第二話 【6】
その日の夜、オクラの館の正門とは逆側の塀の外で、カイト達三人は待機していた。カイトとジェイルは館の塀に背を預け、エマは二人の正面に立ち話をしている。
「体中が痛ぇ。くそ~、ミーファの奴」
「人族というのは丈夫なのだな。我々では骨折くらいはしていそうなものだ」
エマは素直に関心している。ジェイルは体中痛がってはいるが、まったくの無傷であることに驚いているようだ。
「いや、普通の人族は骨折してるって……」
「まぁ、俺様くらいになると、このくらいはなんでもねぇよ」
「というか、自業自得だしな。これで怪我してたらカッコ悪いことこの上ない」
「自業自得ってお前な。俺はお前の心の声を代弁してたんだぞ」
「お前と一緒にするなよ」
「じゃあ、おめー本当にあの時想像してなかったのか?」
ジェイルの言葉に思わずカイトはエマを見た。エマは何を言っているのかわからないという感じでキョトンとしている。
「……そろそろ、時間だ。行くぞ」
「ごまかしやがったな……」
カイトはジェイルの言葉を無視し、塀にある裏口と思われる出入り口の近くに寄った。しばらく待っていると館側から裏口の扉を誰かが叩いた。
「来たぞ」
カイトも同じくその扉を叩く。すると扉が館側から開けられミーファが顔を出した。
「ごめん。ちょっと遅れた」
「大丈夫だ。中は?」
「オクラの姿が見えないけど、多分地下。後は見張り以外はみんな寝たよ。あ、ジェイル。無事だった?」
カイトの後ろにジェイルを見つけると、詫びれることもなく笑顔で話しかけた。
「当たり前だ!! まったく……」
「さて、中に行くか。地下室への場所は?」
「ついて来て。窓からも見えるから一旦外から見せるよ」
カイト達三人はミーファの後に続き庭へ入り、館の窓の一つで壁際によった。ミーファは声を出さずに中を見るように指で合図している。
「あれか……」
カイトが窓から中をそっと覗きこむと下へと続く階段の所で体つきの良い男が二人、あくびをしながら立っているのが見えた。それを確認するとカイトは他の三人に屈んで寄るように合図をする。
「傭兵だな。俺とジェイルでなんとかしよう。ミーファ、あいつらの気を引けるか?」
「出来ると思うけど、大丈夫? 暴れると騒ぎになるよ」
「心配するな」
そう言うとカイトは軽く笑った。
「まあ、まかせるけど。じゃあ、みんなはあっちに扉があるからそこから入って。鍵は開けといたから。入って真っ直ぐ進んで突き当たりを右がさっきの廊下。あたしは逆から入ってあいつらの気を引くね」
「ああ。じゃあ、後でな」
カイト達はミーファと一度別れると、ミーファに言われた扉に向かった。
「ここだな」
ミーファに言われた場所に来ると、館の裏口と思われる扉がある。
「行くぞ」
カイトはジェイルとエマを見ると二人は無言で頷く。カイトが扉を開け周りを警戒している間にジェイルとエマが音を立てないように内部へと入った。中はかなり暗いがカイト達もしばらく外で目を慣らしていたため、見る分には問題が無かった。ジェイルを先頭にゆっくりと進んで行くと、ミーファの言っていたとおり右に曲がれる角があった。そこで、ジェイルが後ろの二人を手で制し、ゆっくりと角の先をのぞき見ると二人の見張りの姿が見えた。
「いたぞ。ミーファはまだ来ていないな」
「距離は?」
エマを挟んで後ろにいたカイトが聞く。
「十二、三歩ってところだな。お、ミーファが来た」
ジェイルからミーファが逆側から見張り達ににこやかに近付いて行く姿が見える。
「……あいつ、色仕掛けしてねぇか?」
「え?」
カイトもエマ越しにのぞき見ると、確かにミーファはにこやかにローブの裾を少しめくっているように見える。見張りの二人もカイト達に背を向けミーファに近づきなにやら話しかけていた。
「色仕掛けとはなんだ?」
エマは見ても意味がよくわからないらしい。
「エマにも是非覚えてもらいたい男の気を引く高等テクニックだ」
ジェイルが真顔で答える。
「本当か?」
ジェイルの言葉はいまいち信用できなくなってきたのか、エマをカイトに確認する。
「男の気を引くテクニックには違い無いが、エマは覚えなくていい……」
「そうなのか」
エマは何故か残念そうだ。
「それより、そんなに長くは持たないだろ。とっととやろう」
「だな。俺は左をやる。カイトは右の奴にいってくれ」
「ああ」
ジェイルはカイトに見えるように指を三本立てると、一本づつ折っていく。そして、最後の一本を折ると同時に二人は飛びだし、音を立てずに一気に見張りに接近すると手刀を首筋打ち付けた。見張りの二人は悲鳴を上げることも無くその場で卒倒する。
「おお、すごーい」
ミーファは音を立てないように拍手した。
「ミーファ、お前さっき色仕掛けしてただろ?」
「えっ? うん。だって気を引くんでしょ?」
「お前……以外と自分に自信満々だろ?」
ジェイルの言葉に何故かミーファは胸を張る。
「当然!」
「そ、そうか……」
「そんなことより、ミーファ。近くに空いてる部屋は無いか?こいつらを隠さないと」
ジェイルとミーファのやり取りの最中にエマと二人で持ってきたロープで見張りを縛ったカイトが割って入った。
「あ、ここがいいよ。倉庫になってる」
地下へと続く階段のちょうど正面の部屋をミーファが開ける。
「よし、ジェイル」
「おう」
カイトとジェイルは見張りの二人を倉庫に運び入れ、中に備品の一つとして積まれていた布できつめに猿ぐつわをし、柱に縛り付けた。
「さてと、行くか」
カイトの言葉に三人は頷くと、倉庫を出て階段から地下へと降りた。
「暗いな。窓が無いからか」
ジェイルが階段を下まで降り切ったところでその先の通路を見ながら呟いた。確かに通路の奥は闇に包まれている。
「明り付ける?」
ミーファが杖を構えた。
「やめとけ。相手が魔法士なら魔力を集中すると感づかれる」
ジェイルに止められミーファはしぶしぶ杖を腰に戻した。魔力は目に見えるものではないが、魔法を使うために魔力を集中するとその気配に気付ける者も多い。まして、魔法士であれば尚更である。
「このまま進むしかねぇな。まあ、人の気配はしねぇしいきなり出くわすこともねぇだろ」
ジェイルを先頭にミーファ、エマ、そして最後尾にカイトが付き地下を進む。外の庭の下まで地下は続いているらしく、かなりの広さがあった。一度突き当たりの角を曲がったところでジェイルが明りが洩れている部屋に気付き三人を手招きした。
「あそこにオクラが居そうだな」
四人はそっと近づき、少しだけ空いている扉から中を除くと、中には黒いローブを来た老人が魔石の明りの灯された机で何かの本を読んでいるのが見えた。四人はそれを確認すると、一度その場を離れ角の所まで戻る。
「あれが、オクラか?」
「うん。間違いない」
カイトの問いにミーファが小声で答える。
「やっぱり、ここで何かの研究をしていることは間違いないな。さて、どうするか」
「証拠とは何を探せばよいのだ?」
エマがカイトに聞く。
「そうだな。おそらく研究成果を何かに書き留めているだろうから、そういうものが見つかればいいんじゃないか」
「手分けして探すか?」
ジェイルが言う。
「ああ、地下にはオクラ以外はいなさそうだから他の部屋を片っ端から見ていこう」
カイトがそう言うと、四人は別れ各々別々の部屋へと入って行った。