エルドラ教 Side・ディートリヒ
ディートリヒ・シュタイナー
レーヴェ帝國軍少佐にしてヴェルトランの副官。
ヴェルトランと同じ苗字だが、血は繋がっていない。
しかし、ヴェルトランとディートリヒは孤児院で育ち、兄弟のように仲良くしていた。
シュタイナー家の養子になり、軍に入ってからもヴェルトランとはかけがえのない相棒である。
機械的な可愛らしい声を発しているのは人口咽頭機という魔道具を首に植え付けてるもので、本来の声は戦闘中に喉をやられ、人口咽頭機が動かないと声が発せない。
大佐達と別れた僕はペストさん、カルさん、ベルガー君と共に別方向から町を散策していた。
その途中で洋服屋を見つけたのでそこに立ち寄りました。
『こんなのどうかな~?』
「これがいいのではありませんか?」
「こ、これはどうでしょうか?」
「……これはどうかな?」
僕達は現在、服屋でラーク君の服を選んでいました。
ちなみに僕達は新しい服は必要ありません。
皆さんこの軍服が落ち着くそうなので。
だけど欲を言うなら予備の軍服ぐらいは欲しいかなぁ……。
『あ、この服も買うか』
僕が取ったのは女の子が着そうなフリルのワンピースである。
「それ……女の子向けの服では?」
ベルガーがそう聞いてくる。
『ああ、これベルガー君に』
「ええっ!?」
驚愕するベルガー君。
『あははは、冗談だよ、冗談♪』
でも実際似合うと思うけどね、ベルガー君なら。
なんせ見た目も声も女の子にしか見えないからねぇ……男だけど。
「ひ、ひどいですよ、少佐……」
あまりからかいすぎるとヤバいのでこれくらいにしとこう。
あんまりベルガー君を弄りすぎると、自虐行為に走ってしまうからね。
買い物を済ませ、店を出た僕達。
たくさん服を買って、カルさんに持たせました。
力持ちの荷物運びがいるのは便利だねぇ。
『さて、ここら辺で情報源となる酒場とかを見つけないと~』
「そ、そういえば、なんで酒場が情報源なのですか?」
ベルガー君が僕に聞いてくる。
『あ、ああ。それはね。酒場っていろんな人達が飲み食いしに集まるじゃん。そこではいろんな噂やらなにやらが飛び交うことが多いから情報源になるって大佐が言ってたんだ』
実際に何度かルスラン王国領内に潜入した時に、ヴェルが酒場は情報が集まりやすいとか言ってたなぁ。
まあ、あいつの前世の時の知識か何かかと思うけどね。
「はぁ。な、なるほど……」
「あのお姫さんや侍女さん達から情報を貰うとかは?」
カルさんが手を挙げて言う。
『多分だけど大佐はあまりあの王国を信用していないと思いますね。ペストさんもそう思うでしょ?』
「まあ、そうですわね。それなら、わたくしの魔道で白状させるという手もありますけど」
凶悪な笑みを浮かべながら言うペストさん。
「ひっ……」
『おお怖い~。だけどその手は最後の手段に取っておくとして、とりあえず情報収集できそうな場所さえあれば酒場であろうが広場の掲示板であろうが何でもいいというということで、進みましょう~♪』
で、次は武器屋に寄りました。
えっ、なんで武器屋に立ち寄ったのかって?
まあ、僕達の世界には銃火器という最高の武器があります……が、万が一弾薬の補充の手立てがない事を考えて銃火器以外の武器も調達する必要になるかとね……。
ちなみに僕の場合は二刀の軍用ナイフに雷魔法がありますし、材料があればトラップだって作れますから。
ペストさんも魔法があれば別にいいという感じですね(それでも拳銃ぐらいは携帯してるそうですけど)。
ベルガー君だって軍刀があれば十分だそうだし。
そういえば、ベルガー君や白兵戦を得意とする帝國剣士兵が使用している軍刀は元々レーヴェ帝國よりさらに東にある東和国と呼ばれる島国から作られた武器であり、レーヴェ帝國にもルスラン王国にもない珍しい武器なんだって。
そんな東和国製の軍刀を何故帝國軍が活用しているのかというと……それは帝國に協力的な東和国出身の魔族(大佐曰く鬼と呼ばれる一族)がその刀という武器を見せてくれて、これに興味をもった皇帝が白兵戦用に広めたとか。
で、東和国製の軍刀をどうやって供給しているのかというと、先程の例の魔族がわざわざ東和国まで渡って持ってきてくれるとか。
ちなみにベルガー君の先祖も東和国出身だとかなんとか……。
ベルガー君曰く彼の剣技も東和国独自の剣技と言われているらしい。
そういえば前世が日本人とか言っていたヴェルが興味本位で一度だけ東和国に行ったことがありましたな。
僕も誘われて一緒に行きましたよ。断る理由ないし。
だけどこんな戦時に何故行けたかというと、帝國軍には三ヵ月にひと月は長期休暇がもらえるようになっています。
これも皇帝が建てたありがたい法律だそうです。
しかも絶対に休めるのがいいですよね。
僕達や強い部隊が休んでいるからといって戦力が低下するほど帝國軍は軟じゃありませんし。
まあそれで東和国へ行ってみましたよ。
ヴェル曰く、昔の江戸時代とかなんとかと言ってましたね。
前世のヴェルの故郷か……。
何度か聞いたことがあったけど、どんなのか見てみたいな~。
さて、そんなことより問題はカルさんだ……。
カルさんの武器は機関銃二丁。
だけどこの人弾がなくなったら棍棒代わりに使ってうっかり破壊しそうなんだよなぁ……。
大佐に釘刺されているはずだけど、もし壊したらもうその時点でアウトだよ。
だって直す方法なんて今の世界にありはせんのですから。
いや、本当なら僕が直すこともできるにはできるけど、材料がないし、派手に壊されたらお手上げです。
カルさんには別の武器を与える必要がありますねこれは……。
「…………」
そんな時、いろんな剣を眺めているベルガー君。
僕もベルガー君が見ている剣を見てみる。
なんだかどれも、元の世界でのルスラン王国軍が使っているような剣ばかりだなぁ。
まあ、この世界にも王国や帝国に魔族や亜人族もいるのだから武器も似たような物があってもおかしくないかな。
『何か欲しい剣でもありますかね?』
「しょ、少佐。いえ、特には……。でも万が一ボクが使っているこの刀が折れて使えなくなったら、大佐達のお役に立てなくなりますので、せめて予備にもう一本この刀と似たような武器があればと……」
いや、ベルガー君は剣以外でもアイケさんに格闘技とかめっちゃ仕込まれてたでしょう。
何度も何度も可愛い悲鳴上げながらアイケさんにしごかれてたよね。
いやぁ、あれは中々悪くない物でしたよ……ぷぷっ。
『別にそこら辺にある普通の剣とかでもよくね?』
「でもボクはこの軍刀以外の剣を使うのはどうも違和感があって……」
『それだったらとりあえず、店員さんに聞いてみれば?』
「そ、そうですね。そうします」
ベルガー君は近くにいた店員を見つけ、駆け出していきました。
さて、本題と行きましょう。
『カルさんちょっといいかな?』
「?」
僕はカルさんを引っ張って、ある所に連れて行きました。
着いた所には、壁に大剣や巨大な戦斧に大金槌などが並べてありました。
『カルさん、どれか好きな武器一つ選んで』
「え、なんでですか? うちには機関銃が――」
『その機関銃をもし棍棒代わりに振り回してぶっ壊されたりしたら、もう機関銃が使えなくなるからね? 替えもないんだからね?』
「あ~それもそうですね。わかりました」
ホントにわかったのだろうか……。
この人かなり能天気だからなぁ。
あの双子は変なことやロクなことしか考えていない馬鹿だけど、カルさんの場合何も考えてない馬鹿だからねぇ……。
「……よし、これにする」
手に取ったのは……戦斧だった。
「これをあともう一本――」
『そんな巨大な戦斧二本もいらんでしょ!?』
「二本あればそれなりに――」
『いや、そんな巨大な戦斧二つ同時は戦いづらいと思うよ!?』
「そうかな?」
『まあ、カルさんならこんな巨大な戦斧二本持つなんてなくはないけど、戦いづらいでしょ?』
「ああ……それもそうかな?」
『とりあえず一本だけで十分! ね?』
「うん、わかった」
なんとか納得してくれたカルさん。
ちなみにこの巨大な戦斧……値段がめちゃくちゃ高い武器でした。
これをもう一本買うお金は……残念ながら持ち合わせてないのだ。
いくらあの国から金を出してもらったといっても、流石にこれ一本でもらった金かなり飛んじゃうんですけど。
どんだけ高価な戦斧なんだよ。
しかも先の大金槌や大剣の値段はというと……大金槌は巨大戦斧より安く、大剣はもっと安い値段でした。
だけどカルさんは値段なんて気にしているわけがない。
きっとこれが良いと感性で決めたのだろう……。
まあ、カルさんらしいからいいけど。
金はほとんど王国からもらった金だし。
ちなみに、あの双子共は銃があれば十分で武器はいらないそうです。
弾の補充の目途が立ってないって言ってるのに……まあいいけど。
買い物を終えた僕達は店を出ました。
買ったのはカルさんの戦斧と安くてお手頃なナイフ二本。
もちろんナイフは僕の予備用です。
一応予備のナイフぐらいはね。
『そういえばどうでしたか、ベルガー君』
「あ、はい、ここからはるか東の方にこの軍刀と同じ武器があるそうですけど……どうやらあそこは魔族の領域なので行くのは止めておけと言われました」
『そうか~。まあ、どうせいつかは立ち寄るかもしれないけど、それまでせいぜい愛刀が折れないよう祈るしかありませんね~』
「そ、そうですね。気をつけます」
まあ、ベルガー君はカルさんや双子共よりしっかりしてるから大丈夫だと思うけどね。
しばらく歩くと、後ろから馬車が走る音が聞こえた。
『あ、馬車が来ますよ~』
僕はそう言って、道の端へよった。
馬車は僕達を通り過ぎてゆく。
それにしてもでかい馬車だなぁ。
御者は装いからいかにも商人だったし、商人の隣や馬車の上には屈強な護衛が数人とかなり厳重だなぁ。
いったい何を運んで――。
『……!?』
僕はあるものを見た瞬間、殺意が沸き上がりました。
……そう、馬車の背後から手枷と足枷を着けられた獣人やエルフ達が見えた。
どうやらあの馬車は奴隷商の馬車であろう……。
『…………』
ああ、今すぐあの商人らを皆殺しにして彼らを助け出さないと……。
カルさんものんびりしてそうな表情をしていながらも、腕にものすごい力が込みあがっており、ベルガー君も弱気そうな表情をしながらも、今にも軍刀を抜きそうにしていた。
よし、今から追跡を――。
「駄目ですよ、少佐」
『!?』
僕を止めたのはペストさんだった。
「皆さんも落ち着きなさい。気持ちはわからなくもありませんが、今はダメですわよ」
「な、なんで止めるのですか? こんなヒドイ事、ボク見過ごせませんよ……」
「それはわたくしも同じです。ですがここはルスラン王国ではありません。それどころかここは異世界です。ちょっとでも面倒でも起こしたらどうなるかわかっていますの?」
『じゃあ、お前はあいつらを見捨てるってのか?』
「……まったく、変な所で血の気が多くていけませんわね。もう少しやりようが……!!」
突然、言葉を止めるペストさん。
「皆さんちょっとよろしいでしょうか」
『?』
僕達はペストさんに裏路地まで連れていかれました。
『どうしたん、いったい』
「現在、何者かが我らの屋敷に向かっているのを探知しましたわ」
『え、マジ!?』
流石ペストさんのサーチソナーですねぇ。
「まさか、オルティア様とか?」
「申し訳ありませんが誰が来るかまではわかっておりません」
『到着予定は?』
「十五分後」
『なら、今すぐテレパスで大佐をここまで呼んで――』
「いえ、ここで少佐を拠点まで転移させて、応対してもらいますわ」
『え、なんで?』
「先程大佐を捕捉しましたが、ちょっと面倒な事になっているようですので、副官であるあなたに行ってもらいますわよ」
『えっ?』
ペストさんはそう言って指をパチンっと鳴らすと、僕の足元に魔法陣が浮かび上がった。
問答無用で転移させるようですねこの人。
『マジですか~』
面倒だなぁ……。
「あ、少佐」
『なんです、カルさん』
「これ」
カルさんは僕に荷物を渡してきた。
ああ、どうせ戻るならついでにというわけね……。
カルさんのくせに生意気な。
「それでは、よろしくお願いいたしますわね、少佐」
ペストさんがそう言って、指をパチンと鳴らすと、魔法陣が強く光り出した。
僕は目を瞑ると一瞬、意識が飛ぶ。
そして目を開けると……僕達の屋敷に戻っていました。
そして、僕の突然の出現に驚いてビビっているラーク君がいた。
とゆうことはここアイケさんの部屋か。
『ああ、ラーク君ただいま! 突然、驚かせてごめんね〜。あ、これ君の服だよ』
僕は持ってきた荷物をどっさり置いた。
『申し訳ないけどちょっと面倒な人物が来るとお告げ的なものを聞いたので、もうしばらくおとなしくしててね~』
僕はそう言うと、ラーク君はポカンと口を開けながらこくこくと頷きました。
僕は急いでホールの入り口まで走った。
とりあえずもうすぐ来るであろう客人を僕が対応しなければならない。
面倒くさいけどとりあえず適当に対応して客人には早々におかえり願いましょう。
ホールまでたどり着くと、メイド三姉妹(リリネットちゃん、メルネット、アルネット)がいた。
「あれ!? ディートリヒ様、なんでここに!?」
僕の登場に驚くリリネットちゃん。
「確か皆で町に行ってなかったか!?」
メルネットも驚きながら問う。
ちなみにアルネットも目を見開いてました。
『ちょっと虫の知らせを聞いてすっ飛んで来ました~』
「虫の知らせ?」
首を傾げて問うリリネットちゃん。
そんな時だった。
「……!! 誰かが来ます」
どうやらアルネットが来客の到来を察知したようです。
さてさて、お客人はお姫様か、はたまた別の方か……。
僕は外に出た。
外に出て辺りを見渡すと、横から一台の馬車がやってきた。
そして、馬車は僕の目の前で止まった。
馬車の中からは眼鏡をかけた一人の男と護衛であろう騎士が降りてきた。
男はいかにも聖職者って感じの身なりをしていた。
「その変わった身なり……あなたが異世界から召喚された勇者殿でしょうか?」
『はーい♪ 僕が異世界から召喚された勇者でーす♪ ……なんちゃって』
「……あなたはなんですか?」
眼鏡をクイっと上げ、少しイラつき気味に問う男。
『勇者と同じように異世界から召喚された者でございま~す』
「ほう……」
『僕はディートリヒ。君達が勇者と呼んでいる方の副官でございま~す』
「……これはご丁寧に。私は王国魔道士団団長のヴィルクスと申します」
イラつき気味に自己紹介を返すヴィルクスという男。
『あの~……さっきからイライラしていらっしゃいますかぁ?』
「当たり前だ、この礼儀知らずの無礼者が!!」
いきなりキレたヴィルクス。
まあ、こういう堅物そうなタイプはこうなるよね~。
まあわかったうえで僕はふざけながら明るく振舞うのであった。
ちなみにさっきから侍女三姉妹がこちらをちらちらと見てますねぇ。
『いやぁ、すみませんねぇ~。僕は基本こういう性格なので』
「ふん! そのふざけた態度といい、その不快な声。貴様の声はどうなっているんだ?」
『ああ……こういう声でございます』
僕はスカーフを下げ、首に着けた人口咽頭機を見せてあげた。
「これは……」
『これでこういう声が出せるんですよ~。ちなみに僕の本当の声はもう出ません』
「……確か勇者殿は軍人と聞き及んでいたが、貴様も軍人だとすれば、その傷は戦場でという事か」
『そういうことです』
「喉をやられてよく生きていられたものだな」
『悪運が強かっただけですよ』
と、僕は首を再び隠した。
「……先程は失礼な事を言ってしまったな。謝罪する」
『お気にせずに~』
「……さて、話を戻そう。本物の勇者は今どこにいるのですか?」
『城下町へ行ってますよ』
「いつぐらいに戻られますか?」
『さあ? 言伝なら伝えておきますけど』
「……では、明日の明朝に城までお越し願います。もちろん迎えも出しますので」
『それはご丁寧にどうもありがとうございます』
「ふん。それではこれで失礼する」
そう言ってた馬車に乗り込もうとするヴィルクス。
やれやれ、なんとか終わりま――。
「……時にディートリヒとやら」
『はい?』
なんだよ、早よ帰れ。
「あなたは魔族や獣人達等をどのように思っていますか?」
『どういう意味?』
「あなたもきっとあの世界で彼らと戦ったことがあるかと思いましたので、聞いてみたのですが」
『聞いてどうするのさ?』
「……私は魔族や獣人族といった汚らわしい者達を許しません。奴らは女神エルドラ様に仇なす者ども。奴らは一匹残らず排除すべきなのです。なのに、民衆共ときたら余興のためにと奴隷にしたり見世物にしたりと、まったく頭がおかしいとしか思えませんね」
『……ええそうですね』
「あなたはどう思いますかね? 魔族や獣人族はこの世から消し去るべきだと思いませんかね?」
『……そ、それもそうだね~』
僕は適当にそう言った。
「我々はこの王国の繁栄のため、ひいては女神エルドラ様のために、この世界から奴らを排除するならばなんだってやりましょうぞ!!」
『……………………』
僕はニコニコしながら適当に頷いた。
……やべぇなこいつ。引くわ。
「……長話をしてしまいましたな。それではそろそろ失礼する」
そう言ってヴィルクスとその護衛は馬車に乗り、その場をあとにした。
あ~やっと帰った帰った。
なんとか面倒事は片付いたぞ~
それにしてもヴィルクスか……。
あいつは……早めにブッ殺す必要がありますねぇ。
あいつは絶対に生かしておけない奴だ。
今ここでブッ殺しても良かったけど……あの男、魔道兵団団長にしては、魔力だけでなく身体能力もかなりありそうな感じだったなぁ……。
奴から感じた魔力にあの眼鏡越しからの鋭い眼光……
あれは目が悪いとかじゃない。いや、あれは伊達メガネだな。
あれはそうとう場数を踏んでいる……かなり手強い奴だ。
今は……抑えるべきですね。
ペストさんが言った通り、ここは異世界。
ああいうヤバい奴がいても今ここで事を起こすのは時期尚早ですねぇ。
だけどいずれあいつは……必ずブッ殺す。
奴は我ら帝國にとって……敵だから。
そういえば女神エルドラってなんだろう……ってこの世界の神様だろうなぁ。
あ、ちなみに僕達の世界にもアテナという神様がいますよ~。
ヴェルもその神様の名前を前世とやらで知っていたようでした。
「あ、あの、ディートリヒ様」
『ん?』
心配そうな顔でこちらにやってくるリリネットちゃん。
「だ、大丈夫ですか」
『うん、大丈夫だけど?』
「…………ディートリヒ様」
『何?』
「あの人……ヴィルクスはかなり危険な人物です」
『うん、見ればわかる』
「ヴィルクス様だけではありません。あの方と同じような方はこの国だけでなく世界中にいます」
『……もしかしなくてもそういう奴らってあれ的な? 宗教云々の奴かな?』
「はい、そうです」
やっぱりね。
ああいうタイプは元の世界でも王国はもちろん、昔帝國内にもいましたよ~。
当然ながらその宗教は魔族や亜人族は害悪とか言って、彼らを火あぶりやさらし首等、老若男女問わず嬉々として平然と行っている狂信者ばかりの連中です。
まあ、帝國内の狂信者共はとっくの昔に軍に弾圧され、一人残らず銃殺刑にしたようですけどね。
ああ、僕もその当時に軍にいたら、狂信者共をブチ殺しまくっただろうなぁ~。
王国は今でもいるにはいるようみたいですね。
『どこの世界でも神の教えだったらなんでもやる狂信者共ってどこにでもいるんですねぇ~。ああ、やだやだ』
「それだけじゃないぜ」
あとからアルネットとメルネットもやってきた。
「ヴィルクス様みたいな奴らは魔族連中に何かするならまだしも、週に一回町のど真ん中でクソ長い説法たれ流したり、教会のために祈りを捧げろとかうるせえのなんの」
辟易しながら言うメルネット。
「しかも、王国はそのような行為を咎めることができないどころか、逆に厄介なことがありまして……」
俯きながら言うアルネット
『厄介な事?』
「この世界にはエルドラ教と呼ばれる女神エルドラを崇める宗教がありまして、それを牛耳るエルドランティス聖国があるのです。」
『エルドランティス聖国?』
「エルドランティス聖国……はるか昔、この世界に強大で凶悪な魔族達が蔓延り、恐怖と混沌に満ちた時代。人々は恐怖と絶望の日々を過ごし女神エルドラが舞い降りた場所……」
『それがエルドラント聖国と?』
僕の問いに頷くアルネット。
「女神エルドラは魔族に苦しめられた人々を救済するために魔族に対抗する力を与え、人間達と共に魔族達を退いた。そして女神エルドラは舞い降りた地、エルドランティスで人間達に再び希望を与え、天に還るその日まで見守り続けたのでした」
『……おしまい?』
「はい、おしまいです」
「それから聖国は弱き人々を救済し、手を差し伸べ、悪しき者達に裁きの鉄槌を。これは女神エルドラの言葉であり、かつて彼女がその時代でその言葉の通りに絶望に打ちひしがれていた人間達を救い、凶悪な魔族達を滅ぼしたそうです」
『随分と御大層なスローガンを掲げている割に、狂信者共はいろいろ過激な事をやってますねぇ』
「……ここだけの話ですけど、ヴィルクス様のような人達は他の国よりこの王国だけそういった方が何故か多いのです。いや、むしろ彼らを見守っている気がするというか……」
「そういや先日のことだけど、帝国の方でああいう連中を国外追放したって話があるぜ」
「そういえばそんな事を彼らが叫びまわっていましたね」
「挙句に帝国も魔族の手先だぁ! とかなんとか」
怖いな、狂信者共。
「という事なので、ディートリヒ様。くれぐれも彼らには気を付けてください」
「アタシも流石にあいつと面倒事になるのだけはごめんだぜ」
『あははは……留意しておくよ』
やれやれ、面倒事がどんどん増えますねぇ。
まあ、今後も増えるだろうけど。
それにしても女神エルドラかぁ……。
なんかどこかで聞いたような名前――。
その時だった。
『まさか……奴らが……』
!?
なんだ、今のは!?
『あいつ……ちゃんと……逃げ……』
なんだこれは!?
頭の中からノイズ混じりの声が……。
あ、頭が……痛い……。
それに、ぼんやりとだが薄暗い壁が見えて……。
『うぐぐ…………』
僕は頭を抱え、頽れた。
「ど、どうしたのですか、ディートリヒ様!?」
なんだこれは、いったい!?
この響く不快なノイズはいったい――。
…………まさか、こんなことになるなんてね。
誰だ……お前は……。
あたしは……お前。お前は……あたし。
な、何を言って……。
いずれ……分かる時が来る。
どういう意味だ……!?
「ディートリヒ様!!」
『!?』
リリネットの声で我に返った僕。
「おい、大丈夫か?」
「少し、部屋でお休みになられた方が」
心配そうにするメルネットとアルネット。
『そ、そうだね。ちょっとはしゃぎすぎたのかもしれないね。ちょっと部屋で休むよ~。あ、皆には黙っておいてねぇ。余計な心配かけたくないから』
「で、でも――」
『いいからいいから』
僕は三人にウィンクしてそのまま駆け足で自分の部屋へ向かった。
僕はそのままベッドの上に倒れこんだ。
今のはいったいなんだったんだろう。
まるで誰かの記憶のような……。
思えば、僕は時々自分ではない誰かに身体を乗っ取られたような感覚になることがある。
意識はあるのだけど、身体だけはまるで別人のように動くことがある。
ちなみにこれは主に激しい戦いの時で特に多数の敵と接近戦になった時がそうである。
まるで舞うように二刀のナイフで切り裂き、美しき血の花を咲かせる……。
普段アイケさんと訓練してる時はそのような動きがまったくできない。
当初は何故だろうといろいろ疑問に思ったけど、今は割とどうでもよくなりました。
だけど、周りに気を使われてもしょうもないので胸の内にしまっておくことにした。
それにしても今回のはいったい何だったんだろう。
……お前はあたし。あたしはお前。
お前はいったい……何者なんだ?
『やれやれ、僕自身にも面倒事が降りかかるとはね……』
とにかく、なんとしても皆で一秒でも早く元の世界に戻らないと。
そうすればきっとこんな幻聴、幻覚を見ないで済むはずだ。
僕はそう決心したのであった。
『……そういえばペストさん達大丈夫かなぁ』
まあ、あの人がいるから大丈夫だろう。
……多分。