第三話 【2】
翌日の夕方、四人は昨日ギルドの店主から地図をもらったミーファの案内で、依頼主の家へと向かっていた。エマはいつも通り頭にバンダナを結び、エルフ族特有の長い耳を隠している。ドワーフ族とは違い都市同盟ではまずエルフ族を街中で見かけることはないため、外を歩くときはこうしていないと注目を集めて大変なことになる。
「あ、ここ、ここ」
街の中心部から大分離れ家もまばらになってきたあたりで、その内の一軒をミーファが指で指した。
「なんか、普通の家だね」
家を見たミーファがぽつりと呟く。その家は木造平屋の一軒家で、特に狭いというわけでは無かったが裕福そうにも見えなかった。
「銀貨四枚だからな」
ジェイルが呟く。未だ納得していないようだ。ミーファはそれを無視すると入り口の扉の前に立ち扉を叩いた。
「すいませ~ん!! ギルドから紹介されて来ましたワンダラーの者です!!」
そのまましばらく待っていると、中から年のころは六十半ば、灰色のローブを纏い大分白髪の混じった髪を短く刈り、歳相応の皺を顔に刻み込んだ男が扉を開ける。
「おお、待っておっ……た、よ? ……ああ、護衛は後ろの二人か。お主達は? ギルドの者か?」
扉を開けた男は、目の前に立っていたミーファを見ると護衛するワンダラーには見えなかったのか一瞬眉間に皺を寄せたが、後ろに立っていたジェイルとカイトを見てミーファとエマはギルドの人間でここまで案内してきたと思ったようだ。
「違います!! 私達もワンダラーです!!」
ミーファは自分とエマを指し声を張る。
「お主達も!? ま、まぁ、良いが」
どう見ても少女のミーファと、華奢で二十台を少し過ぎたばかりに見えるエマに疑問に思ったようだが、屈強そうなジェイルとカイトを見て安心したのか、特にそれ以上は触れなかった。
ちなみに、エマはそう見えるだけで実際は『不老なるエルフ族』であり、実年齢はその男よりもはるかに上である。
「しかし、ということは四人か……報酬は銀貨四枚なんじゃが?」
「それは問題ありません」
男が予想したよりも人数が多かったのか報酬が銀貨四枚であることを心配したようだが、それにミーファが答え男も安心する。後ろではジェイルが「おおありだよ」とこぼしている。
「じゃあ、とりあえず中へ」
男はそう言うと四人を家の中へと招きいれた。中に入ると、居間と思われる場所へ案内され、男は六席あるテーブルに四人を座らせ、一度部屋を出ると人数分の紅茶を持って再度現れ紅茶を配り自分も空いている席に座った。
「いや~、待っとったよ。ギルドには大分前に依頼したんじゃがなかなか受けてくれる者がおらんでな」
「だろうな」
ジェイルの返事にカイトが、テーブルの下で足を踏む。ジェイルが顔をしかめるが、男は特に気にしなかったようだ。
「まずは自己紹介をさせてもらいます。私はカイト、隣がジェイルとミーファ、ミーファの隣にいるのがエマです」
カイトは男に一人ずつ紹介すると、ミーファは軽く頭を下げたがジェイルはむくれており、エマはそういう習慣がないのか紅茶を飲んでいる。カイトは若干引きつるが男が気にした様子は無かったので胸を撫で下ろした。
「ふむ。よろしく頼むよ。わしはガリエル・トラントじゃ」
ガリエルと名乗った男は、愛想が良くとても人あたりの良い人物に見えた。
「さっそくですが、依頼内容の詳細を伺えますか?」
カイトが本題に入る。
「そうじゃの。ギルドでも聞いてるかと思うが、遺跡調査を行いたくての。やってもらいたいのは道中と調査中の護衛じゃ。遺跡の場所はこの街から北に馬車で半日程のところにあるタリアマル遺跡じゃ」
「どのような遺跡なんですか?」
カイトの問いにガリエルはうれしそう笑顔を作る。学者なのだろう、自分の成果を語る機会がうれしいようだ。ミーファとエマも興味があるのか注目しているが、ジェイルは興味無さそうだ。
「三百年程前までこの辺りを納めていたタリアマル公国の遺跡で神殿跡と思われる。三年前にわしが見つけて遺跡の調査権を持っておる」
その後もしばらくガリエルは研究成果を語ったが、途中でミーファが我慢できなくなったの割って入る。
「宝物が見つかったら二割もらえるんですよね!!」
ミーファはそれを確認したくて仕方が無かったようだが、話を途中で遮られたガリエルは少し不満そうだ。
「う、うむ。そうじゃの、きちっと二割として分けられるかはわからないが、何か見つかった場合は相応の礼を渡すつもりではおる」
「中にはいろいろあるんですね!!」
ミーファは目を輝かせている。宝物が欲しいというよりも宝探しがしたいようだ。
「前回の調査の時はかなりのものを見つけたのぉ。古文書が主じゃったが、祭壇や宝物庫もあっての。宝物庫の中には当時の金貨や宝石類、他には祭壇用なのか金で出来た像などもあったの」
「ほら、ジェイル!!」
ミーファは興奮しているようだ。しかし、その声掛けにジェイルは冷たい目を向ける。
「あほか。宝物庫が『あった』ってことは、もう無ぇってことだ」
「え……!?」
ミーファが興奮した表情のまま固まると、ゆっくりとガリエルの方に向き直った。ガリエルと目が合うと、ガリエルはぽりぽりと頭を掻きながら申し訳なさそうに口を開く。
「う、うむ。いろいろあったんじゃが、そのままにしておくと盗掘の恐れがあるからの、ほとんどのものは持ち出して今は街の博物館に寄贈してそこに飾られておる。神殿の中はほとんど空じゃ」
ミーファはあからさまに肩を落とし溜め息をつく。
「す、すまんの。なんなら博物館の招待状を書こうか? わしの招待状があればただで入れるが……」
ミーファが宝物が見れずに落ち込んだと思ったのか、ガリエルはそう提案したがミーファの代わりにカイトが首を振った。
「いえ、お気持ちだけで結構です。しかし、既に調査済みの遺跡を何故わざわざ再調査に?」
カイトは軽く頭を下げると、もとからやる気の無いジェイルと、完全に消沈してしまったミーファを尻目に話を進める。唯一エマは未だ興味を失っていないのか話に耳を傾けていた。
「それじゃが……」
そこまで言うと、ガリエルは立ち上がり後ろの本棚にあった所々が破けている古ぼけた紙を一枚取り出しテーブルに広げた。
「前回の調査の後、そこで発見した古文書をずっと研究しておったのじゃが、その過程でこれを発見したんじゃ」
ジェイル以外の全員がその古紙に視線を落とす。古紙には何かの図形のようなものが描かれており、所々に文字のようなものが書かれている。
「これは?」
カイトの問いにガリエルは答える。
「神殿の見取り図と思われるのじゃが……合わんのじゃよ」
「合わない?」
今度はミーファが問いかける。失われた興味が復活しつつあるようだ。
「うむ。大方はわしが見た神殿と一致しておるのじゃが、この一画……」
ガリエルは古紙に書かれている神殿の入り口と思われる側の反対側、一番奥の区画を指した。その場所は入り口から続く廊下の突き当たりを左に曲がったさらに突き当たりにある不自然の区画だった。
「この場所は存在しなかったんじゃ」
「つまり隠し部屋があると!」
ミーファの目に輝きが増す。
「それはわからん。そもそもこの古紙の用途がわかっておらん。建築時の設計図の可能性もあるし、完成後の案内図かもしれん。設計図だとすると、建築時になんらかの理由で作られなかっただけかもしれん。しかし、案内図であるならば完成当初は存在したが、その後なんらかの理由に閉じられた可能性もある」
「ガリエル殿の読みは?」
「後者の可能性が高いと思うておる」
「つまり、後から閉じられたと?」
「うむ。この見取り図には神殿を建築する上での物理的な情報が全般的に不足しておる。例えば、廊下の長さや壁の厚み、角度、広さなどの数値的な情報が書かれていないんじゃ。いくら今とは建築技術が違うとはいえ、そういったことを表さずに神殿が建築出来るとは考えにくい。じゃから設計図の可能性はかなり低いと思うんじゃ。内容から察するに、誰向けかはわからんが案内図のように見える。現に各部屋の用途だけは書かれておる」
カイトはもう一度古紙に視線を移すと、確かに各部屋と思われる場所に何か書いてあったが、現在使用されている文字ではなかったため、読むことは出来なかった。
「これ、何の文字?」
ミーファがふと呟く。
「ん? 古代文字じゃないのか?」
カイトは書かれている文字が古代文字だと思っていたのか、ミーファが読めていないことに以外だったようだ。
「違うよ。似てるけど……なんだろ?」
「ふむ。微妙な時代じゃからの、これは古代文字から現代の文字への変換期に使用されていた文字での、使用された時代は短いからわしのような研究者でもなければわからんよ。しかし、大したことは書いとらん。宝物庫や倉庫といった用途が書かれておるだけじゃ。しかし、先程の一画には何も書かれてておらんのじゃ。これも奇妙なことじゃ」
「へ~」
ミーファはまじまじと見ている。元から旺盛な知的好奇心を刺激されたようだ。
「でも、そうだとすると何か見つかる可能性大だね!!」
ミーファは顔を上げると目を輝かせたが、そこにジェイルが突然割って入ってきた。
「もういいんじゃねぇか? 話は大体わかっただろ。で、じいさん。要は俺達にそこまでの行き帰りと調査中の護衛をしろってことだろ?」
ジェイルは興味の無い話に飽きてしまったのか、金にならない仕事はさっさと終わらせたいのか、強制的に話の締めに入るとミーファは不満なのかむくれた。
「うむ。人里から離れておるのでな、瘴獣退治が行き届いておらんで。前回の調査の時にも瘴獣と遭遇したのでの。今回は用心のために護衛を雇うことにしたのじゃ」
「対象はじいさん一人でいいのか?」
ジェイルはめんどくさそうだ。
「いや、助手を一人連れて行く。助手といっても娘なんじゃが……使いに出しとったんじゃが、もう帰ってきとる頃かの」
そう言うと立ち上がり、入って来た扉を開けると首だけ外に出しあたりを見まわした。
「娘?」
ジェイルの眉が跳ね上がる。扉の方ではガリエルは娘を見つけたのか、声を掛けていた。
「お~い、ファスティーナや、遺跡調査の護衛の方達が来とるから、お前もあいさつしなさい」
ガリエルがどこかに向かってそう言うと、「はい、ただいま」という澄んだ声の返事が遠目に聞こえてくる。少しすると扉から歳の頃なら二十代半ば程、明るく真っ直ぐな蒼色の髪は腰まで伸びていおり、白い肌の整った顔立ちに髪と同じ色の大きな瞳に掛けられた眼鏡が知的さを感じさせる女性が現れた。部屋に入り深くお辞儀をし、魅力的な笑顔を四人に向けると口を開いた。
「ガリエルの娘で助手をしております、ファスティー……!?}
いつの間に席を立ったのか、カイトですら気付かない内にジェイルはガリエルの娘ファスティーナに近付くと手を取っていた。ファスティーナは驚いてジェイルを凝視したまま固まっている。
「……いつの間に」
カイトは気付けなかったことに驚き、ミーファとエマは頭を抱えている。ジェイルは鼻先が触れ合う程顔を近付けた。
「お嬢さん。お嬢さんの身の安全はこのジェイルが必ず護って見せます」
ジェイルは普段見せない爽やかな笑顔と共にそう言うと、カイトの気のせいかジェイルの歯がキラリ光ったように見えた。
「は、はいいぃ」
ファスティーナは完全に怯えている。
「ちょ、ちょ、ちょ……」
「ああ、か、彼流のあいさつですから大丈夫ですよ。は、はは……」
カイトの前ではガリエルが慌てているのをカイトが何とかごまかした。
「……カイト、いいの?」
隣りではミーファが呆れている。
「……まぁ、やる気が出たようだし、とりあえずいいんじゃないか……」
カイトは席を立ちジェイルを引き離すと、遺跡へは明日の朝出発することと、道中必要なものはガリエル側で用意することを確認し、四人は家を出た。
「それでは、明日の朝に街の北出口でお待ちしております」
カイトは家の出口まで見送りに来たガリエルとファスティーナに一礼する。
「う、うむ。よろしく頼むの」
ガリエルの顔は未だ引きつったままだったが、カイトは気付かない振りをした。ファスティーナは先ほどの笑顔に戻っており、笑顔で見送ってくれた。
「とりあえず明日だな。なかなかおもしろそうな仕事じゃないか」
ガリエルの家から大分離れたところまで来たところで、カイトがそう言うと四人がそれに答えた。
「ああ………眼鏡美人か、悪くない」
「そうだね。あたし、絶対遺跡の謎を解いて、宝物を見つけてみせるよ!」
「うむ。人族の遺跡か、いったいどのようなものなのか……」
三人の答えにカイトは頭を抱える。
「…………仕事、護衛だぞ」
こうして四人は、軟派、宝探し、遺跡見学、そして護衛というそれぞれの思いと、カイトの胸に若干の不安抱えつつ、翌日、タリアマル遺跡へと向かうことになった。