第82話 俺たちの仇
そう、作戦の第二段階は、足を止めた魔獣への弓の一斉射撃。
指揮はこの騎士団で一番の射撃戦の経験者、弓騎士リアラだ。
「弓隊! 弓の弦は張っておるな!?」
「「「応っ!」」」
「クロスボウ隊! 弦の巻き上げは終わったのじゃ!?」
「「「応っ!」」」
「矢は普通のものでは通じぬ! 鎧穿ち用の貫通矢を使うのじゃ! 間違えるでないぞ! 今一度、確認するのじゃ!」
「「「応っ!!」」」
いつになく厳しいリアラの声に、多くの兵の声がこたえる。
「あれなる魔獣は、この地に振りまかれた呪いの元凶! その一端じゃ! 言わば、わらわたち開拓騎士団、全員の仇じゃ! 諸君! 戦友の仇! 自らの仇! 討つは今ぞ!」
兵舎の屋上、見張り台の上から、リアラが檄を飛ばしている。
その手には、久々に見るリアラ愛用の長弓。
目元には、紫に光る眼鏡が輝いている。
そしてさらにリアラの横には、目を閉じて両腕を上に掲げる術騎士ユニもいた。
ユニは指揮をリアラにまかせ、ただ一心不乱に、祈るように魔力を集中させている。
その頭には呪具の髪飾りがつけられ、髪の色と交じり合って複雑な赤紫色に輝いていた。
「矢ぁ番えいっ!」
言いながら、リアラも手にした矢をロングボウにあてる。
続いて、兵舎側から木々がぶつかる乾いた音が鳴り響く。
大量の弓やクロスボウに矢が構えられる音だ。
「狙うは奴の翼の付け根じゃ! 羽根ごとぶち抜くつもりでおれ!」
「「「応っ!!」」」
「いざ構えい!」
兵舎の窓や扉が開け放たれ、そこから無数の矢じりが顔を出した。
弓を持つのは、呪具を腕や足につけた、兵士や元兵士たちだ。誰もが恐れず、集中し、視線を地面でもがくキマイラに集中させる。
弓隊の呼吸に合わせ、ジオールが魔力を絞り、土の雨の勢いを弱めた。
「放てーっ!」
リアラの号令のもと、横殴りの嵐のような一斉射撃がキマイラに放たれた!
矢の大半はキマイラの側面、翼や胴体に命中。
対金属鎧用の貫通矢はキマイラの固い外皮にヒビを入れ、何本かが深々と紫色の肉体に突き刺さった。
「ゴボォアアアッ!」
キマイラが口から土の塊を吐き出し、苦しみの声を上げる。
「よし、効いておるぞ! 次の準備じゃ! 弓隊は弓と矢の確認! クロスボウ隊は弦を巻き上げるのじゃっ!」
「「「応っ!」」」
リアラの号令の下、弓隊が第二射の準備に入る。
「ユニ、準備はいいのじゃ?」
「ん、破壊魔法の収束、圧縮、回転、加速。四重まで完了。後は魔力を注ぐだけ。いける」
小さく、だがしっかりとうなずいたユニが、集中のため閉じていた目を開く。
「よし、では頼むのじゃ」
「わかった。やるよ」
「おぬしが魔法を撃った後にあやつの息があれば、第二射を行うでのう。外しても構わぬ、気楽にやるがよいのじゃ」
「大丈夫、外さない」
リアラが一歩下がると、入れ替わりにユニが前に出た。
「状況が許せばしっかり観察したかったけど、今は討伐が優先。そう、最優先」
つぶやきながら、ユニが左手で自分の呪具である髪飾りを外す。
「ユニや、なぜ髪飾りを外すのじゃ」
「思考能力があると、魔力消費を無意識的に自制してしまうの。魔力をこめるだけなら、呪具を外して、何も考えないようにするほうが好都合だからねー」
「ちょっ、おぬし、無理をしようとしておるな? やめるのじゃ!」
「ごめーん、無理しちゃーう。だってさぁー、許せないんだよー」
ユニの頭髪から赤みが薄れ、紫の輝きが増していく。
それと同時に、頭上の太陽の輝きも増したような気がした。
そういえば、ユニの魔法が生み出した破壊の力は、どこだ?
「私だってねー、怒ってるんだよー?」
知性という枷を外したユニは、後先考えず全ての魔力を破壊魔法に流し込むつもりらしい。
ユニが腕を掲げていたのは、上だ。
ということは、破壊の力も上の方にあるのか?
「あーたーまーのー、うーらーみー」
あった。
俺たちの上空、もがくキマイラの直上。
おそらく太陽と誤認させるよう、太陽の真下に浮いた、白い魔力の輝き。
「思い知れーっ!!」
いつか俺の前で、村の防壁や堀を作るために撃った、風と火を混ぜて圧縮した破壊の白い渦。
その大きさは以前より絞り込まれ、だが渦の回転は比べ物にならないぐらい速い。
そんな破壊の魔法が、真下のキマイラめがけて一直線に降ってきた!
「ゴギャ!」
恐らくキマイラが上げたであろう悲鳴は、直後の破壊音と暴風にかき消された。
渦巻く風に混じって、紫のガラス片のようなものが周囲に飛び散り、広場の地面に落ちる。
金属を削るような耳障りな音は鳴りやまず、その音源は少しずつ下へと移動していった。
「あっはっは、派手にやるねぇ」
体を起こしたムスタが、キマイラがいたほうを指さした。
キマイラはすでに地面の穴にめり込み、その姿はほとんど見えない。
「あれがトドメだな。見てみろよ。あいつ、肉体の維持ができなくなってる」
「どういうことだ?」
「翼だよ。上のほうを見てみな」
視線を上に挙げると、六対の翼のうち最上段、緑の翼の先端が崩れ、粉々になって散っている。
キュウから奪った翼が、あいつの背中から消えていく。
ということは?
「キュウ、背中を見せてくれ」
「キュ?」
俺が腕の中にいるキュウの肩にかかったケープをめくると、その小さな背中は緑色に輝いていた。
その輝きの中央から、ゆっくりと、若草色の翼が伸びていく。
「ロン、せなか、あつい」
「あぁ。大丈夫だキュウ。また翼が生えてきてるんだ」
「キュウン」
キュウは安心したように微笑むと、俺の胸の上に頭を預けた。
「もどった」
「あぁ、よかったな、また飛べるぞ」
「ちゃぁう」
キュウが俺の胸をぺしぺしと二回叩く。
「ロン、もどった」
「俺か?」
「キュ」
俺が戻った?
なんのことだろう?
「わかりませんか?」
剣を鞘に納めたカエデが、キュウを見て微笑んだ。
「あなたが、キュウさんにとって、いつもの優しいロンさんに戻ったということですよ」
「キュッ」
鼻を鳴らしたキュウは、戻ってきたその緑の翼で、俺を抱きしめるように包んでくれた。




