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11.早朝ボーン


 この世界ではない、どこか。

 闇に閉ざされた空間に、彼は潜んでいた。

 彼は人間とは異なる容姿をしていて、そして、知性を持っていた。

 試しに送り込んでみた魔物が倒されたのを知り、彼は思案に暮れていた。ややあって、新たな魔物を用意する準備に取り掛かった。

 あれで十分だと思っていたが、あの世界の人間の力を侮っていたか。ならば次はもう少し強いやつを選んでみよう。

 人間の力では……彼らが使う妙な道具などでは、到底倒せないようなやつを――。




「んっ、ラーメンの匂いが……んんっ?」


 男子寮にある自室にて。食欲をそそる匂いを嗅ぎ取り、健吾は目を覚ました。

 身を起こし、ベッドから這い出してみると、向かいにあるデスクに着いてラーメンを食べていた女性が振り向き、口に含んだ麺をチュルッとすすって、声を掛けてきた。


「おはよう、健吾君」

「ああ、おはようございます……って、先生? なんでまたいるんですか。窓の鍵は掛けておいたのに」


 やはりというか、それはクラス担任の砂川操だった。

 今日も彼女はジャージ姿で、豚骨ラーメンを食べている。

 操はジャージのポケットを探り、一枚のカードを取り出してみせた。


「職員用のマスターキーよ。これさえあれば男子寮のあらゆる部屋に侵入が可能なの」

「職権乱用じゃないですか! せめて声を掛けるかノックぐらいしてから入ってきてくださいよ!」

「それじゃ寝てる健吾君に悪戯できないじゃないの」

「しないでくださいよ! つか、俺に何をしたんだ!?」


 寝ぼけた顔でヘラヘラと笑う操を眺め、健吾は頭痛を覚えた。

 美人だし、意外と頼りになったりするのだが、普段の彼女はダメすぎる。残念美人とは彼女のような人間を指すのだろうかと思う。


「それ、ちゃんと付けてるのね。壊れてない?」


 健吾の手首に巻いてあるリストバンドを見つめ、操が呟く。

 コクンとうなずき、健吾は答えた。


「大丈夫ですよ。自分じゃ外せませんし」

「ならいいけど。君なら自力で外せそうな気がして心配なのよね」


 このリストバンドはどこかの研究機関が開発した特注品で、操が預かっている解除キーがなければ外す事ができない仕掛けになっている。

 引っ張ってみてもビクともしない特殊な金属で作られたそれをなでさすり、健吾はため息をついた。


「鬱陶しいけど、こいつのおかげで助かってるし、壊したりしませんよ」

「天道さんは疑ってるみたいね。私に探りを入れてきたわ」

「先生に? あいつ、意外と勘が鋭いんだな。そう言えば、俺にも先生の事を訊いてきましたよ」

「世界で一番愛してるって答えておいた?」

「んなわけないでしょう! 噂になったらどうするんですか!」

「むふふ、それはむしろ望むところよ!」

「獲物を狙う鷹の目だ! 猛禽類すかあんた!」


 本当に、どうしてこう普段はでたらめなのだろう。

 そこそこ長い付き合いだが、健吾には操という人間が今一つ理解できなかった。


「先生の親父さんが学園関係の偉い人なんですよね? それで俺はここに入学させてもらえたって……」

「まあね。うちの父は、元官僚で教育委員会委員長だから。適当な理由付けて魔力ゼロの生徒を入学させるぐらい朝飯前よ」

「入学させてもらっといて言うのもなんですけど、なんか黒いっすね」

「でも、これは言い訳になるかもしれないけど、元々ここは異世界の魔物を倒せる人材を育てる場所なんだから、健吾君のような人間を受け入れるのは間違っていないと思うわ。魔力はなくても戦えるんだし」


 健吾の入学を強く推したのは、誰あろう操なのだ。

 彼の人並み外れた力の事を知っていた操は、是が非でもこの学園に入学するべきだと訴えた。

 自分の力を持て余していた健吾は、何かの役に立てるのならと思い、操の提案に従ってここに来たわけだが、はたしてそれは正解だったのか、健吾にはまだ分からなかった。


「天道のやつ、このリストバンドの機能でパワーが出せるって勝手に誤解しといて、本当は違うんじゃないかって疑ってるんですよね。あいつの勘違いに乗った俺も悪いと思うけど、面倒なやつだな……」

「学年トップのかわいい子に目を付けられるなんてラッキー……とか思ってない?」

「思ってませんよ! むしろ迷惑だし!」

「でも、ガチムチのマッチョに付きまとわれるよりはいいでしょう?」

「それはまあ……って、例えがおかしくないすか?」


 ニヤニヤと妙な笑みを浮かべた操に健吾は赤面した。

 無論、マッチョに反応したわけではなく、雨音の事でからかわれたからだ。


「ところで健吾君。今日の先生は、いつもと違うと思わない?」

「えっ?」


 そこで操がいきなり話題を変えてきて、健吾は首をかしげた。

 今日も操は髪の毛がボサボサで、寝ぼけたような目をしていて、服装はジャージだ。

 どこにも違いらしきものは見当たらなかったが、言われてみれば確かに何かが変なように思えた。


「あ、あれ? そのジャージ、いつもより小さくないですか?」


 授業中も含めて、操のジャージ姿は何度も見掛けているが、割とゆったりしたサイズの物を着ていたはず。

 それが今朝に限って裾が短く、各部がパツンパツンになっている。


「正解。これ、高校時代に着てたやつなの。部屋の掃除してたら出てきちゃって、試しに着てみたのよ」

「先生が高校生の頃って、俺がまだ生まれる前なんじゃ……」

「うふふ、そんなわけないでしょ? ほんの数年前に決まってるじゃない。うふ、うふふふ」


 操の笑みが怖いので健吾はそれ以上の追求を控えておいた。

 見るとなるほど、ジャージはどこか古着っぽく痛んでいるようだった。

 身体のラインが浮き出ていて、意外と豊かな胸のふくらみが窮屈そうに自己主張をしている。


「キ、キツそうですね、先生……」

「そうなのよ。ちょっと小さすぎたかも。少しだけ、前を開けちゃおうかな」

「えっ?」


 襟の位置までキッチリ上げていたファスナーを胸元まで下ろし、操がふう、と息を吐く。

 白い素肌と胸の谷間が見えてしまい、健吾は目を泳がせた。

 チラチラと遠慮がちに見ていると、そこで胸元まで下ろされたファスナーが少しずつ下がっていくのに気付く。

 どうやら服のサイズが小さすぎるために開いた胸元が左右に引っ張られ、ストッパーが自然に降りていこうとしているようだ。


「せ、先生、それ……!」

「ん? おっと、危ない危ない」


 操はファスナーを上げようとしたが、布地が引っ張られて上手くいかない。

 やがてストッパーの片側がブチッと外れてしまい、その反動でファスナーが下の方まで開き、胸元が思いきりはだけてしまう。


「きゃっ」

「!?」


 柔らかそうな二つのふくらみがブルン、と飛び出してきて、健吾は目を丸くした。操はブラジャーを着けていなかったのだ。


「や、やだ、もう。あーん、どうしよう……」

「あわわわわ……!」


 操は懸命にジャージの前を合わせようとするが、どうにもならないようだ。

 健吾がうろたえていると、そこで出入り口のドアをコンコンとノックする音が聞こえてきた。


「あの、横賀君、起きてる? よかったら朝練に付き合って……あれ、ドアが開いてる」


 すると操が「あっ、鍵かけるの忘れた」と呟き、健吾は真っ青になった。

 ドアが開き、黒髪を肩まで伸ばした気の強そうな少女、天道雨音がそろそろと室内に入ってくる。


「お、お邪魔します……って、あら?」


 操がいるのに気付き、雨音は怪訝そうにして、操の胸がはだけているのを目にするなり顔色を変える。


「な、ななな何してるんですか先生! まさか早朝プライベートレッスン? ひいいいい!」

「ちょっ、違う! 落ち着け、天道! そんなんじゃないから!」

「何が違うのよ! さてはあなたが先生に『一生のお願いですから見せてください』とか言って土下座して頼み込んだんでしょ! へ、変態!」

「なぜそうなる!? お前内部じゃ俺はそういうキャラなのか!」

「そういうキャラよ!」

「言い切りやがった! ひでえ!」


 健吾が必死になってなだめると、雨音はどうにか落ち着いてくれた。

 雨音が持っていた安全ピンでジャージの前を留め、操は胸を隠す事に成功した。


「ふう、やれやれ。一時はどうなる事かと思ったわ」

「そりゃこっちの台詞ですよ。勘弁してくださいよ、先生……」

「でも、見えちゃってラッキーとか思ってない?」

「それはまあ、ちょっとは……ひっ!」


 雨音が殺意全開の目でにらんでいるのに気付き、健吾は息を呑んだ。

 俯いてガタガタと震える彼を冷ややかな目で見やり、雨音はため息をついた。


「まったくもう。男子寮で何してるんですか? 不謹慎ですよ、先生」

「反省してるわ。部屋の鍵を掛けておくべきだったわね」

「そうじゃないでしょ! 未成年相手にふしだらな真似はやめてください!」

「善処するわ」


 まるで反省した様子がない操をにらみ、雨音はギリギリと歯噛みした。そこで健吾がおそるおそる口を開く。


「天道は何しに来たんだ? 朝練とか言ってたけど……」

「始業前の自主訓練に付き合ってもらおうと思ったのよ。まだ寝てたら私が優しく起こしてあげちゃおうかな? とか考えてたのに、まさか先生を脱がせて遊んでるなんて……信じられない」

「いや、脱がせてないし遊んでたわけじゃないからな?」

「えっ……じゃあ、本気で脱がせてたの?」

「違う! 妙な解釈するなよ!」


 揉めている二人をよそに、操はラーメンの残りをズルズルとすすっていた。スープまできれいに飲み干し、丼を置く。


「ごちそうさま。ふう、やはり教え子の部屋で食べるラーメンは格別だわ」

「な、なんて自由なんだ……お願いですから自分の部屋で食べてくださいよ」

「ふっ、一人きりでラーメン食べてるとね、孤独のあまり死にたくなる時があるのよ……」

「なんか大変ですね。さっさと結婚しちゃえばいいのに」

「やだ天道さん、結婚って相手がいないとできないんだぞー? 知ってて言ってるのかなあ?」

「す、すみません……」


 操からものすごい目でにらまれ、雨音は真っ青になって俯き、恐怖に震えた。

 空になった丼を手にして椅子から腰を上げ、操は二人に告げた。


「それじゃ、私はこれで。二人とも遅刻しないようにね」

「は、はい。お疲れさまです」

「私が部屋を出た瞬間、天道さんを襲っちゃだめだぞ?」

「襲いませんよ!」


 健吾をからかい、操は部屋を出ていった。

 ため息をつき、健吾は雨音に声を掛けた。


「どうする、天道。訓練に行くか?」

「う、ううん、今日はやめとく。なんか疲れちゃったし」

「そっか。ごめんな、せっかく来てくれたのに」


 すると雨音は頬を染め、目を泳がせた。


「き、気にしないで。それじゃ、あとでね」

「ああ」


 部屋から出ていこうとして、雨音は立ち止まり、クルリと振り返った。


「あのさ。横賀君って、年上が好きなの?」

「えっ? それってどういう……」

「う、ううん、なんでもないの。それじゃ」


 慌てて去っていく雨音を見送り、健吾は首をかしげたのだった。


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