第三話 【10】
「二人とも行ったみたいだね」
ミーファは二人の声が聞こえなくなった穴を見た。
「だな、こっちもまだ調査するんだろ? ミーファ、余計なものに触るなよ」
「わ、わかってるよ」
「う~む、そうじゃの~。ここで待っていても何も変わらんか……」
ガリエルも同意したが、やはり娘が心配なのか先ほどとは違い集中出来ないようだ。エマは獣のことが気になるのかまだ穴の中を見ている。
ガリエルは穴の方を気にしながらも、その部屋の調査を再開した。
「じゃが、やはりここは生け贄の儀式を行う場所に間違いはないようじゃの。しかし、生け贄の儀式までやっておるとは、相当深い信仰だったようじゃのぉ」
「他の遺跡では生け贄の儀式跡は無いの?」
「無いことも無いがの。そういう場合は国家や地域の信仰というよりは、一部組織の狂信的な信仰に多い。しかし、ここはタリアマル公国の公的な神殿じゃ。こういう場所で見つけたのはわしは始めてじゃの」
「へ~。ってジェイル、何やってんの? 自分で触るなっていってたじゃん」
ミーファがジェイルの方を見ると、ジェイルは等間隔に置かれている竜の置き物の目を指で突いていた。
「別に動かしやしねぇよ。それより、じいさん。これ宝石じゃねぇか?」
ジェイルは竜の目に埋め込まれている赤い石を指差した。
「うむ。それはルベライトと呼ばれる赤い宝石じゃの。竜関連のものには目の部分によく使われる宝石じゃ」
「お宝じゃねぇか!! もらっていいか?」
「う~む。こういった形で無ければ一つくらいよいのじゃがの。ここのはやめた方がいいじゃろう。さっきのもを見ても触ると何が起こるかわからん」
「ちぃ。全部に仕掛けがあるわけじゃねぇだろ? これは大丈夫じゃねぇか?」
「やめてよ! あたし落ちたくない!」
「人のことは落としておいて何を言うか……」
「そ、それはそれ。ジェイルもそういうのばっかりじゃなくてもっと歴史を堪能しなよ。宝って言うのは何も金貨や宝石だけじゃないんだよ! 先人達が残した遺産も十分なお宝なんだから」
ミーファは右手の人差し指を立てながら得意げ言うと、ガリエルは隣で感動している。
「やはりお主は考古学と言うものがよくわかっておるの」
「当然!! 金にしか興味を示さない夢を忘れたおじさんと一緒にしてもらっては困るわ!」
ミーファはそこまで言ってジェイルを見ると、ジェイルは背中の大剣に手を掛けていた。
「ちょ、ちょっとジェイル! じょ、冗談だよ! おじさんって言ったくらいで何もそこまで怒らなくても……」
ジェイルの予想外の行動にミーファは一歩後ろにたじろいだ。
「動くな!!」
「お、お主。若い娘さんの言う事じゃ。落ち着きなされ」
ガリエルも慌てる。
すると、穴を覗いていたエマもゆっくりと立ち上がり、腰のレイピアに手を掛けた。
「?」
「ミーファ、じいさん。ゆっくりとこっちに来い。入り口から離れるんだ」
「えっ?」
「早くしろ!!」
「う、うん」
ミーファとガリエルはジェイルの言う通り、ゆっくりとジェイルの後ろに回った。
ジェイルとエマは入り口の外を凝視している。
「な、何? 瘴獣? また瘴気の気配がしたの?」
「瘴気はずっと漂いっぱなしだ」
「? ……何なの?」
意識を入り口集中しているジェイルではなく、今度はエマに聞く。
「視線を感じる。何かがこちらを見ている」
エマも入り口から目を話さずに答えた。
「し、視線? 瘴獣なの?」
「わからない。だが何かがこちらに意識を向けているのは確かだ」
エマは答えながら、腰のレイピアを抜いた。
「いやな予感がしやがる。ミーファ、輝石に光を込められるか? 小さいのでいい」
「う、うん。大丈夫」
ジェイルの指示にミーファは慌てて革袋から小さな輝石を取り出した。
「光よ!」
ミーファは輝石を光の魔石に変えると、それをジェイルに渡した。ジェイルはそれを受け取ると背中の剣を抜き、光の魔石を入り口の外へと投げた。すると、こちらを見ていた者が正体を現す。
「ちぃっ!! やっぱりアンデットか!!」
ジェイルが叫ぶ。こちらを見ていた者の正体はアンデットと呼ばれる人の瘴獣であった。アンデットは二体おり、共に長い年月の為か骨のみと化しており、簡素な革の鎧を着込み、手には剣を持つ者と槍を持つ者がいた。
「下がれ!! エマ、ミーファ、奥の祭壇の後ろでじいさんを護衛してろ! こいつらの相手はおれがする!!」
「一人で大丈夫なのか?」
「問題ねぇよ。それより、じいさんの護衛までは手がまわらねぇ。そっちを頼む」
「護衛? その者を守ればよいのだな。……ふむ。いいだろう」
エマはアンデットに呆然としているミーファとガリエルの手を引いて祭壇の後ろへと避難した。
「ひ、人って瘴獣になるの?」
「生あるものは全て瘴獣になりうる可能性がある」
エマはアンデットを見るのが初めてではないのか、初めてアンデットを目の当たりにしたミーファよりは大分落ち着いていた。ガリエルはアンデットだからと言うよりも瘴獣そものに慌てているようだ。
三人が祭壇の後ろに避難すると同時に二体のアンデットは部屋の中へと侵入してくる。
ジェイルは祭壇が自分の背中に来るようにアンデット達と対峙すると、剣を持つ者が骨と石の床が擦れる不快な音を立てながらジェイルに接近すると、剣を振り上げ上段から切り掛かってきた。
--- ガキィン ---
ジェイルはそれを自らの剣で受けると、剣を持つ者がそのまま力を込め、ジェイルの動きを 封じる。その隙に、今度は槍を持つ者がジェイルの脇腹を一気に突いてきた。
「ちぃ!!」
ジェイルは力で剣を持つ者を突き飛ばすと、槍を持つ者の一撃を後ろに飛んでかわした。
「厄介だな。剣術や槍術を身につけている上に連携までしやがる。さすがに獣の瘴獣とはわけが違うな」
「ジェ、ジェイル。あたしも何か、する?」
ミーファまだ人の瘴獣の衝撃から立ち直れてないのか、声が震えている。
「いや、いい。こういう骨だけの奴には魔法は対して効かない。それより、エマ。俺が剣を交えていないほうが何かしてきたら、弓で牽制してくれるか」
「わかった」
エマは背中の革袋の中にある組み立て式の弓を素早く組み立てると、矢を一本構えた。
「さて、どうするか、な!」
――― キィン ―――
ジェイルは剣を構え直すと、また剣を持つ者がジェイルに切り掛かる。今度は先ほどのような大振りではなく細かく連続でジェイルに切り掛かると、ジェイルも大剣とは思えぬ見事な剣さばきでそれを受けた。
「すごい。ジェイルって、そんなことも出来るんだ」
ジェイルは同じ剣士でも技で戦うカイトとは違い、どちらかと言うと大剣とそれを軽々と振るう腕力を生かして問答無用で一刀両断といった戦い方が多かった。
「見事なものだ。人は見かけに寄らないものだな」
エマも槍を持つ者に注意を向けながらも関心した。
ジェイルと剣を持つ者はしばらくの間剣を交えていたが、剣を持つ者の連撃は一向に収まらない。
「ちぃ、やはり疲れ知らずかよ。表情も無ぇから読めやしねぇ!!」
体力が無尽蔵とも思える剣を持つ者の連撃にジェイルもさすがに疲れを見せ始める。ジェイルの剣が若干鈍り始めると、今度は槍を持つ者がジェイルの視界の外からその槍をジェイルに向け突進する。
――― ギィン! ―――
骨と金属が擦れ合う鈍い音と共に、槍を持つ者の足が止まる。槍を持つ者の動きに気づいたエマの放った矢が見事にその背骨に命中していた。
矢で背骨が折れるようなことはなかったが、その足を止めるには十分だった。
そして、動きを止めた槍を持つ者を今度はジェイルが逃さない。
「いいぞ、エマ!!」
剣を持つ者を後ろに弾き、剣を横に薙いでさらに下がらせると、そのまま剣を止めずに槍を持つ者を薙ぎ払う。ジェイルは剣を背骨にかけ、そのまま槍を持つ者を壁に叩き付けたると、さらに追い打ちを掛けるために接近する。すると、今度は剣を持つ者がその動きを阻止するようにジェイルに向かう。
しかし、さらにエマが立て続けに放った矢が剣を持つ者の背骨と足にあたると、バランスを崩してその場に膝を突いた。
ジェイルはその隙に槍を持つ者に体当たりを壁との間に挟んで、頭蓋骨と腰骨を粉砕した。槍を持つ者はその場崩れ落ち、そのまま輝石を残して消滅する。
ジェイルは止まる事無く剣を上段で構え直すと、膝を突いている剣を持つ者を剣の刃ではなく平の部分を頭蓋骨に叩きつけようとしたが、こちらは寸前でかわされた。