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未定  作者: 久追遥希
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第五話 勧誘

今回はちょっと長いです


 かなり上質なソファに腰を下ろし、深く溜め息を吐く。対面の席でも同じようことをしている女子が約一名いるが、こちらは額に手を当てるオプション付きだ。いかにもやわらかそうな前髪がくしゃっと潰れる。


「まず石沢君、そこの彼は迷子ではない。僕の知り合いというわけでもないし、きっと通りすがりの非リア充だろう」


「うおい、不意打ちだな! 流れ不自然じゃね? ……そっか無視ですかそうですか」


 一人立ち上がったチカちゃんは、部屋内を無駄に歩き回りながら何気に非道いことを宣う。さっきから言葉の節々にその兆候が現れていたが、こいつはナルシストに間違いない。髪に手をやる回数が一分間に八回を越えている。誰もこいつの髪なんか気にしてないと思うんだけど。


「でも、ケータイはホントに反応したのよ。登録外の〝赤〟の点滅だった。っていうか、今こいつのも光ってるんだから間違いないじゃない!」


 俺の正面にあるテーブルを思いっきり叩いて涙目になった石沢さんは、それでも俺に指を突きつけた。そんなに噛み付かれてもな、俺をいくら咀嚼したって米みたいな甘さは当分出てこないぞ。


 やっと返してもらったケータイの小窓――メールの着信があったりすると光るところ――には、確かに赤く小さい光が灯っている。そして延々バイブだ、逃げてる最中からずっと収まる気配はない。……ちなみに、俺はスマホ派じゃなかったりする。イマドキの流行に乗れてない感じはするけど、開け閉めする感覚ってすごい良くね? パカパカ最高。


「――ホントに何も知らないみたいね」


「だからそうなんだって……」


 ちょっと申し訳ない気分になってきた。


「まあまあ落ち着け」


 いちいち立ち止まっては天井を見上げ、一番良い感じに照明が当たる場所を見極めていたんだろうと思われる徳井――チカちゃんなんていつまでも呼んでられるか。歳は俺より上だろうけどそんなことは気にしない方向で――は、振り向くとわざとらしく咳払いをした。


「先に言っておくが、僕は自信過剰ではないぞ? 自意識過剰でもない。周囲の評価を正当に受け取っているだけだ。ただ、初めて会った人とコミュニケーションを取るのが少々苦手でな、僭越ながらこのような方法でごまかしているんだ」


「……おーい。心でも読んでんのかー」


「それは追々説明するとして。そろそろ話を戻した方がいいだろう?」


 ……しぶしぶ、同意。徳井が極度の人見知りだとか、そんな無駄情報より知りたいことはたくさんある。ここで突き帰されたら気になって今夜眠れやしないしな。俺は根っからの安眠主義者(?)なんだ。


「まず、君。柴田君はスキルを持っているな?」


 部屋内に沈黙が訪れる。


 どういうことだ? その単語が出てくるなんて、一般ピーポーの誰もが想像していなかったに違いない。断言できるね。


 だって、スキルだぜ?


「あれが俺を捕まえてきた理由に関係してるのか?」


「質問返しは禁則だろう? さては現代文の授業を睡眠に充てているのか。まあいい、確かにその通りだ。君が今ここに存在しているのは、スキルがあったからなんだよ」


 そして、君を追いかけたときに石沢君が驚異的な動きをしていたのもそのせいだ、と。顔の半分が隠れた男はそんなことを言いやがるのだ。


「……」


 思考が一瞬止まった。


 返答に詰まったのは不思議なことじゃない。どうしろって言うんだ。いい加減に冗談かとも思ったが、目の前の変人は眼帯を軽く抑えながら至って真面目な顔をしていらっしゃる。


「……スキル? 何言ってんだよ、あんなのただの遊び道具じゃ――」


「アンタはまだ、知らないんでしょ?」


 俺の質問に被せるように、ずっと黙っていた石沢さんが小さく口を尖らせながらも話し始めた。うん、可愛い。未だに立ったまま〝考える人〟の物真似をしている徳井は放っておこう面倒臭いから。


「今世界に広まってるスキルは、開発機関が作った内のほんの一部よ。本当の力はあんなもんじゃないわ、でもほとんどの人はその存在を知らない。そういう風になってるから。

 ――こっち側に足を踏み入れることができるのは、〝参加証〟を持った人だけなの」


「参加証……?」


 いや、できることなら台詞を全部解説して欲しいんだけども。……石沢さんの方は心を読んでくれないらしく、だから自分で考えてみるしかない。まあきっと想像の埒外なんだろうけどさ、とりあえず。


 スキルには〝上〟があるってことなのか? 上位、的な。そしてそれは限られた――つまり参加証とやらを手に入れた人にしか与えられていないと。


 馬鹿馬鹿しい。とは、思わなかった。


 むしろ、あれだけ「世界を変えてやる!」とか息巻いていた開発機関が、〝大したモノじゃない〟という評価を甘んじて受けていた理由を聞いて納得すらしてしまった。


 そうじゃない。本当に世界を変えるかも知れないスキルを完成させて、だけど公表しなかっただけだとしたら――。真偽は不明だが、前者よりは信じられるような気がした。


「そ、〝参加証〟。入手方法はケータイを買うことかしら? 異常に低い確率でデータフォルダの中にそれが入ってるの。そして〝参加証〟の入ってるケータイは上位のスキルを受け付けてくれるようになるわけ。原則は、だけどね」


 話している内に石沢さんの表情はやわらかくなっていく。仏頂面と吹っ切れたような笑みが半々になったような顔は、何となく目が離せない。


 できない奴の面倒を見るのが意外に好きなタイプなのか、彼女は目にかかっていた淡い茶髪を払い除けながら身を乗り出した。何か放課後一人で教室に居残りさせられてるガキの気分だ。


「分かる?」


「多くの人が気付いていないようだが実は『分かる』という言葉は非常に定義が難しくそれ故に軽々しく使うことは避けたほうが良いと思うのだがこれ如何に」


 飽きたのか突然語り出した暇人ではなく、確認するように首を傾げた石沢さんに微妙な違和感を覚える。


 さっきまでの激しい気性も、今見せている穏やかな優しさも、多分どっちも彼女の本当の性格なんだろう。別に二重人格者って訳じゃない、怒りっぽい人間でも一生怒鳴り続けるはずないだろ?


 そんな彼女の表情は、少しくらいは俺に気を許しているように見える。でも、俺を連れて来たのは勘違いだったらしい。だとしたらこの説明を最後まで聞いたらそこでバイバイ、ってことにならないか? 

 だってこの少女は俺を探していたわけじゃないんだから。当然の帰結。そうならない道理がない。


 ……ん? だから何なんだ。不意に妙な気分に襲われる。


 朝の変な少年と出会ったとき、俺は確かに厄介ごとに巻き込まれたくないと思っていたのに、気付けば彼の〝お願い〟を聞き入れていた。もちろんそれは他人の頼みごとを断れない性によるものだが、ただそれだけってわけでもない。


 これまで感じたことのないような感情が、俺をあの場所から動けなくしたんだ。


 そして今、またそのときと同じような感覚を味わっている。いや、朝よりももっと強く、何かが俺を捕らえて離さない。逃げたいという気持ちが起こらない。何なんだろう、これは?


 この違和感の正体を指し示す言葉を、俺は知らない。分からない。


「……ねえ、聞いてるの? 人に喋らせといて無視?」


「あ、いや、うん。分かった」


 ああもう、思考が負のスパイラルだ。デフレだ。やめやめ。


 まあ、とりあえず石沢さんの言ってることは分かる。〝参加証〟のないケータイにはしょぼい方のスキルしか入れられないってことだろう。まさに参加するための証、言い得て妙だ。


「そう? ならいいけど。あ、それでね、〝参加証〟を持ってる人のことを〝所持者〟って言うんだけど、そのオーナー同士が直線距離で五十……かな。確か五十メートル以内に近付くとケータイのどっかが点滅するのよ。振動もするわ」


 だから……、と言って俺のケータイを再び取り上げた彼女は慣れた手つきでデータフォルダから〝スキル〟を呼び出し、展開する。そうか、今気づいたが俺のケータイは既に会社の共有財産ですか。


「やっぱり。……ね、あったでしょ?」

 

 そう、点滅は今も続いている。彼女の話を信じるなら俺も〝参加証〟を持ってるはずなんだ。

石沢さんがこっちに向けてきた長方形の画面の左上方には、それを示すアイコンが確かに存在していた。


「ホントだ。いつからこんなのあったんだ? 俺そのとき生まれてたかな?」


「……特殊ってことは確かね。〝参加証〟が自然発生するなんて聞いたことないし」


 スルーか、ちくしょう。


 ふと窓の外を見上げると、もう大分夜に近づいているようだった。春とは言えど結構暗い。栄名市に現在稼働中の工場の類はあまりないが、田舎ってわけでもないから星は一等星か二等星くらいまでしか見えないんだ。今なんか月しか拝めない。表面に生息しているらしいウサギさんにお目にかかれた例もないしな。


 つられるように空を仰いだ石沢さんの目が驚愕に見開かれる。


「えっ? ちょっと待って今何時?」


「あと二秒で午後七時ちょうどだ。――まだ追うつもりだったのか? 柴田君を連れて来た時点で我々の負けは確定だろう。行方は完全に分からなくなったじゃないか。そうそう何度も尻尾を見せるような野良猫じゃないよ、あいつは」


 介入の余地もないくらい素早いコンビネーション。それと同時にさっきのパソコンが唸りを上げ、大きなディスプレイに〝YOU LOSE!〟の文字を出現させる。当然、意味が分からないのは俺だけらしい。


「……勝負って、言ってね、スキルを賭けて、追いかけっこをね、するのよ」


 周囲が少しモノトーンになったかのような錯覚を起こすほど沈んだ石沢さん。劇画かよ。あれ、ていうかこれどういうこと? よく分かんないけど嫌な予感がするよ?


「まずゲームを仕掛ける人は好きなだけ対象組織を選んで、捕まえるまでの期限とお互いが賭けるスキルを提示するんだ。閑話休題、賭けるスキルって語呂が良いと思わないか? 何かちょっと英語みたいで。――そんな顔で見ないでくれ照れるじゃないか。対人恐怖症もどきだからキャラを作ってると言ってるだろう? それとももう忘れたのか?」


「さて置くなよ。ってかお前それ完全に地だろ! それがキャラとか有り得ねえ……。そしてスキルは最初っから英語だ」


 一度に挿んでくるボケの数が多すぎて対処しきれない。さっき自分で〝会社〟のリーダーとか言ってたような気がするんだが、こいつには小学校の修学旅行での班長すらまともに務まらないと思うぞ? 班員すっぽかして東照宮見学に来てた外国人相手に演説とかかましそうだし。


「ヒートアップは良くないな、続けるぞ。――当然、良いスキルを賭けたり、勝負期間を長く設定したりすると凄まじいスキルを要求できる。リスクは高いがな。そして一つ以上の組織が了承すればゲームが始まるわけだ。先週から我々〝会社〟は、迷子とのゲームを行っていた。それで、その、な」


 眼帯をしていない側の頬を掻きながら言いよどむ徳井。隻眼は俺を哀れむように見つめているっぽい。何だよ――と思う暇もなく、


「ア・ン・タ・がっ! アンタがあんなとこにいなければ七時の期限に間に合ってたかも知れないのよっ! 何してくれちゃってんのよホントに……もう少しであの迷子に勝てそうだったのに」


 感情の切り替わりは刹那的、一気に喜怒哀楽の怒の色が強くなる。悪い予感の理由はこれか。

つまり石沢さんは迷子って人を、多分スキルを使って探してたんだ。そして場所を絞ってからケータイの点滅を頼りに走り回っていた。だから、たまたまその地点にいて、しかもたまたま〝参加証〟を持っていた俺を迷子だと勘違いして追いかけた。


 でもそんなこと、ただの偶然で済ませられる問題じゃない。俺があそこにいたのはどうしてだ? 頼まれたからだ、今朝の電波少年に。「向こうも誤解してくれるだろう」だとか「逃げ切れる」だとか、言ってた、奴に。


「じゃあ朝会ったあいつが迷子……ってことなのか? ――嵌められたぁああ!」


「……そうなんじゃない? 向こうも当然所持者だからアンタが囮に使えるってことくらい気付くと思うし」


 呻き声を上げて頭を抱え込む俺。やっぱり意味の分からないお願いなんて聞き入れなきゃ良かったんだ。……今さら遅いし、同じ過ちを今後も繰り返すこと請け合いだが。


 石沢さんは悔しそうに下唇を噛んでいる。


 俺に害意がなかったのは確かなのに、それでも罪悪感ってのは込み上げてくるもんだ。


 ――さすがに空気を読んだ徳井も黙り、静寂だけがこの空間を支配する。


 そして。俺には、次に誰がどんな台詞を発するのか、何となく想像がついていた。――俺に用のある奴はもうここにはいない。むしろ邪魔なくらいだ。だったら当然、


「じゃあ……」


 来るべきなのは、サヨナラ的なお別れの言葉。


 これで終わり。


 ……本当にどうしたっていうんだろうな。どういうわけか知らないが、俺は今、この場所から立ち去りたくないと思っている。


 石沢さんが、口を開く。


「ごめん。でも、巻き込むわ」


「……は?」


 予想外の口上に、間の抜けたような返事しかできなかった。


「アンタが迷子に利用されただけっていうのは分かったけど、〝参加証〟を持ってるのはホントなんでしょ? だったらさ、あたしたちの〝会社〟に入ってくれない?」


 ってゆーか、入りなさい。……暗にそう言ってるのがはっきりと見て取れた。


 少しだけ、体が震えた。


 いつの間にか腕全体に渡って鳥肌が立っている。


 あの違和感が何だったのかは未だに分からないが、鳥肌、なんてもんはよっぽどゾッとしているときか、あるいは――よっぽど嬉しい気持ちが起こったときくらいにしか出現しない。

 

 そうか。俺は、ここに残れることを喜んでるのか。


「ああ……。乗った」


 陳腐な表情かも知れないけど――初めて目にした石沢さんの満開の笑みは、太陽の何倍も明るかったと思う。

ありがとうございました


観想いただけると嬉しいです

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