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桐堂亜衣の回想記録 宵闇編

 今日は朝から色々なことがあった。

 金髪美少女に拉致されたり、狐目の女に尋問されたり、テロリストに教室が占拠されてたり、ロシアン・ルーレットで勝負したり、挙句の果てには奴隷になったり。

 本当に色々なことが会った。

 けれど。


「さすがにこれは、予想外かな……」


 ほどよい疲労感と共に帰宅した我が家には、何も無かった。

 いや、我が家はあった。アパートの借り部屋は、確かにそこにあった。しかし部屋の中にあるべきモノは何も無かった。

 布団も、こたつも、カレンダーも。我が家にあったありとあらゆるモノが無くなり、がらんどうな空間がそこにあった。


 ポケットのケータイが震え、着信を知らせる。震える手でケータイを開くと、液晶ディスプレイは『ご主人様』の文字を映し出している。

 もちろん私が自分で登録したわけではない。あの女が勝手に登録したんだ。


「……東雲先輩」

『やっほー、奴隷ちゃん。ご機嫌いかが?』

「余裕です、これくらい屁でもありません」

『そう言うわりには声が震えてるわよ。どうしたの、何かあったの?』

「ですから、何でもありません。用がないなら切りますよ」

『そっかー。奴隷ちゃんが家に帰ったはいいものの、家のモノがごっそりめっきりまるっきり無くなってて困ってるんじゃないかなって思って電話かけたんだけど、何でもないならまあいっか』

「…………」

『にひ』

「色々言いたいことはありますけど、まず1つ」

『なになに? 言ってごらんなさい、奴隷ちゃん』

「最初とキャラ変わってませんか、東雲先輩」

『ルールとカリスマはブレイクするためにあるのよ』

「生徒会長の言葉とは思えませんね」

『ちょっと待っててね、今そっちに行くから』


 それだけ言って、通話は一方的に切れた。

 玄関先に力なく座り込む。事態への理解が及ばず、思考を放棄してしまいたかった。パニックを起こさなかったのは私が冷静だったからじゃない、パニックを起こす体力も無かったからだ。

 10分後、東雲先輩が私の肩を揺らすまで、私はそうしていた。



 *****



「東雲先輩は、私に希望を与えてから叩き落とすつもりだったんですね」

「何を人聞きの悪い、こんなにいい先輩なのに」

「自宅を抑えるのは反則ですよ、逃げ場が無くなったらどうしようも無いじゃないですか。こんな真綿で首を絞めるような手法を使うなら、いっそサクッとやっちゃってくださいよ」

「多少乱暴な手を使わないと奴隷ちゃんは弱みを見せないじゃないの。安息の地はこれから探しなさい」


 東雲先輩と合流した後、私はバイクの後部座席に載せられていた。

 ヘルメットをかぶり、東雲先輩の背中にしがみつく。制服のままバイクの2人乗りとは中々勇気のいる行動だけれど、今のところ運のいいことに警察には見つかっていない。そういうコース取りをしているんだろう。


「何処に連れて行くんですか」

「埠頭って言ったら?」

「最高速度になった瞬間、体を思いっきり横に倒します」

「愛車にキズがつくから止めてほしいわね」

「私の命じゃバイクにキズしかつけられないんですか」

「主人として命令するわ、奴隷ちゃん。自殺だろうと他殺だろうと事故死だろうと、私の許し無しに死ぬことは許さないわ」

「自殺はともかく他殺と事故死はどうしようもないじゃないですか」

「私の奴隷ならそれくらい出来るはずよ」

「無茶苦茶ですよ」


 ほうと息をつく。季節はまだまだ春先だけど、法定速度を大幅にオーバーして爆走するバイクに体温を奪われ、すぐ目の前にある背中に温もりを求めた。


「あら、寒いのかしら奴隷ちゃん」

「浮世の風は今日も冷たいとです」

「生きるって大変ねえ」

「全くですよ、こんなことになるなんて今朝まで思ってもいませんでした」

「過ぎたことを悔やんでも仕方ないわ。いつだって今はベストでワーストなのよ」

「東雲先輩にだけは励まされたくないです。ほっといてくださいよ」

「時間資源は有限なのよ、後悔なんかに浪費したら勿体無いじゃないの。何があっても今を生きなさい、若者よ」

「だからほっといてくださいって、ご老体」

「売り飛ばすわよ」


 売るなら売ればいいさ。これ以上どんなに状況が悪くなろうと、マイナスはマイナスだ。もうどうにだってなればいい。


「こらこら、思考を止めるんじゃない。向上心と欲望の放棄は進化への冒涜よ」

「そんなこと言われても、もう疲れましたよ」

「それなら少し休みなさい。ただし、疲れが取れてもすぐに歩き出そうとしてはいけないわ。今の自分に何ができて、何ができなくて、何をするべきで、何がしたくて、何をしているのか。現状を把握して目的を明確化して、手段を選択しなさい。闇雲に走ってもまた疲れるだけよ」

「説教臭いですよ、東雲先輩。もうほっといてください」

「そうね、疲れているのにごめんなさい。到着したら起こしてあげるわ、今は眠りなさい」


 東雲先輩は片手でバイクのハンドルを握ったまま、もう片方の手を後ろに回して器用に私の背中をさする。危険運転もいいところだけど、不思議と眠気が襲ってきた。

 爆走する2人乗りバイクの後ろで、目を閉じる。次第にバイクの速度が落ちていき、法定速度を守ってカーブをゆっくり曲がるバイクに、なんとなく腹が立った。



 *****



 バイクが止まり、断続的に鳴るエンジンが鼓動を止めた瞬間に意識を覚醒させる。

 油性ペン(極太)のキャップを外そうとしている東雲先輩がそこに居た。


「こういう時はすっかり熟睡しちゃって、顔にいたずらされちゃうのがお約束よ。おはよう奴隷ちゃん」

「隙の無い女が売りですので。おはようございます」

「可愛げがないことね。ほらほら、降りた降りた」


 バイクからたんっと降りて、ぐっと伸びをする。凝り固まった体の伸縮性と柔軟性を回復させながら、周りを見渡して現在位置を把握する。


「屋敷、ですか」

「ようこそ東雲邸へ。歓迎するわよ」

「地下に研究所とか座敷牢とか拷問部屋とかありますか?」

「そりゃあもちろん。門外不出の秘術や私の先祖が命がけで封印した化け物もいるわよ」

「それは胸が踊りますね。肝試しに訪れたら青い鬼でも出てきそうです」

「ああ、知ってるんだ。なら大丈夫ね」

「え?」


 何やら不吉な言葉が聞こえたような気がするけど、東雲先輩が私の手を取って歩き出したので訪ねるタイミングを失ってしまった。


「なんで手つなぐんですか」

「はぐれたら大変じゃない」

「ここ、東雲先輩のお宅ですよね。そりゃあ広いお屋敷に見えますけど、うろちょろしたりしませんよ」

「奴隷ちゃんはそうでも、連れてっちゃうかもしれないからね。私の近くにいれば安全だから」

「連れてくって、誰が?」

「聞かないほうがいいわ」


 聞かないことにした。

 なんとなくだけど、知らないほうがいいこともある、そんな気がした。

 東雲先輩は玄関の扉を開いて中に入る。不用心にも鍵はかかっていないようだ。


「いらっしゃい、奴隷ちゃん」

「おじゃまします。鍵、かけてないんですか?」

「日中はお化け屋敷として一般開放しているの」

「何を不用心な、泥棒が来たらどうするんですか」

「セキュリティは万全よ。悪いことをしに来たり、都合の悪いものを見ちゃった人は家のモノが食べちゃうから」

「すごく帰りたい……」

「奴隷ちゃんに帰る場所なんて無いわよ。あのアパートはもう解約したし、住民票もこっちに移してあるから」

「へ、どうやって解約したんですか?」

「何を言っているのかしら、私の役職は生徒会長よ」

「私の知ってる生徒会長はそんなにすごい職じゃないと思うんですが」

「それだけじゃ不満ならもう1つ理由をあげる。私の名前は東雲虎金よ」


 誇らしげに胸を張り、東雲先輩はそう宣言した。東雲虎金に不可能は無いとでも言いたいんだろうか。

 リビングに通され、勧められるままに椅子に座る。屋敷の中は西洋風な内装で、お約束のようにシャンデリアと暖炉と長い柱と玉座と聖剣があった。


「メイドさんがいれば完璧なのに」

「メイド服ならあるわよ、ふりふりでひらひらの奴が」

「なんで服だけ持ってるんですか、そういう趣味なんですか」

「前の住人が置いていったのよ。でも、奴隷ちゃんが着るなら服も報われるわね」

「……私が着るんですか」

「当然じゃない、何のための奴隷ちゃんなのよ。まあ、今日のところはいいわ。それよりも」


 東雲先輩がパチンと指を鳴らすと、無駄に長いテーブルにずらっと料理が並べられた。

 スープには湯気が立っていて、どれもまだ温かい。どう見ても出来立てのモノにしか見えなかった。


「食事にしましょう」

「……どういう原理ですか、今の」

「私の名前は東雲虎金よ」

「それで何でもかんでも解決するつもりじゃないでしょうね」

「文句言うなら外で食べて来なさい」

「そうしてもいいなら、ぜひ。ヨモツヘグイは勘弁願いたいです」

「あはは、言い得て妙ね」

「否定してくださいよ」

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