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現在と過去と未来と《side 公爵→姫》


「どうか俺だけのために鼻歌を歌ってくれないだろうか……!」


「……へ?」



 ◇◇◇◇



 セドリックはあの舞踏会でルナリアと言葉を交わした後、すぐにフォーサイス伯爵領へと早馬を飛ばしていた。


 もちろん彼女を自分の婚約者にするためだ。


 あの鼻歌を聴いたあの日から。セドリックの頭の中でずっと流れ続ける不思議なメロディ。


 今まで聴いたことのないそのメロディはセドリックにかけられていた呪いを解いていくだけでなく、空っぽになってしまったその心さえも少しずつ満たしてくれた。


 先触れとして走らせた馬を追いかけるようにセドリックはフォーサイス伯爵領へと向かった。


「急な訪問を許してくれたこと、感謝する」


 まだ王都の別邸にいるルナリアが不在のフォーサイス伯爵領の本邸にセドリックは足を踏み入れた。


「いえ。遠路はるばる足を運んでいただき、ありがとうございます。何もない辺境の地ではございますが、どうぞごゆっくりご滞在ください」


 ルドルフ・フォーサイス伯爵。ルナリアの父である彼はわずかに口角を上げた。あまり歓迎されていないのは明らかだった。


「こちらへどうぞ」


 案内されて門をくぐり、質素な庭園を抜けると、古く所々補修された跡が残る屋敷の重厚感のある木戸が開いた。


 一歩、足を踏み入れて、セドリックは大きく目を見開いた。


(何なんだ……この屋敷は!)


 外壁の古さやみすぼらしい外観からは考えられないほどの内部の美しさ。色味こそ落ち着いていて、地味ではあるのだが上質なものばかり。

 

(なるほど。さすが()()フォーサイス伯爵家だな)


 フォーサイス伯爵家は田舎の貧乏貴族である――と思われているが実状は違う。


 フォーサイス伯爵夫人は元は辺境伯の令嬢であり、現辺境伯の実妹である。そして、長男は王城で働く騎士であり、次男は同じく王城で文官をしている。


 そんな由緒正しい有能な者たちが貧乏貴族であるはずがない。


 応接室に通され、向かい合うように座る。

 セドリックは余計な会話を挟まず、時間を惜しむように本題に入った。


「ルナリア嬢と婚約させていただきたい」


 ルドルフは察していたかのように顔色を変えなかった。侍女が入れた紅茶に口をつけ、ひと息吐き出すと肩の力を抜いた。


「オルティス公爵閣下。私はこれまで娘ルナリアを護ってきました。しかし、それがずっとは続かないことも承知しています。いつかは結婚し、夫となる方に託さねばならないことも……」


 ルドルフは視線を下げた。


「私にとっては永遠に可愛い娘なのです。ですから、私は娘に委ねたいと思います。ルナリアが承諾するのであれば反対いたしません。すべてはルナリアの心次第です」

「承知した。ルナリア嬢に直接、求婚させていただこう」

「閣下」


 まとまったと思い、腰を浮かそうとして呼び止められた。まだ何か言い足りないというのか。


「私は妻を護っています。あなたには娘を……ルナリアを、()()()護れますか?」


(それは一体、どういう意味だ?)


「お気づきになられていますね、娘の能力に」

「……ああ」

「まさか、閣下はその能力欲しさに求婚されるわけではありませんか?」

「何……?」


 覆面から唯一見える金色の瞳を細めてルドルフを睨みつける。それをまっすぐ見返すルドルフが徐ろに口角を上げた。


「――そういう者たちから娘を護っていただきたいのです。どうか、よろしくお願いいたします」


 ルドルフは立ち上がると深々と頭を下げた。


 ◇◇◇◇

 


「わざわざ出向いてもらい、すまない」

「いえ」


 王都に戻ったセドリックはオルティス公爵邸にルナリアを招待した。


(外側は完璧なお城なのに。内側はうちの屋敷と変わらないなんて……よっぽど困っているのね)


 領地の娘たちさえ、もう結婚が決まっている年齢だから、いつかは来ると思っていた。しかし、まさか公爵家嫡男から縁談がくるなど思ってもみなかった。しがない田舎令嬢が公爵夫人など勤まるのだろうか、とルナリアに一抹の不安がよぎる。


 それでなくとも初めて出会った舞踏会でのセドリックの印象が悪すぎた。あの『俺の姫』発言がなければ、これほどまでに恐怖の意識はなかったはずなのに。


 そして今、それに輪を掛けている。


「どうか俺だけのために鼻歌を歌ってくれないだろうか……!」


「……へ?」


 突然、がばりと頭を下げてきたセドリックにルナリアは呆気にとられる。


「セドリック様。言葉が足りません」


 あんぐりと口を開いたままのルナリアと深々と頭を下げたままのセドリックにしびれを切らした従者ジェイデンが主に声をかけた。


 ハッと我に返ったルナリアが首を傾げ、頭を上げたセドリックは慌てて言い直す。


「俺の身体を癒やすためには君が必要だ……!」


 ジェイデンは呆れたように首を横に振った。


「言葉の選択が間違っております」


 セドリックに任せていては心証が悪くなる一方だと判断したジェイデンは「私から説明いたしますがよろしいでしょうか」と主に許可を得た。


「セドリック様には“呪い”がかけられております。そのため、肌を見せないよう覆っておられます」


 どうして“呪い”をかけられたのか。“呪い”によって焼かれ、生死を彷徨ったこと。一命は取り留めたものの、皮膚がただれたままであること。


 その説明を受け、婚約者になるのだから我慢してくれという意味だと思ったのだが、説明するのがジェイデンからセドリックへ代わると、その話の内容にルナリアは驚愕した。


「どうか驚かないでほしい」


 セドリックが手袋を外す。何を驚くというのか、手袋の下は、ごく普通の手である。


 ルナリアが不思議そうに首を傾けると、セドリックは上着を脱ぎ、両腕の袖をまくり上げた。


「……っ!」


 そこに赤黒く焼けただれた皮膚が現れた。


 驚いて思わず口元を覆ったルナリアに、真っ黒な覆面の中の瞳が悲しそうに揺れた。


「すまない。気分を悪くさせてしまった」


 袖を元に戻すと、セドリックは少しうつむいてポツリと話し始めた。


「少し前のデビュタントの日。王城の庭園で美しいメロディを聴いた」

「え……?」

「まるで心が洗われるようだった。聴き入っているとふと目に入った赤黒い手の色が元に戻っていたんだ」


 ルナリアは思い出した。

 あの日、近づいてくる足音があったことを。あれはきっとセドリックだったのだ。

 そして、自分が幸せを運ぶ“鼻歌姫”と呼ばれていたことも。


「ずっと探していた。……ルナリア、君を」


 数えるほどしか夜会に出ていないルナリアをセドリックは必死で探していたのだ。


 やっと見つけたのが先日の舞踏会。口下手な彼が思わず囁いてしまったのは、きっと『俺の“治療をしてくれる”姫』という意味だったのではないか――。


(なんだ……治療のために婚約したかっただけ、なのね……)


 何故か急にシクシクと胸の奥が痛み始める。


「え……? ルナリア?」


 いつの間にかルナリアの頬に一筋の涙が伝っていた。

 驚き慌てるセドリックの前でルナリアはグシッと涙を拭う。


「大丈夫です! 公爵閣下の婚約者として責任を持って治療させていただきますわ」


(世間では必要とされないお飾りの妻もいるくらいだもの。必要とされているだけマシよね! 私、頑張るわ!)


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