プロローグ
織田信長は開口一番言った。
「えーと君は令和だっけ? ワンピースの最終話知ってる? 知らないなら令和・乙部屋ね。喧嘩になるからね」
「はいはい、本能寺ね。うんうんそうだね。教えてくれてありがとう。で、君は平成かな? スマホを持ってるなら後期だね。平成後期はあっちの受け付けね。大手門脇の番所に行って、木札もらってきて」
「えーと君は、おお、昭和か。久しぶりに来たな。オイルショックって分かる? はいはいなるほど。えーと昭和だと、自衛隊か何か? 自衛隊は連れてきてないのね。はい、生国は? ああ、ごめん俺の聞き方が悪かったね。都道府県でいいよ。埼玉県ね。何市? 川越……ん? 上野国だっけ? 武蔵国だっけ? 夕庵どっち?」
「は、武蔵国でよろしいかと」
織田信長のところにはひっきりなしに転生したのかタイムスリップしたのか、その辺は色々だが四百年くらい未来の人々が頻繁に訪れるようになっていた。
口を開けば本能寺、本能寺と煩く、光秀は本能寺ノイローゼになってしまった。
産業医曰く「明智様は暫く時短勤務で」と言われている。最近は出社したりしなかったりだ。
十六世紀に出社という言い方も引っかかるかも知れないが、これだけ未来人に来られると仕組みも色々と変わろうというもの。というか、単語が未来からの影響を受けてごちゃごちゃになっている。
秀吉が眠たそうにあくびをした。ま、あくびをするくらいだから眠たそうなのは当たり前なんだけど。
「秀吉くん、俺の前でそういう態度は斬首一歩手前だよ?」
「ああ、すいません。昨日来た奴のスマホのバッテリーが残ってて、ソシャゲやらせてもらってて」
織田信長は以前は秀吉のことを『サル』と呼んでいたのだが、そういうルッキズムはいつのまにか消滅していた。あまり言うとパワハラになるし。
ついでに言うと、こいつの本名は羽柴秀吉なのだが、未来人の六割くらいが「豊臣秀吉」と呼ぶので、もうどっちでもいいや、という感じで最近は自ら豊臣も名乗り始めている。もちろん朝廷から賜った氏ではない。
因果律とかそういうのはもはや安土城ではどうでもいいことである。
また比叡山が光っている。
あれは転生者がスポーンしたんだと思う。転生は面倒だ。ステータスウインドウばかり見ていて人の顔を見てやがらない。目の前に織田信長がいるんだから、もう少し喜んでも良さそうだが、彼らは会話の間にアイテム整理をするのがデフォルトである。
あとスキルとかいうのを一つか二つ授かって、めちゃくちゃやろうとする。とにかく早くに接触して、転生諸法度を遵守させること、あと食糧や宿、身分を保証するから無茶やんないでねと言う必要がある。
タイムスリップの方はまだいいのだ。一応、地球の物理法則を守ってるから。タイムスリップしたこと以外は。
しかし転生者が持っているものの中には危ないスキルもあるので、ちゃんと言って聞かせる必要がある。帰蝶に魅了を仕掛けるバカまでいる。
比叡山の麓、坂本城には明智光秀がいる。胃薬を飲みながら今しがた来た転生者の受入業務をやっているはずだ。この胃薬は比喩ではなく胃薬である。薬草ではない。具体的にはパンシロンだ。持ち込まれた胃薬は全部光秀に渡されるようになった。
信長も最初は面白がっていたのだが、月に百人単位で来られると流石に食傷気味になる。
「もうすぐ光秀が転生者連れてくるから、地球儀とマント持ってきといて」
「またスポーンいたしましたか?」
秀吉が手際よくマントを広げながら言った。
しばらくすると転生者がオドオドしながら連れてこられた。
「えーと織田信長です」
そして信長は地球儀をくるくると回して見せ、マントを両手で持ち上げてひらひらさせる。結局のところ未来人が思う「信長っぽさ」に寄せてこうなった。
そもそも信長が自分のことを『織田信長』と名乗ることはない。
弾正忠とか上総介などと言っても通じない。
『で、信長どこすか?』
と言われてしまう。
「織田信長? ……ということはここは愛知県、いや尾張?」
もちろん安土城は滋賀県である。信長は柔らかく微笑み、ただ頷くのみだった。その辺はどっちでもいい、大体合ってる。ただ坂本城からぐるっと回ってきた琵琶湖をなんだと思ってたのかは少し気になるが。
「ここは安土城なんだけどね。近江国ってわかる?」
「近江牛の?」
「そうそう! それ! まさにそれ! よく知ってた! 偉い!」
信長に褒められ転生者は嬉しそうに笑った。笑うとあどけなく可愛い顔をしている。えーと高校生くらいかな?
「で、君はどこから来たの?」
転生者は少し迷って答えた。
「実は僕は、月から来たんです」
「月ってあのお月さま?」
転生者はこくりと頷く。
このパターンか、と信長は思った。
『戦国時代にタイムスリップしてしまった俺を、どうやって16世紀の未開人どもに理解させようか? あいつらどうせバカだから何も分からないし、月って言っときゃいいだろう』
ということだ。
この人をナメきったパターンはすでに信長は履修済みである。
確かにテクノロジーの技術ツリーが土管ワープしていきなり8面みたいになってるから、「異国」では説明がつかない。バカなりに考えたのだろう。
「君、アームストロングにもオルドリンにも見えないけどね。ま、それはいいや。で、月からなにしにきたの?」
「なにしに……あ! 僕、もしかしたら歴史を変えるために送り込ま……」
光秀がわかりやすく顔を歪めた。
「ああ、それはいいそれは」
もう先に本能寺焼き払っておいたろかいな、と信長は思う。
「月から来たことを証明できる?」
転生高校生は少し考えて、スマホを取り出して見せてきた。
「これを見てください!」
写真であった。『な、なんだこの精密な絵は!』と驚いて見せる気にもならない。いや、別にそのくだりも喜ばれるからたまにはやる。可愛い女子とかのときは信長もやる。
男子高校生にそこまでのサービスをしてやる義理はない。
「実は僕は、魔術を使えるのです!」
信長はスマホの動画を見せられる。今喋っていた信長が再生されていた。
盗撮しただけじゃねえか。
リアクションを期待してチラチラ見てる。
信長はスマホをさっと取り上げて秀吉に渡した。
秀吉は手際よく設定画面からiOSのバージョンと端末種別を確認した。
「上様、iPhone7です」
「平成かな?」
信長は高校生に向き直った。
「ワンピ、何巻まで出てた?」
平成部屋に押し込んだ。




