fry in the sky
空を飛びたい、そう思った。
「鳥になって空を飛びたい!」
と誰もが思った事があるだろう。
実際俺は今、空を飛んでいる。鳥になったんだ。それは何でかって?
それは今から数分前の出来事…
「うわっ!熱気球ってデカ!」
熱気球を前にその大きさにびっくりしつつ、これから乗れるという喜びに胸が高鳴る。
きっとこれに乗って空を飛んだら、世界が違って見えるだろう。自分の悩みもきっと小さく思えるだろう。
熱気球がゴォーという音と共に
空へと上がっていく。
あっという間に車や家、木々がおもちゃの様に見えた。それはまるでバラバラになったパズルの様に見えた。
ピースがどれも揃っていない。
それは俺の人生の様に思えて仕方なかった。
どんな事をやっても失敗ばっか。上司に怒られて、彼女にも振られて…この先楽しい事なんて待っているのだろうか?
夕陽が沈みかけて、空が赤と黄色のグラデーションになっていてとても綺麗だ。
もうすぐ夜が来る。今は昼と夜の間。
こんな風に空を飛べたら、鳥みたいに気持ちよく飛べる事が出来たら…毎日きっと楽しい。
悩みなんてふっ飛んでしまうだろうな。
『鳥になりたい。』
『空を飛びたい。』
そう強く心で願った。
熱気球がゴォーと音を立てた時、
夕陽の様な眩い光に体が包まれた。
うわっ眩しい!何が起きてるんだ?!
しばらくして目を開けると…
空の中に俺は居た。
ふわふわ体が浮いているみたい。
バサッバサッ!!
ん?翼?
えっ?
空を飛んでいる?
…俺は本当に鳥になってしまった様だ。
鳥になってからみる夕陽はめちゃくちゃ綺麗だった。沈む瞬間も夜になる瞬間も独り占めしているかの様だ。俺の為にそうなっているかの様な感覚にさえなった。
薄暗い空を飛ぶのは不思議で、少し悲しくなった。でも自由に飛べて、重い荷物もない、軽々しい気持ちで一杯だった。
こんなに気持ち良く空を飛んでいるんだ。
鳥って凄い!
この翼だけで飛べてしまうのだから。
でも追い風が強くて少し息苦しさを感じた。
鳥はいつもこんな追い風を感じているんだな。
確か鳩は、みんな同じ方向を見ているらしい。
羽が風で乱れない様に追い風をわざと浴びているらしい。
ずっと追い風を浴びる…。
俺は追い風にさえ当たらず、逃げてばっかりだった気がする。
追い風は少し苦しいけどこんなに気持ちいいのに。
怯まずに突き進めばきっとその先には…。
そんな事を思いながら地上へと降り立ち、適当な場所で寝る事にした。
眩しい朝の光を受けながら目を覚ました。
寝ていた公園には鳩がたくさん居て、どこかのおじいさんから餌を貰っている様だ。
俺もお腹が空いて近寄ると…そのおじいさんがしっしっ来るな!と手をひらひらさせる。周りの鳩たちもなぜか避けている。
叫ぼうと口を開けた。
「カ、カァカァ!」
ん?カァ?
翼を見てみると見たことある黒色。
え?カラスになったの?
鳩もおじいさんも俺の姿を見て逃げてしまったようだ。
何で?カラス?
結局みんな見た目や気味が悪いってだけで、避けたりキライになったりする。人間の世界はいつもそう。見た目がいい奴がモテる。地味な奴は相手にもされない。
…でも
そんな俺を好きって言ってくれた子。それが元カノだ。自信が持てる様になったのに…自分勝手に縛り付けて、一緒に歩幅を合わせて歩く事も出来なかった。何でそんな事してしまったのだろう?でも後悔してももう遅い。
俺は公園の池を見つめていた。
人よりも視界は低いが、視野は広い。確か300度以上見えると聞いた事がある。
全ての景色が人の時より色鮮やかに見えた。
遥か高い空も 近くの色付いた花や草も
キラキラ光る水面も
近くに見える温かい地面も。
そんな目に焼きつく様な景色を絵に描きたいなとふと思う。
そうだ、唯一人に褒めれた事があったんだ。
それは絵を描くこと。
勉強は出来なくても図工はいつも5だった。
久しぶりに描いてみてもいいかもしれない、なんて事を思った。
いつ人へと戻れるのだろう。
鳥になって空も飛べて、鳥の世界も見れて、やりたい事も見つけられた。
もう満足だった。
スマホもない、会社もない、家族も居ない、元カノも居ない、こんな世界はやっぱりつまらない。毎日悩んで、そんな毎日が嫌だって思っていたけど…その全てが大切で必要なんだって事に気付いた。
『人間に戻りたい。』
そう強く心で願った。
気付いたらまた昼と夜の間に居た。
夕陽が沈んでいく…熱気球に乗って見た時よりも、色鮮やかに見える。これは鳥だからか?
それとも大切な何かに気付いたからか?
そんな事を思っている時、黄金色の眩い光にまた包まれた。
昨日より眩しく…温かい…そう感じた。
重たい目蓋を開けると、熱気球の中に居てまだ空の中だった。昨日見た夕陽色の空は、赤や黄色だけではなくもっと色んな色が混じり合っていて綺麗だった。
バラバラだったパズルも今なら一つ一つピースを合わせられるかもしれない。
熱気球が地上へと降りていく。
俺の新たなスタート地点へと降りる。
足を地上へと踏み出すといつも冷たく感じた土が温かく感じる。
「さぁ、頑張ろう。」
「カァカァカァ!」
遠くなら聞こえるその声は、いつもより可愛く耳に届いて来た。いつも追い風を受けて生きている鳥は凄いな。お前らの世界は綺麗だった。
ありがとう。
家路に帰ろうとまた一歩足を踏み出すと…
背後から聞き慣れた声が聞こえてきた。
「あれっ?颯太?」
「えっ?しおり?」
振り向くとそこには元カノが居た。
「どうしたの?まさか颯太も熱気球に?」
「うん。しおりも?」
「うん。偶然だね。」
そう言って笑った彼女は、夕陽を背景に一段と可愛く感じた。やっぱりまだ彼女のこと…。
「少しはマシな顔になったじゃない?」
「えっ?」
「なんか前は死んだ魚の様な目してたから。」
「何だそれっ?ひでぇな…。」
「じゃ、またね!」
彼女とはよくこんな事があった気がする。
今みたいに偶然会ったり、メールの返信しようとしたら返信が来たり、会いたいと思ってたら会いに来てくれたり…そんな運命をまた信じたいと思う。
「ま、待って!!」
「ん?」
「この後暇だったら…御飯でも行かない?」
「んーいいよ。」
俺は彼女の方へと駆け寄った。
俺達は何を食べようか?などと話しながら歩き出した。
今度こそは歩幅を合わせよう。
そう思いながら彼女の手をぎゅっと握った。
end