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6 心を許さない女の本音

「主任、少々お疲れではありませんか?」


 職員食堂の片隅。クラリッサは椅子にも座らず、炉のデータ表を片手に、サンドイッチを無造作に咥えていた。

 フェリックスは苦笑しながら、彼女にコーヒーを差し出す。


 食堂は、巨大な魔導機関車基地の中とは思えぬほど温かい匂いに満ちている。

 魔導ランプの柔らかな灯り、木の長机、カップ片手に談笑する職員たち。

 頭上を通る蒸気管から、ときどき「ふっ」と白い蒸気が漏れるが、誰も気に留めない。


 クラリッサは片眉を上げ、データ表を脇に抱えつつ席に腰を下ろした。


「そんなに疲れて見えますか」

「ええ、少し。主任は限界まで働く方ですから」


 フェリックスはクラリッサの正面に座り、穏やかに目を細める。

 彼は四十代半ば。クラリッサが技師になった頃から支えてきた、誠実で品のある男だ。


「貴女が誰かを拒む理由は、分かっているつもりです。しかし……もう少し肩の力を抜いてもよろしいのでは?」

 クラリッサは黙ってコーヒーを飲み、視線をデータ表へ落とす。

「例の彼のこと、ですね」

「ええ。彼はいい男ですよ」


 クラリッサは視線を上げ、じとっと睨む。

「フェリックス。貴方、完全に絆されていますね」

「そりゃそうでしょう。あれほど真っ直ぐな男はそういません」

 フェリックスは肩を震わせて笑う。


「主任、あれほどの男に惚れられるなど、そうある話ではありませんよ。素直になりなさい」  

 クラリッサは鼻で笑った。


「ハルトマン卿は悪い噂一つありません。ただ……騎士団本部の扉のノブを力任せに引いて壊したくらいで」

「……なんですかそれは」

「ははは、些細なことです」


 フェリックスは笑みを残したまま、真剣な眼差しを向ける。


「主任。幸せにおなりなさい」


 クラリッサはデータ表を机に置き、眉をひそめた。

「こういう時だけ“年長者ぶる”のはやめなさい」

「こういう時しか年長者ぶれませんから、どうかお許しを」


 カップを片手に、彼は軽く一礼して立ち去っていった。

 後ろ姿を見送り、クラリッサは小さく吐息を漏らす。


「……もう、置いていかれるのは懲り懲り。“騎士”なんてごめんだわ」


 コーヒーの黒い表面がゆらりと揺れた。



---


 その頃。

 セドリックはラボの机から顔をあげた。

 そして、

 視界いっぱいに、死にそうな顔のラインハルトがおり、セドリックは肩をびくりと震わせた。


「す、すみません。設計図に夢中で……気づきませんでした。どうされました?」


 セドリックは落ち着いた声で椅子を指し示す。

 ラインハルトは巨体を小さく折り畳むように座り込み、その瞳は濡れた子犬のように潤んでいる。


「セドリック……。

 クラリッサさん、俺のこと……そこまで嫌ってはいない気がする」

「それは良かったですね」  

 穏やかに笑うと、ラインハルトは感極まって震えた。


「優しい……!

 ヴァレリアがべた惚れなのも分かる!

 俺も……俺も、こんな人になりたい!!」


 両手で顔を覆い、ぐしゃりと崩れ落ちる。

 その姿はまるでヴァレリアの兄であることを証明するかのようだった。


 セドリックは苦く笑いながら、丸まった肩をぽんぽんと叩く。


「ラインハルトさんは今でも十分優しい。胸を張っていいですよ」

「……だよな。そうだよな。自信を持とう……頑張ろう……」

「……ほどほどでお願いします。僕も応援はしますからね」


 ――忘れてはいけない。

 彼は“子犬”ではなく、“第一騎士団の暴風”であることを。

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