第三話 【6】
翌日の早朝、まだ日が昇って間もない頃に、最後の見張りだったカイトとエマに起こされて全員が起きた。六人は昨晩の残り物で軽い朝食を取ると早速神殿へと向うことにした。
「さあ、行くよ!!」
入り口の洞窟を抜けると、何故かガリエルとファスティーナ以上に張りきっているミーファが先頭に立って神殿へと近づく。神殿のある空間は、朝日側の崖が幾分低くなっているせいか昨日よりも大分明るかったが、それでも外に比べると薄暗い。
「近くで見ると大きいね~」
ミーファは神殿の入り口の前まで来て神殿を見上げた。近くで見た神殿は一階建てに関わらず現代の建物の三階分の高さがありそうな大きさであり、入口も相応にして大きかったが、扉などはついておらず入り口は大きく開いていた。
「こういった巨大さはこの時代の建造物の特長じゃの」
「何故人の身長はそれほど大きくないのにこんな巨大なものを作るのだ? この大きさは無意味ではないのか?」
エマは持参したスケッチブックに神殿の外観をすばやく書きとめながらも、呆れたように溜め息をつくと、それに対してファスティーナが笑みを浮かべながら答える。
「ふふ。これは権力の象徴なのです。権力無き者には作れないものを作ることで、自らの力を世に示していたのでしょう。これを見た臣下の民達も、自らの領主の偉大さを感じ、また、畏怖したのでしょう」
「人は得た権力を誇示せずにいられぬからのぉ。今でこそこういった巨大建造物を建築することは無いが、それでも政治や経済で無意味に露出する輩は大勢おるからの」
「くだらんな」
「まったくだ」
エマがばっさりと切り捨てそれにジェイルが同意すると、他の四人も同感だったのか頷いた。
「では中に入るとするかの」
六人はジェイルを先頭にファスティーナとガリエル、ミーファが続き、後ろにエマとカイトが並んで神殿へと入った。中に入るとかなり薄暗かったが、巨大な入り口から差し込む光で灯りが無くても進める程度の視界はあった。
「数百年前の建物の割には綺麗だね~」
周りが囲まれた石造りのためか、ミーファの声は反響して響き渡る。
「汚れについては前の調査の際にある程度掃除したというのもあるが、表と違って中は壁などの欠けはほとんど無かったわい。かなりしっかりとした造りじゃな」
「へ~。でも、一つ一つの石が大きいね。どうやって積み上げたんだろ」
ミーファは壁の石を手で軽く叩きながら進んでいる。廊下は奥まで真っ直ぐ続いており、左右にはいくつかの部屋への入り口がある。
「それについてはまだ研究中じゃがの、おそらくは数百人から数千人が携わった人海戦術的な建築じゃろうのう」
「しっかし、本当に何にもねぇな」
部屋の一つを覗き込んだジェイルがぼやく。除いた部屋の内部は窓すらもなく、ただの空間になっていた。
「その部屋は倉庫でした。中にはこの神殿で使われているものの備品が納めてあったのですが、それらも持ち出してしまいましので」
ファスティーナは何か申し訳なさそうに説明した。
「奥の聖堂はもう少し見栄えがするのでそこまで行こう。目的の場所はその先じゃて」
六人はそのまま神殿の最奥部あたりまで歩き、聖堂の入り口と思われる所をくぐると開けた場所に出た。
「ここじゃ」
内部は、入り口のちょうど正面に祭壇があり、その手前には長椅子がいくつも置かれていたが、石造りの神殿とは違い木製の椅子はかなり朽ちており、とても座れそうに無い。しかし、それがより一層歴史の長さを感じさせ、むしろ厳かな雰囲気をかもし出してもいた。
「おお、祭壇にあるのって何かの像?」
「うむ、竜の像じゃ。近くまで行ってみるかの」
奥にある祭壇まで行くと、石の台座の上にジェイルの身長ほどもある大きな像が置かれていた。その像は一見トカゲのようにもみえるが、全身が鱗に覆われ、背中には蝙蝠のような翼を持ち、四肢の太く力強い。大きな頭には鹿のような角が生え、口からも巨大な牙が見えた。
「これが、竜?」
「らしいの。わしも文献でみただけじゃから正しいのかはわからんが」
「俺も聞いたことがあるが、確かこんな姿だったと思う」
カイト達が話しているとエマがその像のすぐ手前まで近寄り、その像を見つめた。
「エマ?」
「間違いない。まさしく竜の姿だ」
「!? エマ、竜を見たことあるの?」
「ああ、里の近くに竜が住んでいたことがある」
「うめぇもんだな。そっくりだ」
一番後ろで頭の後ろに腕を組みながら、あまり興味が無さそうに見ていたジェイルの言葉にエマ以外の視線が集まる。
「ジェイル、お前も見たことがあるのか?」
「ホントに?」
カイトとミーファは疑惑の眼差しを向けた。
「何年か前に一度だけだがな」
「どこで?」
「どこだったかな。何かの仕事で瘴獣退治に行ったか何かで、仕事が終わった後に近くにあった湖の側で昼寝してたら空から降りてきた。危うく潰されそうだったな」
「それで?」
「それでって、それだけだが。竜は水飲んでまたどっか行っちまった」
「……ものすごい偶然だな。偶然過ぎて逆に信憑性がある」
半信半疑だったカイトもジェイルの特に意味もなく見たという説明にむしろ納得した。
「いいな~。私も見たい!」
「竜族の目撃例は数年から十数年に一度有るか無いかですからね。その中でも似た瘴獣との見間違いもありますし、未だどこに住んでいるのかもわかっていませんから、余程の幸運の持ち主でないと見ることは無いでしょう」
「幸運の持ち主……ジェイルが?」
「悪運ならわかるんだが」
ファスティーナの説明にミーファとカイトは何か納得がいかないようだ。
「そろそろいいかの。目的はこれではないのでな」
「わかりました。エマ、行くぞ」
「ん? ああ」
ずっと像を見ていたエマは先に歩き始めた五人に小走りに着いていく。祭壇を正面に見て左側の壁をさらに奥へと続く通路の入り口があり、そこに入り奥へと進むと突き当たりが左右へと別れていた。
「ここを右に行くと宝物庫があったんじゃ。今は他の部屋と同じく何もないが当時は大発見での、まさに財宝と呼べるものが盗掘されることもなく眠っておったよ」
「最近発掘される遺跡は大抵長い歴史の中で一度は盗掘にあっていることが多いが、ある所にはまだあるもんなんだな」
ジェイルは宝物庫があったと言われる方を見ながらしみじみと呟く。
「そうじゃの。まあ、遺跡調査のちょっとした醍醐味みたいなもんかの」
ガリエルは笑いながら言うと宝物庫とは逆側を指差した。
「わしらの目的の場所はこちら側の突き当たりじゃ」
六人は先ほどの順番で左へと進んで行くと、確かに不自然な突き当たりにぶつかった。最後の部屋から大分進んできたにも関わらず通路は続いたが、行き止まりになっている。しかも最後の部屋もそれほど広くは無かった。つまり、両側に何もないのに通路だけが続いていたのである。
「確かに不自然ですね」
カイトが周りを見まわしている。
「そうなんじゃ。前に入った時も不自然さは感じたんじゃが、この見取り図を見てからやはり何かあるのではないかと思うよ」
ガリエルは懐から取り出した、昨日の神殿の見取り図を見ている。
「この辺りがあやしいのじゃが」
ガリエルは一番奥の右側の壁に手を付いた。その壁は特に変わったところは見当たらない。
「とりあえず周りを調べて見るかの。何か隠し扉を開けるような鍵となるものはないか見てくれんかの」
「まかして!!」
張りきるミーファに続いて全員が周りの壁などを調べ始めたが特に変わった作りはなく、そもそも調べるほどの何かがある訳でも無かった。
「隠し扉があるようには見えねぇがな。開くような切れ目も見えねぇし」
怪しいと思われる壁を見ていたジェイルが壁を手でさすっている。
「……ん? それ以前にその壁おかしくないか?」
カイトがふとあることに気付く。
「この壁、扉の切れ目どころかそもそも何もないぞ」
「あ、ほんとだ」
ミーファも壁を見つめる。確かに周りの壁は組まれた石の境目がずれた網の目のようになっているのに対し、その壁はそういった境目がまったく無く一枚の壁のように見えた。
「確かにの」
「あっ!!」
ファスティーナが突然声を上げる。
「なんじゃ?」
「これ、壁ではなく奥の崖では? この神殿は奥は崖に密接していましたし」
「崖の側面を磨いたってこと?」
「はい」
ミーファも壁を触ってみる。ガリエルも壁の肌触りを確認しながら、残念そうに口を開いた。
「そのようじゃの。しかし、ということは……」
「……ということは?」
ミーファはその後に続く言葉を予想出来たが、聞きたく無さそうだ。
「ふ~む。何も無いのかの」
「え~!! もう終りなの?」
ミーファは残念そうに叫ぶと、大きく肩を落とした。
「しかし、後ろの崖に辿り着いてしまっては隠し部屋もつくれんからの。ひょっとしたらこれは作るつもりが後ろの崖に辿り着いてしまって作りきれなかった部分かもしれん」
ガリエルはもう一度見取り図を見る。カイトもその見取り図を覗き込んで少し見ると、すぐに壁へと近づいた。
「まあ、せっかく来たんだしもう少し調べてみませんか?」
「そうじゃの。そう言ってもらえると助かるわい。すまんがもう少し付き合ってくれ」
六人は再度辺りを調べ始めた。カイトは剣の抜き壁に耳を当てると、剣の柄の部分で壁を叩きながら徐々に移動していく。
--トントン
--トントン
--トントン
--コンコン
--コンコン
--トントン
--トントン
「?」
カイトは音の違う部分に戻り再度叩く。
--コンコン
「……ジェイル、来てくれ」
「なんだ?」
近くにいたジェイルを呼ぶと壁に耳を当てるように言い、ジェイルも壁に耳を当てた。
--コンコン
「どうだ?」
「かすかにだが、響いてるな。こいつは……」
「だろ」
ジェイルは壁から耳を話すと壁を見つめる。
「なになに?」
それを見ていたミーファが興味津々に近寄って来た。つられて他の全員も集まって来る。
「どうしたんじゃ?」
「いえ、この部分だけ壁を叩くと中でかすかに響くんです」
「響く?」
「ああ、確かに響いてやがる。この向こうに空洞があるようだな」
「なんと!」
ジェイルが響く方を指差すとカイトとジェイル以外が全員壁に耳を当てた。それを見てカイトが再度剣で壁を叩く。
--コンコン
「ふむ。たしかに遠くの方で響いているようだの」
「隠し部屋!?」
ミーファが興奮した表情を向ける。
「まだわからないな。ただの空洞かもしれない」
「ええ!! 絶対隠し部屋だよ!!」
「しかし、扉らしきものは無いしな。どうしますか?」
カイトはガリエルの方を向くと、ガリエルは壁を見つめながら眉間に皺を寄せている。
「壊しちまったらまずいのか?」
「う~む。あまり良くは無いが、研究のためには致し方あるまい。このままでは気になって夜も眠れん。やれるかの?」
「まかせろ」
ジェイルの無茶な提案にガリエルは反対するかと思われたが、遺跡の保存よりも学者としての探究心が勝ったのか意外にもその提案を了承した。
ジェイルは背中の大剣を抜くと壁の正面で上段に構える。
「大丈夫か? 音の遠さから考えるとかなり分厚い壁みたいだぞ」
「まかせとけって」
ジェイルは呼吸を整えると一気に踏み込み剣を振り下ろした。
--- ガキィィィン!! ---