14 雪の果てで、二人
「終わった!」
クラリッサが最後の継ぎ目を押し込み、導管が“ドクン”と脈動を取り戻した。
「よし!」
ラインハルトは残った賊を二太刀で薙ぎ払い、残った一人を軽々と蹴り飛ばした。
「戻りますよ!」
「了解!!」
ラインハルトは迷いなくクラリッサを横抱きにする。
「ちょっ……自分で走れます!」
「雪で足を取られます! これは職務です!!」
クラリッサは反論しようとしたが、胸の奥が熱くなり、言葉が続かなかった。
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運転制御車に戻ると、フェリックスが叫んだ。
「主任、炉圧が戻りました! 全系統、安定!」
「よし……!」
クラリッサはラインハルトから下ろされ、濡れた息を整えると、胸に手を当てて叫ぶ。
「全速前進! この雪の殻を抜ける!!」
「全速前進!!」
技師たちが一斉にレバーを押し込み、魔導機関車が低く、獣のように唸った。
アーク炉が青光を強め、導管の脈動が太い奔流となる。
車輪が空転し、鉄の悲鳴が響く。
次の瞬間——
轟音。
車体上部の雪塊が一気に崩れ落ちた。
巨獣が毛皮を振り払うように、魔導機関車が震え、雪の殻をまるごと弾き飛ばす。
砕けた雪が滑り落ち、斜面を轟かせる。
地面がわずかに震えた。
「……抜けた……!」
前方が一気に明るくなる。
冷たく澄んだ冬空が、雪煙の向こうに広がっていた。
生還の瞬間だった。
クラリッサとラインハルトは同時に息を吐き、そっと視線を合わせて微笑んだ。
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任務を終えた魔導機関車が格納庫へ入り、雪山の稜線には赤い夕陽が落ちようとしていた。
二人は上階の見学通路から、並んでその光景を見下ろしている。
「クラリッサさん。お疲れ様でした」
「こちらこそ……お疲れ様でした」
クラリッサは制帽を取り、銀の髪が夕光に照らされる。
頬の小さな泣きぼくろに目を奪われ、ラインハルトは思わず拳を握った。
「クラリッサさん、さっき……
どさくさに紛れて俺のこと、“ラインハルト”って呼びましたよね?」
彼が覗き込むと、クラリッサは視線を伏せたまま、口角だけがわずかに緩む。
「……さぁ? どうでしょうか」
ラインハルトの顔が緩み、へにゃりと笑った。
「嬉しかったなぁ……」
小さく漏らされたその声に、クラリッサの頬が一気に熱くなる。
「クラリッサさん」
ラインハルトの声が、夕陽のように柔らかかった。
「俺の夢は……好きな女性がお婆ちゃんになるまでそばにいることです。
そして最期に——
“貴方と会えてよかった。幸せな人生だった”
そう言ってもらうこと」
クラリッサの指先が震える。
「騎士なのに……そんな夢なのね」
「俺は、貴女を残して死んだりはしません。絶対に」
クラリッサは息を呑み、彼の青い瞳を見つめた。
「……仕事も続けていいんです。
働く貴女は、痺れるほどかっこいい。
俺は、貴女の選択を否定しません」
その声音の優しさに、クラリッサの胸の堅い殻が、ふっと溶けていく。
「……降参です」
「……え?」
クラリッサは彼を真っ直ぐ見て言った。
「降参です!!
あなたは素敵な人です。
……落ちました!」
ラインハルトの頬が真っ赤になる。
「もう喪服は着ません。
王都に戻ったら……あなたの瞳と同じ青い服を買わなくちゃ」
クラリッサは彼に手を差し出した。
ラインハルトは跪き、その手に口づける。
「好きです。貴女のことが」
「私も」
ラインハルトは立ち上がり、クラリッサをそっと抱きしめた。
「帰ったら……セドリックに報告しなきゃ!」
「……なんですかそれは」
二人は同時に笑い、
その笑い声は雪山と夕陽に溶けていった。




