森羅
「よりによって、野良の耳無ですか」
薄暗い部屋の中、床に寝かされている男を一目見て、少女はそう口にした。
「まあそう落胆しなさんな。予見が当たらないのは今に始まった事ではないじゃろうて」
少女の斜め後ろには、白い髭を蓄えた老人が少女の影のようにひっそりと控えている。
「それはそうですが…。此度の予見は特別でした。刻と場所まであれほどハッキリと見えたのですよ。期待するなという方が無理です。それなのに、発見されたのは……耳無です。なんの悪い冗談ですか」
「見女がそう何度も差別語を使うのはいかがかと思いますぞ」
老人はため息をつきながらぼやき、今度は背筋を伸ばし、はっきりとした口調で言った。
「まあ、今回の予見は、この老いぼれにとっても覚えがないくらいに正確でありましたぞ。姫の見女としての力は、ここ30年かそこらのなかでは随一じゃ」
「何が言いたいのよ、そんな改まって」
天井に向かってピンと伸びている少女の耳がピクンと反応し、少女は振り向かずにほんの少しだけ老人の方を向く。
コホン、と咳払いしてから老人は続けた。
「つまり、姫も本当は分かっておるじゃろうが、今回の予見は当たっている、と言いたいのじゃ」
グルンと勢いよく少女が体ごと振り向き、その視線は完全に老人の顔を捉えた。
「それじゃあ爺やは、あの蛮族どもの主張が正しいというの?耳無……人族が我らの祖であり、彼らによって、我々非人族が作られたのだと?阿呆らしい」
少女の激しい言葉に対し、老人はあくまでも淡々と言葉を返した。
「ワシらの起源を示すはずの、今回の予見に現れたのが、この人族であったことはまぎれもない事実じゃ」
「それは……そうだけど。でも爺やも予見が当たらないことがあるのは知っているでしょう」
「もちろん、存じておる。じゃが、これ程ハッキリとした予見が見当違いであった、とすると見女、ひいてはワシら櫓組への信頼はガタ落ちじゃな」
「な……」
老人は少女から向けられる視線に、初めて彼自身の視線をぶつけて、さらに続けた。
「まあ、慌てずにお聞きなさい。ワシは今回の予見は正しいと確信しておる。じゃが、ワシとてこの人族の男がワシらの祖であるとは、露ほどにも思うておらぬ。ワシが思うに、こやつはワシらの起源と何か、関係があるのではないじゃろうか?」
「この男が、我らの起源を知っていると?」
少女は少し姿勢を正すと、先ほどよりも落ち着いた声でそう呟いた。
「そこまでは分からんが、この男は怪しい点がいくつかある。聖域の奥深くにいたことや、アーティファクトを所持していることじゃな。探れば、何かしら出てくるじゃろう。そして問題もある。この男には労働印が刻印されておらん。これはつまり…」
「この男が数少ない市民として認められた人族か、あるいは人理統一皇国の国民ということ……ってことね。そして恐らくは、後者」
老人は少女の言葉にゆっくりと頷いた。
「厄介ですぞ。扱いを誤れば最悪戦争じゃ。ひとまずこの臨時の客、友好にもてなすのが良いかと」
「この男があの国の民なら、こいつからの友好は期待できないでしょうけどね。ま、いいでしょう。今回は爺やに従ってあげます。おい、誰か」
すぐさま現れた黒い影が、男の体を抱き上げ部屋の外へと運んでいった。
「ともかく、これでやっと一歩前進ね」
少女は男が運ばれていった通路を見ながら呟いた。
老人は少女の声に応えることなく、静かにその目を閉じ少女に向かって平伏した。
「全ては姫様の御心のままに」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
目が覚めると、俺は見知らぬ部屋に寝かされていた。
「知らない天井……てうわっ」
「あ、起きられましたか。良かったあ。心配したんですよ」
俺の名台詞は、いきなり顔を覗きこまれたことによってあっさりと中断されてしまった。
くそっ。
一度は言ってみたかったのに。
それにしても美人な人である。
頭上でもふもふとした犬耳がピクピク動いているのがなんとも可愛らしい。
ってあれ?
「いぬ…みみ?」
「へ……?ああこれですか。これは犬耳じゃなくて、狼耳なのです。間違えたらめっですよ。」
狼耳…だと?
ケモミミだ。
本物のケモミミだ!!
いやっふううううう!!!
ケモミミ美人発見!!!!
モフりてえ!
モフってもいいよな!
目の前にあるもんな!!
俺が本物のケモミミに興奮していると、突如聞こえるはずのない声が俺の頭の中に響いた。
(パパって変態さんなの?浮気するの?)
ノオオオオオオオオ!
娘よ!
違うぞ!
パパは南と小鳥一筋だぞ!
い、今のは少しテンションが上がってしまっただけで他意はいっっさい無い!!
家族万歳!
家族サービス上等!
「あのー、先程からかなり様子が変ですが、大丈夫ですか」
「あ、いえ、あの、すいません大丈夫です」
あ、危なかった。
ケモミミの魔力おそるべし…。
しかし、狼野郎といい、この素晴らしいケモミミといい、俺は勘違いをしていたのかもしれない。
俺は意を決してケモミミ美人さんに声をかけた。
「あの、すみません。ここってどこですか」
「分からないのも無理はないです。あなたは森の聖域で倒れているのを私たちが保護しました」
美人さんは微笑みながら続けた。
「もう安全ですよ。ここは私たち星狼族の国、森羅。その首都六本です。歓迎しますよ、人族さん」
俺は会社から拉致された上、アマゾンかどこかに放り出されていたのかと思っていたが違う。
これ異世界転移だわ。
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