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未定  作者: 久追遥希
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第四話 困惑


「さ、早くケータイ出しなさい。アンタ負けたでしょ? もしかして今まで負けたことないからルールも分かんないとか言うつもり?」


 ルールもなにも、今起きていることは何もかも俺の理解の範囲外ですが。


 ――あの後。紺色のコートの少女は落とし穴にはまっていた俺を軽々と持ち上げ、この町外れの廃ビルへと連れて来た。廃ビル、とは言っても特に汚れたり壊れたりしているわけじゃない。建設途中で前の持ち主が手放したからか塗装が未完成なだけだ。白く塗られていない部分は無骨なコンクリートが丸見えになっている。四階建てというのがまた何とも可愛らしい感じで、高層、なんて枕詞はお世辞にもつけられないな。……当然エレベーターなんて先進国の産物は存在しないだろう。


 つまり何が言いたいのかって、そんなことをつらつら語ってなきゃいられないくらいに呆然としてるわけなのさ。


 抗う暇も無く広めの応接室といった様子の部屋に通され、見ると、まんま〝校長先生の机〟に一人の男が少し俯きながら座っていた。左目には眼帯、着ているのは白衣、前髪を不健康に伸ばしている姿はまさに〝変人〟だ。できることならお見知り合いになるより早く帰らせていただきたい、なんてのは夢想にしかならないんだろうがね。


 さっき俺を捕まえた少女は自分たちのことを〝会社〟だとか言っていた。会社? なら目の前の男は社長ってか? ……我ながら意味不明だが、半分ぐらい現実逃避だから気にしない。


「まあまあ、そう焦るな石沢君。急げば必ず良い結果が得られるとは限らないだろう? むしろ逆だ。急がば回れというじゃないか。山のごとくどーんと構えてみたら良い。そうだな、まずは基本に忠実に、挨拶からやってみるべきだろう」


「〝会社〟です、って言った」


 石沢、というらしい少女は確実に冬物だと思われるロングコートを脱ぎながら、ふくれっ面で答えた。その拍子に明るめな茶色のショートヘアが揺れる。よく見ると滅多に出会えないレベルに可愛い顔立ちだ。こんな状況じゃなければ惚れてたかも、なのだが、


「石沢君……やけにテンションが低くないか?」


「さっきこいつ追ってるときに転んだのよっ! そりゃ調子に乗って速度上げすぎたアタシが悪いんだけど、まだ足とか痛いの!」


 ……かなり気が強い性格なようで。というか俺の手持ち無沙汰感が半端じゃないんだが、誰でも良いから構ってくれ。やたら小綺麗なこの部屋には俺と孤独を慰めあえる黒猫もいない。


 そりゃあ溜め息もこぼれるってもんだ。


 そんな俺に気を遣ってか、社長さん(暫定)がゆっくり顔を上げる。一瞬意外そうに眉をひそめつつもすぐに口元を緩めて切り出した。


「紹介が遅れて申し訳ない。僕は一応ここのリーダーをやっている徳井宜親だ。人徳の徳に井戸端会議の井と書く。気軽にチカちゃんって呼んでくれ」


「よろしくチカちゃん。俺は芝刈り機の芝じゃない方の柴に田で柴田っていう……から、もうどうとでも呼べ……」


 半ばやけになってノッた俺はしかし、途中で明らかなトーンダウン。


「何バカなことさせてんの」


 気候に相応しい涼しげな服装になった少女が変人チカちゃんとの親交を図っていた俺の右腕を唐突に引っ張ったからだ。何てことしやがるんだ、まるで女子とは思えない。……なんとなく男女差別中な俺は、そのまま部屋の片隅にある大型パソコンのそばに立たされる。何て言うかさっきから俺の自主性的なものが著しく欠如している感じだ。ここら辺でちょっとは反抗しておかないと――、


「なあおい、いい加減にしろよ。俺はここがどこなのか、お前らが誰なのか、これから何をされるのかすら分かってねえんだぞ。説明責任!」


 覚えたての単語をやたらと使いたがる中学生のように叫ぶ俺。激しく幼稚だがそんなことはどうでもいい。若干開き直り気味な俺に彼女は、呆れていると言うよりはむしろ怪訝そうな表情を作る。まるで俺の真意を計りかねているかのように。そんな瞳をされるととんでもなく居心地が悪いんだが。


「……アンタ何言ってんの?」


「……だからこっちの台詞だって」


 ダメだこりゃ。そう高くない天井を仰ぐしか方法はない。


 こうまで話が噛み合わないこともなかなかないだろ、と思う。あっちもこっちも相手を理解できないんじゃ仕方ない。分かり合うっていうのは大事なことだよやっぱり。言葉を使い始めた人類の皆さん、あんたら偉いわ。


 溜め息を吐きながらもとりあえずは催促に従って自分の携帯電話を渡してみる。……今気付いたが、拉致って来ていきなり個人情報の宝庫を提出しろとは、結構やばい雰囲気なんじゃなかろうか。このすばらしき現代日本において情報が流出することぐらい怖いことはない。掴まれたら最後、きっと色々あってから最終的にはコンクリ詰めになって東京湾に沈められるんだろう。何てこった。


 無知をさらけ出しているとしか思えない嫌な空想が膨れ上がっていく中、少女は俺の携帯をパソコンの脇にセットし、何やら操作を始める。これってもしかして、悪い方の意味で人生の転機ってやつ?


「〝上〟への接続を確認。認証開始。対象、ナンバー08。迷子。組織コード〝会社〟。これで良し、っと……あれ? うそ、エラー? ……何でっ?」


 だけど疑問符を連発しながらキーを叩きまくる石沢さんを見ていると、


「いや、今この場で一番〝何でっ?〟って訊きたいのは絶対俺だから」


 ――なんか冷静になれた。


 ついに甲高い警告音が部屋中に響き渡る。「エラーなんだからちょっとは黙ってろよ! 今頑張って処理しようとしてんだろ!」とコンピュータ氏がキレたみたいだ。それで諦めたのか、彼女はよろよろとソファに近付きバタッと効果音付きで倒れ込む。


「だ、だったらアンタ、誰なのよ……」


「……要するに何だ? まさか勘違いで俺を捕まえたってことなのか?」


「……あー」


 聞こえない聞こえない聞こえなーい、のジェスチャー。小四か。


 もうどうにでもなれと思いつつあった俺に救いの手を差し伸べたのは白衣の変人――もとい、チカちゃんだった。


「君たちには会話が足りなすぎたようだな。僕の方からちゃんと説明するから、二人ともそこにお行儀良く座るんだ」


 窓の外では、空がようやく灰色から黒への変化を遂げようとしていた。



ありがとうございました

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