第三話 【1】
「おもしろそうなの無いね~」
都市同盟の街クレストのギルド内にある円卓に座るミーファが呟く。
「……おもしろそうかどうかで探すな。稼げそうなのを探せ」
正面に座るジェイルは仕事内容が書かれた資料、通称『飯の種』から視線を外すことなく答える。
今日はめずらしく、ジェイルとミーファの二人でギルドへと仕事探しに来ていた。普段ミーファはギルドの雰囲気が嫌だと言って来ることはほとんど無いが、ここ数日仕事もなく暇を持て余したためにジェイルに着いてきていた。いつもジェイルと共に来るカイトは所用と伝言し朝からどこかに行っており、エマはいつも通り拠点の安宿に残っている。
「いいじゃん別に。お金に困ってるわけじゃないし、たまには楽しい仕事しても」
少し前に行った人物調査の仕事がかなりの高報酬だったため、めずらしく懐が暖かい状況が続いている。それでも、そろそろ次の仕事をと思っていたのと、ミーファの暇発言によりここに来ていた。
「アホか。遊びでやってるんじゃねぇえんだぞ。まじめに探せ!」
ジェイルはやはり顔を上げず、真剣な表情で『飯の種』をめくる。
「むぅ~。じゃあ、ジェイルはどんなの探してんの?」
「移動が少なく、楽で、報酬が高くて、依頼人が若い美女で、後はオプションで酒の飲み放題がついてるような仕事」
「……どこがまじめなの?」
ミーファは大きな目を極限まで細めてジト目でジェイルを睨んだ。
「目標を高く設定しているだけだ。そこから妥協出来るところを削っていくんだよ」
「妥協ってどの辺を?」
「そうだな。移動距離、最悪楽でなくてもいいさ」
「……そこ? 若い美女は残るんだ?」
「最近はおっさんの相手ばかりだったからな。そこは外せねぇ」
「自分もおっさんじゃん」
--- ピシッ ---
ミーファの言葉にジェイルの額に青筋が立つ。
「ごちゃごちゃ言ってないで探せ!」
「まったく……、若い美女なら目の前にいるでしょうが……」
ミーファの呟きに、ジェイルはわざとらしくあたりを見回す。
「どこだ?」
--- ピシッ ---
今度はミーファの額に青筋が立つ。
二人は互いの間に無意味に張りつめた緊張感を漂わせながら『飯の種』をめくっていると、ミーファが一枚の紙に目を止め熟読し始めた。
「ねぇ、ジェイル。これは? おもしろそうな上に、かなりの高給になるかも!」
「どれ?」
ジェイルはミーファが差し出した紙を覗き込んだ。
「遺跡調査の護衛ぃ? しかも、銀貨四枚ってどこが高給だよ! うちは四人いるんだぞ。一人一枚じゃ小遣い程度じゃねぇか」
ジェイルは呆れた顔をすると、パタパタと手を振った。
「チッチッチ。 ちゃんとここ読んで」
ミーファは人差し指を上げ横に振ると、その指で紙の下の方を指差して読み上げる。
「ここ、ここ。『尚、財宝の類が発見された場合は、報酬としてその二割程を進呈する』。すごくない!!」
「……却下」
テンションが激しく高まっているミーファとは対照的に、冷めた目でそれを見ていたジェイルは紙を指で弾いてミーファに返した。
「なんで!? トレジャーハントだよ、トレジャーハント!! 宝探しだよ?」
ミーファはジェイルの態度に、心底以外そうだ。
「あのな、俺も若い頃はこういうのに食いついて何度かやったことあるが、十中八九何も無いぞ」
「え、そうなの? なんで?」
「大抵の遺跡は何年も前に調査済みだったり、既に盗掘されていたり、ひどいのだと遺跡の情報を元にその場所に行ったが、情報自体がセネタでそもそも何も無かったりするのがオチだ」
ジェイルは既にこの話には興味無さそうに自分の持っていた『飯の種』に視線を戻しながら答えた。
「え~、でも遺跡の名前が書いてあるし、何も無いってことはないと思うんだけど?」
「名前が付いてる時点で既に調査済みじゃねぇか。ダメだ」
「夢が無いな~。何か新情報を掴んだのかもしれないじゃん!!」
「ないない」
ジェイルは手を振ると、ミーファは口を膨らませた。
「むぅ~、ちょっとまって! あたしたちパーティ組んでるんだからジェイル一人で決めるのおかしくない?」
「むぐっ。じゃあ、どうすんだよ」
「カイトとエマの意見も聞いて決めよう!」
「はぁ? 宿に戻って聞くのか? めんどくせぇな」
「ダメ!!」
ミーファが一向に引きそうに無いため、ジェイルは諦め顔で口を開く。
「わかった、わかった。ただし、経験者の俺の意見は尊重してもらうぞ。賛成反対が同数だった場合はこの件は無しだ」
「いいよ、絶対二人は行くって言ってくれるはず!!」
ジェイルとミーファは『飯の種』を店主に返すとギルドを後にした。
--- バタンッ ---
「エマ!!」
ミーファは宿の部屋に入り呼びかけると、いつも通り窓辺で椅子に座り外の通りを眺めていたエマがミーファの方を振り向いた。
「宝探し行きたいでしょ!!」
エマの前にあったテーブルに両手を付くと単刀直入にエマに詰め寄る。
「宝探し? ……特に宝には興味は無いが」
ミーファの迫力にエマは一瞬驚いたが、あまり表情を変えることなく答えると、ミーファはテーブルの上に突っ伏した。
「わっはははは。これで二票で同数以上が決定だ! ってことで無しだ! そもそも、仕事内容は宝探しじゃなくて、遺跡調査の護衛だろうが!」
「遺跡?」
エマには何のことなのかまったくわからないようだ。
「うん。遺跡調査の護衛の仕事があったの。で、宝か見つかったら二割くれるって」
ミーファはテーブルに突っ伏したまま、か細い声で答えた。
「人族の遺跡か。それは興味があるな。見てみたい」
--- ガバッ ---
エマの言葉にミーファが勢いよく起き上がる。
「でしょ!!」
「へっ?」
復活を遂げたミーファの横でジェイルは間の抜けた声を出した。
「じゃあ、行くよね?」
「うむ、私は構わないぞ」
エマの言葉にジェイルは片膝を付くと、ミーファはそのジェイルの顔の正面に指を二本立てて見せ付ける。
「んっふっふっふ。二票獲得!!」
その指がゆっくりと開きVサインに変わったところで、ジェイルが立ち上がった。
「まだ、カイトがいる!! あいつは大丈夫だ」
ジェイルはくやしそうな表情を浮かべると、カイトが常識的判断を下すことを祈った。
しばらくカイトを待ちながら、ジェイルとミーファは言い合いを続け、エマはそんな二人を眺めながらミーファの入れた紅茶をすすっていると、また部屋の扉が開きカイトが入ってきた。
「ただいま。ああ、二人とも帰ってきてたのか。なんかいいのあったか?」
カイトが部屋の中でミーファとジェイルを見つけると声を掛けながら三人がいるテーブルへと近寄るが、辿り着く前にジェイルとミーファが立ち上がりカイトに詰め寄る。
「カイト!! 宝探し行くでしょ!!」
「遺跡調査のおまけだぞ!! そんなもんいかねぇだろ!!」
二人の迫力にカイトは二歩ほど後ずさる。
「な、なんの話だ?」
カイトもエマと同じくまったく意味がわからなかったが、ミーファが説明を加える。
「宝探しの仕事があったの!! しかも、なんとお宝の二割を進呈してくれるんだよ!!」
「宝探しじゃねぇ!! 遺跡調査の護衛だ!! しかも、二割ってのは見つかったらの話だからな!」
カイトはさらに一歩後ずさる。
「つ、つまり、遺跡調査の護衛の仕事があって、何か見つかったら報酬として二割くれるということか?」
「約束された報酬は銀貨四枚だ!!」
ジェイルが補足する。
「よ、四枚?」
カイトも報酬が少ないと感じたようだ。
「そうだ!! 宝なんてあると思うのか?」
「え? 宝? いや、それは……」
カイトがジェイルの勢いに押されていると、ミーファが割って入りジェイルの鼻先に指を突きつけた。
「ジェイル、これだから歳とって夢を無くした男は…… そういうところがおっさんなの!! カイトはどうなの!!」
ミーファは背伸びをしてカイトに詰め寄る。
「………お、おっさん。…………ジェイル、俺も宝はあると思うぞ」
カイトは真顔で答える。
「てんめぇ~、おっさんと思われたくないだけだろ……」
ジェイルは歯を食いしばりながらカイトを睨んだが、その隣でミーファが胸を張った得意のポーズで勝ち誇っている。
「これで三票!! 決定ね!」
ジェイルは肩を落とした。
「カイト、おめぇは正しい判断をすると思ってたんだが…」
「え? ま、まあ、エマも賛成のようだし、たまにはこういうのもいいんじゃないか? ……は、はは」
カイトもジェイルの意見に賛成だったのか、後ろめたさを感じるとジェイルから視線を逸らした。
「じゃあ、あたしギルドにいって契約してくるね!!」
ミーファはそう言うと、部屋を出てギルドへと走って行ってしまった。
「めずらしいな、自分からギルドに行くなんて」
「ぜってぇ~、徒労に終わるぞ……」
ジェイルは疲れた表情でミーファが出て行った扉を眺めた。
「ふむ。ミーファの入れてくるれる紅茶はいい味わいだな。教わりたいものだ」
エマの場違いな呟きにジェイルは肩を落とした。