第四話 【02】
翌朝、四人はミーファとエマの部屋に集まり昨日請け負った瘴創剣奪還のための話し合いを行なうことになった。
部屋に来たカイトとジェイルはベッドに座り、ミーファとエマは紅茶を飲みながら窓際のテーブルに座っている。
「で、どうするの?」
昨日とは違い、大分機嫌も良くなったミーファは飲んでいた紅茶を置きながらカイトに視線を向ける。
「まずは昨日話した通り情報収集だな。いくつか気になることもあるしな」
「何か地味な作業になりそうだね……。気になることって?」
ミーファは嫌そうな表情を浮かべる。隣ではジェイルが気の乗らなそうな表情で聞いており、エマは話を聞いていないのかいつも通り窓から外の通りを眺めていた。
「本当にドイズ・ゲルマンが盗んだのかどうかと、盗んだのだとしたらその目的と方法だな」
「真犯人かどうかを調べるってのはわかるけど、目的って瘴獣を生み出すためじゃないの? 方法だって単に忍び込んだだけでしょ?」
「議員が単純に瘴獣を生み出したところで得なことなどない。何かそれ以外の目的があるように思う。それに、方法を探ることは重要だ。まさかドイズ・ゲルマン本人が忍び込んだとは思えない。となれば、他に第三者がいる可能性がある」
「ふ~ん。やっぱりめんどくさそう。じゃあ、どうすんの? またあたしがメイドで雇われて目的を探る?」
ミーファは少し前に別の仕事で対象の人物にメイドとして雇われ、解決の糸口を掴んだことがある。
「いや、そう都合よくメイドの募集なんてしてないだろうし、何より今回は危険だ。目的を掴むのは俺がやろう」
「えええええっ!!!! カイト、メイドになるの!? じょ、女装?」
ミーファは悲鳴のような声を上げると、エマが驚いてミーファを見た。
「そんなわけないだろ……。何も目的を探るのがメイドで無ければ出来ないわけじゃない。まずは外側から探ってみるさ」
「外側?」
「ああ。議員だからそれなり街でも有名だろ。そのあたりから探ってみる」
「ふ~ん」
ミーファが首を傾げるとジェイルが立ち上がる。
「俺はギルドに行ってくるぞ」
「何で? 他の仕事探すの?」
「ちがーよ。そもそも仕事を同時に二つ請け負うことはギルドの規則上出来ねぇ。第三者ってのを調べてきてやらぁ」
ギルドには数多くのワンダラーが訪れているため情報が集まる場所でもある。何よりジェイルはワンダラーに顔が効く。
「そうだな。そっちの線はまかせる」
カイトがそう言うと、ジェイルは片手を上げ部屋を出ていった。
「あたし達は?」
ミーファはカイトに期待の眼差しを送る。
「情報収集はあまり目立つわけにはいかないからな。俺一人で行ってくる。ミーファとエマは……、とりあえず待機していてくれ」
「ええ~っ、つまんない。ねぇ、エマ?」
窓の外に視線を戻していたエマは、急に話を振られ首を傾げながらミーファを見る。
「ん? 私は別に構わないが。それ程退屈はしていない」
「……窓の外、おもしろい?」
「うむ。なかなか興味深い」
エルフ族であるエマは窓の外から見える人族の生活が物珍しいようだ。
「う~。じゃあ、とりあえずエマと一緒に待機してるよ」
「すまんな。そのうち出番があるさ」
ふてくされたミーファをなだめるようにそう言うと、カイトも同じく部屋を出ていった。
安宿を出たカイトは、まずクリフより聞いていたドイズ・ゲルマンの邸宅へと向かった。
ドイズの邸宅はクレストの街の中心街を通る大通りに面した一等地にある。カイトは大通りを挟んだ反対側まで来ると、あまり凝視はせずに自然な視線で邸宅を眺めた。
「なかなか大きな邸宅だな。塀は低いし見張りもいないか。まあ、当然といえば当然だが」
ドイズの邸宅は二階建ての家で庭も広くなかなか大きな邸宅ではあったが、作りは周りの一般家庭と大差なく邸宅を囲む塀も低い。塀の高さは身長の高い者なら中が覗けるほどだった。入り口にも閉じられる門などは付いておらず、見張りもいない。議員と言っても王族や貴族では無く元は一般人と変わらない。
「税の横領やあくどいことはしていなさそうだが。――しかし、見た目はカモフラージュの可能性も捨て切れないな。手に入れた金を大々的に使えば自身の評判にも関わるしな。……考え方がジェイルに似てきてしまった気がする」
カイトは考えを振り払うように頭を振り情報収集するためにその場を離れようとした時、近くにあった街の公共掲示板が目に止まる。
それはこの街の至る所にある住人に行事等を告知するための羊皮紙が貼り付けられる普通の掲示板だが、その掲示板には半分を占める程の大きな羊皮紙が張り付いていた。
「……来月、選挙なのか。全然知らなかったな」
その羊皮紙には来月行われるクレストの街の議員選挙と、立候補者の一覧が書かれていた。ドイズ・ゲルマンの名前も他の名前と共に記載されている。
カイト達はこの街を拠点にはしているが、安宿に寝泊まりしている旅人のようなもので、住人では無いため選挙権は持っていない。そのため、特にこういったことを気にしたことは無かった。
「これはついてるな。これなら街中でもある程度話題に出ているはずだ。情報収集がしやすいかもしれない」
カイトは軽く頷くとその場を離れ、中心街の方へと歩を進める。そして、ちょうど昼時ということもあり近くにあった大きめの食堂へと入った。
食堂の中は丸いテーブルが十個程と奥にカウンター席が十席ほどある。食事時のため、テーブル席はほとんど埋まっており、かなりの喧騒に包まれていた。
カイトは奥のカウンター席に座ると、軽めの食事を白髪で五十歳程の店主に注文する。カイトは周りの様子を伺いながらしばらく待つと店主が注文した食事を持って再度カウンターの内側に現われた。
「お待ち」
「どうも。結構繁盛してそうだな」
カイトは食事を受け取ると、さりげなく店主に話しかけた。
「まぁな。いい場所に店を構えることが出来たんで客足には困らんよ。利益に結びつかないのが悲しいところだがね」
店主は手を軽く振りながら答えた。
この店には店主以外にも料理人や接客人が何名か忙しく働いている。
「そうなのか? これだけ客が入っていればかなりの儲けになるんじゃないのか?」
「売上は結構なものだと思うんだが。取られるものも多くてよ」
「なんだ、この店借り物なのか? まあ、それならこれ程の一等地であれば賃料も相当なもんだろうな」
カイトは食事を口にしながら当たり障りのない世間話を続けていく。店主も話し好きなのか、店のことは他の者達にまかせカウンターに両手をついてカイトと話始めた。
「ちがーよ。この店も土地も俺のだ。賃料じゃなくて税金よ。ここ数年で土地の税金がえらく上がりやがってよ。みんな持っていかれちまうよ。まったく政治家どもが勝手にいろいろやりやがって」
カイトは心の中で拳を握り、慎重に話を進めていく。
「はっはっは。税金じゃあ逃れられないな。しかし、その政治家も自分たちで選んだんじゃないのか?」
「まあ、そうなんだけどよ。選挙の時と当選後じゃ言うこと変わる奴も大勢いるからなぁ」
「なるほどな。そういえば、来月選挙があるらしいな。誰か支持している人はいるのか?」
カイトは食事をしながら、さり気なく話を核心へと持っていく。
「いや~、前回はドイズ・ゲルマンに入れたがな。今回はどうすっかな。あいつの考え方は嫌いじゃねぇえんだが、金が掛かるらしいからな。ここ数年で税金が上がったのもやつの提案らしいしな」
カイトは店主から出た名前に思わず口にしていた腸詰めを吐き出しそうになるのをなんとか堪える。カイトの方から出そうとしていた名前が先に店主の方から出てくるとは思っていなかった。
「どうした? 大丈夫か?」
「あ、ああ。大丈夫だ。ちょっと喉に詰まってしまって。――しかし、ドイズ・ゲルマンの政策に金が掛かるというのは?」
「あん? 知らねぇのか? この選挙時期に」
「ああ、この街にはしばらく寝泊まりしているが、住人では無いんでね」
カイトは軽く言うと、店主は納得したのか話を進める。
「何だ、そうか。ドイズ・ゲルマンはこのクレストの街を国家にするって政策を掲げたのよ」
「国家!?」
カイトは驚いた。クレストの街は都市同盟には属しているが、どこの国家にも属しておらず独立した都市である。
「ああ。この街は都市同盟の中でもかなり大きいほうだしな。大陸の北方の小国にはこの街より小さな国もあるらしい。それで、ドイズ・ゲルマンはこの街を国家にするって政策をぶちあげて前回初当選したのさ。この街が国家になれば、外交委員会を通さずに自由に交易出来るようになって街もさらに発展するって言うんで俺も票を入れたが、俺だけじゃなく当時は相当な票数を集めたもんさ。だが、議員になった後は街を国家にするために金が必要だとか主張して税金を上げる提案をしてよ。政治家なんて隙あらば税金を上げようと考えてやがるからあっさり議会で承認されちまった。去年なんかは、国家になるためには軍が必要だと言っていたが、これはそもそもこの街を国家にしようって考えている議員は少数だから、必要性が無いって反対意見を出されて駄目だったみたいだがな。だが、ドイズ・ゲルマンは軍の創設はまだ諦めてねぇってうわさだ」
「軍を創る……」
カイトは静かに呟く。都市同盟に属している街はどの街も軍を保有しておらず、都市同盟の中核であり外交の一元管理を行なっている外交委員会も軍は保有していない。これは、周りに敵対する国が無いことと、偶発的に発生する瘴獣の退治は都市同盟内に大勢いるワンダラー達に任されていることによる。
カイトの声が聞こえなかった店主は話を続ける。
「しっかし、ドイズ・ゲルマンの奴は最近機嫌が悪いよな」
「機嫌が悪い? 良いのでは?」
カイトは首を傾げる。瘴創剣を盗んだのがドイズ・ゲルマンであるならば、予定通り事が運んで喜んでいるのでは無いかと考えていた。
「あん? なんでよ?」
「あ、いや、特に根拠はないんだが……」
「悪いなんてもんじゃねぇよ。軍がだめだったからか、選挙が近いからかは知らないがな。先週あたりからは特にだな。この前もうちの店に来て料理の味に難癖付けて行きやがった。選挙時期はもう少し愛想よくするもんだと思うがな」
カイトはわずかに首を傾げる。
「街中で見かけてもあからささまにふくれっ面してやがるよ」
「そうなのか」
ちょうどその時、食堂内の中程から接客係が手を上げ店主を呼ぶと、店主もそれに軽く手を上げて応えた。
「悪いが、用事だ。食事楽しんでいってくれ」
「ああ、ありがとう」
カイトが応えると、店主は呼んだ接客係の方へと歩いていった。
「軍を創るか……。なるほど、瘴創剣を盗む動機はあるというわけだな。しかし、機嫌が悪いというのはどういうことだ? 瘴創剣を盗んだとすれば計画通りのはず。予想したものとは違ったのか? もう少し詳細が知りたいがこれ以上は外からは難しいか。――あまり気乗りはしないが、中に入るか」
カイトは席を立ち、勘定を支払うと店主に軽く手を上げ礼を言い、食堂を出た。