第三話 【11】
「ちっ。いい反射神経してやがる」
ジェイルは剣を構え直すと再度対峙する。剣を持つ者はエマにも注意を払い始めたようにも見えたが、その穴を穿っただけの目からは詳細を読み取ることは出来ない。
「ミーファ!! 穴を一旦閉じろ!」
「え、いいの?」
「お主! ファスティーナ達を閉じ込めるつもりか!?」
ガリエルが慌てる。
「ちげーよ!! こいつが穴に落ちる方が厄介だ。下にはカイトしかいないんだ。こいつはここでかたをつける必要がある。穴はまた開けりゃいい」
「なるほど。了解」
ジェイルは剣を持つ者との中間を中心にゆっくり回り込むと、穴を開閉させる像を背にした。ミーファはその隙にその像の側に行くと、像を入り口側に向ける。
――― ガコン ―――
穴は開いた時と同じ音を立てて閉じると、元の何も無い石床へと戻った。
「よし、エマとじいさんもミーファの方に移動しろ」
「う、うむ」
「わかった」
エマとガリエルもジェイルの指示に従い、ミーファも元に移動する。剣を持つ者はそれには反応せずにジェイルと対峙していた。
「さて、そろそろ決着といこうぜ」
ジェイルは一気に相手との間合いに入ると、剣を持つ者もそれを迎え撃つために剣を構え踏み込む。
――― ギィン ―――
ジェイルは上段から振り下ろした剣を、剣を持つ者は自分の剣を横にして受ける。ジェイルは押し切ろうと力を込めるが、押し切ることが出来ない。
「ちぃ、その体のどこにそんな力がありやがる……」
ジェイルは一度離れると、今度は剣持つ者がジェイルの右から横に薙いで来る。ジェイルはそれを下がってかわすと、剣を低く構え直し突きにかかる。しかし、剣を持つ者もそれを横にかわした。
「かかりやがったな!!」
ジェイルは顔にうっすらと笑みを浮かべると、かわされた剣を引かずにそのまま剣を持つ者がいる側に薙ぎ、背骨に引っ掛けると祭壇に向かって相手を飛ばした。
剣を持つ者は祭壇に叩き付けられた拍子に剣を落とすと、ジェイルはすかさず間合いを詰め、左下から斜めに一気に切り上げた。
――― ガッギィイイイン ――― …… ガシャン ―――
「な、な、なんてことを……」
ガリエルが絶句する。
「あ~あ、し~らない……」
「………石像を割らずに切る事が出来るとはな。見かけによらず器用な奴だ」
ミーファは他人の振りをし、エマの表情は特にかわらない。
「……わ、わざとじゃねぇーぞ」
剣を持つ者は上半身の中央を斜めに切られ、切られた上半身部分が地面に落ちると消滅し、その後には輝石と、共に切られた竜の像の頭が残された。
「お主!! それの歴史的価値がわかっておるのか!!」
「ジェイルがわかってるわけないって……」
「だからわざとじゃねぇっての!! 不可抗力だ! 不可抗力!!」
ジェイルは必死で訴えたが、ガリエルは震える足で落ちた竜の頭に近づくその場に膝を突き竜の頭を手にとった。
「ジェイル、弁償だね」
「いっ! あれ、いくらすんだ?」
「金で買えるようなものではないわい……」
ガリエルは力なく答えると、立ち上がり竜の頭を祭壇に残された胴体の近くに置いた。
「ふぅ……」
ガリエルは余程ショックだったのか、ひどく肩を落としている。
「壊れちまったものはしょうがねぇじゃねぇか。瘴獣に殺されるよりはましだろ?」
ジェイルは竜の像に近寄ると残った胴体の切り口を見た。ガリエルの身長では見る事が出来ないが、ジェイルから切り口を見ることが出来る。
「……!? じ、じいさん。これどうするんだ?」
「どうすると言われてものぉ。修復出来るようなら修復するが……」
「いや、それは……。よ、よし、じゃあこうしよう。もともと何か見つかったら二割は俺たちがもらえる事になってたろ? この像が俺の取り分でいい。これでどうだ?」
「……まあ、これだけの遺跡を見つけられたのだから妥当なところかもしれんが……」
ガリエルは未だショックから立ち直れないでいたが、とりあえずジェイルの提案を承諾した。
「よし、じゃあ決まりだ」
ジェイルは壊れた竜の像を祭壇から下ろすと、切り口がガリエルからは見えないように注意しながら大事そうに脇に抱えた。
「なんだよ、ミーファ」
ミーファが一連のジェイルの行動に疑惑の眼差しを向けている。
「なんか妖しいぃ。ジェイルってそんな提案する人だったっけ?」
「アホ。おれも一応反省はしているんだ! お前は魔法書、俺はこの竜の像、あとカイトとエマの分の何か見つかれば、俺達も来た甲斐があったってもんだ」
ジェイルはミーファとは目を合わせずに答えた。
「ふ~ん。まあ、いいけど」
ミーファは疑惑の目を向けながらとりあえずその場は引くと、ジェイルは竜の像を抱えたままアンデット達が残した二つの輝石を拾い上げ懐に入れた。
「それ、どうするの? あたしはそれはちょっと使えないよ……」
「当たり前だ。アンデットってのは基本的には犠牲者だ。外に出たらこれで墓でも作って弔ってやろう」
「そだね。でも、アンデットって結構頻繁に発生するものなの? あたし初めて見たんだけど」
「お前は瘴獣自体をほとんど見た事ねぇだろうが……。だが、アンデットってのはめったに発生しない。人ってのは自我が強いからそもそもめったに瘴獣化しない上に、人が埋葬される時は瘴気が無い場所が選ばれ、さらに瘴気を寄せ付けない魔法陣が描かれるからな」
「へ~」
「知らなかったのか?」
「だって、お墓なんてそんなに行かないし。っていうかジェイル、めずらしく詳しいね」
「めずらしくは余計だ! まあ、いろいろあったんでな」
「いろいろ?」
「……」
ミーファは続きを聞きたがったがジェイルは答えなかった。
「しかし、何故こんな場所にアンデットがおったのじゃ……」
ガリエルはいつも間にか研究者の顔に戻っている。ショックよりも知的好奇心が上回ってきたようだ。
「さっきの棺だな。数も合う」
「あれか、憐れな。このような場所に埋葬されたためにアンデットとなってしまうとは。当時はこの場所に瘴気が立ちこめるとは思わなかったのじゃろう」
ガリエルは棺があった部屋の方に視線を向けた。
「違うな」
「違う?」
「あいつら武装してやがった。アンデットってのは考えて行動するわけじゃない。自分で鎧を着たり剣や槍をもったりなんてするわけがない。鎧を着せ、剣や槍を持たせたまま埋葬されたんだ。おそろらく瘴気と共にな」
「アンデットにさせられたということか……」
ガリエルはそのまま黙ると何かを考え始めた。そこにエマが話に加わる。
「だが、剣術や連携を使っているように見えたが?」
「戦い方、特に接近戦てのは頭で覚えるもんじゃない。体で覚えるもんだ。そういものはアンデットになってもある程度は使えるらしい。これだけの剣術や槍術をアンデットになっても使える奴らってことは生前は相当な使い手だったんだろうな」
「なるほど」
「でも、なんでそんなことを?」
「さぁな。それ以上は俺にはわからねぇ。じいさんが専門だろ?」
ジェイルはガリエルの方を向くと、いつも間にかガリエルは部屋の端から端を歩きながらぶつぶつ言っている。
「何かを盗掘者から守らせるためにアンデットにさせたのではないじゃろうか? この神殿を守る守護者としてか、神殿の中にある何かを守る守護者としてか……」
ガリエルはまるで独り言のように呟いた。
「だとすればひどい話だな。仲間を無理やりアンデットにするとは。人族というのは我欲のために同族をも犠牲にするのか……」
エマはあえてアンデットにさせたということに嫌悪したのかひどく顔をしかめている。
ジェイルとミーファはエマの言葉に何も言えなかったが、ガリエルは違った。
「価値観の違いじゃよ。何故この者達が無理やりアンデットに『させられた』と言い切れるのじゃ? わしはおそらく彼らは自ら望んでアンデットとなったのじゃと思うよ。自らが信じる何かを永遠に守り続けるために。当時は名誉なことだったのかもしれん。違う時代に生きた者達を今の価値観に照らし合わせて判断するべきではない」
「理解出来ないな。アンデットは犠牲者だ。それに変わりはない」
「確かにそうなのじゃが……。う~む、エルフ族と分かり合うというのは難しいのぉ」
ガリエルは苦笑した。
「あたし達はそんなことしないよ!!」
ミーファはアンデットにさせた者達と一緒にされるのが嫌だったのか、慌てて手を振る。
「わかっている。人族は個々によって考えかたが相当異なることは理解しているつもりだ。めんどうなことだ」
「は、はは……」
今度はミーファが苦笑する。
エマの言葉はエルフ族の考え方をよく表している。『不老なるエルフ』と呼ばれるエルフ族は寿命で死ぬ事がなく、事故や病気にかかったりしなければ永遠に生き続けると言われている。そのため、時代が移り変わるということもなく、完成された価値観が不変のものとして存在している。時代と共に価値観の変わる人族のことを理解するのは難しかった。
「でも守護者だったのならいったい何を守ってたの?」
「可能性の話じゃ。神殿そのものかもしれんし、対象は既に前回の調査時に運び出したものの中にあったのかもしれん」
「え~。なんかすごいものがあるといいんだけどな~」
ミーファは期待を寄せる側で、ジェイルは話には加わらずただ脇の竜の像を大事に抱え直した。