第三話 【12】
「ファスティーナ殿、頭をぶつけないように気をつけて」
「はい」
カイトは後ろを歩くファスティーナを気遣いながら落ちた穴の先にある崩れた壁を潜ると、穴の先は広めの通路のようになっており穴はその通路の横の壁に開いていた。通路は左右に伸びておりファスティーナが作り出した光ではそれ程先までは見る事が出来なかったが、かなり長く続いているのはわかる。
「お父様達は大丈夫でしょうか?」
「はは、少なくとも今の私たちよりは安全でしょう」
「そ、そうですよね」
父親の身を案じている場合では無かったが、それでもファスティーナは父親が心配のようだった。
「さて、どっちに行くかな」
カイトは手の平を肩の高さに上げて風の流れを調べると、穴側からみて左手の方を指さす。
「あっちだな。風が微かに吹いてる。行ってみましょう」
「あ、はい」
カイトはファスティーナの手を取り、僅かに風が吹いてくる方へと向かって共に歩き出した。
「しかし、この通路はなんなんだ? 部屋の一つも無い」
「おそらく生け贄を外に運び出すための通路かと思います。うまくすれば外まで続いているかもしれません」
「だとうれしいが。しかし、ここを生け贄が運ばれたことを考えると少し気味が悪いな」
「そうですね……」
カイトの持つ魔石の光を頼りに風が吹いて来る方へと進んでいく。暗く見通しが悪いため、かなりゆっくりと進んでいた。
「私たち出られるでしょうか?」
周りの闇に不安になったのか、ファスティーナの表情は暗い。
「ん? 大丈夫ですよ。時間はかかるが最悪でもジェイル達にロープを取ってきてもらって、さっき落ちた穴から出ることも出来ますから」
「そ、そうですよね」
「それより、こんなことになって申し訳ない。私たちもこういう遺跡には慣れてなくて」
「い、いえ。私も好奇心からよくいろいろ触ってしまって父様に怒られますから」
カイトは周りを警戒しながらもファスティーナの不安を和らげるためにたわいもない話を続けていく。
「ファスティーナ殿は何故考古学者に?」
「え? 単純な理由ですが父の影響です。といっても最初は研究という感じではなくて助手のいない父を手伝っていただけだったのですが、父の研究資料に触れていくうちに面白くなってしまって、結局学校でも考古学を専攻しました。変でしょうか?」
「とんでもない。何か打ち込めるものがあるというのはそれが何であれいいことです。やはりタリアマル公国とはそれ程研究しがいのあるものなのですか」
「はい。文献に触れられていない王のこともそうですが、それ以外にも謎が多いのです」
「謎? ガリエル殿は王にこだわっていたようですが?」
カイトは王について熱く語っていたガリエルを思い出した。
「そうですね。父の主な研究テーマはそこですが、私はもう一つの謎を主に研究しています。もしかすると王の事と繋がるかもしれませんが」
「もう一つの謎とは?」
「タリアマル公国が存在した時代は今とは違い大陸の覇権を争って常にどこかで戦争が行われている時代です。公国の周辺にも大陸の覇権を狙う国々が多くあったことが遺跡等から証明されています。それにも関わらず、タリアマル公国は軍と呼べるもの保持していた形跡が無いのです」
「軍を保持していない? それは公国だから?」
「そうかもしれません。ですが、カトレイティア家に大公位を授けたのは周辺諸国の王で無い事は父の研究から証明されています。ということは授けた王は遠い地の王か、または公国内にいたことになります。つまり、タリアマル公国は周辺国とは自分達の力で戦う必要があったはずです。それなのに……」
ファスティーナの説明に熱がこもり始めたが、カイトが途中で手で制した。
「? どうしました?」
「何か聞こえませんでしたか?」
「え?」
ファスティーナは慌てて周りを見渡すが、自分たちの周り以外は暗闇に包まれている。
「な、何も聞こえませんが……。き、気のせいでは?」
「いや、確かに聞こえた。動物の鳴き声のようだったが……」
「動物?」
――― うぉおおおぉぉぉん ―――
「きゃっ!!」
低いうなり声ともいえる鳴き声が突然聞こえるとファスティーナはとっさにカイトにしがみついた。その鳴き声は通路内で反響してしまい、前後のどちらから聞こえたのかわからない。
「お、狼でも住み着いているんでしょうか?」
「狼ならいんですが……」
「え?」
「とりあえず先に進みましょう。あまり一箇所にじっとしていない方がいい」
「は、はい」
カイトはファスティーナの手を取ると、先へと進む。
「?」
しばらく進んだところで、カイトはまた足を止めた。
「どうしました?」
「いや……、どうやら予想が悪い方にあたってしまったようだ」
カイトが正面を指さすと、三十歩程離れた光の届かないあたりに夜に光る猫の目のようなものが二つあった。しかもその位置は自然にいる動物の位置よりもあきらかに高い位置にある。
「うううぅぅぅ……」
その獣がカイト達をその目に捉えると低い唸り声を上げる。カイトはファスティーナを壁際に寄せると自らの剣を抜いた。
「カイトさん!?」
「どうやら向こうもこちらに気づいているようだ。一本道だから逃げるのは難しいでしょう。ここでじっとしていて下さい。何かあったら叫んでもらえればすぐ来ますから」
カイトはファスティーナを見て一度微笑むと剣を獣に向けたまま慎重に進んでいく。
カイトは獣に近づいたところで手にもった光の魔石でに掲げる、するとその獣が全容が見えてきた。
「何だこいつは!? いったい何の瘴獣だ?」
光に照らされた瘴獣は低い唸り声を上げる。その姿は巨大な狼のように見えるが、全身が深い緑色をした蛇のような鱗に覆われ、頭から伸びた角は左右非対称にいびつに折れ曲がり角の用途としては使えるにようには見えない。また、暗闇に不気味に光るその目は獲物を狙う猫のようだった。元の原型はとても判別できず、四足の動物であったということがかろうじてわかる。
「異形化しすぎだ……」
カイトはその瘴獣を警戒しつつも後ろを振り返ると、ファスティーナまでは光が届かないため姿を確認することは出来なかったが、気配で元の場所にいることはわかった。カイトはそれを確認するともう一度瘴獣に視線を移す。
「まったく、こういうデカブツは出来ればジェイルに任せたいんだがな」
瘴獣は太く力強い四肢を折り曲げ、重心を低くすると今にもと飛びかかってきそうな構えを取った。
カイトは剣を構えると手に持っていた光の魔石を互いの中央辺りに放り投げる。弧を描いた魔石が互いの目の中央で重なった瞬間に瘴獣が飛び跳ねるようにカイトに襲いかかった。
瘴獣は大きな口を開けて牙をむき出しにしながら突進してきたが、カイトはそれを寸前で横にかわすと瘴獣の首を目掛けて剣を一気に振り下ろす。
--- ッキィン ---
しかし、剣は鱗に弾かれ瘴獣は何事も無かったかのように再度振り向いてカイトに突進の構えを取った。
「鱗は鉄製かよ。まったく、どれだけの期間瘴気に侵され続けてたんだ……」
瘴獣は動物の死骸が瘴獣化したばかりの頃は元となった動物とそれ程容姿は変わらない。しかし、長い期間瘴気に侵され続けると徐々に異形化が進み、同時にその力も強くなる。目の前の瘴獣はその異形化の進み具合から相当な期間瘴気に晒されていることが伺いしれた。
瘴獣はもう一度カイトに向けて、今度は牙ではなく角を突き出して突進してくる。しかし、カイトはこれも寸前で横にかわし、今度は斬りつけない。
「攻撃が単調なのが救いだな。さて、どうするか……。と、いっても選択肢はそう多くないか……」
カイトは剣を胸の前で相手に向け、突きの構えを取る。
そして、瘴獣がカイトに狙いを定めるとまたも角を突き出して突進して来た。カイトはそれをぎりぎりまで引き付けると、瞬間的に二歩程後ろに下がりながら素早く二度突きを放ちそのまま横に転がるように逃れる。
突かれた瘴獣は横の壁に激しく体を擦り付けるようにして止まった。見ると、カイトの剣は寸分違わず瘴獣の両目を貫いており不気味に光っていて目があった場所からは血が流れ出ていた。
「これで少しは大人しくなってくれるといいが」
しかし、瘴獣は体を起こすと目が見えなくなったことことに最初は戸惑うようにあたりを伺う仕草をしたが、見えないことを悟ったのか鼻を上に向けた。
「匂いか? どうやら犬か狼の瘴獣であることには違いないようだな」
瘴獣はしばらく鼻を上に向け辺りの匂いを嗅ぐ。すると、何かの匂いの元に気付いたのかそちらに向けて攻撃姿勢を取った。しかし、それはカイトに対してではなくファスティーナの付けている香水に対してだった。
「まずい!!」
カイトがファスティーナへと向けて走りだすと同時に瘴獣もファスティーナへと向けて突進を開始する。