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3 蒸気の中で、騎士がまたひとり現れる

 魔導機関車が格納庫へ滑り込み、白い蒸気が霧のように立ち上る。

 青白い作業灯が鋼の車体を照らし、機関の脈動が低く響いた。


 クラリッサ・ホルンは、懐から魔導検査器ディアグノスを取り出し起動する。

 薄い魔力膜が機関車の側面を這い、電子音が短く鳴った。


「……第二魔力系統、わずかに遅延。

 ──そこの弁は触るな、と言ったはずですが?」


 怒鳴りはしない。

 だが、“上官としての厳命”が、声だけで空気を震わせた。


 近くの若い技師が慌てて手を引っ込める。

「す、すみません主任! 圧が……」

「判断が早い。後退。私の指示を待ちなさい」


 クラリッサは魔導管を軽く叩き、返ってくる金属音を確かめた。

「……やはり。魔石層が偏っています。フェリックス、ここはあなたに任せる」

「了解です主任。三分で直ります」

「二分で」


 手際よく指示を飛ばしながら、クラリッサはアーク炉へ移動する。

 青白い魔力光が頬に反射し、銀の髪を淡く照らした。


 ふと、空気が揺れた。


 視線を向けると、濃紺の第一騎士団制服に身を包んだ長身の男が立っている。

 肩幅は広く、姿勢は完璧。

 直立のまま控えめに微笑むその姿は、「騎士とはこうあるものだ」という見本のようだった。


 ラインハルト・ハルトマン。

 先日、初対面でいきなり「好きです!!!!」と叫んだ張本人だ。


 クラリッサは、心の中だけで深くため息をつく。


「……何故こちらへ? 本日はお呼びしていなかったはずですが」

「少し、確認したいことがありまして。お時間いただけますか」


 よく通る声。

 騎士団の中でも選ばれる者だけが持つ、強く優しい響き。


「ここは危険です。セーフティ・オフィスへどうぞ」

「はい!」


 ラインハルトの返事はやけに素直で大きい。

 クラリッサは無言で前を歩き、少しだけ後ろを振り返った。


 彼は、嬉しそうに微笑んでいた。


「……足音がしない。さすがですね。

 あなたが今の地位にあるのが“七光り”ではなく、実力だというのがよく分かりました」


 ラインハルトは一瞬驚き、それから真剣に頭を下げた。

 彼の父親は第一騎士団団長である。だが、ラインハルトを「七光り」だという声は聞いたことがない。今の彼の地位は、彼が実力で得たものなのだろう。


 ──やはり無礼な男ではない。

 先日の叫び声が“彼の本性”とは限らないのかもしれない。


 ……ただの空耳ならどれほど良かったか。



---


 セーフティ・オフィス奥の小会議室。

 無骨な机と椅子が並ぶだけの質素な部屋だ。


 ラインハルトは扉を開け放したままクラリッサに席を促し、自分も腰を下ろす。

 女性として扱われることなどほぼない職場だから、その気遣いが逆に少しだけ目に付いた。


 ラインハルトは書類束から数枚を取り出し、クラリッサの前に滑らせた。

「この部分、緊急時のあなた方の動きについて教えてください。

 我々騎士団は、それを邪魔しないよう動きたい」


 真っ直ぐな青い瞳が、クラリッサを射抜く。


 はっと息を吸った。

 そういえば、この男の妹は“絶世の美女”と名高いヴァレリア・ハルトマンだ。

 兄である彼が整っていないはずがない。


「緊急時マニュアルを職員に持ってこさせます。参考にしてください」

「助かります」


 いくつか質疑応答を交わし、クラリッサが資料をまとめたその時。


 ラインハルトは急に、ぱっと表情を明るくした。


「ホルン主任! お茶に行きましょう! ぜひ!

 俺は貴女とお茶が飲みたい!」


 開けっぱなしの扉から、セーフティ・オフィス中に轟き渡る。


 クラリッサは眉間を抑えた。


 ──ああ、やはりあれは空耳ではなかったのだ。


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