第三話 【14】
--- ガコッ …… ガコンッ ---
「これでよしと。カイト達はまだ戻ってないみたいだね」
再び床の穴を開け直したミーファは、穴を覗きこむとカイト達がいないことを確認した。
「大丈夫かのぉ……」
同じく穴を覗きこんだガリエルは心配そうに呟いた。
「じいさん心配すんなって。きっとファスティーナはりっぱに女になって帰ってくる。……ちっ、そう考えるとおれが落ちれば良かったな……」
「お主……。共に落ちたのがお主で無かったのが不幸中の幸いか……」
ガリエルはジェイルを睨んだが、諦めたように肩を落とした。
「で、どうするのだ? これ以上ここにいても仕方がないと思うのだが」
エマは入り口の近くで外の気配を伺っている。
「ああ、じいさん、他の場所も見るんだろ。行こうぜ」
「……うむ、そうじゃのぉ」
四人は部屋を出ると、更に奥へと進む。
「ミーファ、もう体は大丈夫なのか?」
先頭を行くジェイルが振り向くと後ろにいた三人も足を止める。
「ん? うん。もう全然平気!! 何? 心配してくれてるの!?」
「ああ。何せ、光が消えそうだ……」
ジェイルの手に握られているミーファの杖を見ると、先端の魔石から発せられる光が先程より弱くなっていた。
「必要に迫られてかい……。ちょっと貸して。もうこの魔石も長いこと使ってるから寿命かな~。とりあえず、『光よ』」
ミーファは杖に手をかざし光の魔法を掛けるとその魔力は杖の魔石に吸い込まれ、魔石の光は再び力強く輝き始めた。
「あいよ。今度街に戻ったら交換しとこ」
杖を受け取ったジェイルは更に奥へと進み始める。
「魔石ってどれくらいもつもんなんだ?」
「う~ん。使い方にもよるからなんとも言えないけど、私の場合は半年から一年かな~。でもワンダラーになってから頻度が上がったからもっと短いかも」
「ワンダラーというのは大分酷使するんじゃの~。わしの家の灯り用魔石などは二年くらいもつぞ」
「人族の魔石文化はおもしろいな。これほど便利に多用するとは」
「え? エルフって魔石使わないの?」
ミーファは驚いて最後尾を歩くエマの方を振り向いた。ガリエルも同じく驚いて振り向いている。人族にとって魔石は灯りや種火などでもはや生活に無くてはならないものとなっていた。
「使わんな。魔石の性質を知ってはいるが、そもそも我々エルフは魔力を持っている者はいないからな」
「そうなんだ。じゃあ、灯りってどうしてるの?」
「別に特別なことはしないが。ランプに火を灯すだけだ」
「へ~。以外と古風だね。ジェイル、知ってた?」
前を歩くジェイルは少し離れてしまっていたため、三人は小走りに追う。
「あん? エルフの生活なんて知らんがドワーフだって同じだろ。あいつらだって洞窟の中で火を灯して生活してる。ドワーフの魔法士なんて聞かねぇから魔力は無いじゃねぇのか?」
「ええっ。そうなの? じゃあ、魔力って人族固有のものなの?」
「知らん」
「うぐ。肝心なところはわからないんだね……」
期待が大きかったのかミーファは肩を落とした。
「興味ねぇよ。それより、じいさん! また部屋があるぞ」
ジェイルはその部屋の中に入り慎重に調べると三人を呼んだ。
「何か割りと豪華な部屋っぽくない?」
部屋の中へと入ったミーファは内部を見て呟く。ミーファの言う通り、全ては埃まみれで風化が進んでいるものあったが、部屋の中央にはソファて石造りの卓、壁際には何が描かれているかもはや判別出来ないが絵画らしきものが掛けられており、グラスの入っていたと思われる棚の上にも調度品らしきものが並べられていた。
「これは……。すばらしい」
ガリエルはその一つ一つを丁寧に見てまわり始めた。ジェイルは杖をエマに渡すと入り口付近に戻り外を警戒し始めた。
「おや、あれは……。エマ殿、申し訳ないがあれを照らしてもらえんかの?」
部屋の中央で全体を照らしていたエマは、部屋の一番奥の壁の上部を指で指し示しているガリエルの元に近づくと、杖を掲げその部分を照らした。そこには何かが掲げられているが、埃でよく見えない。
「なになに?」
ミーファも興味がそそられてたのか近づくと一緒に見上げた。
「何かの紋章のようなのじゃが、よくわからんの。埃を払いたいが届かんで。ジェイル殿であれば届くかの」
「埃を払えばいいんでしょ。あたしがやるよ」
「出来るかの?」
「まかせて!」
ミーファは紋章らしきものを指さすと魔力を集中する。
「風よ!!」
ミーファの指先から風が噴きだすと紋章とその周辺の埃を盛大にまき散らした。
「ケホッ! ケホッ!」
「グホッ、グホッ。ミーファ殿、か、風で飛ばすなら先に教えてくれ」
「ご、ごめん」
「ゴホ、ゴホ」
エマも口を押さえ苦悶の表情を浮かべてた。
「……何やってんだ、お前ら」
入り口近くで難を逃れたジェイルは埃で真っ白になった三人を見ながら呆れている。
「想像以上に埃が……」
ミーファは自分の周りに舞う埃を手で払いながら先ほどの紋章を見ると埃は綺麗に払われ、銀盤に彫り込まれた紋章が顔を覗かせた。それは、翼を広げた龍の正面に開かれた本が描かれた紋章だった。
「こ、これは! カトレイティア家の紋章じゃ! ということはここはカトレイティア家の部屋か」
「え? カトレイティア家ってこんなところに住んでたの?」
「いや、居住する場所では無いだろう。部屋の構成から見るに何かを待つ部屋のように見えるが……」
「待つ? 何を?」
「う~む。それはまだわからんが……」
ガリエルが考え込んでいる横で一瞬エマの耳が動くと、後ろを振り返りジェイルを見た。
「ジェイル、今何か聞こえなかったか?」
「いや。別に何も聞こえなかったが?」
ジェイルは念のため通路の両側を見たが、闇が見えるだけで何も見えない。
「いや、確かに聞こえた。落ちた娘の話声だったように思うが」
「何んじゃと! ファスティーナの声? ど、どこからじゃ?」
「反響してどこからかはわからない」
「あいつら上に上がれたのか。一本道だからこの先だろ? 行ってみようぜ」
「うむ。急ごう」
ガリエルはジェイルに続いて部屋を出るとエマも続いた。
「え? これは?」
ミーファは紋章に未練があったが、杖を持つエマが行ってしまったため慌てて着いて行く。しかし、四人は暗闇の中をしばらく進んだがカイト達に合流する気配は無かった。
「いないね~」
「ああ、向こうもこっちに向かってるといいんだが。ん、あれは……」
ジェイルは正面を照らすと左へと曲がれる場所が見える。四人は近くまで行くとそこは両側に浮き出るような彫刻が施してある柱のようなものがあり、その先は螺旋状のように上に伸びた階段があった。
「なんだこら。やけに凝った作りになってやがるな」
「ほんとだ、しかも螺旋階段。どこまで続いてるんだろ」
「どうしたんじゃ?」
後ろを歩いていたガリエルが前に出てくるとその柱を手で撫でる。
「見事な彫り物じゃの」
「おい、どうやらあいつらもここに来たようだぞ。埃が払われてやがる」
ジェイルが指さした先は彫刻が無く、代わりに文字のようなものが刻まれており、その周辺の埃は手で払われたような痕が付いていた。
「うそ。じゃあ、二人は上に行ったの?」
「だろうな。穴に落ちたんだから上から降りてきたとは考えられねぇ。上に昇ったんだろうな。じいさん、これは何て書いてあるんだ?」
「どれじゃ?」
ガリエルはジェイルが指さした先に書いてある文字を読み始める。
「謁見の……地。謁見の地? ま、まさか……、王のか……ファスティーナもこれを見たのだとしたら……」
「どうした、じいさん?」
「い、いや、こ、これは大発見かもしれん。この上に、タ、タリアマル公国の謎があるのかもしれん。少なくともファスティーナもこれを見たのなら上に行ったはずじゃ!」
ガリエルは更新し、瞬きも忘れるほどその文字を凝視している。
「マジで!! おもしろそう! カイト達もいるなら早く行こうよ!!」
ミーファは螺旋階段を登ろうとするのをジェイルが首を掴んで止める。
「痛っ! な、何!」
「慌てんな。後ろから着いてこい」
ジェイルはミーファを後ろに下がらせると、杖を螺旋階段に掲げ上を確認する。しかし、螺旋状になっているためそれほど上までは確認できなかった。
「もう!! 魔力は回復したから大丈夫だってのに!」
ジェイルはミーファの抗議を無視し階段を登り始めた。