第83話 カシラ ノ ハンダン
<<ワーラットの頭視点>>
『切レタ』
精神感応の飛び交う中で、同胞の誰かがつぶやいた。
確かに切れた。
雑音交じりとはいえ、ずっと続いていた、みっつの意識が入り混じった大きな精神のつながり。
それが、今、途切れた。
『死ンダ?』
『死ンダノ?』
ああ、死んだんだろう。
肋骨も、翼も。
彼ら、名付きの同胞二体を食らい、彼らの思念に内側から憑依され操られていた、あの羽根つき四本足も。
「頭」
背後から、声と共に私の肩に手が乗せられる。
私の護衛、名付きの女ネズミ、腕の力強い手だ。
「同胞ヘ言葉ヲ」
「ええ、わかっています」
私は息を整えると、私のすぐ横に座る名付きの同胞、背の頭に手を乗せた。
『同胞たちよ、落ち着きなさい』
私は、背の精神感応能力を使って同胞たちに語り掛けた。
慌てふためく同胞たちを鎮められるよう、できる限りの威厳をこめて。
間違っても、声が震えないように。
『このような時のための行動もすでに決めておいたでしょう?』
同胞たちは死に敏感だ。
すぐにでも声をかけねば、事前の取り決めなど忘れて勝手な行動を取り始めるだろう。
『全員退却です。略奪に出ていた者は、今手に持っている物だけを持って退却。壁の内側に仮の巣を作ろうとしている者は、そこを捨てて退却』
あそこは二本足の縄張りなのだ。
あてもなくバラバラに行動していては、すぐに二本足に各個撃破される。
『逃げる先は、あなたたちの入ってきた土壁です。あそこなら物陰も多く、まだ土煙も残っている。二本足の数も少ない。眼が確認済みです。背と眼の誘導にしたがって、我らの本拠地まで退却なさい』
『キチチチチ』
『逃ゲル?』
『逃ゲルノ?』
『今はより多くの命を残すべき時です。退かずに仇討ちへ走ろうとする者は、見捨てて囮にしますよ?』
『逃ゲル!』
『タイキャク! タイキャク!』
どうやら、残った同胞は私の言葉を聞き入れてくれたらしい。
皆が退却の声を上げながら土壁へ向かい、それを乗り越えて草原の中に散っていくのが、背を通して伝わってくる。
今も座ったままの、名付きの同胞にして我が実弟、背。
その小さな頭も、大きな瞳も、今は固まったまま動かない。
同胞の中でも最も強い精神感応の能力を全力で使い、同胞たちの誘導に集中している。
「背。ご苦労ですが、もうしばらく頼みますよ。逃げ道を監視している眼の言葉を聞き逃さないように」
私が直接声をかけると、背はかすかに尾を動かし、肯定の意を示した。
これ以上は弟の邪魔になる。
私は腰かけ石の上に座り、重くなった頭を自分の手で支えた。
これは予想していたことだ。
突出した戦力が一体あった程度では、二本足の巣は崩せない。
だが、私の言葉では強硬派を納得させることができなかった。
半ば暴走した彼らは、我らの切り札と言える羽根付き四本足を先頭に突っ込ませ、混乱に乗じて二本足の巣を食い荒しに向かった。
その結果が、これだ。
我らは貴重な戦力だった羽根付き四本足を失い、憑依していた二体の名付きの同胞をも失った。
そして、二本足どもの警戒も高まるだろう。こちらの新たな巣への捜索の手も拡げるに違いない。
失うものばかりが大きい、苦い結末。
収穫があるとすれば、二本足の強さを強硬派が身をもって思い知ったことと、わずかな略奪物ぐらいか。
そして、あっさりと、あまりにもあっさりと証明されてしまった。
やはり我らは弱い。弱すぎる。
もっと数を増やし、我らの縄張りを拡げ、力を蓄えなければならない。
今の私が予想できる程度では足りない。
もっともっと、ずっと多くの力を付けなければ。
そうしなければ、肋骨も翼も、先に逝った同胞一番の槍使い、兵具の死も報われない。
「あーらアラ、どうしたんだい? お頭ちゃんったラ。そんなに重そうに頭をかかえちゃっテェ」
「ウム、らしくナイナ」
聞きなれた声に、私は腕の力で重い顔を上げる。
私の部屋に入ってきたのは、頬がこけ、目がギラギラと輝く若い名付き同胞、性と、同じく名付きで小太りの同胞、臓腑だ。
「聞いたでしょう。肋骨と翼が、やられました」
「聞いたけどサァ。あいつらって元々、四本足に食われてたんでショォ? 正直、生きてたってあんまり思えないんだよネェ。どっちかっていうと、やっと死ねたんだぁって感ジィ?」
ぺらぺらと性がしゃべり、臓腑が黙って目を伏せる。
性が言うことも、もっともだ。
あの状態を、生きていると言っていいのかどうか。
肋骨も翼も羽根つき四本足に食われ、だが四本足の肉体の中で精神体として生き残り、逆に四本足の精神を乗っ取った。
だがその結果、彼らの精神は四本足のものを含めてぐちゃぐちゃに混ざりあい、時が経つにつれ凶暴化していった。
本来の肋骨は、誰より同胞を大事にする、優しく強い男だった。
翼は臆病だが、同胞の中で唯一得た羽根で木々の間を飛び回るのが好きな、可愛らしい若ネズミだった。
そんな彼らとは、四本足の肉体に取り憑いた後もしばらくは背を通じて会話できていたのだ。
だが、彼らは羽根つき四本足の本能に引きずられたのか、次第に攻撃的になっていき、最後には、こちらの忠告もまともに聞こうとせず。
強硬派と共に二本足の群れが作った巣に正面から挑み。
憑依していた四本足ごと、まとめて、あの二本足たちに殺された。
「ほらほらァ、すぐ悩みこんじゃうのは、お頭ちゃんの悪い癖だヨォ? 次にやること、もう決めてるんじゃないノォ? 教えてヨォ」
「ウム。これから、ドウスル?」
性と臓腑が、こちらの言葉をうながす。
そう。止まっては後手に回るばかりだ。
動かなくてはいけない。
「戻ってくる同胞が、作物の類をいくつか持ってくるはずです。性はそちらの増産を最優先で頼みます。もちろん、既存の作物の増産も、同胞の増産も引き続き、です」
「ハッハッハ、頼まれなくたって僕チンのブラ棒はいつでも準備できてるサァ!」
申し訳程度につけられた性の腰布の下で、もうひとつの彼が上下左右に蠢く。
生ませ増やすことに特化した性の能力の影響は、同胞や他の動物だけでなく、植物にも及ぶ。
今回、二本足の巣から奪ってきたものが種一粒だけだったとしても、性ならいずれ一面の畑にまで広げてくれるだろう。
「臓腑は今まで通り外回りの同胞が持ってきた新種の植物の毒見と、それに加えて性が増やした二本足どもの作物の毒見もお願いします」
「ウム、わかッタ」
臓腑が自分の腹を自慢げに叩く。
どんな毒物を食べても死なず、有毒と無毒を食い分けられる臓腑の能力。
このふたりの同胞がいる限り、場所を移しても我らがそうそう滅びることはない。
「それと、巣をさらに移すことも頭に置いておいてください」
「あら、また移動なノォ?」
「ええ。ここはまだ二本足の巣に近い。もっと遠くに離れなければ」
性と臓腑は顔を見合わせたが、やがて納得したようにうなずいた。
「わかったヨォ。場所が変わっても、僕チンのヤることはおんなじだろうしネェ」
「頭の言うことは正シイ。信ジル」
「ありがとう」
ふたりの同胞が去り、再び部屋の中が静寂に戻る。
私は背の頭に手を乗せ、退却状況を再度確認した。
その逃げ様はバラバラで統率の欠片も無いが、どうやら退却自体は順調のようだ。
二本足どもも疲弊していて、逃げる同胞をあまり積極的には追ってきていない。
この調子なら、多くの同胞がこの巣まで戻ってこられるだろう。
他より強大な能力を持つ名付きの同胞は、確かに減った。
最初は九体だったのも、今では残り六体だ。
背。腕。性。臓腑。眼。そして私、頭。
だが、我らにはまだ繁栄の道は残されている。
今いる名無しの同胞、あれから今までの間に生まれた幼い同胞、これから新たに生まれる同胞。
その中には、やがて我らと同じく名付きに値するような能力を持ったものが出てくるかもしれない。
やつら二本足の手の届かない場所で、少しずつ我らの数を、力を、縄張りを増やしていく。
それはいつか、二本足の力に届き、やがて超えていくだろう。
時間さえあれば、それは可能だ。
時間こそが、我らの数少ない味方なのだ。
「すべては同胞の繁栄のために」
私がつぶやくと、今までずっと黙って後ろに控えていた腕が、私を励ますように背中をそっとなでてくれた。




