日下部良介とゆかいな仲間たちの新年会(番外編)
高層ホテルのスカイラウンジ。窓越しのカウンター席には一組のカップルのシルエットが東京の夜景に浮かび上がっている。二人はカクテルグラスを傾けながらどちらともなく体を寄せ合う。
「今日はゴメンね。律子さんにはきつい役目をしてもらって…」
「本当よ!死ぬかと思ったわよ。飲めない私にあんな役目をさせるなんて。良介さんじゃなかったらビール瓶で頭カチ割っているところだったわよ」
「みきすけくんには可哀そうなことをしたかな?」
「大丈夫よ。彼にもそのうち解かるわよ」
「だといいけれど…」
「もし、気がつかないようなら、私が焼き入れてあげるから」
「ほら!そういうこと言うのは律子さんらしくないよ」
「だって、彼にとってはそれだけの価値があるのよ。鉄人2号の称号がかかっているんだから!」
「そう言えば、最初にボクのことを“鉄人”って呼んだのは律子さんだったね…」
新年会の後、良介たちは美子や大橋、それにまゆが宿泊している錦糸町のホテルで二次会を行った。美子は以前、良介にこのホテルを紹介された。美子の誕生日の時だ。それを知っている大橋とまゆも今日はこのホテルを予約していた。齋藤、糸香、かおりはいずれも東京駅近くのホテルを取っていた。二次会が終わると、齋藤たちは各々宿泊するホテルへ帰って行った。美子たちは酔い醒ましにラウンジでお茶を飲んでいくと言った。
「じゃあ、これで。日下部さん、大丈夫ですか?」
美子やまゆはまだ、眠っている律子のことを気に掛けているようだ。
「大丈夫ですよ。そのうち起きると思いますから。そしたら、ボクが送って行きます」
「送るって、りったん群馬でしょう?」
「何とかなりますよ。みなさんはゆっくりお休み下さい」
解散した後、律子はケロッと目を覚ました。
「ムフ。やっと二人っきりになれたね。てつじん」
「良く眠れた?」
「うん。だから送って」
「わかったよ。じゃあ、今、タクシーを呼ぶから…」
「タクシーは必要ないのよ。私もここに泊るんだから。だから、部屋まで送って!ムフ」
「えっ!」
「冗談よ!でも、ここに泊るのは本当よ。なので、もう少し付き合って下さいな」
「そういうことなら、お安い御用さ」
正面に見える東京スカイツリーの展望回廊を回転する光を二人は眺める。
「そう言えば、何か忘れてない?」
「気のせいよ」
その時、窓ガラスに背後から近づいてくる男の姿が映し出された。
「お前ら!よくもやってくれたな」
「あれっ?閉伊さん、どうしたんですか?」
「俺もここに泊まるんだよ」
「そうだったんですか。じゃあ、一緒に二次会に参加してくれればよかったのに。どこかプライベートで飲んでいたんですか?」
「とぼけるな!齋藤はどこ行った?」
「自分が泊まるホテルへ帰られましたけど」
「どこのホテルだ?」
「さあ、そこまでは聞いてないですね。明日、新幹線で帰るとおっしゃっていましたけど」
「クソッ!仕返ししてやる。明日ホームで待ち伏せしてやる」
そう言い残すと閉伊は明日に備えて部屋へ帰って行った。
「りっきさんどうしちゃったのかしら?齋藤さんとケンカでもしたのかしら?」
「さあね…」
店が混み始めていた。良介たちが使った座敷はその後の予約が入っていなかったため、片付けが後回しになっていた。閉店間際にようやく片付けをしようと仲居が部屋を開けると、暗闇の中をロープで縛られた男が芋虫のように座敷を這いまわっていた。
「キャーッ!」
その声に他の従業員たちが集まって来た。フロアマネージャーはすぐに警察へ通報した。間もなく駆け付けた警官に閉伊は連行された。口にはまだガムテープが貼られたままだ。けれど、誰も閉伊の口元からガムテープを剥がそうとしない。よく見ると、そこには虫歯だらけの口の絵がリアルに描かれていた。律子の仕業だった。
すぐに誤解は解けた。閉伊は釈放されると、パトカーでホテルまで送ってもらった。
「とんだ災難でしたね」
「ふん!」
閉伊は不貞腐れてパトカーを降りた。降りるとそのままスカイラウンジへ向かった。
「ちくしょー!やってらんないにゃん。飲み直しだにゃん…。ん?あれは…」
閉伊はカウンター席に居る良介と律子を見つけて一目散に歩き出した。
「お前ら…」
閉伊が立ち去ると、良介と律子は顔を見合わせて笑った。
「相変わらず忙しい人だなあ」
「ほっときましょう」
「ボクも泊まろうかな…」
「本当に?でも、私の部屋はシングルなの」
「じゃあ、ボクがダブルの部屋を予約するよ」
「まあ!リッチなのね」
「来るかい?」
「ええ!もちろん」
良介はフロントへ電話を掛けた。生憎、エキストラダブルしか空いていなかった。けれど、迷うことなく予約した。フロントへ下りるとルームキーを受け取った。そして、律子を伴って部屋のドアを開けた。律子は良介からキーを奪い取り、部屋に入るなりドアを閉めた。
「なっ!」
再びドアが開いた。
「はい、これ」
律子は自分が予約していた部屋のルームキーを良介に渡した。
「お休みなさい。てつじん。ムフ!」