アルゲティはもういない
――――その手紙が届いたのは、冬が少しずつ終わりを告げて、まるで雪解けのようにうららかな春のことだった。■■■の机の上に隠されるようにして置かれていたそれに気付いたのは、帰宅前のことだ。
机の上に誰が置いたのか、まわりに尋ねてしまえばすぐに解決しただろう。だけど どうしてかそうする気にはなれなくて、■■■はまわりをそっと確認すると、教材の隙間に挟むようにして手紙をとる。差出人の名前も宛先も書かれていないのに、どうしてかそれは自分に宛てられたものだと直感めいた確信があった。……同時に、それを開けてしまえば今のこの状況がどちらにしても変化を免れないことも、どこかでわかっていた。
自宅に持ち帰ってから、意を決してそろそろと封筒に手を伸ばす。糊付けされた封筒の端をハサミで切ると、中身はするりと■■■の目の前に滑り落ちた。あんなに警戒していた封筒の中身がただの数枚の便箋であることに拍子抜けしながら手に取ると、見覚えのある端正な文字が真っ先に目に飛び込んだ。
『――――ずっと、自分のことを憎んでいました。』
その神経質ささえ感じさせるような言葉遣いに、一瞬だけ息が詰まった。震える手がギュッと便箋を握って、波打つ便箋が文字を歪ませる。落ち着かせるために深呼吸をすれば、肺がちりりと痛んだ。
――――どれくらい時間が経っただろうか。時計の秒針の音が、やけに大きく聞こえて耳障りだった。手紙を読み終えると、■■■は小さく息を吐く。いつの間にか流れていた涙は、どの感情から来るのかはわからない。自分たちがどうなりたかったのかも、本当はなにを望んでいたのかも曖昧なのに、ただ胸のなかにぽっかりと穴が空いてしまったようで、酷く寂しかった。
逃げ道を探すようにいつの間にか黒く染まった窓の外に目を向ければ、夜空には針で穴を開けたような、小さな星がちかちかと瞬いている。吸い寄せられるようにベランダに出ると、まだ冷たい夜風が肌を刺す。ぼんやりと星を眺めながら、前に彼女が自分の星座に入っていると言っていた、あの星の名前はなんだっただろうかなんて考える。「三等星以下の暗い星が多いから、自分の星座はいつも見つけられたことがない」というのは、以前彼女が皮肉げに言っていたことだった。
名前も思い出せない三等星の暗い星の名前を思い浮かべながら、■■■は目を凝らして夜空を見る。そこに広がるのは暗闇ばかりで、だけど今見つけなければ本当にこの世から消えてしまうような気がしていた。
――――けれどいくら目を凝らしても、その星が自分の前に現れることはないまま、目の前には深い夜の闇がただ広がるばかりだった。