異世界行ったら恋人が殺された話
グロ描写あり。
「戦争に参加した戦士がみんな死にたかったわけないじゃない。同調圧力に負けて、ほんとは死にたくなかったのに死ななきゃならなかった人のこと考えたら……」
空気が動いたのは分かった。俺は隣に立っていた沙樹が空気の読めない発言をはじめたのがわかって、止めるタイミングを見計らっていた。
突然、沙樹の声が不自然にぷつっと途切れて、きれいに斜めに切断された沙樹の頭がゆっくりずれていって、床に落ち、横から脳みそが丸見えになった。
沙樹の体全体が力を失って、タイムラスプ動画のコマ送りみたいにゆっくり床に頽れていった。
床につっぷした沙樹の頭から、血となんだかよくわからない液体が垂れて床に広がっていく。
俺たちの前にいる、身長185㎝、体重100㎏みたいなガタイのくせに少女漫画に出てきそうなきれいな顔をした男が、青龍刀みたいな曲刀にこびりついた沙樹の体液を、手に持ったよくわからない布で手際よく清掃して、納刀した。
この男は、異世界に迷い込んで右往左往していた俺たち二人を助けてくれた。
自分の屋敷に連れて行ってくれて、食事をごちそうしてくれて、さっきまで俺の現代社会の常識に基づく話をわけがわからないまま辛抱強く聞いてくれて、代わりに、この世界の話をしてくれていた。
きっと俺たち二人が元の世界に帰る手助けをしてくれるはずだった。
「突然、済まなかった」男が言った。
「しかし、このような奴隷を連れて歩くことはあなたの品格を下げる。明日、私の奴隷から代わりを選んでくれ。美しい娘ばかりだ」
沙樹は俺の恋人だった。お互い大学に入ったばかりで、お互い初めての恋人で、身長152㎝で、体重は結局教えてくれなかったけれど、俺がお姫様抱っこできるくらいの重さだった。
優しくて、でも正義感が強くて、有名な絵本作家の弟が同調圧力に負けて特攻隊に入り戦死した話を聞いてから、ずっとその話を擦っては憤っていた。
俺は戦争の話はよくわからない。沙樹や沙樹の家族や俺の家族や友達のために、国のために、戦争に行って死んでくれと言われたら、命を捨てられるかどうか、俺にはわからない。
でも一つ言えることがある。俺は沙樹のためなら死ねるということ。
俺は目の前にくそ野郎に言ってやった。
「……はい」
俺は激昂すべきだ。部屋にあった木の棒によくわからない金具がついてるものを握りしめて、この男を死ぬまで殴り続けるべきだ。
沙樹を殺されて、侮辱されてんだから、俺はブチ切れて、わけのわからないことを叫びながら、殴りかかるべきだ。
絶対に勝てないことはわかってる。
俺は沙樹の顔をずっと見ていたのに、曲刀が沙樹の頭を通り抜けていくところを見なかった。気がついたら沙樹は死んでいた。
この男がその気になれば俺も瞬殺される。たぶん殺されたこともわからない。
でも、殺されても、俺は沙樹のために戦うべきだ。今すぐその棒をとって殴り掛かれ俺。
「興が削がれたな。今夜はここまでにしておこう。誰かこれを片付けてくれ」
部屋には俺たちのほかに、何人か使用人がいた。さっきまで俺と沙樹に給仕をしてくれた者もいる。
彼らも沙樹が殺されたところを見ていたが、特に騒ぐわけでもない。
目の前で人が殺されたのに、まるで食堂に出た虫を誰かが殺した後のような、ちょっと落ち着かない空気が漂っているだけだ。
男は退室していった。
使用人たちが、沙樹の体に大量の砂をかけて、大きな塵取りのようなものに乗せてどこかに運んで行った。
床は掃き清められ、沙樹だったものの沁みだけが残った。
俺はずっと同じ姿勢で立っていた。このまま死ねればいいと思った。