第二話 【4】
「あそこか」
カイトとジェイルは魔法士協会のリガルに教えてもらった館から少し離れた小路に来ていた。そこから間に数軒越しに調査対象であるオクラ・トマエルの館とおもわれる二階建ての建物が見える。
「だな。が、ここからじゃ構造がよくわからねぇ。もう少し近づいて一回りしてみようぜ」
二人が館に近づいてみると個人の館にしてはかなり大きいほうで、木造二階建てでかなり年季が入っている。そして、館の周りには大人の身長の二倍はありそうな塀で囲まれていた。二人はその塀の周りを怪しまれないように館からは視線を外して歩き始めた。
「この塀は厄介だな。無理に飛び越えると目立ち過ぎる」
「ああ、だが見張りの姿は無い。夜やるか?」
「まあ、忍び込むなら夜だが、証拠を掴むとなるとそれなりに館を調べて回らないといけないしな。さすがに中には何人かはいるだろうし、怪しい研究の証拠が見つけやすい所にあるとも思えない。そう長時間探すことはできないだろうから中の見取り図みたいなものが手に入ればいいんだが。こんな年季の入った建物では無いだろうな」
「無理やり侵入して、オクラってのを見つけてふん縛って脅して吐かせるってのは?」
「……吐けばいいが、吐かなかったら俺たちはただの強盗になってしまうよ」
二人が正門のある側まで歩いてくると、馬車が一台二人を追い抜き正門から中へと入っていく。その馬車の横にある窓から、短い黒髪で顔は皺だらけの老人の姿が見えた。
「見たか?」
「ああ、あれがオクラだな。根が暗そうな奴だったから間違いねぇ」
「どういう根拠だ。だが、そのようだな。このまま正門を通りすぎよう」
二人は正門の前まで来ると、門は既に閉まっていて中を見ることは出来なかったが、ジェイルがあるものに気付く。
「おい、カイト。これだ」
親指で正門に何枚か張ってある紙を指す。その表情は楽しそうだ。
「ん?……本気か?」
「ああ、いい手だろ。怪しまれずに中に入れるし、動き回ることも可能だ」
「お前がやるのか?」
「んなわけあるか! 条件にも合わねぇ。エマが出来るとは思えねぇから、ミーファだな」
「まあ、とりあえず本人に聞いてみるか?」
カイトはあまり気のりはしていないようだったが、他に手も見当たらないため何枚か張ってあった張り紙を一枚剥がすと、とりあえず宿に戻ることにした。
「メイド!? あたしが?」
ジェイルからオクラの館に張ってあった張り紙を渡されたミーファが叫ぶ。今度は先ほどとは違いカイト達の部屋に集まった。
「ああ。ナイスアイディアだろ。条件にもピッタリだ」
ジェイルはさっきから楽しそうだ。
「メイド募集(条件:住み込み。若い女性に限る。)。…メイドとはなんだ?」
ミーファから張り紙を受け取ったエマがその張り紙を読み上げると、内容が理解できないためカイトに視線を送る。
「まあ、言うなれば家のお手伝いさんみたいなものだ。料理を作ったり、掃除したり、洗濯をする人を雇うんだよ」
「人族というのはそんなことも自分で出来ないのか…」
エマはため息混じりに呟いた。
「いや……そういうことでは。俺たちは自分でやってるし……」
カイトもため息混じりに呟いた。
「てゆーか、条件が怪しすぎない?というより、イヤらしすぎる……」
「わかってないな。それが男のロマンなんだよ」
ジェイルは何故か開いた窓から遠くの山を眺めて呟いた。
「お前、そればっかだな。だが、今回のこれは断ってもいい。すこし危険だ」
「え、なんで? やるけど?」
「え、やるの?」
カイトはミーファに助け船を出したつもりだったが、ミーファは何故か割とやる気だった。
「まあ、ちょっと条件が気になるけど結構興味あるし。やるよ」
「なんだ、お前メイドになりたかったのか?」
未だ遠い目をしていたジェイルにも聞こえたのか、拍子抜けしている。
「違うって……オクラって奴の研究の方。まあ、危ないと思ったら館を吹っ飛ばしてでも逃げてくるから大丈夫」
「おいおい。せめて扉を破壊するくらいにとどめてくれ」
ミーファが得意気に言った危険なことをカイトが制止する。
「まあ、俺たちも館の近くにいるから何かあったら大声で叫んでくれ。乗り込んでいくからさ」
「りょーかーい」
「だが、ミーファ。お前、メイドなんて出来るのか?」
どちらかというとミーファはそういうことが出来なさそうに見える。
「失礼な。大丈夫。うちに結構居たし」
「うちに…」
「いた?」
カイトとジェイルが驚く。エマの表情は変わらない。
「お前、ひょっとしていい所のお嬢なのか?」
ジェイルが驚愕の目をミーファに向ける。
「え?……あは、あははは……今日はもう遅いから、行くの明日の朝でいいよね? それじゃ、おやすみ~」
ミーファはそういうと、逃げるように自分の部屋へと行ってしまった。
「怪しすぎる」
「なんだかよくわからないが、とりあえずミーファが潜入して調べるということなのか?」
エマが立ち上がりながら聞いてきた。
「まあ、そんなところだ」
「そうか、私も見てみたかったのだが仕方ないな。私もそろそろ部屋にいく」
「ああ、俺たちも今日は早めに休むよ。なっ」
カイトはジェイルの方を見たが、ジェイルは心外そうな顔をしている。
「なんで? 俺はこれから街に繰り出してくる」
「……好きにしてくれ。俺は先に寝る」
エマとジェイルが部屋を出ると、カイトは風呂に入り早めに眠った。
「こんにちは~!! 誰かいませんか~!!」
翌朝早く、ミーファは一人でオクラの屋敷に来ていた。途中までカイトが一緒だったが、屋敷に近づく前に別れ近くに身を隠している。
ミーファは門の前でしばらく待つと、門が中から開かれ若い女性が姿を現した。メイドの一人のようだったが、それよりもその服装にミーファは驚愕したが、表情に出さずに用件を告げる。
「張り紙を見て雇ってもらいに来たのですが」
「ああ、メイドの件ですね。よくおいで下さいました」
メイドはにこやかにそう言うと、ミーファに面接があることを告げ中へと招き入れた。手入れの行き届いた庭を抜け,館の広間に通されしばらく待たされると、奥から黒いローブを身にまとい、白髪のボサボサ頭で顔に皺が何本も刻まれた老人、オクラが姿を現した。
「お主か?」
「はい、メイド募集の張り紙を見まして、雇って貰えないかと」
ミーファは、らしくないほど愛想よく話す。
「条件は知っておるな?」
「はい、住み込みでで問題無いです」
オクラはそれを確認すると、ミーファを頭のてっぺんから足の先まで舐めるように見回す。その視線にミーファは悪寒を覚え、額から汗が滴ったが表情は崩さず笑顔を向けている。
「合格じゃ。今日から働いてもらう」
「へ?」
オクラの言葉にミーファは間の抜けた声を出す。何を根拠に合格なのか聞きたくも無かったが、メイド経験を聞かれることもなく、断られた場合の泣き落とし方法まで考えたいたミーファは拍子抜けした。
オクラはそれを気にすることもなく、先程から部屋の隅で控えているメイドを呼ぶとミーファにメイドの仕事を教えるように伝え、とっとと部屋を出て行ってしまった。呆然としているミーファにメイドはてきぱきと仕事内容を伝える。特に特別な仕事は無く、一般的なメイドの仕事のようだった。我に返ったミーファはとりあえず、荷物を取ってくるとうそをつき一度屋敷の外に出ると、カイトにそのことを告げ再度館へと戻っていった。
カイトはその後も予定通り、屋敷から叫べば聞こえる位置に待機した。
「そろそろ交代するぞ」
ミーファが館に戻ってから数刻程たつと、カイトのもとへジェイルが交代にやってきた。
「順調なのか?」
「ああ、とりあえず明日の昼に館を抜け出して状況を報告に来ることになったよ」
「割とあっさりと進むな。楽でいいが」
「どうかな。何か見つかればいいが」
そう言うとカイトはジェイルと見張りを交代し、宿へと戻っていった。
宿の部屋に戻ると、中ではエマがいつも通り外の通りを眺めていた。なじみの無い人族の生活はめずらしいことが多く、見ていて飽きないらしい。そんなエマにカイトは声を掛けると現在の状況を説明した。
「そうか、何か禁呪の証拠は見つかると思うか?」
エマは窓の外を見たまま、質問返す。
「難しいだろうな。そう簡単に見つからないとの自負があるからメイドなんて募集しているんだろうし。だが、館の内部構造と人数、そして内部から手引きが可能になれば潜入もやりやすくなる」
「なるほど。では、我々も行くことになるのか?」
エマは窓の外からカイトに視線を移す。
「多分な」
「それは楽しみだ」
笑みを浮かべながら再度視線を窓の外に戻した。
「……エマ、人族の生活って楽しいか?」
「ん? まあ、エルフの生活よりは刺激的ではあるな。エルフの村は平和ではあるが、何も変わらぬ日々を何百年も淡々と続けているだけだ」
「へ~。俺はそういう生活も嫌いじゃないけどな」
「人族程の寿命ならそういう生活も悪くはないのだろうが、我々には永遠の時がある。あまりそういう生活を続けると感情が希薄になるのだ」
「感情が希薄?」
「気にするな。お前たちには理解できないことだろう」
「?」
何かを思い出したのか、エマの表情は少し寂しげに見えた。
その日は翌日まで夜通しでカイトとジェイルが交代で見張りを行った。