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1.最強と最低の出会い


 それは、安全を保証されている場所での訓練であるはずだった。

 だが、そうではない事は怒号と悲鳴の飛び交う周囲の状況から明らかだった。

 現場は遮蔽物のない、見渡しのよい草原。入学したばかりの新入生達は学園側の引率でこの場所に来ていた。

 ここで――異世界にある草原で、特殊技能を備えた生徒達はレクリエーションの一環として、危険のない場所での訓練を受ける予定だった。


 ところがそこで想定外の事態が起こった。

 突如として現れた異形の怪物達による襲撃を受け、現場は大混乱となっていた。


「ああもう、どうなってるのよ!」


 あたりを見回し、天道雨音てんどうあまねは苛立ちをあらわにして叫んだ。

 肩まで伸ばした黒髪に、整った顔立ち、均整の取れたプロポーション。他の女子と同じ制服姿でありながら、その実力と相まって、彼女の存在は一際目立っていた。

 逃げ惑う生徒達が邪魔で、雨音は状況を把握できずにいた。

 混乱するのは無理もないとは思う。生徒達は皆、入学したての初心者ばかりなのだ。

 しかも、この場所はあらかじめ調査済みで、危険な動物などと遭遇するはずはない、という話だった。生徒はもちろん、引率の教師達も油断していたに違いない。

 そして、こちらの油断を計算していたかのごとく、そいつらは現れた。異世界に棲息する異形の生物――魔物だ。

 体長は三メートルぐらいだろうか。その魔物は二足歩行型で、腕のように発達した長い前足と短い後ろ足を持つ、トカゲのような姿をしていた。

 正確な数は分からないが、複数の魔物が草原の右手から現れ、生徒達に襲い掛かってきたのだ。


「みんな、逃げろ! 走れ、早く!」


 教師の誰かが叫び、生徒達は草原の左手へと逃走している。

 ここに来ているのは五クラス、約二〇〇名の生徒で、引率の教師は五名しかいない。

 はたして教師だけで怪物から生徒達を守れるのか、最悪の事態を思い浮かべ、雨音はブルッと震えた。


「全員で逃げてどうするのよ……みんな、武器を持ってるのに……!」


 手にした武器を見つめ、雨音は歯噛みした。

 大型の自動式拳銃に、銃身の下にナイフを備えた形状の武器。魔銃剣と呼ばれるガンソードタイプの汎用ディバイスで、これがあれば異世界に存在する魔物達と渡り合えるはずなのだ。

 使い方は分かっているし、雨音は対魔技能レベルAA、新入生の中でもナンバーワンの実力者だ。教師ですらレベルAやBの者がほとんどだと聞いているし、彼らよりレベルが上の自分が戦わずに逃げてもいいものか。


 やはり、放ってはおけない。雨音は意を決し、魔銃剣を構えて逃げていく生徒達とは逆方向に目を向けた。

 するとそこへ一人の男子生徒が走ってきて、声を掛けてくる。


「おい、何してるんだ! さっさと逃げろ!」


 それは雨音と同じ班になったクラスメイトの少年だった。とんでもなく低いレベルの生徒だという事で印象に残っている。

 新入生トップの雨音は、最もレベルが低い生徒を集めた班のリーダーを務めるようにと教師から指示を受けていた。班長としての役目を思い出し、雨音は彼に告げた。


「あなたは先に行って! あとの二人は?」

「二人ともいるぜ。あんたも早く!」


 少年の後ろに、同じ班の女子二名が息を切らせて付いてきている。二人の無事を確認した雨音は胸をなで下ろし、表情を引き締めた。


「私は戦う! あなた達は避難して!」

「あっ、おい!」


 止めようとした少年に構わず、雨音は生徒の流れとは逆方向に走った。人込みを抜け、状況を確認する。

 既に生徒の半数以上が避難しているが、まだ逃げ遅れている者達がいる。彼らを誘導しつつ、教師達は武器を構えて怪物達を牽制していた。

 見える範囲にいる魔物は五匹。人間の倍ぐらいの大きさをしたトカゲの怪物がノシノシと歩いているさまは不気味だが、数的には大した事はない。生徒達が逃げずに応戦すれば撃退できるのではないか。

 だが、それは無理だろうとも思う。いきなり連れてこられた異世界で、見た事もないような怪物に襲われて、実戦経験のない生徒達に戦えと言うのは酷な話だ。正直言って雨音も恐ろしくて仕方なかった。


 教師達が苦戦しているのを見やり、雨音は怖い気持ちを抑え込み、気合いを入れた。手にした銃の安全装置セーフティを解除し、使用可能な状態にする。

 銃の形をしているが、これに弾丸を装填する機能はない。グリップを強く握り締め、雨音は銃に弾丸ならぬエネルギーを注入した。

 人間に宿る力、魔力。異世界の生物から得たデータによって発見されたその不可思議な力を増幅し、物理的な攻撃に変換するのが魔銃剣の機能なのだ。


「先生、援護します!」

「天道か! すまん!」


 雨音の顔を確認し、教師の一人が助かったとばかりに表情を緩める。教師は魔物に向けて銃撃を行っていたが、魔力弾の直撃を受けても硬い皮膚の一部が削れる程度で、牽制にしかなっていない。

 しっかり魔力を充填チャージしたのを銃の上部にあるゲージで確認し、雨音は魔物に銃口を向けた。威力は五段階ある内の『3』に設定してある。標的までの距離は約五メートル、目をつぶって撃っても当たる距離だ。頭部に狙いを付け、引き金を引く。


「このっ!」


 閃光がほとばしり、教師のそれよりも二回りほど大きな光弾が射出され、魔物の頭部にヒットする。着弾と同時に光が弾け、魔物の頭を消滅させる。


「すごい……さすがは天道だな」


 教師が漏らした言葉を耳にして、雨音は気分が高揚していくのを感じた。

 自分の力が異形の怪物に通じるという事実、教師をも上回る威力を発揮してみせた事が自信に繋がり、気持ちに余裕が生まれる。

 次の標的を見据え、応戦中の教師に声を掛けて下がらせ、狙いを付けて引き金を引く。

 攻撃は見事に命中し、魔力弾を受けた魔物の上半身が吹き飛ぶ。これならいけると思い、雨音は残った魔物達のもとへと走った。


「私がやります! 先生達はみんなを避難させてください!」

「わ、分かった。無茶はするなよ!」


 教師達はうなずき、逃げ遅れた生徒達を保護して撤退していく。迫り来る三体の魔物をにらみ、雨音は銃を構え直した。

 向かってきた一体目を仕留め、続いて襲い掛かってきた二体目も難なく倒し、雨音は余裕の笑みを浮かべた。

 最後の一匹がジリジリと後ずさり、クルリと背を向けたのを目にして、ハッとする。


「待ちなさい! 逃がさないわよ!」


 慌てて駆け出し、雨音は魔物の後を追った。ここで逃がしてしまってはまた襲ってくるかもしれない。仲間を呼ぶ可能性もあるし、確実に仕留めておかなくては。

 広い草原を駆け抜け、木々の生い茂る森が見えてきたあたりで、魔物は足を止めた。

 森の手前に大きな岩が転がっていて、その陰に隠れようとしている。もしかすると岩の向こうに巣穴か何かがあるのかもしれない。銃を構え、雨音は岩を回り込もうとした。

 するとそこで、岩が動いた。正確に言うとそれは岩ではなく、大型の魔物だった。

 地面に伏せた状態からムクリと起き上がり、その巨体をさらす。


「なっ……!」


 体長は五メートル強、先の魔物と同じトカゲ型の魔物だが二回りは大きく、全身が乾いた岩肌のような質感を備えている。

 小型の魔物が逃げたのではなく、こいつのところへ誘導したのだと悟り、雨音は冷や汗をかいた。

 すかさず銃を構え、怪物の頭部を狙って引き金を引く。魔力弾は見事に命中したが、魔物の皮膚を少し削っただけだった。


「グルォォォォン!」

「ひっ……!」


 地の底から響いてくるような咆吼を上げ、魔物が向かってくる。

 雨音は魔力弾を連射したが、魔物にダメージはなく、それがどうしたとばかりに近付いてくる。


「こ、来ないで!」


 引き金を引いても魔力弾が発射されず、雨音はハッとした。

 見ると銃の上部にあるゲージが消えており、充填した魔力が尽きた事を示していた。

 慌てて補充しようとするが、まだ魔力を注入するのに慣れていないからか、ゲージが上がらない。

 あせる雨音に巨大な怪物が迫り、長い前足を振り上げ、真上から叩き付けてくる。


「……っ!」


 逃げようにも間に合わず、雨音は身を縮こまらせて目を閉じた。

 あんな太い腕で殴られたらどうなるのか考えたくもないが、致命傷にならなければ助かる見込みはある。雨音はまだ、あきらめてはいなかった。

 目を閉じてから数秒間が経過したが、予想していた衝撃や痛みが襲ってこない。もしや自分でも気付かないうちに死んでしまったのか。


「お、おい、大丈夫か?」

「?」


 どこかで聞いたような声がして、雨音は目を開けてみた。

 見ると、雨音の前に一人の男子生徒が背を向けて立っていた。

 彼は肩越しに雨音の様子をうかがいつつ、左手で魔物の腕を受け止めていた。


「あ、あなたは……」


 それが例の同じ班になった少年なのに気付き、雨音は驚くと同時に落胆した。

 助けに来てくれたのはありがたいが、彼では戦力にならない。新入生で最も対魔技能レベルが低いという彼では雨音ですらダメージを与えられない怪物を相手にできるはずが――。

 そこまで考えたところで妙な事に気付き、雨音は首をかしげた。


「あ、あなた、それ……素手で受け止めてるの?」

「ああ、うん。結構、力が強いなこいつ。ここまででかいとトカゲっていうよりも恐竜じゃないか?」

「そうね。……って、そういう問題じゃなくて!」


 何しろ体長五メートルを超える怪物だ。背丈は二階建て家屋ぐらいあり、その長い腕は直径一メートルはありそうな太さで、岩でできた大木のようだった。

 持ち上げるのも難しそうなそれを左腕のみで受け止め、彼は平然としている。

 何が起こっているのか、雨音には理解できなかった。


「グルォォォォン!」


 魔物が吠え、受け止められた右腕を振り上げ、再び打ち下ろしてくる。

 人間など一撃でトマトのように潰してしまいそうな攻撃を、少年は左手のみでパシッと受け止め、不敵に呟いた。


「危ねえな、おい。普通の人間ならペシャッと潰れてるとこだぞ?」

「グオッ!?」

「ま、魔物が驚いてる……」


 腕を引き戻した魔物が顔を歪め、「何こいつ、信じられない!」みたいな表情を浮かべたのを雨音は見逃さなかった。

 そう言えば昔飼っていた猫も割と表情豊かだったな、などとどうでもいい事を思い出してしまう。

 魔物にしてみれば、ようやく獲物を味わえると思ったのに予想外の抵抗を受けたといったところか。

 当然、目の前のご馳走をあきらめられるはずもなく、魔物は巨体を揺らして迫り、左右の腕を振り回して襲い掛かってきた。


「あ、あぶ……」


 雨音が「危ない」と言い終わらないうちに、少年は逃げるどころか前に出ていた。

 魔物の長い腕をかわして飛び上がり、右の拳を大きく振りかぶる。

 彼の狙いが魔物の顔面なのを悟り、雨音はハッとした。


「無駄よ! 顔は硬いからそこ以外を……」

「おりゃあああああ!」


 雨音の声が聞こえなかったのか、彼は真っ直ぐ正確に、魔物の顔面に拳を叩き込んでいた。

 グシャッ、と。踏み潰されたメロンパンのように魔物の頭部がひしゃげ、陥没して胴体にめり込んでしまう。

 五メートルを超える巨体が宙に浮き、地面の上をバウンドしながら後ろ向きに吹き飛び、近くにある森に飛び込み、木々を薙ぎ倒して突き進んでいく。

 少年が着地し、森のずっと奥まで吹き飛んでしまった魔物を見やり、ため息をつく。


「ふう、やれやれ。なあ、何かアドバイス的な事を言わなかったか?」

「……」

「おーい、聞いてる?」


 ハッと我に返り、雨音は少年の顔をまじまじと見つめた。

 適当に伸ばした髪にどこか締まりのない顔。背はそこそこ高いが、それほど筋肉質には見えない。

 彼は男子用の制服を着ているだけで、防具などの特殊装備は見当たらなかった。

 学園から支給されている制服は強靱な素材で作られてはいるがパワーを増強する機能などはなく、常識的に考えてあんな怪物の攻撃を受け止められるはずがない。


「え、ええと、その、あなたは……」

「?」


 何を訊くべきだろうか。雨音は悩んだ。

 見えないところに特殊な装備を隠しているのか、それともドーピングでもしているのか、あるいは改造人間なのか……。

 迷った末に、雨音は彼に告げた。


「とりあえず脱いで」

「なんでだよ!?」

「いいから服を脱いで見せなさい! それでハッキリするわ!」

「ちょっ、やめ……こ、こら、シャツのボタンを外すな! やめろ、馬鹿野郎!」


 少年が悲鳴に近い声を上げ、少しばかり錯乱状態だった雨音は我に返った。

 はだけた衣服を押さえて泣きそうな顔をしている少年から目をそらし、コホンと咳払いをする。


「触った感じ、特に異常は見られないわね」

「どこを触ったんだ、どこを! 訴えるぞコラ!」

「うるさいわね。異常はないというのが異常よ。あなた、何の仕掛けもなしにあんな怪物を素手で倒したっていうの? どういう事なのか説明して」


 すると少年は少しだけ考える素振りを見せてから、サラッと答えた。


「俺、生まれ付き力が強いんだ」

「……は?」

「いやだから、生まれ付き身体が丈夫で力が強いんだ。ただそれだけ」

「……」


 雨音は腕組みをしてうなり、眉間を人差し指で押さえながらブツブツと呟いた。


「それだけ……? 魔力弾の直撃を受けてもビクともしない魔物を素手で殴り飛ばしておいて、ただ力が強いだけって……もしかして私、馬鹿にされてるの……?」

「も、もしもし? 言っとくけど嘘じゃないからな。証明しろって言われても困るけどさ」


 すると雨音は顔を伏せ、まだ何か呟いていた。やがて顔を上げ、ニヤッと妙な笑みを浮かべて言う。


「……調べさせて」

「えっ? な、何を?」

「あんたの身体を調べさせろって言ってんのよ! 隅から隅までなあ!」

「ひいっ!?」


 凄絶な笑み浮かべた雨音が飛び掛かってきて、少年は真っ青になった。

 身体中をペタペタ触りながら制服を脱がそうとしてくる雨音に本能的な恐怖を覚え、逃げ出そうとする。

 だが、雨音には柔術か何かの心得があるらしく、いくら振りほどこうとしてもしつこく絡み付いてきた。


「ちょっ、何なんだよ、あんた! まさか女の痴漢か!?」

「誰が痴漢よ、失礼な! いいから大人しくしなさい!」

「こ、こら、ベルトは洒落になんないって! 誰か、誰か助けてくれえええ!」


 それが天道雨音と彼――横賀健吾おうがけんごとの出会いであった。

 まあもっとも、顔合わせは班分けの際に済ませていたのだが。

 ともあれ、それがどちらにとっても割と最悪な形の出会いであったのは言うまでもない――。


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