第一話 【1】
ここは都市同盟の一角を成す街クレスト。都市同盟の大半の地域と同様に南の海に面する港街で、漁業と海運業で栄える割と大きな街である。
この街の中央を通る大通りから一本それた道沿いに、小さな食堂がある。既に日は沈み、夜空に眩い星達が瞬き始めてから数刻程が経った頃、その道を挟んで向かい側にある一軒家と思われる建物の塀に、背を預けた悲壮感漂う四人の男女が正面を見つめていた。
「危機的状況だな……」
腰にバスタードソードを差し、短く整えられた茶色の髪に、身軽な軽装の上に皮製の簡素な胸当てを身に着けた三十前後の男が誰にともなく呟いた。
「……ああ、覚悟を決める必要があるかもしれん」
その言葉に、隣にいた赤毛の髪を適当に後ろに流し右の頬に十字の傷がある男が同意した。その男は背中に両手持ち専用の大剣を背負い、先ほどの男と似たような服装の他に皮で出来た赤い上着を羽織っている。
「なんのだ?」
大剣の男の隣にいた頭にバンダナを巻いたエルフ族と思われる女が冷たい目線で問いかける。
『餓死・・・・』
剣士二人の声が哀しい響きを含みながら重なった。
「……どーすんのよ?」
『お前が言うなっ!!』
「だって~、、、」
腰に剣を差した男の隣にいる魔法士と思われる女というか少女が非難の声を上げたが、剣士二人に激しく突っ込まれる。
この四人は通称ワンダラーといわれる、いわゆる『なんでも屋』を生業とする者達である。名前は腰に剣を差した男がカイト、背に大剣を背負っている男がジェイル、そしてエルフ族のエマと魔法士のミーファである。ミーファは年齢が十六歳程でワンダラーの中でもかなり若く、茶色い髪を肩口まで伸ばし所々を髪留めで止め、細かな刺繍がふんだんに縫いこまれたローブを腰に巻かれている紐は魔石が先端にはめ込まれた短い杖を差している。エマは『不老なるエルフ族』のため年齢は不明。腰にはレイピアを差し、背中に組み立て式の弓を皮袋に入れて背負っていて、頭に巻かれた緑色のバンダナの結び目から金色の長い髪が伸び、エルフ族特有の長く尖った耳はバンダナの中に隠されていた。服装も目立たないように人族の衣装をを来ている。
その四人がここで何をしているのかというと、昨日で旅の資金が底をつき、ほぼ丸一日何も食べることができず、何となしに本能の赴くままに食堂の目の前まで来て我に返り、改めて現在の危機的状況を認識したところだった。
そもそも何故こんなことになったかというと、事の発端は三日前に遡る。
ワンダラー達は通常大きな街にあるギルドと言われる仕事斡旋所で仕事を請け負い、その仕事をこなすことによって報酬を得て日々の糧としている。ギルドで請け負える仕事にはさまざまなものがあり、代表的なものは瘴獣退治、遺跡調査、護衛、人探し等である。
四人はこの街で仕事を請け負いながら生活していたが、三日前に生活資金が寂しくなってきたので、ギルドから瘴獣退治の仕事を請け負った。
瘴獣退治はこの辺では割と多い仕事で、国家が存在せず兵隊や騎士団を持たない都市同盟では瘴獣退治をする組織が無いため、瘴獣が発生すると近くの街のギルドに仕事として登録される。
瘴獣とは虫や動物等の死骸に瘴気が取りつき怪物化したものである。めったに発生しないが、瘴獣は見境なく生き物を襲うため発生が確認されると即退治対象となっている。
そして四人が請け負ったのはバーストフライと呼ばれる虫の瘴獣退治であり、瘴獣としては珍しく空を飛ぶ。姿形は蜻蛉に似ているが、色は赤く大きさは大人と同じくらいあり、火を吐き尻尾のような胴体には無数の棘が生えている。攻撃力は大したことはないが、空を飛び倒し難いため報酬は高めだった。
カイトとジェイルは剣しか使えないが、エマは弓が使え、ミーファは魔法が使えるからなんとかなるだろうとこれを引き受けることになった。
その翌日、瘴獣がいるというこの街の近くを流れる川を捜索してみると割りと簡単に、というより奇妙な泣き声を発しながら空を跳ぶという目立つことこの上ないバーストフライを見つけた。
四人はすぐにエマの弓とミーファの魔法、そしてそれに対するカイトとジェイルの声援で攻撃を仕掛けた。動きが素早いため手こずりはしたが、大分弱らせたところでバーストフライが川の上に逃げたのだが、そこでミーファがやってはいけないミスを犯してしまった。
カイトとジェイルの制止を振り切り火の魔法をバーストフライにぶっ放したのである。めでたくバーストフライは火に焼かれ消滅した…が、瘴獣が消滅するとその後に残される輝石が川に落ちてしまったのである。
瘴獣は絶命すると元々死骸の肉体は消滅し、そこには輝石と呼ばれる黒い石が残される。取りついた瘴気が結晶化したものと言われているが、くわしいことはまだわかっていない。そして、瘴獣退治が完了した証拠となるのがこの輝石なのである。
そう、輝石がなければギルドに戻っていくら説明しても報酬はもらえない。
街に戻るとカイトとジェイルは一応ギルドに行って事情を説明してみたが、案の定認めてもらえなかった。肩を落とした二人がエマとミーファの待つ場所に戻ると……、ミーファが最後の路銀を風呂代に使うという暴挙に出ており、結局それ以降食事をすることもできず今に至るのである。
「なんで風呂なんか……」
ジェイルは立っていることも苦痛になったのか、その場にしゃがみ込みながらボソリと呟く。
「だって女の子だもん!! 汗かいたらお風呂入るでしょ?」
「ワンダラーが汗嫌いって。そんなんでワンダラーが務まると思ってんのか?」
ジェイルは立ち上がりミーファに詰め寄ったが、ミーファはカイトの後ろに隠れて舌を出した。
「てめぇ~」
「まあ落ち着け、無くなってしまったものをいつまで悔やんでも仕方ない」
「さっすがカイト!! やっぱ過去にこだわらず前向きに生きなきゃいけないよね!」
「けっ!」
「で、どうするんだ?」
黙ってそのやり取りを聞いていたエマが、さすがに呆れたのか冷たい声で遮りカイトを見た。
「そうだな。今日はもうギルドも閉まったろうし、どこかで野宿して明日もう一度ギルドに行って仕事を探そう。うまいこと、前払いか元手がなくても請け負える仕事があるといいんだが」
「ええ!!また野宿~」
ミーファがあからさまな不満の声を発したが、三人はそれを無視し昨日と同じく街の中央にある公園に向かった。