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異世界軍人と七人の兵士共  作者: 藍染 珠樹
序章
3/9

侍女三姉妹

 馬車で城へ戻るオルティア姫と従者騎士クルト。

「……姫様」

「なに?」

「本当に大丈夫なのでしょうか?」

「賽はもう投げられました。あとは大佐様に全てを賭けるしかありません」

「姫様……」

「クルト、あなたにはいつも苦労をおかけして申し訳ありません。リリネットにも……」

「私とリリネットは姫のためならなんでもいたしましょう」

「ありがとう、クルト」

「ですが、一つ忠告を。リリネットの妹達ですが、あの二人は……」

「仕方ありませんよ。流石にリリネット一人だけお屋敷の管理を任せるのは心苦しかったのでせめてアルネットとメルネットの二人なら」

「まあ確かにリリネット一人だけでは不安ですな。色々と……」

「とにかく、私達でもやれることはやりましょう。もう後戻りはできませんのですから……」


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 一方、エインシェント城謁見の間にて。

 王様と親衛隊のリグルとメルセリダがヴェルトラン達のことを話し合っていた。

「王様。あのヴェルトランという男とその仲間達ですが」

「果たして信頼できる者でしょうか?」

「……オルティアが召喚した者達だ。あの子が王国、ひいては世界のためにここまでしたのだ。とりあえず様子を見るしかあるまい」

「ですが、あの男やその仲間達は皆軍人。」

「あの剣士……ベルガーという少女。中々の手練れです。わたしの剣技に太刀打ちできるとは……」

 メルセリダはベルガーが女性であると勘違いしていた。

「だけど、あの時は本気を出したわけではないのだろう?」

「ええ。わたしが本気を出せばあんな連中大したことはありません。とはいえ、あの剣士もそうだが、あの不愛想な感じのあの女……アイケという人物にも気をつけてください。只者ではありません」

「わかった、留意しよう。ヴェルトランらはオルティア姫が用意したとされている拠点には影が監視についている」

「我が王国の隠密部隊ですか。誰がその監視を?」

「ある三姉妹二人だ。元々一番上の姉がオルティア姫に管理を任され、その姉が二人も呼んだそうだ。下の姉妹は有能な影だからすぐにヴェルトランらの監視に入るさ。一番上の姉は期待できぬが」

 そう言ってため息をつくリグル。

「王様、ヴェルトランらについては我ら兄妹に全てお任せいただいてもよろしいでしょうか?」

「よかろう。もし我が王国に仇なす者達ならば、即刻始末するのだ!!」

「「御意!!」」


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 僕達はこれからのことを話し合っている最中であった。

「さて、まずは何から始めましょうか」

「その前に大佐、少しいいか?」

 挙手するアイケさん。

「どうぞ」

「大佐。オルティア姫の頼み事を聞いてしまったが、本当にやるのか?」

『とゆうか、僕達って元の世界では帝國に亡命してなおも王国軍に襲われる魔族や亜人族のためにと戦っているよね~』

「まさか早く元の世界に戻りたいがためにやるつもりなのですか?」

 アイケさんをはじめ、ディートリヒやペストさんが議論してくる。

「まあ、皆さんの言いたいことはわかりますよ。僕としてもこんなことに手を貸したくはありませんよ」

「なら――」

「ですが、ここは異世界。ここには友軍なんてどこにもいません。一歩間違えればここの王国や他の国々を敵に回すことになります」

「だったらこの世界の魔王や魔族達に頭を下げて、元の世界に帰るまで仲間に――」

「ビットリヒさん、元々僕達はオルティア姫に召喚されたのですよ。彼らがそう簡単に聞いてくれると思いますか?」

「じゃあ、王様とかブッ殺すとか」

「じゃあ、ハイドリヒさんやってみてください。ここは未知の場所です。そして銃火器も存在しない世界です。僕達が全力を出して戦っても正直勝ち目は微妙です」

「で、ではボク一人でも――」

「ベルガー、無茶はダメです」

「あ、ペストさんの転移魔法で元の世界に戻るとかはできませんか?」

「「それだ!!」」

 カルさんの意見に双子共が食いつく。

 だが……。

「申し訳ありませんが、転移魔法で別の世界へ行くのは難しいですわ」

「何故です?」

「……これはかつて士官学校の魔道学部に在籍していた時に起きたことですが、ある人物が異世界から迷い込んだとおっしゃって、魔道学部で転移魔法で異世界へ渡る研究していたのだそうです」

 魔道学部とは士官学校で将校としての勉強をする傍ら、魔道の研究などもやる学部だそうです。

 強力な魔力を秘めた者だけが集う場所であったため、僕には興味のないことでした。

 ちなみにディートリヒも雷系魔法を扱えるも、魔道学部に入れるような魔力を伴ってなかったため、入れませんでした。とゆうより彼も興味はないようでした。

『結果は?』

「……残念ながら失敗に終わったそうです。転移自体はできたのですが、謎の異空間に迷い込んだらしく、こちらからも探索魔法で探しても見つかりませんでした。それから何度も転移魔法を繰り返して半年後にようやく戻ってこれたそうです。ですが、その方は元の世界には結局戻れずに絶望してしまいました」

「そ、その後どうなってしまったのですか……?」

「その後、戦場で特攻してあっけなく死にましたわ。死に急ぐように……」

「そ、そんな……」

「なので申し訳ありませんが、わたくしの実力では転移魔法で皆さんを元の世界に帰すのはおろか、自分自身でも帰還できる自信はありませんわ……。わたくし達をこの世界に転移させた転移魔法に関する情報を少しでも入手できればいいのですが、わたくしでも解除できなかった強力な魔法なうえ、使用者はあのオルティア姫……もしあの魔法が王族にしか使えない魔法であるならば、わたくしの手に余りますわね……」

 ペストさんがここまで言うのであれば無理強いはできないですね。

「わかりました。ちなみにここから軍に連絡はできませんでしたか?」

「移動中に幾度か試みましたが、残念ながら繋がりませんでした。申し訳ございません」

「いえ、ありがとうございます、ペストさん」

 やはりそううまくはいきませんよね……。

『じゃあ、どうするのさ?』

「これから考えていきます。まあ、これから連中が僕達をどのように扱い、利用しようとするかわかりませんが……僕達は僕達なりの方法で事を進ませます。それに僕の部隊を連中の思い通りにはさせませんので。とゆうよりなるとは思いませんけど」

『さっすが大佐♪』

「お前らしいことだな、ヴェルトラン」

「それでこそ大佐ですわね」

 全員が屈託のない笑みを浮かべた。

「さて……その前にいろいろ必要な物を揃えないと」

「確かお姫様がいろいろ物を揃えたとかどうとか」

 首を傾げて言うカルさん

「確かに物資はいろいろ揃えてくれたそうです……が、用意できない物もある。さて、なんでしょう」

『……あ、弾薬!!』

 思いついて叫ぶディートリヒ。

「そう。この世界に銃火器がなさそうなところを見れば銃はおろか、弾もない」

 全員それぞれの銃火器を持っていたのはラッキーでした……が、肝心の予備弾薬がなくなればそれまでです。

「あ、ディートリヒ少佐が弾を作ってくれれば!」

 と、ビットリヒはそう言うが。

『アホですか? 弾薬を作る材料はどこにあるのですか~? 例え作れたとしても手間かかりすぎてやってられませんよ』

「じゃあ、どうするんだよ。中佐やベルガーは白兵戦にも強いし、少尉も魔法があるからいいけど、大佐や少佐、カルさんにオレ達は基本銃だぜ?」

『あ、僕それなりに白兵戦できますよ』

 そう言ってディートリヒは二刀のナイフを器用に取り出した。

「僕も格闘ならそれなりに」

 なにせ、アイケさんに散々しごかれましたから、近接戦闘ぐらいはね。

 双子共は揃ってカルさんの方へ向く。

「銃床も十分武器になりますよ」

「カルさんは加減が効かないからその機関銃を振り回してぶっ壊さないでくださいよ。この世界じゃあ替えはありませんから」

 僕はカルさんに釘を刺した。

「はーい」

 以前もあの世界で戦闘中に弾切れになった機関銃を棍棒代わりに振り回し、何度もぶっ壊した。

 この異世界でも同じような事されたら流石にマズい。

 カルさんのダブル機関銃による掃射攻撃は一個中隊を壊滅させるほどの火力を持ち、敵魔道士部隊なんて詠唱前に薙ぎ撃てばなんてことはありません。

 まあ、弾薬補充の目途が立ってない今となっては使えませんけど……。

「とりあえず弾薬の材料になる物の確保、弾薬を精製できる方法を探しましょう」

『じゃあ、グループ分けをするか~。どういう感じに分ける?』

「ふむ……」

 僕はしばらく考え、グループを決めた。

「よし、弾薬の材料の探索をペストさん、ビットリヒさん、ハイドリヒさん、カルさんにお願いします」

「おいおい大佐、いきなりそんなに人数割いて大丈夫なのか?」

「もしかしたら城下町の外まで出る可能性を考慮してのことです」

「あ、なるほど!」

「では次に、僕とディートリヒで弾薬を精製できる方法の探索」

『アイアイサー♪』

「アイケさんとベルガーはしばし留守をお願いします」

「了解だ」

「は、はい!!」

「それじゃ、次に部屋割りでもしますかね」

 そして、部屋割りをした後、僕達は一度解散した。

 隊員達は屋敷をあちこち探検している中、僕とディートリヒは玄関を見ていた。

「……遅いですね」

『遅いですな』

 僕とディートリヒは顔を見合わせ、頷いた。

「皆さん、僕達少し外に出てますので」

「「「了解~」」」

 僕とディートリヒは外に出た。

 自然に囲まれた清浄な場所。

 小鳥達がさえずり、小動物が駆けまわっていた。

「う~~~~ん」

 僕は思いっきり伸びをして……。

「ぐはぁ〜」

 思いっきり身体を崩した。

『大丈夫、大佐?』

「思いっきり伸びすると身体がガクッとなるのですよ」

 そう言って僕は立ち上がる。

「それにしても……なんだか静かですな」

『そうですね~』

「……どうしてこうなったのやら」

『……ねえ、大佐。こういう経験って前に……ん?』

 何か話そうとする途中、ディートリヒは何かに気づく。

 ディートリヒの方を向くと、誰かがこちらに向かって歩いてくる。

「あれは……」

 よく見ると……荷物を持っている赤髪の侍女と青髪の侍女がいた。

「アルネ、あの人達って……」

「恐らくですが、オルティア様が召喚された異世界の勇者様ではないでしょうかメルネ」

『君達は?』

「あ、初めまして。メルネットです!」

「アルネットと申します」

 活発そうな青髪がメルネット。

 落ち着いてそうなの赤髪がアルネットか。

 ……なんか逆じゃね? とか思いますけどあえて黙って――。

『なんか逆じゃね?』

 ちょっ……。

「あはは。よく言われますね。性格と髪の色が逆じゃないかって」

「ですが、これが私達です」

「部下が失礼しました」

「いえいえ、お気になさらず」

『……ところでリリネットちゃんは?』

「「……え?」」

「……え?」

 何故か二人を迎えに行ったはずのリリネットさんがいなかった。

「あの、リリネットさんはどうしましたか?」

「え、リリ姉なら屋敷にいるはずでしょ?」

「あの、二人が少し遅いから迎えに行くと行って……」

「マジか!?」

「マズいですよメルネ……」

 なんだろ、すごく嫌な予感が……。

「勇者様……リリ姉はすごい方向音痴なんだ……」

「おまけにすぐに寄り道する癖があるので、恐らく町へ向かう途中で……」

 迷子になりましたねこれは……。

『迎えに行ってそれはねえだろ~』

「仕方ありません。僕が探しに行きますのでディートリヒと他の隊員達は屋敷で待機してください」

『え、大佐一人で!?』

「……メルネットさん。申し訳ありませんが手伝ってくれませんか?」

「わ、わかった!」

「アルネットさんは僕の部下達と待っていてください。あ、買った物をしまわせるなら、ビットリヒ、ハイドリヒという男の二人をこき使うなりしておいてもいいですから」

「わかりました」

「よし、そこの君、荷物お願い!」

 メルネットさんは持っている荷物をディートリヒに押し付けた。

『え、ちょ、重!?』

「行こう、勇者様!!」

 こうして迷子になったリリネットさんの捜索が始まった。


「リリ姉ー!! どこだー!?」

 外はすでに夕暮れ時。

 もうすぐ暗くなる。

 早く見つけませんと……。

「すみません。まさかこうなるとは思わず……」

「まあ、やっちまった事は仕方ないですよ。早くリリ姉を見つけよう、勇者様」

「ヴェルトランでいいですよ」

「わかった、ヴェル様!」

 ヴェル様っていきなり気安く呼ぶとは……しかも様付きで。

 ……まあいいや。

 屋敷から町までの林道は一本道とのこと。

 普通ならここで迷うわけがない。

 だが、寄り道癖があるとしたら、どこかで道を外したに違いない。

「まったく、寄り道とはとんだ侍女ですな」

「あははは。リリ姉ったらいろいろ好奇心旺盛というかなんというか、いろいろ目移りしていつも目を離すとどっか行っちゃったりするんだよね」

「それは大変なことで」

「……あ」

 メルネットさんが何かを見つけたような声を出した。

「いましたか」

「ここ誰かが通った形跡がある」

「え?」

 彼女は茂みを指してそう言った。

 とは言っても僕にはあまりよくわからない。

 こういう探索事はアイケさんかディートリヒお手製のレーダー機頼りです。

「アタシにはわかる。こういうのは得意中の得意だからね」

「…………」

 こういうのは得意……か。

「では、行ってみましょう」

 僕とメルネットさんは茂みに入る。

 ガサガサ、ガサガサ……。

「やれやれ、こんなところに入り込むなんて、何を考えてるのやら……」

「可愛い生き物でも見つけて、追いかけてたのかと思いますね」

「子供か」

「おっと、リリ姉を子供扱いすると怒られますよ~」

 にやけながらそう言うメルネットさん。

「ヴェル様、二手に分かれましょう。見つけたら呼んでください」

「わかりました」

 メルネットさんと別れ、迷子のリリネットさんを探す。

 草木をかき分け、しばらく歩く。

「こういう草木だらけの場所を歩くのってあまり好きじゃないんですよね……まあ、戦場ならそうも言っていられませんけど」

 そうぼやきながら進む僕。

 そして……。

「……あ」

 うずくまっているリリネットさんを発見した。

「!?」

 その時、リリネットさんがいきなり袖から暗器を抜き、投げようとしてきた。

「……あ!?」

 今頃僕に気づくリリネットさん。

「ヴェ、ヴェルトラン様!?」

「や、やあ」

 侍女にしては随分速い動作。

 油断した……。

 もし、あの暗器がリリネットの手を離れていたら、回避は不可能だった。

 飛んできた暗器ぐらい素手でキャッチすることぐらいはできる……が、その暗器の刃先に毒が塗られていたら終わりだった……。

「な、なんでこんなところに?」

「迷子の君を探してたんですよ。妹のメルネットさんと一緒にね」

「め、メルネが!?」

 なんかいかにも今会うのは都合が悪いと言わんばかりの表情のリリネットさん。

「リリネットさん、何か隠してませんか?」

「…………!!」

 すると、彼女が何かを守らんと必死な形相で暗器を構えてきた。

「リリネットさん?」

 その時、彼女の背後に何かが動いていた。

 僕は彼女の背後にいる何かを見ると……身なりがボロボロの少年がうずくまっていた。

 だが、その少年は人間ではなかった。

 頭に動物の耳にお尻にしっぽが生えていた。

 顔も獣のような顔つきで見た目は……アライグマだ。

「獣人ですか……」

 しかも鎖のついた首輪までつけている……。

 恐らくどこかの奴隷市場から逃げ出したのか。

「この子は何も悪くありません! どうか慈悲を……」

 リリネットさんは震えながら言う。

「落ち着いてください、この子に何も手出しはしませんよ」

「…………」

 警戒を解かないリリネットさん。

 まあ、まだ会って間もないし、僕は……いや僕達か。魔王や魔族を倒すために召喚されたのですからね。

 獣人も例外じゃないだろう。

「あのリリネットさん、少しお話を――」

「ヴェル様、いましたか……!?」

 後ろからメルネットさんが出てきた。

 そして、暗器を構えるリリネットと獣人を見て、目を見開く。

「め、メルネ……」

「リリ姉……なんだ、そのケダモノは?」

 メルネットさんの雰囲気が急に変わる。

「そいつ、奴隷だろ? そういえば町で買い物してた時、獣人奴隷が一匹逃げたって騒いでいたけど、こんなところにいたとはねぇ」

 歪な笑みを浮かべながら、袖から暗器を出し、獣人に向ける。

「リリ姉、悪いことは言わないからそいつをよこしな。またあの時の過ちをしでかすつもりか?」

「…………」

 リリネットさんは黙り込む。

「あの、過去に何があったかわかりませんが、とりあえず両者武器を収めませんか。そこの獣人の少年も保護しなければなりませんし」

「保護? バカ言わないでくださいよヴェル様。そいつはその場で殺処分だよ。殺・処・分♪」

 なるほど、これがこいつの本性か。

 こいつがこれなら、もう一人の妹のアルネットさんもきっと……。

 そしてリリネットさんはあの獣人の少年を助けようとしていましたが、果たして本心なのだろうか?

 なんにせよ、この国の人間のほとんどはきっと我が帝國の敵、ルスラン王国と同じか……。

 ルスラン王国も魔族や亜人に対する迫害はものすごいもので、彼らが帝國に亡命しても執拗に害してくるほどである……。

やれやれ、ホントに先が思いやられますね……。

「では……手を引く気はないのですね」

「なんだ? アタシとやろうってか?」

 僕は左の腰に着けているナイフを取り出し、構える。

 本当なら拳銃でさっさと済ませたいのですが、銃声で誰かがこちらに来られたら厄介ですので、内密に事を済ませる。

「ヴェルトラン様、ダメです! メルネと戦うのは危険です!」

「ご安心を、伊達に軍人やってませんので」

「はぁ……。仕方ねえ……な!!」

 メルネットがものすごい速さで肉薄し、暗器で切り付けてきた。

「!!」

 ガキィィィィン!!

 だが、僕はそれをナイフでなんとか弾く。

「へぇ、やるじゃありませんか。だったらこれはどうかな!?」

 メルネットは目にも止まらぬ速さで切りつけてくる……が、僕はそれを全てナイフで弾いていた。

 なんてことはありませんよ。

 メルネットの動きは速い……ですが、アイケさんほどではありません。

 これがアイケさん並みかそれ以上なら苦戦していたかもしれませんが、大したことはありませんね。

 ガキィィィィィィィン!!!

「!?」

 僕はメルネットの暗器を弾き飛ばした。

「ぐっ……」

「す、すごい……」

「ふぅ……」

 僕は手を押さえてうずくまっているメルネットにナイフを向けた。

「あ、アタシを殺そうってかい?」

「申し訳ありませんが、ここまでした以上、消えてもらうしかありませんので」

「そんなことしたら、あの王様や親衛隊が黙ってないよ!!」

「ご安心を。君は突然現れた謎の敵によって殺されたとでっち上げれば済みますので」

「はっ!? そんなのが通用するとでも――」

「するかもしれませんよ?」

 実際にあの世界でもかつてある隊員が面倒事を起こした時に、僕とディートリヒで内密に処理して適当にごまかしたことがあったのです。

 ちなみに面倒事を起こしたその隊員はもういません。

 だってその面倒事でお陀仏になったのですから。

 何故そうなったかは今度語ります。

「では、残念ですがここでサヨナラと――」

「待ってください!!」

 突然リリネットさんが声を上げて止めた。

「お願いですヴェルトラン様。メルネットを……妹を殺さないであげてください」

「リリネットさん……ですが……」

「甘いこと言ってんじゃねえよ、リリ姉!!」

 ものすごい速さで僕とリリネットさんを抜いたかと思いきや、獣人の少年の背後を取りやがった。

「動くなよ? 今からこいつの首を切り裂いてやるからよ」

 メルネットは暗器をもう一本だし、獣人の少年の首に刃を当てる。

「や、やめて、メルネ!!」

「うるせえんだよ!! 普段からドジばかり踏む上にこんなケダモノ野郎を助けようとしやがって。てめえはお人よし過ぎんだよ!!」

「!!」

「本当はな、リリ姉の手伝いなんて真っ平御免だったんだ。だけどあの姫の命令で仕方なく手伝ってやったのに、てめえはまた偽善しやがって。ああもう腹が立った。今ここでこのケダモノブッ殺してやる!!!」

「ダメ!!!!」

「くっ!?」

 もはや拳銃を使うしかないか。

 だけど、銃を抜く前にあの獣人の少年の首を切り裂かれる。

 イチかバチかでナイフを投げ飛ばして――。

 その時だった。

『“スパーク・ショット”!!』

 バヂィ!!!!!

 「ガハッ!?」

 メルネットが突然、電撃を喰らって気絶した。

 今の詠唱にこの声は……。

『やっほ~。大佐無事~?』

 副官のご登場であった。

「待機と言ったはずですが」

『居ても立ってもいられず僕一人で飛び出しちゃいました~』

「それにしてもよくここがわかりましたね」

『それはもちろん、僕と大佐は赤い糸で結ばれているか、どこにいようとわかっちゃうのです』

「黒い糸の間違いでしょう。それにそんなのでわかられたら正直キモイです」

『ひどいよ大佐~。僕は大佐を心から愛してるのに~』

「……ウゼェ」

 おっと、素が出てしまった。

『まあ、本当はこのレーダー機が大佐だけに反応してたからなんとか探せたようなものですけどね。でも他の隊員含めて誰も探知しないんですよ、これ』

「え? なんで僕だけ探知されているの?」

『さあ? やっぱり運命の赤い糸で――』

「ぶった切っていいですかそれ?」

『ダメよ~。ダメダメ~』

 どこかで聞いたことあるネタだな……。

『……で、これは一体どんな状況ですかな?』

 すっかり異世界の皆様方を放置してしまった。

 いや、僕達が異世界の皆様方か。

「いやぁ、実はかくかくしかじかで……」

 先の出来事をディートリヒに話した。

『なるほどなるほど~。大変でしたね、少年よ~』

 獣人の少年の頭をなでるディートリヒ。

 その子はちょっとビクッと震えた。

『さてそれじゃあ……こいつを殺っちゃいますか』

 ディートリヒはそう言って、ナイフを抜き、気絶したメルネットにトドメを刺そうとする。

「や、やめてください!!」

 リリネットさんがまたそれを止める。

「お願いです……。たとえメルネにあんなこと言われても、あたしにとっては大切な妹ですから……」

「…………」

 リリネットさんがそう言っても、メルネットを生かしておけば今後のことで絶対支障が起きる。

『…………あ!!』

 ディートリヒは何かひらめいたような顔をした。

『大佐、いいこと思いつきました!』

「……言ってごらんなさい」

 絶対に嫌な予感しかしない。

『ペストさんに頼んで、この侍女の記憶を消し飛ばして、人格を変えさせてみてはどうでしょう?』

 はい、ぶっ飛んだ案が飛んで来ました。

「ほえっ!?」

 リリネットさんは驚きのあまり、変な声を上げる。

 まあ、そりゃそうだ。

「それで廃人になったらどうするのですか?」

「廃人!?」

 目ん玉飛び出すような驚き方をする彼女。

 まあ、実際にあの世界で人体実験的なことやって、見事にやらかしましたからね、ペストさんは……。

 それでも懲りてないんですけど。

『だけど今のままじゃあよくありません。君の大事な妹さんをペストさんに脳を改造されるべきです!』

 脳を改造って物騒すぎる。

「…………」

 リリネットさんは俯く。

「……嫌ならここで始末するしか――」

「……わかりました。改造しちゃってください!!」

 え、マジ?

「え、本気ですか? いろいろ保証できませんよ?」

「それで……またあの子と一からやり直せるならあたし……」

「……もし廃人になったら?」

「その時は全身全霊でお世話します!!」

「…………」

 この人もちょっとヤバいかも?

「やっぱり、偽善ですかな……」

「いいじゃないのですか? 君がそうしたいならそうすればいいさ」

「ヴェルトラン様……」

『……とりあえず、戻りましょうよ。皆待っているよ~』


 とりあえず屋敷に戻ることにする僕達。

 僕は気絶したメルネットをおぶり、リリネットさんは獣人の少年の手をつないで歩いていた。

 問題はまだ残っている……。

「さて、この子をどうしようか……」

 獣人の少年を保護したいのだが……。

「ちなみにアルネットさんもやはり……」

「はい。残念ながら……。メルネほど過激ではありませんが」

 やっぱそうなるか。

「できれば、アルネもメルネと同じようにしてもらってもお願いしてもよろしいでしょうか?」

「……構いませんけど本当に保証はできませんよ」

「構いません。今まであまり姉らしいことなんてできてなかったので、いい機会かなと」

 本気でそう言っているのか、この人……。

『そういえば先程のこと、大佐に聞いたけど、なんであの獣人君を庇ったの? 妹さんはこの子殺す気満々だったのに』

「……この国であたし達侍女には二つの顔があります」

「二つの顔?」

「表向きは炊事、洗濯、掃除などの仕事をしていますが、もう一つは――」

「諜報、暗殺とか?」

「よ、よくわかりましたね」

 驚くリリネットさん。

「君ら姉妹の武器が暗器であの素早い身のこなしといったらそれぐらいかなと」

 アイケさんがまさにそのタイプの軍人だから僕でもわかるレベルです。

 それにしても侍女が諜報、暗殺技能までお持ちなのはびっくりでしたな。

『ちなみにこの国の侍女も全員諜報、暗殺技能持ち?』

「城に使えている侍女は全員その訓練は一通り受けています。裏での呼び方は影と呼ばれています」

 城でも幾人か侍女は見かけましたが、そんな感じは全くなかった。

 だが、まさか城の侍女全員が諜報、暗殺技能持ちとは……。

 流石は異世界。何があるかわかりませんね。

「で、話を戻しますけど」

「そうですね……あれはある任務があった時でした。その任務はあたし達三姉妹の初の任務でした」

『どんな任務だったの?』

「ある獣人達の集落を統治していた魔族の暗殺。その後、騎士団を集落に手引きさせるだけの任務でした。最初はその集落の者達が王国に牙を向けるかもしれない。一刻も早く対処せよと言われました……だけど、その集落にそんな様子はなく、平和に暮らしていただけでした。でも、王家の命令は絶対。あたし達は任務を遂行しなければなりませんでした」

「それで、任務は成功したのですか?」

「成功はしました……けど、あたしは重大な過ちをしました」

『それは?』

「……ある魔族の子供と獣人の子供が仲良く寝ているのを見てしまったあたしは、この二人を殺すことができなかったのです。その結果、見張りに見つかってしまい、妹達や皆様のご迷惑をかけてしまったのです。あたしには向いてなかったのですよ」

 リリネットさんの反射神経の良さから見れば技能は十分だが、非情になりきれない時点で向いてないですね。

「結局集落は騎士団によって滅ぼされ、あの子達も殺されてしまいました。メルネには失望され、アルネにも距離を置かれてしまって、あたしは居場所をなくしました。だけど、侍女を……影を辞めることができず、逃げ出せば情報漏洩阻止のために消されてしまう運命でした」

 まあ、そういった組織は厳しいものですから当然と言えば当然ですね。

「そんな時、オルティア様があたしを誘ってくださり、今は専属の侍女として仕えているのです」

「なるほどね」

『ん? じゃあ、敬遠されてる二人が何でまた一緒に?』

「オルティア様があたしのためにと頭を下げてまでお願いしたそうで、当初は渋ったそうですけど、結局姫様に押されてやむを得ず引き受けてくれたそうです。きっとオルティア様はアルネとメルネと仲直りしてほしいと思って、二人に声をかけたのでしょうね」

 随分と良い姫様じゃないか。

 この国のためだけでなく、自分の部下にまでいろいろ気を回すなんて。

 まあ、僕達にとってはかえっていろいろ迷惑になったけど。

「ともあれ、君の事情はまあ分かりました。とりあえず妹さん達はうちで何とかしましょう」

「ありがとうございます、ヴェルトラン様」

 リリネットさんは頭を下げてお礼を言った。

『大佐もお人よしだね~』

「いいじゃありませんか、こういう事も」

『アイケさんに甘いとか言われそう』

「言わせておけ」

 僕とディートリヒは互いに笑い合ったのであった。

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