第5話 コロンブスの卵
いつか来た気がする暗闇、覚えてはいないが何故か懐かしい。
浮いているのか立っているのかわからない空間に奴がいた。
「まだ続ける?」
と問いかける。
よくわからないが
「続ける」
と答える。
「ならばひとつ忠告だ、選択は慎重に。さもないと可能性をふいにする」
「何が言いたい?」
「目覚めればいずれわかる。それじゃあ目覚めだ、最後に質問は?」
聞きたいことはたった一つ
「あと何度繰り返す?」
奴には笑ってごまかされ俺は覚醒する。
質問の意図などもはや思い出せるわけがない。
■■■
目覚めたのはやはりベッドの上。
薬の匂いがするからおそらくここは病室だろうか。
体を起こすとリーザの姿が確認できた。
近くに俺の太刀も立てかけてあった。「起きたか。お主は本当に不死身じゃの」
不死身って褒め言葉のような気がしない不思議な言葉だと俺は思う。
「一応ギルドにはわしが報告しておいた。報酬はあとで受け取りに来いとのことじゃ。さてなにか聞きたいことはあるかの?」
「とりあえず聞いてみるがコボルトは毒を使うのか?」
「基本的には使わぬが奴らは好奇心が強く頭もそれなりじゃ。おそらく盗んだか拾ったのを使ったのじゃろう」
「ふーん…… じゃあ、あんたの用事は済んだのか?」
「一応は済んだ、まあ一応はな」
リーザは考え込んでしまった。
何やら複雑な事情があるらしい。
ならば最後に一番聞きたいことを聞こう。
「俺をここに運んだのは誰だ?」
「む、知らぬのか? わしもここの看護婦に聞いたのじゃがなんでも女の娘がお主を担いでここまで来たそうじゃ。結構美人だったそうじゃがお主の知り合いか?」
「いや? 少なくともこの世界で知り合いの女の娘なんか…… あ、ギルドの受付嬢?」
「それはないじゃろ」
ごもっとも。
「しかしそうなるとほんとに心当たりがねえ。不気味だな」
「確かに不気味じゃの、それはまあ置いといて」
「追求しねえの?」
「これ以上どう追求しろというのじゃ。興味深いとは言え不毛な追求はしたくないのじゃ」
「まあ確かに……」
個人的には是非とも深く追求したい話題だが流石に情報が少なすぎる。
不毛と判断されても無理はない。
「考えていてもしょうがねえか。俺はギルドに報酬を受け取りに行くぜ」
「もう動けるのか?」
「ああ、流石にこんな状況が繰り返されれば嫌でも回復時間も短くなる」
「そうか…… ならば前にも言ったことじゃがギルドへ行った後に酒場へ来てくれぬか? 話したいことがあるのじゃ」
「酒場? ああ、いいぜ」
「うむ、絶対に忘れるではないぞ!」
念を押すほど重要なことなのだろうか?
とにかく俺はギルドへ向かうことにした。
■■■
「一応のクエスト達成おめでとうございます! こちらをお受け取りください!」
受付嬢から革袋を一つ渡される。
中には数枚の銀貨が入っていた。
「あれ? 確か倒した魔物の所持品も手に入るとか言っていなかったか?」
「はい、そちらの件に関してはリーザ様の意向によりこちらで先に換金しておきました。」
そういえば若干革袋が重い気がする。
「冒険者成り立ての頃はそこまで貴重な素材も手に入りませんし運が悪いと安く買い叩かれたりしますし何よりもお金が不足しますからねー 今度から正式に新米冒険者の素材買い取りを標準に取り入れようかと思っております」
「は、はあ……」
「それにしてもあなたリーザさんとお知り合いなのですか? 随分気にかけられていたようですけど」
「まあ一応はな」
「じゃああの方が世界的にも有名人というのはご存知ですか?」
「え、そうなの?」
「はい、あの方は今世紀最高の発明家と呼ばれるお方でして時折新聞にもその名が乗るくらい有名な方ですよ? 本人は人前に出るのを嫌っている節があるみたいですけれど」
「発明家? どんなのを発明しているんだ?」
「つい先日は水蒸気でものを動かすとか何とかかんとかで大々的に取り上げられていました」
蒸気機関を発明しただと?
言うまでもなく前世ではそれだけで歴史に残る偉業である。
何故それを俺には黙っていたのだろうか?
「それなのにさっき冒険者に戻る手続きやっていましたからねー 本当に頭いい人の考えはわかりません」
「ふーん、それじゃあまた」
俺はギルドをあとにした。
とりあえず回復薬とか他にいろいろを補充してから酒場へ向かうとするか。
■■■
「悪いな、ちょっと遅れちまった」
「気にするな、酒でも飲むかの?」
「ジュースでいい」
酒場の隅のほうの一席でリーザは待っていた。
いろいろ街中を見て回っていたらうっかり陽がとっぷり暮れてしまっていた。
それでも気にしないと言ってのけるあたりリーザの器は非常に大きいのだろう。
なんか若干顔が赤いような気がする、既に飲んでいるのだろうか?
「あんた有名人だったんだな、なんで教えてくれなかった?」
「別に教える気がなかっただけじゃ。わしにとってはそれほど重要なことではないからの」
この世界的にこの発言が謙虚なのかルーズなのかよくわからない。
「しかし蒸気機関発明するとはねえ。俺の世界ならほぼ間違いなく歴史に名前が残るだろうに……」
「有名になるということは単純にいいことばかりでもないのじゃ。その技術を独占しようとする輩もおる
」
「え、技術は独占させるものじゃないのか?」
「わしのモットーは『皆平等』なにか有用なことを思いついたときはそれをすべての国すべての人民にできる限り平等に与えることにしておる。要するにどこかに肩入れはしたくないのじゃ」
「そりゃあ、まあ……」
それが良いことなのか悪いことなのかはわからないがこれが信念というものか。
「神殿め、保護だのなんだの都合のいいことばかり抜かしおって。要は技術をよそに流されぬよう監視したいだけじゃろ! そもそもわしは……」
愚痴が始まりそうだったので慌てて話題を変える。
「そうだ、俺に話したいことってなんだ?」
「む、その事か……」
急に真面目な顔になりこちらの目をじっと見つめてくる。
「実はお主に頼みたいことがあるのじゃ。無論お主にも拒否する権利はちゃんとあるからの」
「なかったら怖いぞ」
「ならば簡潔に言おう、お主……」
息を深く吸い決心したかのように言葉を続ける
「――わしとともに旅に出てくれぬかの?」