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ギャラクシー・ヴォイス  作者: BUTAPENN
ギャラクシー・ヴォイス
24/38

Galaxy Frontier 2




「キャプテン……いつ、地球に戻ってきたんだ?」

 幽霊を見たかのような面持ちで、レイは目前に立つ老雄に問いかけた。「S66ステーションは?」

「ああ。二ヶ月前に閉めたよ。無人化移行作業のために、しばらく火星にいたんだが、昨日十ニ年ぶりに地球に降りてきた。まったく」

 神楽は、おどけた仕草で胸をトントンと叩いた。

「息をするだけで一苦労だよ」

 宇宙暮らしを永くしていた者にとって、地球の重力は、慣れるまでかなりの負担になる。

「連邦軍の連中と久しぶりに一杯やろうと思ってな――そこで、とんでもないことを耳にした」

 相手の言わんとすることを理解して、レイは苦い笑いを口元に浮かべた。

「正式な発表は四日後のはずだ。連邦軍の情報収集力はさすがだな」

 神楽は、かつての教え子を険しい目でじっと見つめた。

「こんなところでする話じゃないな。どこかいい場所はないか」

 ふたりはフリーパスで、航宙局の扉をくぐった。

 レイが元教官を導き入れたのは、幹部クラスしか立ち入りを許されない無人のミッションルームだ。壁面は、太陽系の航宙図を映し出し、部屋の中央に長く伸びるコンソールパネルは、星々の瞬きと同期しているかのように、静かに明滅していた。

 キャプテン・神楽は、ためらうことなく局長専用の椅子を選んで、深々と腰を落ち着けると、一枚の電磁紙を内ポケットから取り出した。

「俺が魂消たのは、これのせいだ」

 レイは無表情を保ったまま、あえてその紙面に目を向けようともしない。

「【第二次木星調査移民団】」

 口の中でころがすように、神楽はゆっくりと発音した。「しかも、発起人の中に、おまえの名前があるじゃないか――【レイ・三神】とな」

 それでも、まだ堅く口を閉ざす。

「昨夜からなんとかして、おまえに連絡を取ろうとしたが、行き先がわからない。ところが、ついさっき、リウ・タオからホテルにいた俺に通信が入った――奴さんの情報網も、連邦軍並みだな――しかも、おまえが奥さんに離婚を切り出した、と言う。なんとかしておまえを説得してくれと、ほとんど泣かんばかりにして頼まれた」

 レイは覚悟を決めたのか、ようやく神楽に顔を向けた。何ものをも寄せつけぬ、冷え切った眼差しだった。

「そこまで知られているなら、隠す必要はないな」

「本当なのか」

「ああ」

 神楽は、電磁紙を拳で握りつぶすと、コンソールをがんと叩いた。

「なぜだ。なぜ以前ステーションに会いに来たとき、俺にひとこと相談してくれなかった」

「いくらあなたでも、この計画に関しては外部の人間だ」

「レイ!」

 連邦軍の元艦長は、甲板の隅まで届くような怒声を張り上げた。だが、その必死の叫びも相手には届かず、残響は波間に吸い込まれていくように、むなしく消えていく。

 怒りに震えていた神楽は、突然、高らかに笑いだした。

「こいつは茶番だ。もし俺が調査団長なら、おまえなんか皿洗いにだって雇わんね。こんな役立たずの男など」

「……どういう意味だ」

「今わからせてやる!」

 神楽はいきなり、レイに殴りかかった。レイはとっさに受け止めようとする。だが、フェイントを利かせた彼の拳は、一瞬の間隙を突いて、レイのわき腹に易々ともぐりこんだ。

「……う」

 七十五歳とは到底信じられぬ、拳の重みと威力だ。

「わかったろう?」

 体をくの字に折り曲げるレイに、老人は頭上で嘲るように言った。

「今のおまえは、廃人同然。心も身体もボロボロだ。いつもの集中力の百分の一もあったもんじゃない」

「……」

「それで、移民団シップの船長に志願するなどと、よくも言えたものだな。その腑抜けた手で操縦レバーを握って、一瞬にして百二十四人の命が失われたあの悲劇を、また自分の手で繰り返すつもりなのか!」

 荒い息が収まると、神楽はレイの肩をつかみ、放心状態の彼をゆっくりと椅子に座らせた。

「レイよ」

 その穏やかな声は、肩を撫でる節くれだった手とともに、息子に対するような愛情に満ちあふれていた。

「あの事故からたったひとり救出されたおまえが、死んだ者たちに負い目を感じて生きてきたことは、よく知ってる。だが、もういいかげんに、その呪縛から解き放たれろ。もう充分だ」

「キャプテン」

 レイは目を閉じたまま、うめくように答えた。

「ひとつだけ、覚えていることがある」

「なに?」

「四歳だった僕にとって、生地イオでの唯一の記憶だ。父の腕に抱かれて、巨大な機械の前に立っていた。地中に埋められていく機械を指差して、父は言った。

『レイ、覚えておくんだ。この星のあちこちで、たくさんの機械が動いている。今は暑さと寒さが生き物を寄せつけぬ死の星だが、百年後、いや数百年後、ここは緑の地になる』」

「それは……」

「今考えれば、僕が見ていたのは地熱循環装置だったんだろうな。父は髭だらけの頬を僕にすりつけて、笑いながら、こうも言った。

『おまえが大きくなったら、年老いてしまった父さんの代わりにまたここに戻ってきて、この星が変わっていくのを見届けてくれるか』

僕は意味もわからず、うんと答えた」

 レイは目を開けると、まだ夢の中にいるように、うっとりと笑みを浮かべた。

「キャプテン。航宙大学にいたときも、一度も話したことはなかったな――僕は、父との約束を守るために、航宙士になったんだ」

 神楽は彼の笑顔に、全身が総毛立つのを感じた。

 おそらく三神博士は、自分がもうすぐ死ぬことなど想像もしていなかったに違いない。十年間過ごした星を去る感傷のあまり、幼い息子に夢を語っただけなのだ。だが、そのほんの戯れのことばが、まさか息子の一生を縛るほど重い意味を持つ遺言になるとは。

 そして、まさにその遺言のゆえに、レイは己の精神を極限まで鞭打ち、宇宙の暗黒と孤独への恐怖を乗り越えて、人生を勝利に導いてきたのだ。

 そこまでなら、よかった。

 だが、この生真面目な男は、四歳の自分が父と交わした約束を守るために、せっかく手に入れた愛する女性との幸福を捨ててまで、また絶対的な孤独の中に飛び込もうとしている。

「なぜ、離婚を選ぶんだ。レイ」

 神楽の問いかけは、もどかしさのあまり、ほとんど叫ぶようだった。

「何も、別れる必要はないはずだ。奥さんはクシロの管制官だと聞いている。通信士としての資格も得ているはずだ。それならば、調査移民団におまえの配偶者として、優先的に入る資格がある。きちんと話し合って、ついてきてくれと説得することはできないのか」

 レイは、静かに首を振った。

「ユナは、極度の宇宙貧血体質なんだ」

「宇宙貧血?」

 【宇宙貧血】とは、1Gより低い重力の中で、体液が上半身に集まり、そのことが原因で血液内の赤血球が破壊される症状のことだ。

 重力の低い宇宙で長期間の生活を送ると、この【宇宙貧血】を始めとする、さまざまな身体の機能障害が起きる。

 それを防ぐために、人類の英知を尽くして、さまざまな方法が開発されてきた。

 22世紀に打ち上げられた大型ステーションやサテライトは、全体を回転させることで得られる遠心力を、【人工重力】として用いてきた。

 他方、宇宙史のかなりの期間、宇宙船のクルーたちは過酷な無重力の生活に耐えねばならなかった。今世紀になって、高速で回転する小型ジャイロマシーンが発明され、シップ内に数十機を配備することで、生活に最低限の重力を確保している。

 それでも、シップが地球と同じ安定した重力を得ることは、23世紀の今なおむずかしい。

 加速航行中には平均して0.7G。慣性飛行中なら0.4Gというところだ。

 ちなみに、火星の重力は0.38Gである。

「普通の人間ならば、この貧血障害は数日で治まる。だが、ユナは特殊な体質で、赤血球の破壊が止まらないんだ。結果として、低重力の宇宙空間では重度の貧血を抱えたまま、生活することになる。航行中はまだいい。0.2Gしか得られないイオでの生活は、もっと悲惨だ」

 レイは再び、かぶりを振った。

「ユナは、地球でしか生きられない人間なんだ」

「だが、治療法はあるはずだ。血液製剤の投与や訓練による体質改善も――」

「結婚前からドクター・リノに依頼しているが、駄目だった。わずかな宇宙滞在でも、ドームつきの重力発生装置の中にいなければならない。もし妻が木星移民団に参加することになれば、十年ものあいだ、小さな装置に押し込められて外に出られない生活を強いることになる……それではあまりにも、むごすぎる」

 あきらめきった、淡々とした口調だ。きっと、幾夜もの眠れない夜、何千回も繰り返された自問自答なのだろう。

「それならば、レイ、おまえはこの調査団への参加を辞めるべきだ」

 神楽は、低い声で諭す。

「おまえは結婚に際して、ひとりの女性と生涯添いとげることを誓ったんだ。その女性が宇宙に住むことができないなら、地球に住み続けるべきだろう。今さら、何を迷うことがある」

「何度も何度も、自分にそう言い聞かせたよ」

 彼は不安気な子どものような目で、教官を見つめた。

「ユナと結婚することを決意したとき、木星への夢は一度、完全に捨てた。イオに戻ることが自分の生きる目標だと信じていた頃なら、そもそも結婚を考えることすらなかっただろう。だが航宙士になり、宇宙開発の現状を知れば知るほど、それが簡単に実現しないことを、いやでも確信するようになったんだ」

 第一次木星調査移民団の悲惨な事故は、木星開発を百年遅らせたと言われている。

 マスコミや文化人たちは一斉に、連邦政府の宇宙計画に対して異を唱え始めたのだ。

『火星移民さえ募集目標定員に達していないのに、それより遙かに遠く危険な木星を、そこまでの金をかけて、人材を投じて開発する必要があるのか』

 さらに、近年の銀河連邦における政治的混乱・経済的停滞も、木星が省みられなくなった理由のひとつだ。

「今世紀中、少なくとも我々の生きている間に、木星に調査団が派遣されることはない。誰もがそう言い交わしていた。諦めかけ、生きる目標を失いかけていたときに、僕はユナに出会った」

 今だけは、無垢な過去の追憶に身を浸しているように、レイは表情を和らげた。

「彼女を自分の人生から遠ざけるなどという選択肢は、すぐに消えた。それほど一目で、彼女に心を奪われていたんだ。ユナは僕にとって、まるで大地の女神だった」

 神楽は同意の印に、白い眉を少し上げた。

「それまで地球が自分の故郷だと感じたことが一度もなかった僕は、ユナと出逢って初めて、木々や草花の愛らしさを感じることができた。朝焼けの空を、緑の山を、波頭の立つ海を、夜の星々を、美しいと感じることができた」

 大学の担当教官として、神楽はずっと疑問に思っていた。恐怖を感じていた宇宙に、なぜレイが身を置かざるを得なかったのか。

 それは彼が、地球を自分の居場所だと感じられなかったからなのだ。どれほど暗黒と虚無におびえようとも、宇宙がレイにとって最も身近な場所だった。

 その才能と技術がどれほど賞賛を浴びても、口を極めて讃えられても、レイ・三神という男は、ずっと孤独だったのだ。

 だが、彼はユナという女性にめぐり会って、生まれて初めて自分の居場所を得た。

 目の前に彷彿と浮かんでくる。シップから降りたレイが、地球の大地を踏みしめる喜びに顔を輝かせながら、ユナのもとに飛んで帰る姿が。

「二年前、あれほど待ち望んでいた知らせが来たとき、僕は奈落の底に突き落とされるような気分がした」

 二年前の知らせとは、木星系へ打ち上げられた無人探査船がもたらしたレポートのことを言っているのだ。

 レポートによれば、三十年前に第一次調査移民団が開発し、設置した【テラ・フォーミングシステム】は、期待以上の順調な成果を上げていた。

 巨大な溶岩流と溶けた硫黄の湖。灼熱と極寒が同居する地獄さながらの衛星は、地熱循環装置の作動によって、ごく一部の地域に限っては、人間の生存が常時可能な気温を記録していた。

 イオの持つ火山と磁場電流からなるエネルギー。近隣の衛星エウロパとガニメデに存在する氷と微量の酸素。

 それら三つの衛星を結ぶことで、木星系に将来、人類の移住可能な殖民地が建設される目算が立ったのだ。

 ここに中継基地ができれば、人類の悲願である銀河系外旅行も夢ではない。

 そのうえ――と言うより、これが最大の理由だが――、今回の無人探査船が発見し、採掘して持ち帰った希少金属は、銀河連邦全体の経済地図を塗り替えるほどの膨大な埋蔵量があると推定された。

 連邦は新しい調査移民団の派遣を決定し、各界のトップたちに計画への積極的参加を打診した。

 そして、その誘いは、宇宙一のパイロットと誉れ高いレイ・三神のもとにも舞い込んだ。

 彼が第一次調査団のただひとりの生き残りの少年であることを思い出した人間は、利権に目のくらんだ高官たちの中に誰かいるだろうか。

 ミッションルームは、しばらく静まり返った。

「その話を聞いたとき、僕は即座に断ったよ」

 レイが弱々しく、ことばをつないだ。

「ユナを連れていくことは、できない。それなら彼女と地球で生きる人生を僕は選びたい。選ばなければならない。最初は迷いなく、そう信じた。だが、断りのメールを送って、三日経ち、一週間経ち……僕はとうとう耐え切れなくなって、撤回のメールを再び送った」

 両腕で頼りなげに、全身を抱え込む。

「行きたい。イオに戻りたい。それが僕の生きる目的だった。あそこは僕の故郷だ――心の中の自分が、そう叫ぶのを止めることができなかった」

「それで、何も知らぬ奥さんに、いきなり離婚をつきつけたというのか」

 神楽は、いたましげに首を振った。

「タオがそう教えてくれた。奥さんがそのため悲嘆にくれていると。何というひどいことをするんだ。なぜ真実をきちんと筋道立てて、説明しなかった」

「もし真実を話せば、ユナは僕の帰りを待つと言い張るだろう」

 かすれた声で、レイは答えた。

「妻はそういう女性だ。何があっても、結婚の誓いを守り、僕に真実を尽くそうとするだろう。だが、たった二ヶ月の火星への定期航海中でさえ、留守を守ることは彼女にとって耐えがたい苦痛なのに、十年間ひとりで僕の帰りを待つ人生が幸せだと言えるか? 無事に帰ったところで、僕はもう五十歳近いんだ。いっしょに子どもを産み育てることさえできない。ユナの人生を、待つことだけで費やさせてしまう。そんな不幸を強いる資格は、僕にはない」

 櫛目を入れぬ前髪をかきむしると、レイは両手で顔を覆った。

「それくらいなら――それくらいなら、僕は別れようと思った。真実を知らせぬまま、僕のことを憎むように仕向けて、彼女を愛する男のもとに送り出そうと決意した」

「彼女を愛する男だって?」

 神楽は、さえぎるように怒鳴った。「誰なんだ、それは」

「魅力的な男だ。僕にないものをみんな持ってる。人生に対する限りない大らかさも、貪欲に欲しいものを手に入れる情熱も、まるで、あの広い大地そのもののようだ。シップを駆るテクニックも僕に負けていない。そしてなによりも、ユナのことを心から愛している」

 疲れ果て、すべてをあきらめきった虚ろな笑顔をレイは浮かべた。

「――彼になら、ユナを託せると思った。ランドールの腕の中でなら、ユナは幸せになれる。僕なんかといるよりも、ずっと豊かな人生を送れる」

 それまで歯を食いしばっていた神楽は、ぶるりと身を震わせた。

「大ばか者!」

 そして、レイの胸倉をつかむと、激しく揺すぶった。

「何を思い違いしているんだ、おまえは。あきれるほど、自分のことが全然わかっちゃいない。おまえはそんなにも簡単に忘れてもらえるような、安っぽい男だったのか」

 部屋の空気をぴりぴりと震わすような大音声で、キャプテン・神楽は怒鳴った。

「レイ・三神! おまえの奥さんは、おまえを他の男と取り替えて、幸せになれると本当に思っとるのか!」

 レイはぼんやりと、自分を睨みつける爛々とした目を見返した。

「彼女の幸せのために身を引くだと? それが、おまえのやり方なのか。おまえが、百二十四人の命と引き換えに得た値打ちのある人生なのか。おまえの父親と母親は、おまえがそんな犠牲を払うことを喜ぶのか。俺のクミは、俺の孫は、そんなことを望んじゃいないぞ!」

 抗おうと神楽の腕をつかんでいたレイの両手が、だらりと下がった。神楽はとっさに崩れ落ちそうになる身体を支えた。

「おまえのことだ。きっと死ぬほど悩んだんだろうな」

 彼は、教え子のたくましい肩が子犬のように震えているのに気づき、力いっぱい抱きしめた。

「人間の愛情とは、厄介なものだよ。諦めれば楽になれるのに、諦められない。相手を不幸にすることがわかってるのに、それでも愛し続けることしかできない。それが人間なんだよ、レイ」

「――わかってる。どんなに忘れようとしても、片時もユナを忘れることはできなかった」

「ああ、そうだろう」

「ユナが彼の腕に抱かれることを思っただけで、気が狂いそうだった」

「ああ」

 恩師の胸にしがみつきながら、レイは必死でこみあげてくるものと戦った。

「調査団には加われないと、不参加の連絡を送ろうとして何度も手を止めた。それじゃ、なんのために僕は生き残ったんだと。その繰り返しだった」

「ああ」

「ユナと別れずにすむ方法が何かあるかもしれないと希望に燃える。次の瞬間には、絶望する。いったいどうしたいのか、自分でも、もうわからなくなっていた」

「簡単なことじゃないか」

 神楽は突然、明るい声を上げた。「木星に行け。そして、奥さんのことも諦めるな」

 レイはそれを聞いて、半分涙が混じった笑いを漏らした。

「……そんなことができれば、苦労はしない」

「諦めた瞬間から、可能性はゼロになる。願い続けるんだ。奥さんといっしょに」

「……ユナといっしょに?」

 レイは顔を上げ、恩師の顔を不思議そうに見つめた。

「そうだ。なぜ、彼女とともに悩まない。おまえの間違いは、そこにある。奥さんは、おまえとともに悩む権利があるはずだ。おまえとともに願う権利があるはずだ!」

「ともに――」

「それが、夫婦というものだろう」

 そのとき、ミッションルームの外が急に騒がしくなった。人々のざわめきが近づいてきた。

「スィニョーラ。だいじょうぶですか」

 聞き覚えのある声が扉を突き抜けてくる。

 レイは立ち上がり、唇を引きつらせて、扉が開くのを見守った。



 果たして、そこに立っていたのは、大地の女神だった。

 そして、彼女はひとりではなかった。大勢の宇宙そらの男たち女たちに囲まれている。

 メカニック・チーフのスギタも。

 機関長のタオも。

 シェフ・ジョヴァンナも。

 ニザームも、トシュテンも。

 バッジオも、ギョームも、ドミンゴも。

 航宙大学へ行ったエーディクも、火星航路を降りたチェンとロロも。

 一番後ろに隠れるようにして、ランドールも。

 元YX35便のクルー23人全員が、その場に立って、キャプテン・三神を相対するように見つめていた。

 そして、ドクター・リノと看護師のハヌルに両手を支えられ、白く透き通った肌のその人は、女王のように進み出た。

「レイ」

 かぼそいが毅然とした声だった。

「ユナ……」

 まるで、はじめて口に味わう蜜のように、レイは美しい名をささやいた。






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