前
私が相談部室にいたのはたまたまだった。入ってきた彼も、まさかいるとは思わなかったのだろう。扉を開けて固まっている。
もちろん、サービスシーンという訳ではない。
「どうぞ、入って? 相談なら私が受けますよ?」
そう言うと、1年の制服を着た彼は中に入ってきた。
身長は平均より下といったところ、髪は黒く少し丸みを帯びた顔。笑顔を見せていれば高校生には見えないだろうその童顔を、今は暗く歪ませていた。
「紅茶、いれますから、そこに座ってください。砂糖とミルクはいれますか?」
「あ、はあ。砂糖だけお願いします」
声も第一印象に見合う、声変わりをしていないのではないかと思う程に、こう言っては可哀そうだが男らしくなかった。もちろん、口には出していない。
夏休みの間も部室で寛ぐため、と部長と副部長の二人は茶葉を切らすことが無い。それなりに有名な茶葉であるらしいのだが、名前を聞いても私には分からなかった。
とりあえず私と彼の分を注ぎ、テーブルに並べ、彼の対面に座った。この時、まっすぐ向かい合わないことがポイントだ。少し正面からずれることで緊張感を抑えることができる。
「どうぞ」
「いただきます」
私の言葉に促され、彼は紅茶に口を付けた。私は、彼がカップをソーサーに置いたことを確認して、最初の質問をした。相談部員として受けた相談は、後で日時、場所、相談者、応答者、区分、内容、期間、解決方法、完了済、備考をまとめて報告する義務がある。
「お名前とクラスをお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「あ、はい。1年1組の右野琢美です」
「同学年ですね。私は1年4組の美濃岸調です。それで、どんなご相談でしょう?」
私は彼が少し俯いたのを見て、紅茶を一口飲んだ。
立秋が過ぎても未だに暑く、全開にした窓から吹く風は未だにぬるい。吹奏楽部の練習する音が学校中に響いている。
1年1組の右野琢美。名前も容姿も女の子のような彼について思い出してみる。
小学、中学、そして高校と近くを選択し、その容姿から虐められていた時期が小学生時代にあったようだが現在は友達が増え、虐めは減ったようだ。所属は体育祭実行委員会とサッカー部。見た目と違って運動神経はいい。勉強は運動程ではなく悪くはないといった程度。彼女いない歴=年齢だが、好きな子は中学の時代からいたようで、彼女と同じこの☆☆高校にしたという噂。
もしかしたらその恋の相談かもしれない。
「昨日の夜、友達と花火をしていたときに、一人いなくなったんです」
「警察に行ったほうがよろしいかと」
「警察は、その、取り合ってくれないと思います」
「はぁ~」
時々、明らかに警察沙汰だと思うこういった相談があるらしいが、実際に自分が担当することになるとは思わなかった。
こういった相談が来た場合のマニュアルとしては、個人レベルで解決できそうならば普通の相談と同様に解決し、そうでないならば適当な資料をまとめて部長から警察の方に連絡をしてもらうことになっている。現時点では単なる人探しかもしれないが、誘拐や最悪の場合の殺人ともなると流石に警察に連絡しなければならない。
「わかりました。まずは、いなくなった方と、一緒にその場所にいた人を教えてもらえますか?」
「ありがとうございます」
彼は少し思案顔になって思い出しながら言葉を紡ぎ出す。
「えっと、同じクラスの西崎君と篠山君、加藤君、それと二宮君の5人で花火をやって、居なくなった人は、その……」
「……もしかして、名前、知らないの?」
「はい。そこで初めて会ったので」
「それって、その人が帰った訳ではないの?」
「あぁ、確かに、みんなそう言うんですよね、あの人は帰ったって。でも僕は彼が一瞬で消えたのを見たんですよ、こう、瞬きをした瞬間に」
これは何かの怪談だろうか。
「つまり、知らない人が近くにいて、瞬きをした瞬間に消えたから、その人が誘拐でもされた、と思った」
彼は頷いた。
溜め息を吐きたくなるのを堪え、彼の目をじっと見つめる。
目が泳いでいるのは自信が無いからだろうか。今聞いた限りでは、現実的にはただの見間違い、空想的には怪談話となる。どちらにしてもわざわざ警察に行くようなものではない。
もうちょっと聞いてみるか。
「それで、見間違いだと思わない理由は何かあるの?」
「ええっと、それは、あの人達の会話が気になって」
「会話?」
「はい。男の人二人の会話だったんですけど、なんか、殺しただとかよく聞こえなかったんですけど」
「できるだけ正確に再現してもらえますか?」
「はい。えっと――
『おまえ、まさかあいつを殺したのか?』
『ああ、しかたがなかったんだよ、包丁持ってくるしさ』
『どうするんだよ』
『さあな。まあ、俺は』
――っていう感じでした」
与太話が一気に殺人事件までに発展してしまった。