第9話 困惑の獣騎士マール
<<獣騎士マール視点 回想>>
動物たちは、知らない場所に行きたがらない。自分の縄張りを決めたら、そこで一生を過ごすのがほとんどだ。
オイラの生まれた獣使いの里に住んでる人間たちも、里がある森の外には出たがらない。
里の周りにいる動物たちを使い魔にして、そのまま一生を里で過ごす。
でも、オイラは外に出たかった。
初めてフクロウのクーの目を借りて、空の上から見た、森と山と空。
どこまでも続くように見えて、自分の足でどこまでも行ってみたかった。
動物たちにも、変わり者はいる。近くの森には、知らない場所に行きたがっているクマのガウがいた。
オイラはクーと話して、ガウと話して、二匹と一緒に里を出た。
旅をしている途中、山でひとりきりだったキツネのクァオがついてきた。
空飛ぶ竜を初めて見て、その後を追いかけていたら、ロンのアニキと知り合って、世界地図というのを初めて見せてもらった。
地図のはじっこ、海の向こう。地図が途中で切れた先の、まだ何も書かれてないところに、開拓地という場所があるって教えてもらった。
アニキは、海を渡って、開拓地に行くって言う。
オイラは三匹と話し合って、アニキに頭を下げて、開拓地に連れて行ってもらった。
海の向こうも、やっぱりどこまでも続くような、森と山と空。
でも、今までの場所と似ているようで、よく見ると全部違う。
そんな開拓地に来てすぐ、リスのクォンが自分からオイラたちに近づいてきて、一緒に行きたいと言ってきた。
開拓地では、オイラの知らない場所から来たっていう人たちが、たくさんいた。
アニキも含めて、騎士の名前がついている人はみんな強くて、オイラの知らないことをたくさん知ってる。
そんな人たちと肩を並べて、開拓地の奥へ奥へと進んでいった。
たどり着いたのは、人間が誰もいなくて、近くに草原と森、遠くに沼と山がある場所。
アニキは、ここが開拓地の最前線と言っていた。
オイラにとっては、今も旅の続きで、これからも知らない場所へみんなと進んでいくはずだったんだ。
でも、昨日まで動物だった使い魔のみんなが、今日は人間になっていた。
オイラは目が覚めた時、目の前にいたみんなを見て、知らない人間に囲まれていると思って大声を出してしまった。
慌てて壁まで逃げたけど、みんなはオイラを追いかけず、黙ってオイラを見ていた。
オイラの向かい側の壁によりかかっていた爺さんが、オイラに向かって「ホウ」と鳴いた。
フクロウの鳴き声に重なって、オイラの作った獣使いの首飾りから、オイラの名前を呼ぶ声が聞こえる。
茶色に黒の斑点、まるでクーのような柄のマントを着た爺さんが、小さくうなずいた。
「クー、ガウ、クァオ、クォン」
オイラが名前を呼ぶと、みんながゆっくり近づいてきた。
みんなは、オイラのことを呼びながら、昨日までと同じようにオイラにくっついてくる。
いつもなら、くすぐったくて少ししたらオイラから離れるんだけど、今日のオイラはそのまま動けなかった。
窓の外では、兵士に連れられた馬が歩いている。
小鳥が、地面に落ちた木の実を食べている。
動物が全部人間になったわけじゃない。人間になったのは、オイラと一緒にいた、みんなだけだ。
それなら、みんなが人間になったのは、オイラが関わってるのか?
オイラがいなければ、みんなは動物のままでいられたんじゃないか?
なんでそうなのか、なんて説明はできないけど、オイラはそんな気がしていた。
なにかしないと、どうすればいい? と、あたりを見回していると、いつのまにか扉の所にロンのアニキがいた。
アニキはクーとなにか小声で言い合いながら、外に出ようとしている。
「アニキ、待ってくれよ! 助けてくれよ!」
オイラは、必死になってアニキを呼び止めた。
「お願いだよ。オイラ、もう、どうしていいかわかんないんだ!」
それから、アニキに紫の光の話とか、今の開拓地の話を聞いて、みんなにオイラの胸当てをつけさせて、昼メシを食べに行った。
いつもならメシの時間は楽しいもんだけど、今日のオイラは使い魔のみんなのことで頭がいっぱいだった。
オイラは、人間より動物のほうが強いと思っている。
それは、獣使いの里の教えでもあるし、旅に出てからはオイラ自身で何度もこの目で見てきたから。
フクロウのクーは、闇夜の中でも草原の先を見通し、森に隠れた獲物も音を頼りに追いかけ、爪とくちばしで魔獣もしとめる。
クマのガウは、どんな小さな臭いもかぎ分けて、すごい体力で獲物をどこまでも追いかけ、腕を振れば岩だって叩き割る力持ち。
キツネのクァオは、危険な夜の山や暗い洞窟の中でも怖がらずに入っていき、物を見分け、迷路も迷わず、隠れた危険を読み取り、無事に帰ってくる。
身体の小さなリスのクォンだって、昼間ははるか遠くの魔獣を見分け、森では木の間を跳ね回り、誰にも見つからず、誰よりも早く情報を持ち帰ってくる。
どれひとつとっても、オイラはとてもかなわない。
オイラが今まで旅をしてこれたのは、使い魔のみんながいてくれたからだ。
それが今では、人間と同じように、食堂で食事を配っていた。
強い動物だったみんなが、弱い人間になっていた。
アニキも、兵士たちも、オイラの使い魔が人間になったことに文句は言わない。
使い魔たち本人もだ。
だけど、オイラはアニキから、今この開拓地は危険なことになっているというのを聞いた。
使い魔のみんなが動物から人間に変わってしまった原因がオイラだとしたら。
みんなを弱くしてしまったのがオイラのせいだとしたら。
オイラはあいつらを守らないといけない。みんなが動物に戻れるまで。
この開拓地の最前線までみんなを連れてきたのは、オイラなんだから。
だけど、いままで動物のみんなに頼って生きてきたオイラに、そんなことができるのだろうか。
「そんな顔するな。この子らが心配してるぞ」
隣で昼ご飯を食べていたアニキが、オイラの肩を叩いてくる。
顔を上げると、向かいに座ったガウたち三人がオイラを見ている。
「アニキは、その、大丈夫なの? みんな身体が動かないっていうし、竜だって、その、女の子になっちゃったし」
「俺か? さっきも言ったけど、俺自身は大丈夫だぞ。腕も足も動かせる」
「そっちじゃなくてさ」
「んー」
アニキは持っていたスープを飲み干すと、少し考えてから言った。
「マールは不安か?」
「そりゃ、オイラは」
大丈夫さ、と言おうとしたけど、言えなかった。
「アニキはどうなのさ」
「続きは、会議室でやろう。仕事もあるしな。食い終わったら来てくれ」
そう言って、アニキは空の食器を持って立ち上がった。
オイラも慌てて残った食べ物をかきこみ、アニキの後を追いかける。
会議室に入ると、アニキは机に積まれた書類の束の前で、何かを紙に書き込もうとしているところだった。
「なんだ、早かったな。ゆっくり食っててよかったのに」
「もう食い終わったよ。それより、さっきの話の続きをしてくれよ」
「わかったわかった。ここは他の兵士はいないからな。遠慮なく話そう」
アニキは軽く部屋の中を見回した。俺とアニキ、使い魔たちと竜の女の子の他には、誰もいない。
「不安か、そうじゃないかと言われたら、不安だな。けっこう怖い」
あっさり言われたので、オイラはちょっと信じられなくて、アニキの顔を見た。
怖いとか言っているわりに、いつもどおりの落ち着いた表情で、アニキが不安だとか怖いとか思ってるふうには見えない。
オイラのことをからかってるわけじゃなさそうだけど、どうなんだろう?