第四話 【01】
例によって例のごとくクレストの街にあるギルドでカイトとジェイルは真剣な面持ちで『飯の種』をめくっている。
前回の遺跡調査の護衛からひと月程が経ち、さすがに手持ちの資金も心もとなくなってきていた。
「高報酬の仕事があるといいんだが」
「ああ、そろそろ大きな仕事をしねぇとマジでやばくなる」
ジェイルは『飯の種』をめくりながら、空いた手で前回の仕事で手に入れ首から下げている赤い輝石のようなものをいじっている。売って大金にするはずだったが、正体不明で未だにどこにも買い取ってもらえていない。
「瘴獣は落ち着いてしまったからな。当面は無いか」
「この時期になるとそうはいねぇだろ。春先まではそれほど無ぇんじゃねえのか」
瘴獣は動物の死骸が元となるため、冬に死んだ動物が瘴獣化し春先から初夏に掛けて暴れだすことが多い。そのため、その頃に瘴獣退治の仕事は多いが、それらがひと通り退治されてしまうと新たに増えることが少なく、少渋滞時の仕事は激減する。その変わり、それ以降に発見された瘴獣は瘴気に侵されてから長期間を掛けて異形化が進んでおり、強さが増していることが多く報酬が高くなることが多い。
「商人か貴族の護衛あたりがいいかもしれないんだがな。まだ支度金くらいはある」
「……あ、ジェイル。金貨四枚の仕事があるぞ」
「金貨四枚っ!! マジかよ。何の仕事だ?」
「わからない。内容は書いていないが依頼主は、クレスト大聖堂」
カイトは『飯の種』から一枚の紙を抜き取るとジェイルの前に置いた。
「……そっち系か。依頼主が聖職者ってのは俺の経験上、お前が好むような仕事じゃねぇぞ」
「どういうことだ? 依頼内容が書いてないのは気になるが、聖職者からの仕事であればそれほど変な仕事ではないのでは?」
カイトは首を傾げる。
「甘ぇよ。聖職者が聖堂の関係者以外に物事を頼みたい時は普通、憲兵や信者に頼むだろ。ちょっとしたことだったら信者は喜んでやるだろうしな。本来聖堂ってのは人材には困らないところだ。そういうところがギルドに仕事を依頼してくるってことは――」
「非合法的だと?」
「金額も金額だしな。ちなみにこの街じゃねぇが俺が昔、聖堂から請け負った仕事は寄付金の取り立てだった」
「取り立て? 寄付金って、取り立てるものなのか……? だが、そういう人物ばかりでは無いだろう? 俺の知っている聖職者はすばらしい人物が多いぞ。全てを大地母神に捧げ、祈りを捧げる毎日を送っている人もいる」
「まあ、そういう奇特な奴もいるけどな。とりあえず、報酬も高いしやってみるか。寄付金の取り立てだったら経験があるからまかせとけ」
ジェイルは信仰とは無縁の生活をしているため、聖職者とは仕事がらみでしか接点が無いこともあり見方がかなり偏っている。
「いや……、内容がそれだったら、断りたいんだが……」
カイトとジェイルは立ち上がるとギルドの店主に仕事を受ける事を伝え、ギルドを出ていつもの安宿へと戻った。
「……大聖堂? この前の遺跡のようなものか?」
宿に戻りミーファとエマの部屋に行くとエマはいつも通り窓辺の椅子に腰掛けていたが、ミーファは風呂に入っており姿は無かった。ジェイルはベッドに腰掛け、カイトはエマの正面に座りギルドで見つけた仕事の話を始めた。
「まあ、そうだけどな。この前のは昔の、しかも竜信仰の神殿だが、今回は大地母神マテルの今でも使われている聖堂だ」
「よくわからないが、何をするのだ?」
「それは俺達もまだわからない。だが、見るものには困らないと思うぞ。大聖堂なんて行ったことないだろ? 話を聞きに行くだけでも行ってみないか?」
「そうか。私は構わないが」
エマの表情は殆ど変わることが無いが、好奇心は高い。
「あ~、さっぱりした! って、また人がお風呂入ってる時に来てるっ!!」
ミーファが風呂場から、前とは違い服を着た状態で髪を拭きながら出てくる。
「部屋にいる時で風呂に入っていないことの方が少ないじゃないか」
「そんなわけないでしょ! ふやけちゃうよ!」
ミーファは自分の荷物から風の魔法を吸収させてある魔石を取り出すとカイトに席を譲ってもらい、テーブルの上に魔石を置いてそこから流れてくる風で髪を乾かし始めた。カイトはジェイルの隣に腰掛ける。
「仕事あったの?」
「ああ。大聖堂からの仕事で、内容は聞いてみないとわからない。だが、報酬は金貨四枚だから結構いい額だろ?」
「仕事はおそらく寄付金の取り立てだ」
ジェイルが自信満々に付け加える。
「寄付金って善意で渡すものじゃないの? 取り立てって……」
「甘ぇよ、ミーファ。善意の寄付金だけで豪華な聖堂が建つと思ってんのか?」
「えっ!? そう言われると、確かに……」
「……おいおい。別に聖堂の収入は寄付金だけでは無いし、聖堂だって一年や二年の寄付金だけで建ててるわけではないだろ? まあ、どんな仕事かは行ってみないとわからないが。これから話を聞きに行くつもりだが、行くか?」
「ん? エマ行くの?」
「うむ。大聖堂とやらに興味がある」
「じゃあ、行くよ。一人で残ってもつまんないし」
「ジェイルはどうする?」
「経験者の俺が行かないでどうする」
「お前の中では既に寄付金の取り立てで決定してるのか……。まあ、とりあえず行くか。って、またミーファの乾き待ちか?」
「うん。もうちょっと待って!」
四人はミーファの髪の毛が乾くのを待つと、街の外れにある大聖堂へと向かった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「大聖堂って程大きく無いね」
「うむ。期待外れだな」
四人は大聖堂の前まで来ると、エマとミーファは落胆の表情を見せる。確かに正面にある大聖堂は二階建てであり、一軒家よりは大きいがそれでも大差は無い。
「取り立て方が甘ぇんだよ。商売が下手な神官なんだろうな」
「商売って、お前な。むしろ良心的な神官なんだと思うが……。まあ、とりあえず入ってみよう」
カイトは塀もなく通りに面している聖堂の扉を叩くと反応を待った。すると、それほど待たずに中から扉が開き、現れたのは大地母神マテルの神官特有の大地を表すと言われる濃い茶色のフードの付いたローブを身に纏った白髪の老人だった。腰も僅かに曲がり、既に六十はかなり超えた年齢に見える。その表情は神官らしからぬ程憔悴していた。
「……どちらさまかな?」
「私達はワンダラーの者です。そちらがギルドに依頼されていた仕事の話を伺いにきました」
疲れた声の老人にカイトはここに訪れた理由を伝えると、老人の表情はわずかに緩んだ。
「ああ、そうですか。昨日依頼させて頂いたばかりなのに早いですな。お待ちしておりました。どうぞ中へお入り下さい」
四人は中へ入るとすぐに聖堂によくある長い椅子が全て正面にある大地母神象を向いて置かれ、訪れた人達が大地母神に祈る部屋となっていた。しかし、建物の大きさ相応にそれ程の数は無く、長椅子が一列で五つしか置かれていない。
老人はその部屋の端にある扉から奥へと入り、廊下の一番奥にある部屋まで四人を連れて行く。その部屋の前一度止まると、部屋の扉を叩いた。
「クリフ様。ワンダラーの方達が来られました。……例の件について、お話を聞きたいとのことです」
「……中へお連れ下さい」
老人の言葉に中から女性の声が応えると、老人と共に四人は部屋の中へと入る。部屋の中は聖堂とは思えぬ程普通の家にある居間のような作りをしており、奥の窓の正面にある机に、先ほど返事をしたと思われるクリフと呼ばれた女性が座っていた。
クリフはここまで連れてきた老人と同じような服装であり、年齢も近いと思われる老婆で、白髪が混じった紫色の髪と少し垂れた目は優しそうな雰囲気を持っていたが、何か心配ごとがあるのか今は悲しそうに見える。
「ようこそおいで下さいました。まずはこちらへお座り下さい」
クリフは部屋の中央のテーブルの両脇にあるソファに四人を進めると、老人に紅茶を煎れるように伝えた。カイトはソファの中央に座り、その両脇にエマとミーファ、ミーファの隣にジェイルが座る。クリフはカイトの正面に座った。
そして、さっそくジェイルが口を開く。
「で、誰からいくら取り立てるんだ? ちょっとくらい手荒な真似はしていいんだろ? ああ、心配するな。怪我をさせるって意味じゃねぇ」
「――え? と、取り立て?」
ジェイルの突然の言葉にクリフは言葉に詰まる。
「……ジェイル。まず話を聞けって」
「まわりくどいのは嫌いなんだよ。単刀直入に行こうぜ。心配すんな。俺は経験者だし仕事に関しちゃ口も硬い。誰からいくらだろうと、色つけて取り立ててやるよ」
「あ、あの……。な、何の話でございましょう?」
クリフはまったく話についていけない。その上、ジェイルの強面から矢継ぎ早に言われるため、かなり物怖じしている。
「あん? 仕事の話に決まってんだろ。寄付金の取り立てだろ?」
「き、寄付金の取り立て? ち、違います。そもそも寄付金は取り立てるものではありません。信者の方々より善意で頂くものです」
「なんだ、違うのかよ。しかし、善意って……。そんなんだからこんな聖堂しか建たねぇんだよ」
「こ、この聖堂は先祖代々守られてきた大事な聖堂です。暴言は許しません!」
聖堂を馬鹿にされたのが余程気に触ったのか、先ほどまでの雰囲気とは違い声を張った。
「ジェイル、もうよせ。クリフ殿、申し訳ありません。彼は無神論者でして。聖職者とは仕事を通してしか接触が無いものですから少々偏った知識を持っているのです」
「……いや、絶対こういうばあさんのほうが少数派だって」
カイトはジェイルの言葉を無視すると、正面でクリフは大きくため息を付いた。
「そうですか。いえ、そういうことをしている同胞がいることは私も存じています。嘆かわしいことです。大地母神マテルを恐喝のような所業の道具にするなんて。ですが、ここではそのようなことは一切行なっておりません」
「はい。私もそう思っています」
カイトが同調すると、ちょうど老人が紅茶を持って返ってきた。テーブルに置かれた紅茶に真っ先にミーファが口を付けると、感動の声を上げる。
「あ、おいしい!」
「ありがとうございます。紅茶作りを趣味としておりまして、茶葉も自家製です」
紅茶を褒められたことが嬉しかったのか、クリフはもとの優しそうな表情に戻る。
「へ~。茶葉からってすごい!」
同じく紅茶が好きなミーファもめずらしそうによく舌で吟味しながら味わって飲んだ。エマも満足そうに紅茶を飲んでいる。
「では、そろそろ仕事の話を聞かせて頂けますか?」
カイトは紅茶を一口飲んだ後、本題に入る。
「は、はい」
クリフは一度うつむき深く呼吸をすると、顔を上げおもむろに口を開いた。
「行なって頂きたいことは、ある人物より、ある物を取り戻して頂きたいのです」
「ある物を取り戻す?」
「なんだ、やっぱり取り立てじゃねぇか」
「ち、違います。ある物とはここから盗まれたものであり、決して誰かから奪うわけではありません。代々この聖堂の地下で守ってきたものを取り戻して欲しいのです」
クリフはすがるような表情でカイトに訴える。
「ある物とは?」
「……必ず、お引き受け頂けますか?」
「もちろん基本的には引き受けるつもりではいますが、内容次第ではお断りし、仕事をギルドへ戻すこともあります」
「申し訳ありませんが、あまり公に出来るものではありません。これ以上は必ずお引き受け頂ける方にしかお話できません」
カイトはジェイルを見た。間でミーファはカイトとジェイルの顔を交互に見ている。
「ばあさん。金貨四枚ってのは俺たちにとって魅力的な額ではあるが、命を掛ける程の額じゃねぇ。ばあさんに何か恩があるわけでもねぇしな。その上、それだけの話じゃ金貨四枚が妥当な金額かどうかもわからねぇ。それで、引き受けるか否かの二択を迫るってのはちょっと虫が良すぎるんじゃねぇか? ひょっとしたら仕事の内容は金貨十枚が妥当な値段かもしれねぇだろ?」
ジェイルの言い方はかなりキツイ感じではあったが、言ってることに理もあったためカイトは何も言わなかった。
「……確かにそうかも知れません。ですが、どうしてもこれ以上は言うわけにはいかないのです。できる限り『ある物』の存在を秘密にしておかなくてはならないのです」
クリフにとっては余程深刻なことなのかどうしも譲れないようだったが、カイトにはクリフの切羽詰まった思いも伝わってきた。
「……では、二つだけ質問に答えてもらえますか。一つはこの仕事には違法性があるかどうか。もう一つはこの仕事に命の危険は伴うかどうか。この質問だけでも答えて頂ければ判断しやすいのですが」
「その質問に答えることならば……。最初の質問ですが、違法性は無いと思っています。方法によるかもしれませんが、盗まれた物を取り戻すだけですので。ただ、命の危険は……場合によっては伴ないます」
「場合によって?」
カイトは更に質問したが、クリフはそれには答えなかった。
カイトはジェイルを見る。
「じゃあ、ばあさん。俺からもう一つ質問だ。仕事の内容によって報酬を上げることは可能か?」
「……金貨五枚までならなんとか」
「命が伴うかもしれんのに金貨五枚かよ」
ジェイルは呆れたように首を振ったが、そこにミーファが口を挟む。
「じゃあ、この茶葉ちょうだい。そしたらやるよ」
「え? 茶葉で良ければいくらでも差し上げます。本当にやってもらえるのですか?」
「おい、ミーファ。勝手に決めるんじゃねぇよ。茶葉で命が掛けられるかよ」
「ええっ。だってこの紅茶本当においしいよ。ねぇ、エマ?」
「うむ。良い味わいだ。ジェイルもこういう良いものの味を覚えたほうがいい」
「興味ねぇよ。お前らちゃんとさっきの話聞いてたのかよ」
「ほんのりと。ようは誰かから何かを取り返すだけでしょ」
「私も聞いていたぞ。意味はよくわからんが」
ミーファとエマの返事にジェイルはうなだれてカイトを見る。クリフもよほど困っているのかカイトをすがるような目で見ていた。その視線にカイトは頭を掻いた。
「まあ、決して報酬が低いわけではないし、やってみるのもいいんじゃないか。だが、成功する保証は出来ませんよ。最大限努力することしか出来ない」
「本当ですか!! ありがとうございます。もちろんです。私も一度は諦めていましたのでそれで構いません」
カイトの言葉にクリフはカイトの手を取って喜んだ。
「マジかよ。ったく、命を掛けるまではやらねぇぞ」
ジェイルは諦めたようにソファに深く体を沈めた。
「では、クリフ殿。詳細をお話頂けますか?」
「……わかりました」
クリフは紅茶を一口飲み、大きく深呼吸すると説明を始めた。
「実は、取り戻して頂きたいものは、この聖堂で先祖代々受け継がれてきた『呪われた剣』なのです」
「無ぇよ、そんなもん」
クリフの言葉にすかさずジェイルが反応する。ジェイルは非現実的なものは基本的に信じない。
「ジェイル……。話は最後まで聞け」
「だってお前、『呪い』なんてもんが存在すると思ってんのか?」
「え、存在しないの?」
何の疑いもなくクリフの言葉を受け入れていたミーファはジェイルの言葉を確認するようにカイトを見上げた。
「……見たことは、無い」
カイトもジェイル程では無いが基本的には現実主義者のため、信じているわけでは無い。
「あ、申し訳ありません。『呪われた剣』と言うのは言い伝え上そのように言われているだけで、実際はもっと現実的なものです」
カイト達の反応にクリフは慌てて訂正する。
「現実的なもの?」
「はい。剣の名は『瘴創剣』と言います」
「瘴創剣? 『瘴気を創りだす剣』ってこと? ってことは、サモン絡み?」
ミーファはクリフの言った剣の名から、その意味を考えた。サモンとは陣魔法の一種で、瘴気の召喚魔法のことである。
「サモンをご存知なのですか!?」
ミーファの口から出た『サモン』という言葉にクリフは驚いた。サモンとは悪用されれば絶大な被害が出かねないことから禁呪として扱われており、どこの魔法学校でも教えておらず、市販されているような魔法書にも載っていない。存在事態が秘匿とされており魔法陣を描くだけでも罰せられる。
「えっ!? あ、あは、あははは。サモンって何だっけ……」
ミーファは思わず口に出してしまったことを必死に誤魔化すが既に手遅れであり、カイトがミーファの頭を軽く小突いた。
「……ま、まあ、魔法絡みの仕事をしていれば、耳に入ることもあるでしょう。それに、確かに瘴創剣はサモンと同様の効果があります。サモンは魔法陣内に動物の死骸を置き、陣魔法により瘴気を召喚して瘴獣を作り出しますが、瘴創剣は動物をその剣で殺害するだけでその動物を瘴獣としてしまうのです……」
「その剣で殺すだけで瘴獣に!? どういうこと? それが剣の呪い?」
ミーファは驚く。カイトとジェイルはクリフに疑いの目を向けた。確かににわかには信じられないことだった。通常、瘴獣が発生するのは生き物が死んだ時に、たまたま近くに留まっていた瘴気が取り憑いた場合に限る。ある意味では奇跡に近い偶然である。それ故に世界では日に相当数の生物が死んでいるにも関わらず、瘴獣は数える程度しか発生しない。
「はい……。ですが、呪いと言っても非現実的なものではなく、原因はその剣に使われている鉱物にあるのです。――瘴創剣は、瘴獣が消滅した後に残す輝石を鍛えて作られた剣なのです」
「輝石を鍛える? そんなことが可能なのか?」
ジェイルは怪訝な表情を浮かべた。確かにそれが可能であれば殺害するだけで瘴獣となるというのも可能かとも思えた。詳しいことは未だ研究中ではあるが、輝石とは瘴獣に取り憑いた瘴気が結晶化したものと言われており、それで鍛えた剣で切りつけるということは瘴気そのもので切っているようなもであり、瘴獣化する可能性も捨て切れない。
「その昔、ドワーフ族だけがその製法を知っていたと言われています。今でも伝わっているのかはわかりませんが、当時からドワーフ族の間でも禁忌の製法とされていたようです」
「ドワーフ族絡みかよ……。となると有り得ない話でも無いな。あいつらいろんなおかしな製法知ってやがるからな」
「そうだな。輝石も鉱物の一種だというのは聞いたことがある。それで、それが盗まれたから取り返して欲しいということですね」
「はい。想像がつくと思いますが、悪用されればどれほどの被害が出るかわかりません。禁呪とされているサモンを魔力も魔法陣も必要なく、どこでも瘴獣を生み出せる代物なのです。それ故に、誰にも知らせることなくひっそりとこの神殿の地下で封印していたのです」
クリフはうつむいた。
「なるほど。もう一つ気になることがあるのですが、何故街の憲兵に届け出ないのです。それほど危険なものであるならば、憲兵も本腰をいれて捜査するでしょうし、確実では無いのですか?」
「……憲兵にその者を捕らえることは出来ません」
クリフはうつむいたまま答えた。
「その者? どうやら、犯人を知っていそうですね」
カイトはジェイルの方を見るとジェイルと目が合ったが、ジェイルは嫌な予感がしたのか首を振った。ミーファはカイトの顔を見上げると、首を傾げた。エマの表情は変わらない。
「……はい。その者はどこでその情報を手に入れたのわかりませんが、何度もここにやってきては直接譲れと言ってきました。私はそれを断り続けましたが、その最中に瘴創剣が盗まれるとその事を公開していないにも関わらず、それ以来来なくなりました。まず間違いないかと」
「それは誰です?」
カイトの問いにクリフは躊躇しながら口を開く。
「……ドイズ・ゲルマン。――この街の議員です。憲兵に強い影響力を持っています」
「議員か……。そいつはちょっと厄介なんじゃねぇのか。憲兵隊に影響力を持ってるってことは憲兵に守られてるようなもんだろ? 憲兵が相手じゃどうやったって俺たちが悪者だぞ」
ジェイルはカイトを見ると、カイトも難しい顔をしている。
「なんで? だって泥棒なんでしょ? どうして私達が悪者になるの?」
「世の中そう単純じゃないってことだ」
カイトがミーファの問いに答えると、ミーファは明らかに納得していない顔で首を傾げた。
「申し訳ありません」
クリフは言ったことを後悔しているように頭を下げた。
「……これは慎重に行動する必要がありそうだな」
「どうして? 犯人がわかってるなら、そこに行って返してもらえばいいじゃん。なんだったら力尽くでも。どうせ泥棒なんだし」
ミーファはカイトの言葉がまだ理解出来なていない。カイトはミーファの頭に優しく撫でるとジェイルを見た。ジェイルは睨むような視線をカイトに送っている。
カイトはそれを見ると肩をすくめ、ミーファから手を離しクリフを再度見る。
「とりあえず状況はわかりました。慎重に行動する必要がありそうなので少々時間を頂きます」
カイトは立ち上がる。
「ありがとうございます! 取り返して頂けるのであれば日数が掛かっても構いません。ただ、被害が出る前には取り返して頂きたいのです」
クリフも立ち上がるとカイトの手を再度強く握った。その強さから必死さが伺える。
「わかりました。努力します。最後に盗まれた部屋を見せて頂きたいのですが。何か手掛かりが残っているかもしれないので」
「わかりました。こちらです」
クリフは四人を連れて、聖堂の地下へと行くといくつかある部屋のうちの一つに四人を招きいれた。
「ここです」
部屋の中には特に何も無かったが、床は岩盤を直接磨いたようで継ぎ目は無く、その変わり魔法陣が全面に渡って掘り込まれている。そして、その魔法陣の中央には小さな円が描かれており、さらに中心には小さな穴が空いていた。
「あ、封印の魔法陣だ」
ミーファは魔法陣に描かれている古代文字からそれが何であるかがわかったようだ。
「ここに瘴創剣が?」
「はい。中央の円に差し込まれていたのですが、どうやって封印を解いたのか……」
クリフは中央の円を指さした。
「封印を解いたっていうか、これ、大分前に魔法切れてたんじゃない?」
「ミーファ、わかるのか?」
「うん。使われている魔石が石みたいなってるし、永久に封印出来るような魔法なんてないからね」
「そ、そうだったのですね。申し訳ありません。私は魔法が使えないもので、そのあたりに疎くて」
「取り戻したとして、再度封印する手段はあるのですか?」
「それは……」
クリフは言葉に詰まる。公にしたくないところからして、街の魔法士にも頼み難いのだろう。
「私がやるよ」
「ミーファ、出来るのか?」
「うん。しかも、結構強力なのがガリエルさんにもらった魔法書に載ってたから試したかったんだ」
「それ、大丈夫なのか?」
ミーファがもらった魔法書もジェイルが持っている赤い輝石のようなものと同じく、前回の仕事でもらった戦利品で、現在では使われなくなった陣魔法が載っている。
「大丈夫。ちゃんと調べたし、効力も強そうだから。でも、場所と輝石が結構必要だから、その準備はお願いしたいんですけど?」
「場所はここと同じような場所があります。輝石はどれくらい必要でしょうか?」
「五十個くらいかな」
「そんなに使うのか?」
大抵の陣魔法では十個程度しか使用しない。
「輝石の多さが魔法陣の強さだからね」
「わかりました。準備しておきます」
「よろしくお願いします。しかし、封印が解けていたんだとすると、泥棒はここに来て剣を抜いて持って行っただけか。それだと、手掛かりの残りようもないか。封印を自分で解いたのなら、その解き方が手掛かりになるかとも思ったが」
「すみません……」
クリフは頭を下げた。
「いえ、クリフ殿のせいではありませんよ。それでは、我々はこの辺りで失礼します。何か状況が変わったらお知らせします」
「よろしくお願いします」
クリフは再度深く頭を下げるとカイトも頭を下げ、四人は聖堂を後にした。
聖堂を出た四人は寝泊まりしている安宿へと歩を進めた。
「カイト……。下手すると俺たちはくだらねぇことでお尋ね者だぞ」
地下からずっと黙っていたジェイルがおもしろくなさそうに口を開く。
「……わかっている。だからといってあそこまで切羽詰まっている人を見捨てられないだろ? それに、確かに瘴創剣の話が事実なら世に出回るには危険な物だ」
「あほか。俺達はボランティアで仕事してるわけじゃねぇし、正義の味方でもねぇ。世界の平和でも守ってるつもりかよ」
ジェイルは憮然とした表情でカイトの顔を見ることも無く毒づく。
「そういう訳じゃないが。ああいうのを放うっておけない性分なんだよ」
「まったく……。まあ、いいや。受けちまったもんをいつまでも愚痴ってもしょうがねぇ。で、どうすんだ? 何か取り返す方法は考えてあんのか?」
ジェイルの問いにカイトが答えようとすると、後ろを歩いていたミーファが二人の間に割って入る。
「ちょっと。さっきから深刻な顔して何言ってるの? 犯人がわかってる泥棒から物を取り返すなんて全然簡単な仕事じゃん! 報酬も高くておいしい紅茶も手に入るし。さっそくドイズ・ゲルマンとかいう人の家に行って瘴創剣とかいうの返してもらっちゃおうよ。それとも、そいつ強いの?」
「なるほど。そいつの家に行って『瘴創剣を返せ!』って言うのか?」
「そう!!」
ミーファは自信満々に胸を張る。
「あほっ。そんなことをすれば当然しらを切られるし、いらぬ濡れ衣を着せられ憲兵に捕まり牢屋に幽閉されるぞ」
「なんで? だってそいつ泥棒なんでしょ? どうしてそいつじゃなくてあたし達が捕まるの?」
ミーファは視線をジェイルからカイトに移す。
「そいつが盗んだという可能性が高いだけで証拠が無いしな。それに、俺たちがそれを調べ始めればそいつにとって俺たちは目障りな存在になる。そうなれば、俺たちは憲兵に捕まり犯罪者としてしばらく幽閉されることになるだろうな」
「だ~か~ら~、どうしてあたし達が捕まるの? 何も悪いことなんかしてないのに」
ミーファはどうしてもカイトの言うことが納得出来ない。
「議員だからな。罪をでっち上げることなんざ朝飯前だろ。憲兵にも大分手が届くらしいしな」
「どういうこと?」
ミーファは再度カイトを見る。
「う~ん。まぁ、ジェイルの見方は大分偏見があるが、ドイズ・ゲルマンという議員が瘴創剣を盗んだんだとすれば少なくとも真っ当な議員では無さそうだな。議員というのは権力者だからな。自分の身を守るためにそういうことをしかねないということだよ」
「むぅ~。よくわかんないし、納得いかない!」
「ふふっ。ミーファはまだわかる必要は無いよ。大人の世界の話だ」
カイトは頬を膨らませたミーファの頭に優しく手を置いたが、ミーファは子供扱いされたことが気に入らなかったのかその手を振り払うとカイトは苦笑いを浮かべた。
「で、どうするのだ? よくわからないが、今度の仕事とやらは難しいのか?」
先ほどから黙って後ろから付いてきていたカイトやジェイルよりも更に大人のエマが口を開いた。
「そうだな。ある意味かなり厄介な上、情報が少ない。とりあえずは情報収集だな。行動を起こすにしても、ドイズ・ゲルマンが真犯人だという確証が欲しい」
「情報収集かよ。一番苦手だぜ。俺向きじゃねぇ」
「だろうな。だが、いきなり乗り込んで実は真犯人じゃありませんでしたで、俺たちが御用程間抜けな話は無いだろ。まあ、今日はもう遅い。明日からにしよう」
カイトは未だ膨れたままのミーファを宥めながら、四人でいつもの安宿へと戻った。