第0話 出会い(ミーファ編) 【02】
「頭が重い……」
「弱え奴だな。あの程度で」
「あの程度って……外に出たら既に薄明かりが差してたじゃないか」
「ん? いつも通りだが?」
「そ、そうか……」
ギルドから仕事を請け負った翌日、カイトとジェイルはコーファンの街道を歩いていた。朝早くから瘴獣が発生した洞窟へと行く予定だったが、昨晩に酒場で夜明けまで飲んでしまった為、大分日も高くなってからの出発になっていた。ほぼ毎日酒場に通っているジェイルは特に普段と変わらないが、たまにしか行かないカイトはつらそうな表情で頭を抑えている。
二人は街の外へと向かって歩いていたが、前方の街から外の街道へと続くあたりに人影が見えた。その人影に近づいて行くと、昨日連れて行けと粘っていたミーファが道の真ん中で腕を組んで仁王立ちしている姿だった。腰には何が入っているのかわからないが、小さく淡い紅色に染められた皮袋を下げ、さらに短い魔法士用の杖も差している。
「……ジェイル」
「目を合わすな。通り過ぎるぞ」
二人がミーファにかなり接近すると、ミーファが突然声を上げた。
「遅い!! どれだけ待たせるつもり!!」
どうやら、昨日カイトとジェイルの会話を聞いていたらしく、朝早くにここを通ると思ってずっと待っていたらしい。しかし、二人はその言葉を無視し、ミーファとは目を合わせないで両側から通り過ぎると街を出た。
「ちょっと!!」
ミーファは慌てて追いかける。
「む~……」
ミーファは交渉は無理と悟ったのか、二人の後ろを黙って付いていく。しばらく一定の距離を保ったまま洞窟に向かって三人は歩いていたが、さすがにカイトとジェイルは困った表情をしている。
「……どうするよ?」
ジェイルは手に持っていた仕事用の道具が詰まった大きめ皮袋を肩に背負い直すと、隣を歩くカイトに呟いた。
「あきらめそうに無いな。帰れと言っても帰らないだろうし……連れて行くか」
「本気かよ?」
「仕方無いだろう。このまま付いてこられて、後ろで瘴獣に襲われて怪我でもされたら寝覚めが悪い。だったら近くにいた方が守りやすいだろ?」
「……まあ、寝覚めが悪いのは確かだな。……ったく、厄介な奴に絡まれたぜ」
ジェイルはそう言うと肩に背負っていた皮袋を地面に置き、後ろを振り向いてミーファを手招きして呼ぶと、ミーファは小走りに二人に近づいて来た。
「連れてってやる」
ジェイルはぶっきらぼうにそう言うと、ミーファはまた得意気な笑みを浮かべる。
「んふふふ。やっと私の必要性に気付いたようね」
「やっぱ、やめねぇか?」
ジェイルはカイトに嫌そうな目を向ける。
「そうだな……」
二人は再度歩きはじめそうなったのをミーファが慌てて二人の腕を掴んで食い止めた。
「ちょちょちょ、待って。うそうそ、冗談。お願い、連れてって!!」
さすがにこれ以上この態度は得策では無いと感じたのか、ミーファは慌てて訂正する。
「……俺達から離れるなよ」
カイトの言葉にミーファはプライドに触ったのか額がひくついたように見えたが、おとなしく頷いた。
「先に言っておく。報酬は無いからな」
「なんで!! 山分けでしょ!! あなた達が銀貨五枚で私が五枚!!」
ジェイルの言葉にミーファはすかさず抗議の声を上げた。
「ふざけんな!! なんで俺とカイトが二人で五枚なんだよ!! おまけで付いてくるお前に報酬なんて渡せるか!!」
「ふざけてんのはそっちでしょ!! 報酬もらえないんじゃやる意味ないじゃん!!」
「腕試しがしたいだけならそれで別にいいだろうが!!」
「腕試しじゃないって言ってるでしょ!! お金が必要なの!! もう宿泊費がほとんど無いんだから!!」
「宿泊費~? お前、宿に泊まってんのか? だったら家に帰ればいいじゃねーか」
「い・や・だ!!」
強面のジェイルにも臆することなく言い合いをするミーファにカイトは関心していたが、きりがなさそうな雰囲気になってきたので二人にまた割って入った。
「二人とも落ち着けよ。日が暮れてしまう。ジェイル、本人も手伝う気はあるようだし、少しくらいはいいんじゃないか?」
「おいおい、本気かよ?」
カイトの言葉にジェイルは信じられないと言う顔をしている。
「もともとの報酬が多いんだ、少しくらいやっても損にはならないだろ?」
「まったく、カイトは甘ぇよ。しょーがねーな、銀貨一枚なら手を打ってやる」
「はあっ? 一枚って!! どんだけケチなの? じゃあ、四枚!!」
「なんで三人でやるのに足手まといのお前が一番多いんだよ!! だったら二枚だ! これ以上は譲れねぇ!」
「足手まといじゃないって言ってるでしょ!! じゃあ、三枚!! これなら対等でしょ? 私もこれ以上は譲れない!!」
「対等ってところがおかしいだろうが!! そもそも俺達はお前を必要としていない!!」
またも言い合いが始まってしまったことにカイトは頭を抱えると、再度調停に乗り出した。
「落ち着けよ。だったらこうしよう。基本的な分け前としてはミーファは銀貨二枚。但し、働きによってはもう一枚追加。これでどうだ?」
「うーむ、もう一つ条件付きだな。まったく役に立たなかったら報酬は無しだ」
「んふふふ。私がまったく役に立たないなんてことは有り得ないからその条件でいいよ」
「よし、じゃあとりあえずは一緒に仕事をする仲間だ、改めて名乗らせてもらうよ。俺はカイトだ」
「……ジェイルだ」
ジェイルは納得していない感じだったが、渋々名乗った。
「私はミーファ・ツ...、ミーファよ! ミーファでいいよ!」
「よろしくな、ミーファ」
カイトはミーファに手を差し出すと、ミーファもそれを握り返した。
「よろしくね、カイト。それと一応、ジェイルも」
カイトには笑顔で挨拶をしたが、ジェイルには据わった目を向けると、ジェイルも同じような目で見返した。
「行くぞ!」
ジェイルは地面に置いていた皮袋を背負うと、先に歩き出した。
「やれやれ、大人気ないな」
「本当だよね~」
「……ほら、行くぞ」
カイトとミーファもジェイルの後を追った。
「しかし、腕試しじゃないんだとしたらなんで瘴獣退治なんかしたいんだ?」
瘴獣が発生している洞窟へと向かう道すがら、カイトは隣りを歩くミーファに訪ねた。
「言ったでしょ。宿泊費がもう無いの。今日中にお金を手に入れないと宿を追い出されちゃう」
「いや、だったらジェイルの言うとおり家に帰ればいいじゃないか」
カイトの言葉にミーファは睨みつけた。
「いやよ! 私はもう独立したの! これからは一人で生きて行くの!」
「……独立ね。まあ、別にいいが」
カイトは疑惑の眼差しを向けたが、それ以上は聞かなかった。確かにミーファくらいの年齢で親元を離れて独立というのはそう珍しいことではない。しかし、それは宿屋や酒場などで住み込みで働くという形式が主であり、いきなりワンダラーを始める者はそうはいない。
「まあ、銀貨二枚でも手に入れば十日くらいの宿代にはなるだろ」
「え? なんないよ。二、三日程度でしょ?」
「二、三日程度? お前、どこに泊まってるんだ?」
ミーファの答えにカイトは驚いている。
「ん? コーファンの街にあるコンフォートって名前の宿だけど」
「コンフォートっ!! ……お前、そこかなりの高級宿じゃないか」
「……ばかじぇねぇのか?」
黙って聞いていたジェイルもさすがに呆れる。ちなみカイトとジェイルが泊まっているチープルという名の安宿は銀貨二枚あれば余裕で十日以上泊まれる。
「ばかってどうゆうことよ!!」
「なんで金も無いのにそんな高級宿に泊まってるんだ? チープルなら長い事住めるだろうに」
「チープルも一応行ったけど、あそこお風呂が汚い共同浴場しか無いんだもん。そんなところに泊まれないよ」
「風呂って……そんなところに泊まってるワンダラーなんていないぞ……」
「稼げばいいんでしょ?」
「そんなところの宿泊費が維持できるほど高い報酬の仕事なんでそうは無いだろ?」
「え? そうなの?」
「ミーファ、ひょっとして瘴獣退治以外のワンダラーの仕事もやったこと無いのか?」
「……昨日初めてギルドに行っただけ」
「……」
「……」
カイトとジェイルは呆れて言葉も出ない。
三人は街道をしばらく進んでいくと途中で道をそれ、森の中へと入っていった。ギルドの店主に聞いた場所は、ここからもう少し森の奥に入ったところにある切り立った崖に開いている洞窟とのことだった。