第三話 【9】
記録室と思われる場所から少し進むと通路は左に直角に曲がっており、その角にまた一つ部屋があった。その部屋に今までと同様確認するために中の様子を伺う。
「あれ、ここは何か今までの部屋と違うね」
先ほどと同じく最初に部屋に入ったミーファは興味津々に中を調べ始めた。その部屋は割と広く、一番奥にある祭壇のようなものの上には神殿内にあった像よりも少し小ぶりの黒い竜の像があり、両側の壁には台座に乗ったさらに小さな竜の置き物が等間隔に五つづつ並べられている。
「ここも祭壇なのか?」
ジェイルは像の一つを軽く手で叩いた。
「ふ~む。祭壇は祭壇のようじゃが、何か外の大きな祭壇とは違うの。祈りの場所と言うよりは何か儀式を行う部屋のようじゃ」
ガリエルが言う通りその部屋には祈るための椅子はなく、代わりに奥の祭壇の手前の床が、何かの置き場所のように一枚の薄く平らな石板が置かれていた。
「生け贄用でしょうか?」
「生け贄!!」
ファスティーナが何気なく言うと、その岩の肌触りを確認していたミーファが慌てて手を離し、その手をジェイルに擦り付けた。
「おまえな……」
ジェイルはミーファの頭を軽くこずいたが、ミーファは気にせず続けている。
「生け贄?」
エマは意味がわからなかったのか首を傾げる。
「昔は人を殺して竜に生け贄として捧げるという行為が行われていたことがあるのじゃよ。もちろん今では行われておらんがの」
「竜族はそのようなことを望まんと思うが?」
「そうじゃの。無論、竜から求められての行為では無いじゃろう。じゃが、それが竜に望まれておると思っておったのじゃ」
「竜族にとっては迷惑なことだろうに」
「そうじゃの。じゃが、直接竜に捧げていたわけではなく、生け贄となったものの魂が竜の元へ届くように祈っただけじゃろうがの。それと、生け贄となったものは大抵罪人であり、体のいい処刑方法でもあったのじゃろう」
「人族のやることはつくづく理解出来ないことが多い……」
「エルフ族からも見るとそうかもしれんの。人属とはエルフ族から見ればまだまだ発展途上の種族なのじゃろう。精神が成熟する前に寿命が尽きていると言えるのかもしれん」
ガリエルの言葉にエマは首を傾げるだけだった。
「まあ、お主らから見れば常識外れな種族じゃから飽きはせんじゃろう。それで許しておくれ」
ガリエルは笑いながら言うとエマは複雑な笑みを浮かべた。
その隣ではファスティーナが薄い岩の前でしゃがみこんだ。
「でも、確かに不思議な場所ですね。生け贄の場所にしてはそのための道具が何もありませんし、最終的な処理用の通路等も無いですし」
「最終的な処理用の通路って何?」
「え、え~とですね。生け贄を用いて何かしらの儀式を行った場合、結局の所その生け贄をこの場に放置しておくわけには行かないじゃないですか? まあ、簡単に言うと最終的には片付けなければいけないわけで、その際に先ほど入ってきた入り口から片付けるのでは目立ち過ぎますよね。形式的には竜捧げられているわけですし。それで、 こういう場所の場合は大抵入り口とは別に生け贄を運び出す通路が他にあるんです」
「な、なるほど」
研究者だからであろうが、生け贄の話を淡々と話すファスティーナにミーファ若干引き気味になっている。
ミーファは怖くなったのか、その場を離れるとエマと共に回りの竜の置き物を見にいった。カイトはファスティーナの横で同じくしゃがみ込みファスティーナと共に薄い岩を調べ始めた。ガリエルは奥の祭壇を、ジェイルは入り口付近で外を警戒している。
「ねぇ、エマ。この竜の置き物変じゃない?」
「どういうことだ?」
ミーファはいつくか置かれている竜の置き物のうちの一つを指差した。
「他のと向きが違うよ。これ以外は全部中央のを向いてるのに、これだけ入り口側を向いてる」
「ふむ、確かに。置き間違えたのではないか?」
「まっさか~」
ミーファはその置き物に手を伸ばすと、他と同じ向きにしようと軽く動かした。
--- ガコッ ---
「ん?」
「何か床の下で音がしなかった?」
ミーファとエマは顔を見合わせる。
--- ガコンッ!! ---
「きゃあああああぁぁぁっ!!」
「何だっ!!」
「ファスティーナッ!!」
「カイトッ!」
ガリエルとジェイルが駆け寄る。
「へっ?」
ミーファが悲鳴が聞こえた祭壇の方を見ると、そこにいたはずのファスティーナとカイトの姿は無く、代わりに床に四角形の大きな穴が開いていた。
「……何があったの?」
「突然床が開きやがった。ファスティーナとカイトが下に落ちちまった!」
ジェイルは穴の開いた床を覗き見るが、暗くて見えない。ガリエルも必死に目をこらして下を見ている。
「カイト!! 大丈夫か!!」
「ファスティーナや!! 返事をしておくれ!!」
少しすると、下から苦しそうな声が聞こえてくる。
「痛ってぇ……大丈夫だ! ファスティーナ殿も無事だ……。体を強く打ったが、大した事はない……」
「お父様! 私も大丈夫です。カイトさんが下になってくれたので」
二人の声は割と近く、暗いがそれほどの深さがあるわけではないようだった。その声にガリエルとジェイルは安堵すると、エマとミーファが駆け寄りミーファが杖で下を照らすと二人の姿が見えた。
穴の深さは大人の身長の三倍程の深さがある。
「大丈夫? ごめん! 原因、私かも……」
「何をしたのじゃ?」
「あのね、竜の置き物が一つだけ向きが違ったの。で、それを他のものと同じ方向に向けたら音がして、それで……」
「この時代の建物は仕掛けが多いのじゃ。むやみ触ってはいかん!」
娘のことがあるのだろう、ガリエルは先ほどまでとは違い語尾が強くなっていた。
「ごめんなさい……」
「まあ、無事だったんだからいいじゃねぇか。二人とも怪我もないようだし」
ジェイルがミーファとガリエルの間に入ると、ガリエルもそれ以上は言わなかった。
「カイト! 上れるか?」
「無理だ。穴が壁に面してるわけじゃ無いから上れない。ロープは持ってきてなかったか?」
「無い事は無いが、人を支えられるようなものではないんじゃ」
ガリエルが心配そうにそれに答える。
「わかった。とりあえず、こっちでなんとかしてみる。ミーファ! 輝石を一つもらえるか? 暗くて何もわからん」
「うん、いいよ」
ミーファが自分の革袋から大きめの輝石を一つ取り出すと、下にいるカイトに投げた。カイトはそれを受け取るとファスティーナに渡す。
「ファスティーナ殿、これに光を込めてもらえますか?」
「あ、はい。わかりました」
ファスティーナは受け取った輝石に意識を集中する。
「光よ!!」
ファスティーナの光の魔法が輝石に吸収されると輝石は光の魔石となり、眩い光を放った。
「きゃあああ!!」
辺りを見回したファスティーナは悲鳴を上げる。隣ではカイトも絶句している。
「ファスティーナや!! どうしたのじゃ!!」
上で悲鳴を聞いた四人は慌てて、再度下の覗き見る。
「いや、大丈夫だ! ちょっと人骨があっただけだ!」
カイトとファスティーナの周りにはかなりの年数を経過していると思われる人骨が十体程あった。ファスティーナは突然目に飛び込んできたため一瞬驚いたようだが、こういった人骨は見慣れているためか、今は落ち着きを取り戻している。
「ここが、生け贄となった者達の行き着く場所なのですね。それにしてもこの状況は……。何故こんなふうに……」
ファスティーナは首を傾げた。周りの人骨は頭部の数から十体程というのはわかったが、そのどれもが何かに襲われたかのようにバラバラになり、人の形を留めていなかった。
「嫌な感じだな」
カイトはファスティーナから魔石を受け取ると、人骨を踏まないようにしながら周りを調べはじめた。すると、外の神殿側と思われる方角に壊れた鉄格子と、その横に壊されたような片開きの扉があり、先へと続いているのを見つけた。
「とりあえず、どこかには行けそうだな」
カイトはそれを確認すると、いちど穴の下まで戻る。
「ジェイル!! 奥にどこかに通じる通路があった。とりあえずそこを進んで出口を探してみる。出られなかったらまたここに戻ってくるから、しばらくしたら様子を見にきてくれ!!」
「わかった!」
カイトはジェイルの返事を確認すると、ファスティーナと共に奥へと進んだ。
「だ、大丈夫なのか?」
ガリエルは心配そうにジェイルを見る。
「何が?」
「何がって、下に瘴獣でもおったら危険なんじゃ」
「それは上にいても同じことだろ。カイトがいるんだ、よほどの瘴獣じゃなきゃ危険はねぇよ。出口が無いようなら時間がかかるが街まで戻ってロープを用意して引き上げればいい。大した問題じゃねぇよ。そうだな、強いて危険があるとすれば暗闇でファスティーナと二人きりになったカイト自身が獣にになっちまうかもしれねぇってことだな」
「ジェイルじゃあるまいし……」
「カイトは獣に変身するのか!!」
ジェイルの言葉にエマは驚きのあまり普段であまり聞かない大声を上げる。
「ふっ、人族の男ってのは心に獣の一匹や二匹潜ませてるもんなのさ」
「人族の男とは恐ろしい生き物なのだな……」
ジェイルもエマの勘違いに気づいたが、訂正することなく焚き付けると、エマは益々深刻そうな表情になっていく。
「いや、エマ……違うって」
「うむ。お主よりはカイト殿のほうがその心配はなさそうじゃがの。とりあえずはカイト殿を信じる以外ないか……」
ガリエルも現状では何も出来ないことを悟ったのか、冷静さを取り戻すとファスティーナをカイトに託した。
すると、突然エマが穴に駆け寄り、身を乗り出して叫んだ。
「カイトッ!! 心の闇に気を許すんじゃないぞ!! 何があっても気をしっかりと持つのだ!!」
「……? 何の話でしょうか?」
「……気にしないで下さい。どうせ、ジェイルに何か吹き込まれたんでしょう……。だいたい想像は付きます。それよりファスティーナ殿、先に進みましょう」
壊れた鉄格子の近くでエマの声を聞いたファスティーナが首を傾げると、カイトはため息をついた。
「? はい」
ファスティーナは首を傾げながらもカイトの手をとると、奥へと進んでいった。