表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ドラゴンズプレイジ  作者: 烏骨鶏王国
序篇 巡り合い
1/1

第1話 古き砦

 草をかき分けてゆくと、そこには朽ちた石造りの城があった。


 いや、砦といったほうが正確か。その砦は鬱蒼とした森の中で忘れられたかのように鎮座していた。長年放置されてきたのだろう。古びたその姿からは、砦特有の力強い雰囲気を感じ取ることはできなかった。雨風に打たれひどい有様だ。蔦が石壁の表面を縫い、土くれに汚れている。


「ここが、100年前の砦か……」


 アレクシスは一言つぶやくと、泥に足をとられないようにゆっくりと歩を進めるのであった。もう水が渇れてしまっている堀を迂回して砦の正面に回ると、丸木で造られたはね橋が架かっていた。近寄ってみると、やはりというか、はね橋は腐りかけていた。だが、もともと頑丈につくられていたのだろう、彼が試しに足を置いてみた感覚ではなんとか渡れそうであった。


「僕ひとりなら大丈夫そうだな」


 何回か試し、崩壊の危険性はないと判断したアレクシスは慎重に橋を渡っていった。


 砦の壁門をくぐると、案の定敷地内も荒れに荒れていた。腰丈以上もある雑草を押し分けていき、大きな建物にたどり着いた。詰め所だろうか。おそらく砦の中枢区画だろう。


 アレクシスの見たところ、正面の扉は鉄のちょう番が完全に錆び付いており、開けるのは無理そうである。仕方ないので、隣接する小部屋の雨戸を打ち破って入ることにした。腐っていた木戸は簡単に壊すことができた。ひょいっとお邪魔する。暗い室内は湿気とカビのこもったような匂いがした。空気がどんより漂い、気分まで鬱々としてきそうだ。


 暗闇に目が慣れてくるとあらためて室内を見渡してみた。室内はどうやら小会議室のようであった。


 中央に机があり、いくつかの椅子が散乱していた。どれも砂や埃やらが積もっている。辺境防衛要塞第31号舎、壁にかかっている賞状にはそう書かれていた。この砦のことを知っていた村の老人でさえ、この砦の正式な名前を知ってはいなかった。忘れ去れて、本当に久しいのだろう。アレクシスは少し感慨深く感じながら、部屋の外に出た。部屋の外はもっと暗かった。廊下であることはかろうじて知ることはできた。とりあえずアレクシスは荷物から松明を取り出し、ライターで火をつけた。松明で廊下を照らいてみると、廊下の左右に扉がついて並んでいた。この小会議室のような部屋もそのひとつのようだ。


 ――――ひとつひとつ見て回ってみるか。


 彼の知識によると、100年も前の軍事施設は敵に侵入されても簡単には攻略できないように迷路になっているらしい。もし迷ってしまったら、それは大変骨が折れそうである。


「気を引き締めていかないとな」そう言って、彼は注意深く砦の中を探索していった。




 ◇◇◇   ◇◇◇




 旅人よ。森の中には昔に捨てられた砦があるのじゃ。


 アレクシスがその話を聞いたのは辺境の貧しい村であった。東のほう、人間圏ギリギリ内側、魔圏との境目の森のなかに、砦があるとその村の老人は言った。人間圏の内側といっても、人は住んでいないし魔の眷属どもに阻まれて行くこともできない。ただ、言い伝えによればその砦には“良くないもの”が封印されているという。老人自身も詳しいことはわからないらしい。だが、あるのだけは確からしい。“良くないもの”、というのは行ってみなければ分からない。しかも100年も経ってしまっているし、“良くないも”のが存在している確証もない。


 はっきり言ってしまえば、これだけの情報ではアレクシスは興味は持っても、実際に行動に移しはしなかったろう。辺境を越えればすでに眷属が跋扈する超危険地域だ。ただ興味を持ったというだけで踏み入れるほどアレクシスは愚かではなかった。


 次の一言を聞くまでは。


 そうだそうだ。少し思い出したぞ。その“良くないもの”というのは、龍だったかもしれなんだ。

 龍……?

 そう、おぼろげな記憶で申し訳ないのじゃが、確かそういう話であった。


 これには彼も確かめたいと、たまらなくなってしまった。幸いかどうかは分からないが、彼は剣に自信があった。それで村への挨拶もほどほどに、堺の森へと向かったのだった。そうして2日ほどの時間をかけてこの砦にやってきたのだった。


 道中、眷属らとの戦闘も視野に入れていた青年であったが、不思議なことに砦に近づけば近づくほど、魔の気配は引いていった。どうやらやはり、この砦には何かがあるのだ。本当に龍なのだろうか。伝説によれば龍とは知能が高く、人に知恵を与えてくれたという。ある地域では神と同等に語られることもある。


 だが、龍がもし本当に存在するのならば、この砦に封印した人間をその龍はどう思っているだろうか。仮定として、もし龍が怒り狂っているのならば……、人に危害を与えないうちに殺さなくてはいけないかもしれない。そこまで考えると、アレクシスは手に汗をかいていることに気づくのであった。




 ◇◇◇   ◇◇◇





 砦に潜ってから、結構な時間が経過した。


 兵舎を見つけたアレクシスは、丁度良いとその部屋で休憩することにした。今まで通ってきた道を手帳に新しく書き込み、自分の位置を確認する。小まめに記さないと迷ってしまう危険性があるのだ。雨戸を開け放ってみると眩しい光が部屋に差し込んだ。いつの間にか雲が晴れ、快晴になっている。清々しい風が部屋を吹き抜けた。歩き通しで火照った体に気持ちが良い。

 

 さっそく古くなったベットから虫食いだらけの布団を剥ぎ、床に投げ捨てた。流石にこのボロは使えない。木のベットに腰掛け、腰のポーチの携帯食料を食べて一息をつく。魔の気配もない。気を緩めてみると、思いのほか自分が疲れていることをアレクシスは感じた。窓の外に目を向けると綺麗な青空が見えた。悪くない、と彼は思った。


 アレクシスは体を横にすると、腕を頭のしたで組んで天井を眺めた。相変わらずこ汚い天井だ。埃をかぶった蜘蛛の巣が縦横無尽にへばりついている。


 ……この砦も昔は立派な砦だったのだろうか。そんな考えが頭をよぎった。どうして打ち捨てられたのだろうか。この規模の砦ならば、100人の兵士を駐屯させられただろうに。今では下火になってしまったが、昔は人間圏の拡大を推奨していたという。その名残なのだろう。この砦の周りも昔は森じゃなくて村があったのかもしれない。それが魔の襲撃に耐えられなくなり、今の辺境まで後退したのか。その時にこの砦は捨てられたのか。


「それとも龍とやらが関係してるのかな」


 ぼんやりと横になっていたら眠気が襲ってきた。そういえば、最近は野宿ばかりだった。魔圏近くの森だからと、警戒のために浅い眠りを繰り返し、満足な睡眠をとっていなかった。……これはまずい。揺らぐ意識のなかでそう思った。


 


 ――――人の子よ。おいでなさい。美しい魂魄ソウルを持っていますね。こちらですよ。待っていますよ。

 おぼろげな意識の中、というか夢の中なのかもしれないが、優しい声を聞いた気がした。どこか懐かしいような、それでいてすぐ最近に聞いたような、不思議な声だ。なんだろう。安らぎ、というか穏やかというか、……安心するな。とにかくそんな声を聞いた気がした。ただの気のせいかもしれないのだが。



 どれほど眠ってしまっていただろうか。ふと気がつくと兵舎の一室であった。窓からは西日が差し込み、部屋が真っ赤に染まっていた。結構長いあいだ眠ってしまったようだ。なんということだ。探索もまだほとんど終わってはいないというのに。しかし、夜は魔の力が強くなる。このまま一晩を明かしてしまったほうが安全だろう。


 アレクシスは下手な惰眠で半日を終わらせてしまったことにバツが悪くなったが、急ぐ旅路でもないと割り切った。しかし、夕食の支度をするにはすこし早い。ほんのちょっぴりだけ、探索を行うことにした。この一室を拠点にして、兵舎のほかの部屋をまわってみるのだ。


 隣接する部屋を見回ってみると、古びた日記らしき手記を見つけることができた。ほかにも色々あったのだが、使えるものはなかった。収穫といえば、この手記だけだ。彼はこの砦のことが何か分かるかもしれないと期待したが、どうもダメそうであった。日記の中に書き込もれていたのは人類共通語ではなかった。おそらくこの日記の持ち主の故郷の言葉なのだろう。丁寧に書かれた見たことの言葉に興味を惹かれたが、持ち帰ろうとは思わなかった。そもそも100年も昔の言葉では今も存在している保証もない。故郷の翁たちが古い言葉の消失について、幼少のアレクシスに聞かせたことを彼は覚えていた。国が統一語を定めてからは古い言葉は次々と消えていってしまったことを。


 最初の部屋に戻り、缶詰の蓋をあける。食料はまだ余裕がある。明日一日ぐらい探索に費やしてもゆとりをもって辺境まで帰れるだろう。そう計算しながから火を焚く。一応室内なのだが、構いやしないだろう。壊れた椅子なんかを燃やせば手頃だった。缶詰の蓋を開け、水を足し、火で温める。簡易スープだ。旅人の間では大ヒット商品らしい。アレクシスもその手軽さと美味しさに惹かれて愛用していた。スープに乾パンを浸し、かじる。美味い。人間らしい食事だ。幸せだ。


 その瞬間。背筋を冷たいものが走った。悪寒に鳥肌がたつ。



 魔の気配である。


 アレクシスは忌々しく舌打ちをしながら、火を踏みつける。周囲に闇が戻ってくる。

 彼の結界に眷属が触れたのだ。結界というのは周囲の気配を探るための術式である。旅人や傭兵、いやそれだけでなく商人でさえ、少しでも命の危険にさらされる大体の人間が習得している術式である。人気のなくなる街道、辺境などでよく使用され、これで魔の気配を探るのである。


 彼の結界は適用範囲が結構広く、砦の外壁よりも広く索敵できる。しかし、安心はできない。もし眷属の結界がアレクシスのものより優れて広範囲ならば、アレクシスの存在はとっくに知られてしまっている可能性があるからだ。しかも悪いことに、どうやらそいつはこの砦を目指して進んでいるようだ。


「僕の存在に気がついている?」 


 客観的に見てみれば火を見るよりも明らかであった。砦にはこの自分ただひとり。そのうえ、眷属は砦に向かって一直線に進んでいる。討伐、もしくは撃退。それができなければ自分は今夜ここで死ぬ。逃げるという選択は存在していなかった。

 

 久しい感覚。――――命のやりとりだ。


 ふう、と息を吐くと腰にかけていた剣を鞘から抜き放つ。それは、青碧の色彩の諸刃の長剣。柄、鍔には緻密に装飾が施され、刀身にまでそれは及ぶ。誰の目でも分かる美しい直剣であった。


 彼は剣先を天井に向け、抱くようにして頭を垂れた。静寂。やがて剣に光が宿った。淡い青い光。その仄かな光は灯火のように拡大し、それがアレクシスの全身に覆いかぶさった。そして緩やかに消えていった。部屋は再び暗闇に包まれた。


「【月水面の秘めごと】……。よし、こっちの気配は絶ったぞ。どうする物の怪よ」


 アレクシスの結界は眷属が動揺するように立ち止まる姿を捉えていた。やはり敵も結界による索敵を行っていたのだろう。こちらの気配が無くなって戸惑っているに違いない。しかしこのすべも長くは持つまい。敵が念入りに索敵を仕掛ければいつかはバレてしまう。少しでも時間が稼げているうちに対策を練らねばならない。


 敵は眷属としては珍しく単独行動をしている。こういった手合いは個体の戦闘能力が強いものである可能性が高い。しかも、こう狭い部屋や廊下での戦闘になれば、長物を扱うこちらの不利は必須。だからといって野外に出るわけにも行かない。野外こそ奴らのもっとも得意とするフィールドなのだから。


 アレクシスは考えをめぐらすと、ポーチから手帳を取り出すのであった。


「こうなるんだったら、昼間の寝過ごしも無駄にはならなかったな。夜ふかしは苦手なんだ」

と軽口を叩き、アレクシスは部屋を後にした。




   ◇◇◇   ◇◇◇




 ここはおそらく聖堂だろう。


 砦のなかにも兵士たちの心を癒すために聖堂が備え付けられることがあるらしい。アレクシスとしては、見たことのない造りの聖堂であった。見たことのない女神像が掲げられている。だが剣を思い切り振り回すには関係のないこと。名も知らぬ女神には悪いが、この聖堂がもっともやりやすそうだ。アレクシスは壁際に並ぶ柱の一つに身を隠すと、敵の侵入に備えた。


 敵はおそらくこちらに薄々感づいている。だが敵にとってはアレクシスの気配隠しはどうやら破れなかったらしく、微かな気配を少しずつ辿ってくるに留まっている。アレクシスにとってはこれは好都合だった。不意打ちが決まればそれだけで有利だ。それにこの聖堂は構造的に出入り口は正面扉のみ。


 ……これならやれる。


 じっとりと汗ばむ手汗をぬぐい、その瞬間を待った。雲がきれたのか、月明かりが聖堂内に差し込んだ。まだ、敵は来ない。だがもう少しだ。息を静かに吐き、吸う。落ち着きながら、いつでも飛び出せるように力を蓄える。緊張をしてはならない。焦るな。緊張は体を固くし、焦りは正確さを失わせる。そうして待っているうちに、月が陰り、光が弱まった。


 どれほどの時間が経ったのか、また月明かりが差し込んだとき、扉が押し開かれた。聖堂に入ってきたのは予想通り、大きな躯体をした狼のような怪異だった。四足歩行の獣型であるにもかかわらず、アレクシスの胸の高さまで届くだろう。ツヤのある黒い毛並みに覆われ、太い足が力強く地を踏みしめている。アレクシスは喉を鳴らさずにはいられなかった。強大だ。やつは生半可な魔物ではない。それがはっきりと理解できる。できてしまう。


 巨狼はゆっくりと歩を進めていった。スンスンと鼻を鳴らし、周りを警戒している。ただ魔物というやつらは見た目に反して目が悪かったり、鼻も鈍かったりするのであまり参考にはならないものなのだ。その証左にアレクシスの気配を感じ取ってはいるが、正確な位置まではわからないようだ。狼の形をしてはいるが、嗅覚は鋭くないらしい。いや、もしかしたら嗅覚がないのかもしれない。


 そうして様子を覗っているうちに、好機が訪れた。巨狼がこちらに背を向けたのだ。


 ……っ今だっ!!


 アレクシスは壁を蹴って勢いよく飛び出した。巨狼はそれを敏感に察知して振りむいたが、遅かった。巨狼が回避行動をとる前に、アレクシスの剣が巨狼の脇腹に深く斬り込まれた。ギャンと喚く巨狼を蹴りつけ、剣を抜きとるとアレクシスは再び斬りつけた。しかし巨狼は俊敏に体制を整え、これを躱した。剣士が構えなおすときには、巨狼は目を怒気に光らせてこちらを睨めつけていた。予想外の強襲に、こちらを警戒しているのだろう。


 アレクシスもこの眷属について分かったことがあった。

 この眷属、予想以上に硬いな……。

 やつの黒い毛並みは剣の侵入を阻害し、ダメージを軽減させる働きがあった。先程は勢いよく突きこんだから通ったものの、普通に斬りつけたらどうなるだろうか。彼の剣は一級品の業物であるが、奴の剛毛はそれすらも弾くらしい。彼としては戦慄を覚えざるを得なかった。


 アレクシスは剣先を巨狼に向けつつ、自分は息を短く吸い、気を落ち着かせる。巨狼は傷跡から大量に出血し、はらわたもはみ出してはいたが、敵意は少しも衰えはしていない。油断は絶対に禁物だ。そして興奮しすぎてもいけない。神経を研ぎ澄まし、刃のような殺意を鞘に納めるのだ。そして敵が動けば、その喉元を切り裂き、心の臓に剣を突き立ててやる。

 しかし、巨狼の次の行動は予想外であった。


 衝撃。


 凄まじい咆哮だった。その圧力に吹き飛ばされるかと思った。聖堂全体がビリビリと震え、腐食した漆喰が剥がれ落ちる。一瞬の放心。それがいけなかった。気がついたら体の自由を奪われていたことにアレクシスは気づいた。体が硬直する。まるで石になってしまったかのようだ。奴の特殊能力だ!

 っしまった! なんて間抜けなんだ僕は! これはこいつの魔眼かっ。しくじった!

 魔物の中には瞳を通して魔の法をかけてくる輩がいるらしい。巨狼はそういう輩だったようだ。


「ガアアァァ!」


 アレクシスに飛びかかる巨狼。アレクシスの首に矢のように鋭牙が迫る。

 

「うわああぁぁっ!」


 鈍い音がして、大量の鮮血が舞った。バタバタと床に大量の血飛沫をぶちまけ、もんどり打つ。


「ハアッ! ハァ! 助かったギリギリ動いた。動いてくれた……!」

「グルルアアァァッアア!!!」


危なかった。今のは躱せなくてもおかしくなかった。手が震える。死を覚悟した。巨狼の牙が届くほんの一瞬前に硬直が切れたのだ。これがなかったら確実に死んでいた。そして剣が巨狼を裂いたのは全くの偶然だった。防御をしようとして剣を上げたら、巨狼の首筋に当たったのだ。


「し、死んだか?」

 半分混乱しながら、そして半分期待しながら振り返ってみれば、巨狼が再び飛びかかってくるところだった。咄嗟に動こうとしたが、躱せなかった。剛力による猛烈なとっ突きに成すすべもなく、たちまち転げ落ちる剣士。剣で咄嗟にガードをしたが、巨狼の太い前足で剣を押さえつけられ、反撃を封じられる。さらに凄まじい重量の巨体にのしかかれ身動きも取れない。


 なんという生命力だ!


 腸を引きずり、首から大量出血しているにもかかわらず、こいつの目は全く力を失ってはいなかった。しかも怒気に満ちていた眼光は、気づかないうちに獲物を捕食する歓びに変わっていた。そこにとどめと、再び巨狼の瞳が妖しく輝く。


 力がはいらない。


 ――――魔の眷属に食われたものはその魂をも食われ、眷属の一部となり永遠の奴隷と化すだろう。


 そんな一節が頭をよぎった。


 僕は死ぬのか。

 

 巨狼の大きな口が開く。月光に照らされ、鋭い牙が嫌というほどによく見えた。





『愛おしい美しい人の子よ。あなたの魂魄ソウルは生命のきらめきに満ち溢れ、その輝きを以て億千の心靈を癒し、ソウルのほむらは億千の心靈を導くだろう』





 そのとき、床が割れた。

 床の下から、炎が吹き上げ、突き抜けた。一瞬にして聖堂全体が業火と化した。床が陥没し、バラバラに砕け散る。アレクシスは空に投げ出された。天井まで届いた炎は石壁を溶かし、跳ね返り、生き物のように駆け巡り、荒れ狂った。巨狼がどうなったのかも考える余裕はなかった。壮絶な光景だった。


 ――――地獄がこの世に顕現した。


 アレクシスはそう思った。そして意識を手放した。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ