第2話・俺たちと、いっしょにパーティーを組もう!
〈Inside Alive Quest〉の世界は、大きく五つのエリアに分かれている。
この世界の中心地である『中央エリア』。そこから四方向に『北エリア』、『西エリア』、『東エリア』、『南エリア』と、それぞれのフィールドが築かれている。
俺たちがさっきまでいたのは、西エリア〈アンノウンダイチ〉にある〈紫苑街〉と呼ばれる街だ。
「――〈ニードル王国〉の周りは深い森で囲まれているのです。リアムさんは、この先の森の中を走っていったかもなのです。ただ、もうここから先は安全地帯とは言えないのです。……いつ、モンスターとエンカウントしても、おかしくないのです」
〈ニードル王国〉とは、中央エリアの通称だ。
マキは、「早く、リアムさんを追うのです」と言うと、マキの手のひらに光が集中し、それが弾けると同時に、そこに杖が現れた。
「おお、すごいな、それ!」
「〈ITEM〉の装備品欄から選択して、いつでも装備ができるですよ。使わないときは『しまう』って考えたら、パッと消えて〈ITEM〉の中に収納されるのです」
ほら、ここに『木製の杖』ってテキストが表示されているのです、とマキは自分の〈ITEM〉欄を見せながら、話した。
「なるほど! じゃあ俺の背負ってる剣もそれが……って、やろうとしても上手くいかないな。マキ、どうやってるんだ?」
メニュー画面を開くときみたいに、頭で想像したらマキのようにできるのかと思ったが……俺の剣は手の中に握られたままで、別に何も変化が起こらなかった。
「おそらく剣は一つのファッションとして認識されていて、自由に仕舞えないのかもなのです。複数持っている場合は、その内の使用する一本だけ出しておいて、それ以外はしまえるとか、そんな感じなのかもしれないのですよ」
「あー……。確かにゲーム内の勇者は、いつも最低一本は剣を背負ってたり、腰に携えたりしてるもんな……。うーん、なんか不便なような……?」
まあそれはシステム上の問題だし、しょうがない。
そんなことよりも、今はリアムのあとを追わないと。
「準備はいいか、マキ!」
「はいなのです!」
俺たちは森の中へ足を踏み入れた。
「……と、忘れるところだった」
俺は〈SKILL〉を立ち上げ、〈セーブ〉を選択する。
『セーブされました』という文字を確認し、俺は再び歩き出した。
このゲーム世界に異常が起きている今、何が起こるかわからない。
モンスターとの戦いは、最初に出会ったチンピラ男三人の比じゃないはずだ。
万が一ゲームオーバーしてしまったときに備えて、〈セーブ〉しておくのが無難だろう。
今後も忘れず、適度にしていかないとな。……『はじめから』なんてごめんだし。
森を進んでいくと、何やら騒がしくなってきた。
何かの呻き声のようなものも聞こえてきたのだ。
――まさか、モンスターか!?
「……勇者様」
マキの表情は怯えていた。
俺は安心してもらえるように、帽子の上からマキの頭を撫で、笑いかけた。
「大丈夫だ、マキ。何かあったら俺が守ってやるからさ!」
そう言うと、マキは「はいっ!」と答え、笑顔が戻った。
俺たちは覚悟を決めて、さらに奥へと進んだ。
森が開けた先には、スライムがいた。
ピンク色をした身体に、頭には兎の耳のようなものが生えていて、そのつぶらな瞳はとてもかわいらしい。
――なんだ。獣みたいな呻き声が聞こえたから、てっきり魔獣とか、そのへんの怖そうな敵を想像してたぜ。
「呻き声は気のせいだったってわけだ。まあ、冒険の初っ端から出会うのはこうしたスライム……ザコ敵からって決まりだよな。コイツらには悪いけど、俺の経験値になってもらうぜ」
俺は背中の剣を抜き、構える。
「ゆ、勇者様。大丈夫なのですか? かわいくても、モンスターなのですよ! 油断大敵なのです!」
余裕綽々でスライムのほうへ行こうとする俺に、マキは心配そうに言った。
「こんな相手、余裕のよっちゃんってやつだよ。まあ、マキはそこで俺の勇姿を見てくれってばよ」
俺はそう言って、スライムたちに斬りかかった――そのときだった。
「ウグァガァァァッ!!!」
スライムは途端に雄叫びを上げた。
かわいらしい見た目も剥がれ落ち、つぶらな瞳は獰猛な獣の目に、愛らしいピンクの身体には、赤い殺気みたいなのをまとい始め、臨戦態勢をみせたのだ。
スライムの雄叫びは風を巻き起こし、俺は反射的に目を瞑った。さらには風圧で足元が浮き、後ろへとふらつく。
風が収まったかと目を開け、顔を上げると、さっきまで一体のスライムだったのが、今や数えられないほどの大量のスライムが集合していた。
「いつの間に、こんなに……!?」
驚く間もなく、スライムたちは俺たちに飛びかかってきた。
俺はひたすらに剣を振り、引っついてくるスライムを引き剥がす。
「いやぁ! そんなにくっつかないでほしいのです!」
マキも必死に杖を振り回し、スライムたちをのけようとしている。
しかし、俺たちの抵抗も虚しく、スライムはどんどんと俺たちにまとわりつき、ついには身体も動かせなくなってしまった。
「離れるのです! どこ触ってるのです!! 助けてほしいのです〜!!」
マキはいよいよ口を塞がれ、身体全体がスライムで覆われてしまった。
――あれじゃあ、マキが窒息死しちまう!
ゲームの世界で窒息死なんてないのかもしれないが……それでも、マキを助けなくては。なんとかしてマキに手を伸ばすが、スライムに邪魔され、届かない。俺自身の視界も、スライムの大群に覆われていく。
こうなっては、もうどうにもならない。
――そうだ。〈ロード〉して、森に入る前からやり直せば……!
唯一動く指先を懸命に動かし、俺は操作を進めていった――だが、しかし、そこで初めて気づく。
〈ロード〉をしようとすれば、『戦闘中・操作不可』と文字が表示され、使えないことに。
――クソっ、じゃあこのままHPがゼロになるまで待てっていうのかよ!?
ここはゲームの世界だ。だけど、五感はしっかりと働いている。押される痛みと圧迫からくる呼吸の苦しさがつづく。ファンタジーの世界をフルで体験できるのはうれしいけれど、こういうときは本当にいらない機能だ。
俺が早くゲームオーバーになれば、セーブポイントに戻ることができる。早く俺が倒れれば、マキもスライムから解放されるはずだ。
自分の体力ゲージを見たが、ジリジリとゆっくり減るばかりで、まだまだゲームオーバーまて時間がかかりそうだ。
――クソっ……クソっ! 今だって、マキが苦しんでるっていうのに……!
マキの言うとおりだ。俺がスライムだからと呑気に油断していたから……!
俺は、後悔と不甲斐なさに、強く下唇を噛んだ。
「――I am here!!」
絶望に打ちひしがれたそのときだった。
刹那、視界が開け、突風が吹き込んだ。
ゆっくりと目を開けると、そこにはスライムを地面に叩きつけるリアムの姿があった。
「リアム!」
「リアムさん!」
リアムの拳を受けたスライムは、光の粒子となって消えていった。
攻撃された仲間に気づいてか、スライムたちは次々と標的をリアムに移し、襲い始めた。しかし、リアムはそんな襲撃を諸共せず、スライムの大群を返り討ちにしていく。その動きには無駄がなく、的確に拳や蹴りを決めていき、スライムはどんどんの数を減らしていった。
やがて、残りわずかとなったスライムたちは、リアムを恐れたのか、一斉に逃げていった。
ようやくスライムから解放され、俺たちはすぐにリアムの元へ駆け寄った。
リアムのおかげで、俺たちはなんとか一命を取り留めたのだ。
「感謝しかねぇぜ、リアム! お前すげぇよ!」
「ありがとうなのです! とっても強かったのです!」
リアムは「That's not a big deal」と前置きして、こう聞いてきた。
「ユータたちはここでなにしてたんだ? ユータたちも、王宮へ行くのか?」
俺は頷く。
「王宮に行けば、俺たちを閉じ込めやがったAIについて何か手がかりが掴めるかもしれないと思ってな」
「エーアイ? 何の話だ?」
リアムは首を傾げている。俺とマキは一度顔を見合わせてから、リアムにこう質問する。
「リアムはさ、もしかして、まだゲームに閉じ込められたこと知らないのか?」
リアムはますます首を傾げている。
「ゲームの……この世界の権限がAIに奪われてしまって、ログアウトができなくなってしまったのですよ」
リアムはメニュー画面を開いた。今になって事態を知ったのか、目を丸くしていた。
「Oh my gosh!! こりゃあ、一大事ってやつだよな!?」
……いやいや、今更かよ。
「リアムは聞いてなかったのかよ。《紫苑街》で聞こえた天の声をさ」
「Hmm……ギルドいて、外、サワガシイなーとは思ってた。そんなことより、オラはテオドロス様に会うほうが重要だからな!」
「…………」
リアムはテオドロス様しか目がないんだな……。
「まあ出れないなら出れないで、俺はテオドロス様に会えればそれでいいんだ! 急いで王宮に行かないと!」
そう言って、リアムはさっさと行こうとするので、俺は「待て! リアム!」と呼び止めた。
「リアム。王宮へ入るには事前許可がいるんだ。お前みたいなやつがズカズカ入ろうものなら、衛兵に捕まって地下牢行きだぞ」
「Thank you」
リアムは俺の忠告も聞き流し、先へ行こうとするので、「あと、それと!」と、慌てて、また引き止めた。
若干めんどうくさそうな顔をするリアムに対して、俺は右手を差し出す。
さっきのスライムとの戦い――戦いとも呼ぶには忍びないかもしれないけど――で、気づいた。俺たちには、戦力が圧倒的に足りない。
この先、確実にモンスターなどの敵に出会うことだろう。そんな時、俺たち二人だけでは到底乗り越えることはできなくなってくる。
もし、リアムという、すでに基礎戦闘能力の高い〈プレイヤー〉がパーティーにいれば、こんなに心強いことはない。
ギルドで出会ったあのとき、俺たちのことを『仲間』と言ってくれたリアムだ。きっと、パーティーに誘えば参加してくれるはずだ。
……だから。
「――リアム。俺たちと、いっしょにパーティーを組もう!」
リアムは差し出された手を握ることなく、右手を高らかに上げると、
「ムリ! Good bye!!」
と言って、アッサリとその場を去ろうとする。
――あれ?
「待て待て待て! 無理ってなんだよ! 無理って!」
リアムは嫌々ながらに足を止め、振り向く。
「オラはこの先ひとりで行く。テオドロス様にお近づきになるのは、このオラって決まってるからな! エーヘーなんていうのも、ゼンブ吹っ飛ばしてやる!」
「いやいやいや! ダメだって! それにさ、この先ひとりだと厳しいこともあるかもしれないだろ? だから、ここは俺らと協力して……」
リアムは小さくため息をつくと、こう言う。
「オラは強いから、誰の手も借りずにいける。よわよわユータたちとパーティー組んでも、イミない!」
リアムはそう言い残していってしまった。
「よ……よわよわ………。面と向かって言われると、心抉られるぜ……」
「ゆ、勇者様、元気出すのです! わたしたちはまだレベル1なのです、弱くて当たり前なのです!」
「マキ……。俺が不甲斐ないばかりに……ごめんな」
マキは微笑んで、「全然気にすることないのですよ」と言ってくれた。
俺のせいでスライムに襲われたのに、怒りもせず、笑顔で包み込んでくれるマキは、まさしく天使そのものだった。
「……マキ〜! マキだけは、俺といっしょのパーティーでいような!」
「そんなの、もちろんなのです! ずっと、ずっといっしょにいるのです! ……って、勇者様! 変なお触り厳禁なのですっ!!」
と、頭に杖が振り下ろされた――ふむ。調子に乗って抱きつくのも、ほどほどにしよう。
頭のてっぺんがまだジンジンする。まあそれはいいとして。
リアムを仲間にできなかったのは残念だが、こうなってしまっては、慎重に先へ進むほかない。
俺たちは王宮を目指し、再び歩き出した。