた。


「神谷さん、がんばって!」

「え、えいっ、やあ。……はあ、はあ、ひい……」

「もう息が上がってるの!? まだ五分も経ってないのに!」


 美絵は体格的には標準よりやや小柄なぐらいだが、運動が苦手で体力がないらしかった。

 ぎこちない動作でよろめきながら木刀を振り、早くも疲れ果てた顔をしている。


「わ、私、頭脳派だから……実技はちょっぴり苦手で……」

「ちょっぴりじゃないでしょ! そこらのお年寄りの方がまだ体力あるわよ!」


 体術が不得意な人間は結構いるが、美絵の場合は得意不得意以前の問題だった。これほど戦士としての見込みがなさそうな人間も珍しい。

 普通の人間なら見捨てるところだが、生憎と雨音は普通ではなかった。

 フラフラの美絵を懸命に励まし、基礎的な動作を教える。


 すぐ隣では、健吾と舞が訓練に励んでいる。

 二人とも短めの木刀を持ち、すばやい動きで猛然と木刀を打ち込みながら前に出る舞に対し、健吾は攻撃を木刀で受けながらジリジリと後退している。

 新入生の中で最も小さいと思われる舞と、そこそこ背が高い健吾では大人と子供ぐらいの身長差があった。

 しかも小さな舞が一方的に攻めているのだから、なかなか愉快な光景となっていた。


「やるね、横賀君! 全部受けてみせるなんてすごいよ!」

「蒼井こそ、さすがだな。格闘家に武器を持たせると怖いっていうけど、まさに鬼に金棒だな」

「もう、鬼はひどいよー」

「ははは、悪い。鬼は天道の代名詞だったな」

「……聞こえてるわよ、こら!」


 雨音が叫び、健吾は冷や汗をかいた。

 健吾の注意がそれた瞬間を狙い、舞が打ち込んだ一撃が健吾の腹に命中する。

 ボキン、と木刀の先端部分が折れてしまい、舞は目を丸くした。


「えっ、嘘。折れちゃった……」

「あーあ。悪い、俺が天道に怯えてたせいだな。新しいのもらってくるよ」

「おいそこ、さり気なく私のせいみたいに言うな!」


 雨音から逃げるようにして、健吾は木刀の替えをもらいに行った。

 舞が折れた木刀を見つめたまま立ち尽くしているのに気付き、雨音は声を掛けた。


「どうしたの、蒼井さん?」

「え、ええと、これ、筋力を鍛えるために鉄芯が入ってるやつを借りてきたんだけど……」

「うわ、中の鉄芯まで折れてるわね……」


 健吾が訓練用の防護スーツを着ていたからだろうか。

 試してみようと思い、雨音は舞から木刀を受け取り、自分の左腕にバシッと打ち込んでみた。

 木刀は折れず、しかも結構痛かった。


「っつうううう! 何これ、服が破けないだけでダメージあるじゃ……あいたたたた!」

「私、横賀君が受けてくれるから調子に乗っちゃって、かなり本気で打ち込んだんだけど。こっちの木刀が折れちゃうなんて……」


 左腕を押さえて涙目になりつつ、雨音は舞に告げた。


「例のリストバンドの効果かも。作動してるように見えた?」

「服の袖に隠れてて見えなかったよ。でも、腕に付けてるのに腹筋が強化されたりするのかなあ?」

「そうよね……やはりあの男、怪しいわ」


 すると手を止めて小休止していた美絵が、ぜえぜえと荒い呼吸を繰り返しながら、消え入りそうな声で呟いた。


「わ、私が、観察してみる……ま、任せて……」

「大丈夫? なんだかフルマラソンを終えたランナーみたいな顔してるけど……」


 かなり不安だが、美絵の観察力が優れているのは確かだ。雨音は試しに任せてみる事にした。


 やがて健吾が戻ってきて、新しい木刀を舞に手渡した。

 そこで雨音は組み合わせの変更を提案した。


「次は私と横賀君でやりましょう。蒼井さんと神谷さんは休んでて」

「天道と? いいけど、お手柔らかに頼むぜ」

「分かってるわ」


 健吾と雨音が向き合い、舞と美絵は傍らに待機した。

 美絵に目で合図を送ってから、雨音は訓練を開始した。


「おりゃああああ!」


 開始と同時に雨音が突進し、身体ごとぶつかる勢いで木刀を叩き込む。

 どうにか木刀で受けた健吾だったが、一撃でへし折られてしまった。


「お、おい、天道、待て! タイム、タイム!」

「実戦にはタイムもインターバルもないのよ! 覚悟!」

「いやこれ訓練だよな!? なんで仇討ちみたいなテンションなんだよ!」


 木刀を真っ二つにされて冷や汗をかく健吾に雨音が迫り、猛然と打ち込んでくる。

 雨音の木刀が健吾の脇腹にヒットし、先端部分が吹き飛ぶ。

 それでも雨音は構わずに二撃目、三撃目を打ち込み、木刀がボキン、バキンと折れていく。


「せやああああ!」


 柄部分のみが残った木刀を振るって突きを放ち、健吾の腹に叩き込む。

 木刀が粉々になり、雨音はようやく攻撃をやめた。


「ふう。やはり真剣じゃないとイマイチね……」

「もう毎度の事だけど言わせてもらうぞ。お前は相手を殺す気か!? 俺じゃなかったら死んでるぞマジで!」


 健吾の抗議を華麗にスルーして、雨音は美絵に尋ねた。


「神谷さん、どうだった?」

「……よく分からない。リストバンドを露出させた状態じゃないと」

「そっか。なら、蒼井さん、神谷さんも協力して!」


 二人に叫び、雨音は健吾に飛び付いてタックルを仕掛けた。

 健吾の腰に腕を回してしがみつき、逃げられないようにする。

 雨音の意図を察し、舞と美絵はそれぞれ健吾の右腕と左腕に飛び付き、袖をまくってリストバンドを剥き出しにさせた。


「ちょっ、おい! 何するんだお前ら!」


 驚いたのは健吾である。何せ三人とも身体にぴったりフィットしたラバースーツを着た状態でしがみついてきたのだ。

 しかもなぜか三人とも力を込めてグイグイと身体を押し付けてくるのだからたまらない。

 やたらと柔らかい感触に包まれてしまい、身動きが取れなくなる。


「ど、どう? 作動してる?」

「反応なし。私達の力では足りないみたい」

「むうう、それなら……おーい、女子のみんな! ちょっと手伝って!」


 雨音が声を張り上げ、訓練場の各所に散らばっていたA組の女子十数名が集まってくる。


「なになに、どうしたの?」

「横賀君を倒すのに協力して! この力自慢を参ったと言わせれば、ケーキ食べ放題をご馳走するわよ! 横賀君が!」

「なんで俺が!?」


 ケーキ食べ放題に釣られたのか、それとも単に面白そうだと思ったのか、女子達は誰一人反対せず、きゃあきゃあ言いながら健吾に群がってきた。

 誰かが背中に飛び付き、身体中に女子連中がしがみついてくる。

 周りを完全に取り囲まれたあげく、四方八方から圧迫され、健吾は真っ赤になった。

 真正面の位置に陣取ったまま動こうとしない雨音が、健吾を見上げて叫ぶ。


「おらおら、どうよ、横賀君! さっさと降参しなさい!」

「くっ、誰が降参なんか……おいこら、どこ触ってるんだ! 離れろって! ひいいい!」


 A組女子全員に包囲され、もみくちゃにされている健吾を遠巻きに眺め、男子達はうらやましそうな、それでいて憐れむような目をしていた。


「事情はまったく分からんし知りたくもないが、がんばれ、横賀。俺達は安全な位置から応援してるぞ」

「いや、助けてくれよ! こんなの拷問じゃねえか! くそ、苦しいのになんか気持ちいい!」


 しばらくして、健吾が動かなくなり、女子達は彼から離れていった。

 健吾は真っ赤な顔で立ち尽くし、その目は虚ろで、もはや何をされても無反応だった。


「おーい、横賀君? あれ、気絶してる……最後まで降参しないなんて、なかなかやるわね」


 立ったまま意識を失っている健吾にため息をつき、雨音は美絵に尋ねた。


「どうだった?」

「それが、反応しなかったみたい。女子全員から押し潰されそうになっても平気なんて、信じられない」

「平気じゃないみたいだけど。横賀君、鼻から血が出てるよ」


 舞が呟き、ハンカチを取り出して健吾の鼻血を拭き取ってやる。

 どこか幸せそうな顔をしている健吾を見つめ、雨音はうなった。


「だめか。こうなったら、次は男子全員の相手をさせてみましょうか?」

「……それはマジでやめろ」

「あっ、しゃべった! 気絶したまま拒否するなんて、本気で嫌なんだね」


 感心したようにうなずく舞の傍らで、美絵は眼鏡の奥にある瞳を細め、健吾を見つめていた。


「やはり、あのリストバンドの機能は……でも、そうすると……」

「どうしたの、神谷さん。何か分かった?」

「ううん、何も。まだ結論を出すのは早いわ」

「?」


 首をかしげる雨音から目をそらし、美絵は一人、思案に暮れていた。


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