第8話 いずれ繋がるべきこと
さすがは聖都というだけあって街の規模はイスダールなどとは比べ物にならないほど大きく、そして美しかった。
何よりもチリ一つ落ちていないのはすごい、まるでどこぞの夢の国だ。
イスダールが冒険者の街ならイシュトリアはやや貴族的な街といったところか。
エルナは上司にアポを取ったり盗賊の処分についていろいろ手続きがあるからしばらく街の観光でもして来いと言われたので言葉に甘えリーザと街を見て回ることにした。
リーザもはじめは不満そうだったが次第に目を輝かせ周囲を珍しそうに見回している。
おのぼりさんになっている気もするが好奇心に勝るものは無しなので素直に従う。
しかしそれとは別に気になることもあったので聞いてみる。
「リーザってここ来るのもしかして初めてなのか? 一度来たことある人間の反応じゃねえよな」
「なっ!?」
「しかも騎士団団長だってわかってなかったし。もしかしてお偉いさんと一度も会ったことすらなかったとか?」
「……」
もしやとは思っていたがリーザの神殿嫌いは食わず嫌いが結構入っていたらしい。
「で、でも! 奴らがしつこかったのは本当で……」
「逆に言えばそれだけなんだろ? 直接話をする機会があってよかったな!」
「うう…… お主に論破されるとは……」
「なんかよくわからんが悪かった」
そんな風に会話しながら街を歩いていると道具屋の看板が見えた。
非常に大型で武器屋と防具屋も中にあるタイプのようだ。
「道具屋か…… ちょっと寄っていこうかの?」
「好きなものを買えと言われてもなあ……」
回復薬や保存食といった旅の必需品はリーザがポケットマネーで補充するから俺は先のクエストで得た報酬で買いたいものを買えと言われていた。
本音を言えばもっと質の良い太刀が欲しいが流石に高く現時点では手が届かない。
かと言ってせびるわけにもいかないし(言えば出してくれるだろうが)とりあえず今は我慢して置くことにした。
何か他に買うものはないか、店内をぶらぶら散策しているとある本が目に付いた。
背表紙には「抜刀術入門」と書かれている。
そもそも太刀とは現実的にはその間合いと破壊力で敵を圧倒する武器であって居合は現実的な戦術ではない。
しかし居合はロマンでもある。
それだけの理由で俺はその本に手が伸びていた。
その時ほぼ同時に後方から伸びる細い手があった。
俺は思わず手を引っ込めると相手も手を引っ込めたので思わずその手の主を見る。
手の主はやはり少女であった。
もうお馴染みの美少女で歳は俺より微妙に上ぐらいだろうか?
そして服を押し破りかねない胸部の豊かな膨らみは思わず劣情を植え付けられる。
「もしかして大きいのが好きなの?」
相手も邪な視線に気づいていたらしい。
「あ、いや。そういうつもりじゃなくてな……」
思わずしどろもどろになって返事する俺。
「気にしなくていいのよ、特にあなたになら……ね」
なにか意味深な発言をされた気がする。
「それよりもほら、この本が欲しいの?」
「ああ」
「じゃあちょっとだけ待っててくれるかな」
そう言うと本を持ってレジまで持っていき会計する。
そして戻ってくるとそれを俺に向け差し出した。
「はいこれ、あなたにあげるわ」
「へ? いや、もらえるものはもらっとくけど……」
「その代わりと言ったらなんだけど…… 後でまた会えるかな?」
「あ、ああ……」
「約束だからねっ!」
そう言って少女は本を手渡すと足早に店から出ていってしまった。
後を追って外に出るが既に少女の姿はない。
まるで夢か現のような出来事だった。
もしや彼女は俺に気があるのか? 一体何故?
「そういや名前、聞いてないし言ってもなかったなあ……」
思い出したかのように呟いた。
■■■
「リーザ様にアカツキ様、お待ちしておりました。どうぞ中へお入りください」
門番の案内を受け神殿へ入る。
しかし様付けされるのはなんとなくくすぐったい。
リーザはともかく俺はそんな大層な身分じゃねえのに……
廊下をしばらく歩き案内されたのは応接室らしき部屋だった。
中では既にひとりの男が待っていた。
「神聖十字騎士団副団長、アイン・ベーテルと申します。うちの団長が迷惑をおかけして申し訳ございませんでした」
団長に比べ真面目そうでしっかりした奴だ。
そういえば破れ鍋に綴じ蓋って言葉もあったっけ。
「して団長の方は?」
「多分もうすぐ…… あ、来ました」
扉から入ってきたのはエルナとそれなりの年の男性だった。
「待たせてすまない、こちらは神殿長フルヴィオ・セラート殿だ」
「フルヴィオだ、お二人に出会えたことを光栄に思おう」
「こちらこそよろしく頼もうぞ」
なんとも飄々とした男である。
「じゃあお茶を入れてくる」
「さて、盗賊の件だが……」
「ああ、その件については適当で良い。それよりも大事な話があるのでな」
「それは失礼した。確か今後のあなたの扱いだっけ?」
「うむ、何度も言うがわしはイシュトリアにもヴァスオスにも肩入れはせぬぞ。わしのことはいないものと思ってくれてかまわぬ」
「そうしたいのは山々、しかしそうともいかない事情が既にこちらにはあるんだよね」
「ほう? それは一体?」
「アカツキ君だ。彼の存在があなたへの干渉を断てぬ理由になっている」
「俺が……だと?」
「とりあえず見ていただきたいものがある、付いてきてほしい」
「お茶は?」
「後で入れ直せばいいんじゃないかな」
何がなんだかよくわからぬままフルヴィオに着いて部屋を出た。
■■■
「この部屋にはこの大陸の主要な歴史書はすべて保管されている」
案内されたのは書庫だった。
「この大陸は昔から果てしない戦争が続けられ今も戦争は続いている。しかし一度だけ統一されたことがあるというのは知っているね?」
「わしは知らん、歴史には興味がないのでな」
「……まあ、それはともかくだね。アイン君、あの本はどこにあったっけ?」
「既にお持ちしています」
アインの手には一冊の本があった。
フルヴィオはそのページをめくる。
「確か…… うん、あったあった」
「まどろっこしいのぉ、一体何が書かれているというのじゃ?」
差し出された本を俺とリーザは覗き込む。
そして驚愕する。
『統一帝 アカツキ 生没年……』
その文字の上に挿絵があった。
その挿絵の肖像の姿は間違いなく俺そのものだった。