第四話 【06】
「森っていいね」
ジェイルの道案内で、四人は北東に森の中を進んでいるとジェイルの隣を歩くミーファが、木漏れ日を受けて気持ちよさそうに伸びをする。
「まだなのか?」
カイトはあたりを見回す。
既に街を出てから一刻ほどが過ぎていた。
「そろそろ着くと思うんだが――あっ! あれだな」
ジェイルは正面の木々の間に見える山小屋を指さした。その山小屋は古ぼけてはいたが、割としっかりとした木こり小屋であり、入り口周辺の地面の草が剥げているところを見ると、現在も使われているようだった。
四人は一度その場に立ち止まる。
「どうするの? 前みたいに忍び込んで探す? でも、ここで夜まで待つとか嫌だよ」
「そんなめんどくせぇことする必要は無ぇだろ。直接聞いてみようぜ」
そう言うとジェイルはそのまま小屋へと近づいていく。
「おいおい。聞いても吐かなかったらどうするんだ?」
カイト達もあわてて追いかける。
「ん? 嘘ついてるようなら、ぶっ飛ばせばいいだろ」
「――ぶっ飛ばした結果、犯人じゃなかったら?」
「街に戻って仕切り直しだな」
「……間違ってぶっ飛ばしたことには触れないのか?」
「俺は、コソ泥に気を使う程いい奴じゃねぇ」
「自分で言うな。まあ、ぶっ飛ばすかは兎も角、とりあえずは行ってみるか」
四人は小屋の扉の前まで来ると、ジェイルとカイトは人の気配を探る。
「誰もいなくないか?」
「どなたかいますか~」
ミーファは小屋に声をかけても反応が無い。ミーファはそのまま扉を叩くがやはり反応が無い。
「あれ? 鍵が掛かってるよ。留守っぽいね」
ミーファ扉の取っ手を回しながらジェイルの方を向く。
「何だ、留守かよ。間の悪い野郎だな」
「まあ、俺達が訪ねて来るとは思って無いだろうしな。出直すか?」
「それもめんどうだろ。勝手に探させてもらおうぜ」
ジェイルはそう言うと扉の前に行き、ミーファを下がらせた。
「探す? どうやって――」
―― ドカッバキッ!! ――
「――おいおいおい」
「野蛮~」
ジェイルは問答無用で扉を蹴破ると中へと入っていった。
カイトは肩を竦めると、仕方なくジェイルの後を追ってミーファと共に中へと入る。エマは壊れた扉の近くであたりを伺いはじめた。
「これは、不法侵入ではないのか?」
「何で? 木こり小屋は本来自由に使っていいんだぞ。アホが勝手に住まいにしてるだけだ。不法なんて言われる筋合いは無いだろ」
「……まぁ、そう言われると、そうかもしれないが」
「それより、とっとと探して帰ろうぜ」
ジェイルはめんどうそうに小屋の中の物を乱暴に扱いながら探し始めた。
「見つかればいいが、見つからなかったら、さすがに心苦しいな……」
「剣を探せばいいんだよね?」
ミーファも小屋の中を見回しはじめる。
「ああ。だが、見つけても無闇に触るなよ。どんなものかイマイチよくわからないからな」
「あいよ」
ミーファとカイトもジェイルと共に探し始めたが、小屋自体がそれ程大きいものではなく、一部屋しかない上に半分はベッドが占めているような状態だったため、程なく探し終えてしまった。
「無くない?」
荒れ放題になった小屋の中を見ながらミーファが呟く。
「ちっ! ハズレだったか。しょうがねぇ街に戻って他を探すか」
「……さすがに、少し片付けていったほうがいいんじゃないか」
何故か窓まで割れている小屋の中を眺めながら、カイトは罪悪感からか肩を落とした。
「誰か来たぞ」
不意に外にいたエマが入り口から顔を出し、三人を呼ぶ。
「レジェの野郎が戻ってきたのか?」
「これ、まずいんじゃないのか?」
「気にすんな。直接聞いてみようぜ」
カイト達は外に出ると、ちょうど森の中からレジェ・ミノルと思わる男が現われた。ジェイルの話通りまだ若く、十代後半から二十代前半に見える短い茶色い髪をした優男だった。そして、腰にはバスタードソードらしき剣を下げていた。
その男は、自分の家から出てきたカイト達を見つけると、足を止める。
「貴様らっ!! 人の家で何をしている!!」
「……人の家ってお前な。それより、お前がレジェ・ミノルってコソ泥か?」
ジェイルが前に出て応える。
「何? 何故俺の名前を知っている? それにコソ泥ではない!! シーフだっ!!」
「ああ、あっさり認めてくれて助かる。まあ、お前がどう名乗ろうと興味はねぇが。めんどうだからとっとと本題に入らせてもらうぞ。俺達は大聖堂に依頼されてきた」
「な、何っ……」
レジェの表情はあからさまに変わり、腰の剣を見た。
「それか? もう言われなくてもわかるだろ? ほら、返しな」
ジェイルは右手を出す。しかし、剣を見たレジェは妙に落ち着きを取り戻すと、不敵な笑みを浮かべた。
「誰が返すかっ!! これが何だかわかってるのか?」
「ん? 瘴創剣だろ?」
「ほぉ? わかっているなら話が早い。そうだ。瘴創剣だ。ならばこれの価値も知っているだろう?」
レジェは瘴創剣を抜いた。
「……おいおい」
「ふふ」
ジェイルは呆れたように方を竦め、カイトは笑みを浮かべながら頭をかいた。ミーファはそんな二人を不思議そうに見上げる。
「見ろ。この闇のような刀身を。売るだけでも相当な金になるだろうが、もっとすばらしい使い方を俺は考えている」
「へ~」
ジェイルは興味が無さそうだ。カイトも同じだが、ミーファは多少興味を示している。エマは既に森の木々に興味が移ったのか、レジェすら見ていない。
「何に使うの?」
「食いつくなよ。めんどくせぇな」
ミーファが聞くと、ジェイルは心底心外そうな顔をして振り向く。
「え~、だって気になるじゃん」
「よくぞ聞いた!! そこまで聞くのであれば、話してやろう」
「いや、ここにいる大半は興味を示してないんだが……」
「この剣を使って――」
「聞けよ、人の話……」
レジェはジェイルを無視して話始める。
「この剣を使って殺した動物は、瘴獣になることは知っているだろう。その力を使い俺の意のままに動く瘴獣軍団を結成する。ふふふ、その軍団を使い、この地域の支配者になるのだ!! 支配者となれば、金、女、権力、全ては思いのまま!!」
「意のままねぇ……。ここにもアホがいたか」
「なーんだ。つまんないの。てっきり画期的な使い方でも考えたのかと思ったのに」
「……な、何だ! 負け惜しみか!! 何なら、俺の手下にしてやってもいいぞ!」
レジェはあまりの反応の薄さに若干戸惑っている。
「話は終わりでいいのか? まったく、待たせやがって。じゃあ、そろそろ返してくれるか?」
ジェイルは再度手を出す。
「は、話を聞いていなかったのか!! この未来の支配者の手下にしてやると言ってるんだぞ!!」
「アホか。お前、もうそれは使ったのか?」
「……な、何? いや、まだ使ってないが」
「だろうな。ためしに瘴獣でも作ってみろよ」
「貴様、さてはこの剣を信じてないな。いいだろう、見せてやる」
レジェは近くの地面を探すと、ちょうど足元にカマキリがいた。
「ふふ、お前が最初の獲物だ。そこの赤毛の男。後悔するなよ。貴様が言い出したことだ」
「いいから早くやれって」
ジェイルはめんどくさそうだが、後ろの三人は瘴創剣に視線を集めた。
そして、レジェは足元のカマキリを真っ二つに斬りつけると、すぐさま死骸は黒い煙のような瘴気に包まれ見えなくなる。
「へ~。どうやら本物のようだな」
「ふふ、当たり前だ!! さあ、ギガマンティスよ! あの大男を殺せっ!!」
ギガマンティスとはカマキリの瘴獣のことだ。瘴気は死骸に吸い込まれるように消えると、真っ二つだった胴体は繋がっており、立ち上がると両手の鎌を広げ、ジェイルの脇をすり抜けその後ろにいたミーファに襲いかかる。しかし、ジェイルもカイトも動かない。
「えいっ!!」
―― プチッ ――
そして、襲われたミーファはギガマンティスを踏みつけた。
「わっ、本当だ。瘴獣なんだね。輝石を残した。でも、ちっちゃ。米粒みたい」
ミーファは消滅したギガマンティスの後に残った輝石を拾い上げるとカイトに見せた。
「へ~。すごいな。確かに使い方によっては脅威になる剣だな」
「…………」
レジェは呆然としている。あまりに予想外のことに言葉が出ないようだ。
「何に驚いてんだ? 言うことを聞かなかったことか? それとも、思ったよりも小さかったことか?」
「…………」
ジェイルの問いにも反応出来ない。
「どうやら両方のようだな。まあ、コソ泥じゃあしょうがねぇか。お前な、瘴気で力を得たとはいえ、そもそも死骸なんだ。言うことなんて聞くわけないだろ。あるのは本能だけだ。それに、瘴獣ってのは何もすぐに大型化するわけじゃない。瘴獣化した直後なんて、外見も大きさも、もともとの姿と変わらない。そこから時間を掛けて異形化して行くんだよ。カマキリの瘴獣がギガマンティスと呼ばれるようになるのは、数週間から数ヶ月後だぞ。どうしても瘴獣に戦わせたいなら、狼とか熊とかの、自然の状態でも戦闘力が高い動物にするこったな。それなら瘴獣化直後でもそれなりに厄介だ」
「な、なるほど……」
ジェイルの説明に、レジェはやっと我に帰ったがかなり気落ちしているのが目に見えた。
「もういいだろ。さっさとその剣返してくんねぇか? そろそろ街に帰りたいんだが」
ジェイルは心底めんどくさそうに言った。
「断るっ!! 良い事を教えてくれた。ならば、お前の言うことに従うとしよう」
突然、自信を取り戻すと瘴創剣を切っ先をジェイルに向ける。
「あん?」
「貴様をアンデットにしてやる! 間抜け面だが力だけはありそうだ。なかなかのアンデットになるだろう」
「……力だけねぇ。まあ、手っ取り早いっちゃあ、早いか」
ジェイル、めんどうそうに頭を掻くと、背負っている大剣を鞘ごと外すと後ろにいるミーファに放った。
「ちょっと持ってろ」
「ちょ、急に! い、痛っ! 急に投げないでよ」
ミーファは突然飛んできたジェイルの剣を受け取ると、その重さに耐えられずそのまま尻餅をついてしまった。
「ちょ、ちょっと~。こ、これ、こんなに重いの」
ミーファはなんとか大剣を持って立ち上がったが、剣を持ち上げることが出来ず、切っ先を地面に付けて支えると、側にいたカイトが大剣をミーファから受け取り肩に担ぐ。
「大丈夫か? これは本来は対大型瘴獣用の剣だからな。硬い皮膚や鱗も切れるようにそれなりに重量もある。かなりの業物のようだが、余程の馬鹿力じゃなきゃ、こんな剣を常時使おうなんて思わないがな」
カイトは鞘から剣を抜くと、ひと通り眺めて再度鞘に収めた。
「馬鹿力っていうか、馬鹿だよね。デリカシー無いし。女の子に優しく無いし」
「ああ、それは言えてるな。デリカシーの無さは大陸随一だろう。その上ガサツで、酒癖が悪い」
「ジェイルは人族の中では馬鹿なのか?」
「見た通りだよ」
「なるほど、人族とは厳しいのだな」
「お前ら……、どさくさに紛れて好き放題言ってんじゃねぇよ! 陰口は陰で言えっ! 少し、凹んだぞ……」
ジェイルが引きつった顔で視線だけ後ろを向けた。
「そんなにデリケートじゃないくせに。それに、陰でこそこそ人の悪口言う奴なんて最低でしょ!! 私を見損なってもらっちゃあ困るよ」
「俺もそういうやり方は性に合わない」
「うむ。人族は見えない所で理に反することをする事があるが、やめたほうがいい」
三人は真顔で答える。
「……だからって、聞こえるように言えばいいってもんじゃねぇよ」
「ええぃっ!! さっきからたびたび無視するなっ!! おいっ!! 赤髪の男、覚悟しろ」
「ああ、わるいわるい。そんな話だった。いいぜ、いつでも来いよ」
「えっ!? ちょっ、ジェイル、剣は?」
ジェイルは手を腰に当てたまま無造作にレジェの前に立っている。ミーファは慌ててカイトの剣を指さして叫ぶが、ジェイルは反応しない。その変わりにカイトが答える。
「ミーファ、大丈夫だよ。心配いらない」
「え、でも。相手、あの剣使う気だよ?」
「わかってる。でも大丈夫だ」
カイトは薄く笑いながら言うと、自分も手を貸すつもりはないらしく動こうとしない。カイトの隣にいるエマもあまり興味が無いのか周りに木々に留まる鳥を眺めている。
「ま、まぁ、大丈夫ならいいけど……」
ミーファはジェイル達に視線戻すと、ちょうどレジェが瘴創剣を上段に構えたところだった。
「ばかめ。剣も無く何が出来る。アンデットとなって仲間同士で殺し合えっ!!」
レジェは瘴創剣を上段に構えたまま一気にジェイルに詰め寄ると、自分の間合いに入った瞬間に剣を振り下ろした。が、ジェイルはあっさりかわすと足を出してレジェを躓かせる。
「どわっ!」
レジェは見事に転ぶと、慌てて四つん這いのままジェイルから離れてなんとか立ち上がった。
「やるなっ」
「…………」
ジェイルは呆れたようにレジェを見ている。
「だが、二度も同じ手は通用しないぞ!!」
レジェは今度は横から薙ぎ払うようにジェイルに斬りかかるが、今度はレジェが振り切るよりも前に自ら間合いを詰めると剣を持つレジェの手に手刀を浴びせると、レジェは顔を苦痛に歪め剣離した。ジェイルはレジェから離れた瘴創剣を地に落ちる前に足で蹴りあげると、手に持つ。
「じゃあ、返してもらうぜ」
「か、返せっ!!」
―― バコンッ ――
レジェは慌ててジェイルに食い下がるが、ジェイルの容赦無い張り手がレジェの顔面を捉えると、悲鳴を上げることなくその場に突っ伏した。
「あほ……。わきまえろ」
ジェイルは完全に伸びてしまったレジェから瘴創剣の鞘を外すと剣を納め、カイトに放る。カイトは変わりに大剣をジェイルに放った。
カイトは瘴創剣を抜くと、軽く振った。ミーファとエマも瘴創剣を覗きこんでくる。
輝石を鍛え上げられたという瘴創剣の刀身は黒く、覗きこむと輝石と同じ様に何かが揺らいでいた。
「本当に輝石を鍛えて造られているようだな。しかし、剣としてもすばらしい。バランスも良く、切れ味も良さそうだ。さすがはドワーフ作といったところか」
「でも本当に瘴獣創れるんだね。サモン以外でも瘴獣が創れるなんて聞いたことない」
「ドワーフが作ったというのが気になるな。奴らがこういうものを創りだすとは思えないが」
エマは瘴創剣の柄を見ながら言う。エルフ族とドワーフ族は仲が悪いというわけではないが、考え方の違いと共に折れない性格からあまりうまは合わない。しかし、共に認め合ってもいるとも言われている。
カイトは瘴創剣を仕舞うとジェイルも大剣を背負っていた。
「さて、帰ろうぜ」
「レジェはあのままにして行くのか? さすがにこんなところで伸びてたら危ないんじゃないか?」
「今時瘴獣に襲われることもねぇと思うが。ったく、しょうがねぇな」
ジェイルはレジェを担ぎあげると、木こり小屋に放り投げた。
「……乱暴だな。まあ、あそこなら大丈夫だろう」
「よし、帰ろうぜ」
「何か、報酬の割りには楽な仕事だったね。こんなんでいいのかな?」
「そうだな。なんだか最初の盛り上がりの割には、あっけない終わりだったな。少し報酬を減らしもらったほうがいいかもしれないな」
「よせよ。せっかくくれるって言ってるんだからもらっときゃいいんだよ。俺たちはそんなに裕福じゃねぇだろ。それに、まだ仕事は終わってねぇよ。こういう楽な仕事にゃオチが付くもんだ」
「オチ?」
ミーファは首を傾げる。
「まあ、オチがあるならそのうちわかる。さっさと聖堂に戻ろうぜ」
「ああ」
四人はクレストの街の聖堂へと戻っていった。