第三話 【13】
「ファスティーナ殿!!」
カイトはファスティーナの元へと走る。瘴獣は方向感覚の失っったのか、数度壁に衝突したのが幸いし何とか瘴獣を抜き去ると間一髪先にファスティーナの手を取る。しかし、すぐ後ろには既に瘴獣が迫っていたため、ファスティーナを反対側の壁に突き飛ばすのが精一杯だった。
--- ドグゥオ ---
「ぐはっ!」
「カイトさん!!」
ファスティーナの代わりに瘴獣の突進をまともにくらったカイトは大きく後ろに飛ばされた。ファスティーナが駆け寄ろうとしたが、カイトがそれを僅かに身を起こして手で制した。
「カイトさん!」
「大……丈夫」
しかし、カイトの腹部からはかなりの出血しており、瘴獣の角もカイトの血で赤く染まっていた。
「で、でも……」
「本当に……平気……です。危ないから、下がってて」
カイトは自分の剣を杖がわりに立ち上がると、瘴獣は血の匂いに反応したのか今度はカイトに対して構えを取る。
「少し、油断してたな……。そろそろ、本気……出すか」
カイトは剣を顔の横で地面と水平にすると突きの構えを取る。ただし、右手は剣の柄に添え足を開き重心を下げた。その構えは突進を横にかわすようには見えない。その間もカイトの腹部から血が流れ出ていた。
「瘴獣……。次で終わりにしよう」
カイトが呟くと、瘴獣はそれに応えるようにカイトに向けて突進を開始した。カイトはそれを微動だにせずに待ち構える。
--- ドガァッ ---
カイトと瘴獣が衝突すると、カイトは数歩程後ろにまで吹き飛ばされる。しかし、その手には剣は握ってはいない。
「カイトさん!!」
ファスティーナは堪らずカイトに駆け寄り、腹部と右手から出血しているカイトの上半身を抱きかかえた。
「カイトさん!!」
「ああ、大丈夫。生きてますよ。あいつは?」
ファスティーナが瘴獣の方を見ると口からは剣の柄のようなものが飛び出ており、そこから大量の体液が溢れだしていた。そして、最初ふらふらとよろめいていたが少しすると大きく倒れ、二度三度痙攣すると体が消滅しそこには輝石とカイトの剣が残された。
「た、倒せたようです」
カイトは衝突の瞬間に剣を相手の口に突き入れると、かわすことを放棄し相手の突進力を利用して深々と根本まで剣を押し込んでいた。右手の傷は剣を根本まで押し込んだ際に瘴獣の牙で出来た傷である。
「くっ……。いてて。ファスティーナ殿、回復魔法は出来ますか?」
カイトは腹部の傷を抑え苦悶の表情を浮かべながら上半身を起こす。
「えっ……。は、はい。一応は。でも、うまく制御出来るかどうか……」
「止血、出来れば結構ですよ。……お願いしていいですか?」
「は、はい。やってみます」
ファスティーナは顔を緊張で強張らせながら両手でカイトの腹部の傷を覆い、目を閉じ精神を集中すると魔力を傷へと送り込み始めた。
回復魔法といえば聞こえはいいが、その実は本人が持っている自然治癒力を強制的に活性化させるだけであり、かけられた側の体力を著しく消耗させる。骨折などの大怪我を回復魔法で完治させようものなら衰弱死もあり得る程である。
カイトの傷を覆うファスティーナの手の周辺は魔力のためか空気のゆらぎを見せ始めた。
「くぅ……」
カイトは全身の力が吸い取られるような感覚に呻き声を上げると、ファスティーナは慌てて止めようとしたが、カイトに促さらさらに続ける。
しばらくするとカイトの傷の出血が止まり、そこで回復魔法を止めてもらった。これ以上続けると立ち上がることが難しくなってしまう。
「大丈夫ですか?」
「ええ、血が止まればどうということは無い」
カイトは傷口を袖で拭うと傷は未だ開いたままだったが、出血は血が滲む程度にまで抑えられている。
「でも、これでは感染を引き起こしかねません……」
ファスティーナは地面に落ちたカイトの剣を取ると、自らのローブの裾に切り込みを入れその一部を大きく破り、カイトの腹部に巻きつけた。
「これで、幾分はよいかと思います」
「ファ、ファぅティーナ殿。申し訳ありません」
「いえ、これくらいしか出来ませんが」
カイトは剣ファスティーナから剣を貰うと体力を消耗し重く感じる体をなんとか立ち上がらせた。
「さて、こんな場所でのんびりもしていられない。先に進みましょう」
「大丈夫ですか? 少し休憩されたほうが?」
体力消耗のためか傷の痛みのためか、額に汗が滲むカイトをファスティーナは心配したが、カイトは首を横に振った。
「平気ですよ。それに、ここは瘴気が濃い。どのみち傷にはよくありません」
「そうかも、しれませんが……」
理由は不明だが、瘴気が濃い場所では傷の治りが遅くなることが知られている。
ファスティーナはカイトが差し出した手を取ると立ち上がった。カイトは途中で投げた光の魔石を拾うと二人はさらに暗闇の奥へと進んでいく。
「他には瘴獣はいないようだ。やはりさっきの奴がこの神殿が運用されていた当時に生贄の処理をしていた狼か何かの生き残りだったのかもしれませんね」
カイトは歩きながら他に瘴獣がいないか気配を探っていた。
「確かに処刑した人を動物に処理させていたことは当時はあったようですからそうかもしれませんね。だとするとこの道は生贄を運び出す通路では無いのかも……」
「だとするとここは……?」
「……あっ! カイトさん、あれを」
カイトはファスティーナが指差す方を見ると、通路の途中に左へと進める所がある。二人はその場所まで進むとT字路のようになっており、一方は今まで進んできた道から更に奥へと進んでおり左に曲がった先は上へと続く階段となっていた。
「カイトさん、これはどちらに行くほうが?」
「上に行ってみましょう。うまくすればガリエル殿やジェイル達がいる階層に出れるかもしれない」
「そうですね。そう願います」
二人は階段を登ると、一つ踊り場がありそこからさらに折り返すように登るとちょうど先ほどの通路の真上にあると思われる通路に出た。通路自体の作りは先程の通路と似ている。
「高さ的にいってジェイル達と同じ階層には来たような気がするんだが……」
「そうですね。落ちた穴はそれ程高くありませんでしたから」
ファスティーナもカイトの後ろから通路に出ると両側を見渡した。
「カイトさん、この壁……」
「ん? 継ぎ目が無いな。どうやら崖の中に掘られた場所のようですね。ということはやはり近い気がする。進んでみましょう」
「はい」
二人は右側、方向的には先程進んでいた方向の逆報告に進むと、すぐにさらに右へと曲がる場所に出た。しかもその通路は先程の所とは違い通路の両側に浮き出るような彫刻が施してある柱のようなものがあり、その先は螺旋状のように上に伸びた階段があった。
「すごいな。……ファスティーナ殿、ここに文字のようなものが。読めますか?」
カイトが指さした柱の一部には長方形状に彫刻が無く、その代わりに文字のようなものが彫り込まれている。
ファスティーナをそれを見るとゆっくりと解読を始めた」
「えっと……少し待って下さい。父のようには読めなくて。……謁…見……の…地? 謁見の地!? これってどういう……。カイトさん!」
ファスティーナは勢い良く振り向くとカイトにぶつかり、ファスティーナが読みやすいように魔石を壁の近くで照らしていたカイトは魔石を落としてしまった。
「あ、す、すいません。興奮してしまいました」
ファスティーナは魔石を拾うとカイトに渡した。
「でも、カイトさん謁見って!」
「謁見ということは、この上にカトレイティア家の当主に合う場所があるということか……」
「いえ、そんなはずはありません。ここはカトレイティア家所有の神殿ではありますが、カトレイティア家の邸宅は別に存在します。このような場所に謁見する場所を作る必要は無いはずです!!」
ファスティーナは何かに確信を得ているのか、今までにないくらいに声が大きくなっていた。
「では、誰が誰に謁見する場なのですか?」
「か、確証はありませんが、タリアマル公国の不明点と、このような隠された場所にあることから考えると、カ、カトレイティア家の当主が、お、お、王に対する謁見の場ではないかと」
興奮の冷めないファスティーナは言葉も切れ切れにカイトに説明する。
「なるほど。何か面白そうなことになって来ましたね。では、行ってみましょうか?」
「は、はい!!」
二人は上へと続く螺旋階段を登っていった。