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9 静寂を破るもの

 黒い魔鋼合金マナスチールで造られた車体は、白銀の雪原の中でひときわ冷たい光沢を放っていた。

 側面に刻まれた王国紋章が、雪光を鋭く反射する。


 厚い装甲板の下で魔力導管が青い光を脈打ち、魔導制動装置の車輪からは淡い紫の火花が散っていた。


 ラインハルトは運転制御車に立っていた。耳元には小型魔導通信機。

 普段の豪快さが嘘のように、静かで研ぎ澄まされた空気をまとっている。


 制御車には、所狭しと並ぶレバー・計器・魔導盤。

 常に数人の技師が半手動で操作し、そのすべてをクラリッサが見下ろす位置で監督していた。


 背後にはアーク炉専用車両。

 魔石と蒸気を同時に生み出す“心臓部”は、青白い魔導灯に照らされ、金属光沢を鈍く返す。

 内部の魔石はかすかに脈打ち、低い唸りが鼓動のように響いていた。


 大量の魔石、軍用資源、多数の技師を乗せたこの魔導機関車は、今日、この雪山を越えねばならない。


 自然の脅威から守る技師。

 盗賊団から守る騎士。


 双方が緊張の中にあった。


「今日はずいぶん大人しいのですね」


 計器の針をなぞりながらクラリッサが声をかけると、ラインハルトは横目でちらりと見て、すぐに前へ向き直った。


 窓の外には、険しい雪山の峰。

 晴れてはいるが、標高が上がれば吹雪は避けられない。


「任務中ですから」


 短く穏やかな声。

 彼のそばを通ると、小型通信機から重厚な報告が次々届くのが聞こえる。


「うわぁ、任務中のラインハルトさんって、めちゃくちゃかっこいいですね……」


 ぼそりと呟いた技師を、クラリッサは冷たい眼差しで射抜いた。技師は肩をすくめて黙々と持ち場へ戻る。


 ――任務中でなくても、彼はかっこいいのだ。


 クラリッサは自分の思考にハッとし、口元を押さえた。


 ――わ、私は何を考えている?


 ラインハルトを見る。

 彼は視線に気づき、眉を上げ、柔らかく笑った。


 拒絶しても、拒絶しても、押し付けるような圧は決してなく。

 ただまっすぐに彼女を見る、その優しさが胸に刺さる。


 初めは、苦労知らずの坊ちゃん貴族かと思っていた。

 だが、甘えていたのはどちらか。今では分からなくなっている。


 クラリッサは深く息を吐き、アーク炉の脈動を確認しに歩いた。


 ――今日のために完璧に整えた。大丈夫。


 細い窓の外は、既に真っ白だ。

 吹雪の兆し。轍も見えにくい。


 クラリッサは制御車に戻り、腕を組んで立った。


 制御盤の明滅。車輪が線路を噛む音。

 張り詰めた空気の中――


「主任!」


 鋭い声にクラリッサが振り向く。

 制御盤の一部が真紅に染まり、けたたましい警報が鳴り響いた。


「……なんだ!」


「雪崩です!!」


 ラインハルトが窓の外を覗く。

 深い雪の向こう――巨大な雪壁が、軋むような不穏な音を立てた。


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