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桐堂亜衣の観測記録  作者: 佐藤悪糖
桐堂亜衣の犯罪記録
5/9

05 「……すいませんでした」

 6時間目の終わりを告げる鐘が鳴り、予定通り学園テロは終了した。


 これは後で聞いた話だけど、私が校内放送で指名手配された時にほとんどのクラスは解放されて、廊下や生徒会室に設置された隠しカメラからの生中継を見ていたらしい。いつの間に撮られていたのかは知らないけど、隠し撮りとは気分が悪い話だ。

 人に見られることに抵抗は少ないけれど、撮るなら撮ると言って欲しかった。それならもう少し芝居っぽくやったのに。


 柚木原先輩、フィー先輩、四上くんの3人は、

「なかなか面白い見世物だったぞ、桐堂後輩。また何かやらかすなら教えてくれ。今日のところは帰るとしよう」

「結局ついてきただけで、何もしてない気がするけどまあいっか。また会おうね、亜衣ちゃん」

「……なあ、拘束衣(コレ)、記念にもらっていいか? え、ダメ? あ、ああ。分かった、洗って返すよ」

 などとのたまって、生徒会室から去っていった。というか四上くん、拘束衣なんて欲しがって何に使うつもりなんだ。ひょっとして目覚めちゃったのか。


 そして私はと言うと、生徒会室で正座していた。


「……すいませんでした」

「謝罪ならもう聞いたわ、それに私も悪かったし。割っちゃったものは仕方ないわ」

「アレ、本当に実弾だったんですか?」

「まさか、ふにゃふにゃのゴム弾よ。0距離でヘッドショットしてもせいぜいアザができるくらいね。壺が割れたのだって、弾丸が当たった衝撃で台座から落ちたのが原因ね」

「それなら虎金が弾丸を避けなければ良かったんじゃないかな」


 背中から声がかかる。正座したまま首だけを動かして見ると、そこに変態が居た。

 ケミカルウォッシュのジーンズに、アニメキャラがプリントされたピチピチのTシャツ。当然のようにシャツインだ。

 純白のマントを羽織って青い鞘の刀を背負い、竜の面を被ったその姿は、まごうことなき変態である。


「避けなきゃ痛いじゃないの。よく似あってるわよ変態」

「君が着せたんだろう。僕だって好きでこんな格好してるわけじゃない」

「……ええと、どちら様で?」


 変態は特にもったいつけずに竜の面を外した。糸目の男だ。


「ねえ君、男女で描写の濃さが明らかに違うよね。もうちょっと注視してもいいんじゃないかな」

「野郎に興味はねーです」

「これでも僕、学園の貴公子って呼ばれてて、毎日ファンレターで下駄箱が埋まるくらいには整った顔立ちしてるんだけどな……」

「今時貴公子って寒いですよ。後、自分でイケメンアピールってどうなんですか。いじられ枠なら四上くんが居るので他を当たってもらえませんか」

「いいよいいよー、桐堂さん。もっと言っちゃって言っちゃって」


 東雲先輩が椅子に腰掛けたままやんやと囃し立てる。形勢不利と見たのか、変態は大きく咳払いをして強引に流れを引き戻した。


「雨城学園高等部風紀委員長、西園寺(さいおんじ)銀竜(ぎんりゅう)だ」

「あ、その名乗りさっき私がやったのに。自己紹介にオリジナリティが無いと名前覚えてもらえないよ」

「大丈夫ですよ、東雲先輩。銀竜ですよ銀竜、シルバー†ドラゴン先輩ですよ。こんなに光り輝く名前、忘れようがありません」

「これから西なんとかシルバー†ドラゴンくんって呼ばれることになるわね。よろしくね西なんとかシルバー†ドラゴンくん!」

「人の名前をからかうんじゃない。それに†は必要無いだろう、†は」

「それで、西(シャー)ドラ先輩は何の用があって来たんですか」

「麻雀っぽく略すな。僕はあれだよ、君の王子様だよ」

「私の半径20000キロメートル以内に入らないでください」


 絶対零度の視線を向けると、西園寺先輩は静かに一歩下がった。そのまま大気圏外まで下がって欲しい。

 どういうことなのかと思っていたら、東雲先輩が説明してくれた。


「本来なら、私が5回目の引き金を引いた後に桐堂さんに銃口を突きつける予定だったのよ。その時に銀竜が割って入って、放たれた弾丸を刀で弾き返すっていうアクションシーンがあったんだけど、まあ、実際はご覧のとおりね」

「ゴム弾とは言え、音速で飛ぶ弾丸を弾けるんですか?」

「それくらいできないと風紀委員長は務まらないさ」


 弾丸を刀で弾くなんて本当に出来るのかと思ったけど、東雲先輩は実際に弾丸を回避しているし、不可能では無いかもしれない。今度軍人さんにやり方を教えてもらおう。


「これでも結構練習したんだ。無駄になってしまったけどね」

「ですから、主役の1人を何も知らない人にやらせて劇が成立するはず無いでしょうに」

「予定通りではないけれど、私はこっちのほうが好きよ。何もかも思い通りなんてつまらないじゃない。それにね」


 東雲先輩は椅子から立ち上がり、しゃがみこんで私と目線を合わせる。

 金と紅のオッドアイをいたずらっぽく輝かせ、私の肩に両手を置いて、にっこりと笑った。


「桐堂さんに大きな大きな借りを作れるんだもの」

「……それは、壺のことをどうにかしてくれるという意味でしょうか」

「私の父はこの学園の理事長をやってるの。理事長の娘という肩書きは、可愛い可愛い後輩を守るためにあるのよ」

「当然、タダじゃないんですよね」

「もちろん。私の条件を飲んでくれたら、ということになるわね」

「ちなみに、あの壺はどういったモノなんでしょうか」

「聞いたところによると、一億円の壺らしいわよ。ああでも、あの壺は父さんの私物だから、私が父さんを説得さえすれば丸く収まるわ」


 いちおくえん。

 おわった、何もかもおわった。さようなら人生、こんにちはコンクリートの靴。よろしくね海底の住人。お父様お母様、亜衣は人魚になります。


「桐堂さーん、***目に磨きがかかってるよー」

「思えば短い人生だった……」

「待て待て、儚むな若人よ。なんとかしてあげるから安心しなさい」

「本当ですか……? 私、体売らなくてもいいんですか?」

「そんなことしたらノクターン送りになるじゃない」

「え、臓器売買ってノクターンなんですか?」

「えっ」

「えっ」


 咳払い。


「それで、東雲先輩。とってもとっても聞きたくないんですが、条件とは」

「そうねえ、一億円をチャラにするって言ってるんですもの。それ相応の覚悟はしてもらわないとね」

「先に聞いておきますけど、条件は1つだけですよね」

「目敏いわね。いいわ、1つだけよ。ただし一億円分の条件になるわよ」

「それでも、これをダシに延々と奴隷にさせられるよりはマシですよ」

「あ、それいいわね。それにしましょう」

「へ?」


 東雲先輩は立ち上がり、窓のカーテンをシャッと開いた。燃えるような夕日が差し込み、生徒会室を真っ赤に濡らす。

 くるりと回って夕日を背負い、東雲先輩は私に手を差し出した。


「桐堂亜衣、私の奴隷になりなさい」


 しばし考えた後、ある種の諦めと共にため息をつく。立ち上がろうとして足が痺れてずっこけ、東雲先輩の胸に全力でダイブした。

 ふっかふかだった。

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