神殿へ
私はレクシオン様に手を引かれて、孤児院の中に入っていった。
レクシオン様と手を繋いでいる私を見て、マザーはすごい形相をした。
それは表現できないほど、怖いものだった。
あれこそまさに、化け物といった顔だったように思う。
そんな形相を見ても、ピクリとも反応しないレクシオン様はすごいと思った。
あの顔を見た職員も子どもも騎士さんも、引き攣った顔をしているのに。
「まぁ、まぁ、それが何かご無礼を?」
「いや。この子を引き取りたい。手続きを。」
「それを、ですか?」
「それ?」
レクシオン様が、眉間に皺を寄せる。
何か不快なことでもあったのだろうか?
「子どもに向かって、それ、とは。孤児院を経営しているとは、思えんな。」
「で、ですが……それは、異常者ですよ!感情もなく、言葉も話さない!」
「それがどうした?何か問題でもあるのか?たかがそんな理由で、よもや差別していた、とは言わないよな?」
「たかがって……」
マザーは、レクシオン様の言い分に絶句している。
私も、マザーほどではないけど驚いた。
たかが、そんな理由……
私が言葉を話せなくても、感情を表に出せなくても、レクシオン様に取っては重要じゃないんだ。
「で?手続きは?」
声を低くして、レクシオン様が問う。
苛立っているのかな?
怒らなさそうに見えたけど、この人も怒るんだ。
「い、要りません!何処へでも持っていってください!」
「そう。わかった。……後悔しないように。」
最後、何か呟いたようだけど、小さすぎて聞こえなかった。
何を言ったのだろう?
レクシオン様を見上げると、ニコッと笑われた。
あ、これは聞いちゃダメなやつ。
黙っておこう。
私はマザーの憎々し気な顔と、子どもたちの羨まし気な顔に見送られ、6年間育った孤児院を後にした。
お別れは必要なかった。
誰もそれを望んでいなかったから。
それを寂しいと思わない私も、何処かおかしいのかもしれない。
道中は、初めてのことばかりだった。
温かいお湯、お風呂に入ることも、お世話されることも、新品の服を着ることも。
何もかも初めてで、うまくできたかわからない。
混乱して、変なことをしでかした気しかしない。
数え切れないくらい頭を抱えたのだけは、はっきり覚えている。
その度に、レクシオン様に笑われてしまった。
恥ずかしい。
レクシオン様は、よく笑う人だ。
同時に、外の人たちを見ると、いつも悔しそうな感情をその目に表す。
私には、その理由がわからなかった。
私が何か役に立てればよかったけど、私にはできることがない。
得意なことが何もない。
そのことに改めて気がついて、落ち込んだ。
レクシオン様に連れてこられた場所は、王都にある神殿だった。
私が神殿について知っていることは、ほとんどない。
唯一知っているのは、この世界を創った神様を崇めていることくらい。
何をする場所で、どんな場所なのかも知らない。
知らない場所は、すごく不安で緊張する。
けれど、それを表に出してはいけない。
我慢しないと。
レクシオン様が言うには、神殿は神の教えを人々に授け、民の心に寄り添うものなのだとか。
身体は元気でも、心が豊かでないとそれは生きていることにならないらしい。
今の私には、難しい話だった。
「神官長、彼女は大切な存在だ。言葉は話せないが、くれぐれも丁寧に接してくれ。それと、教育を頼む。」
「かしこまりました。お任せください。」
この神殿で一番偉い神官長と、レクシオン様の話を隣で聞いているけど、仕事の関係なのか難しい話が多くてわからなかった。
わかったのは、これから私はここで生活するようになることと、定期的にレクシオン様が会いにきてくれることだけ。
でも、それがわかれば十分だと思った。
「それじゃあ、10日に1回は会いにくるようにするよ。慣れないところで大変だとは思うけど、孤児院よりは過ごしやすいと思う。」
返事と感謝を込めて、レクシオン様と目を合わせて力強く頷いた。




