第81話 迎撃陣
輝く太陽の下、すでに避難が終わり無人の村の道を、俺たちは駆け抜ける。
キュウを先頭に、カエデ、俺、ムスタ。
ムスタが遅れ気味だったので、俺が手をつかんで引っ張ってやる。
背後のキマイラの足は遅く、徐々に距離を離していたが、その視線は俺をずっと追っているようだ。
周囲の他の建物や作物には目もくれず、俺を一直線に追ってきている。
挑発の効果はあったみたいだな。
やがて視界が開け、大広場が見えた。
踏み固められた土の広場には、丸太を削り、とがらせたものを斜めに組んだ馬防柵が並べてある。
その中央、柵が一か所だけ開けられたところで、誰かが大きな壁のようなものを横に振ってるのが見えた。
「おぉ~い。こっちだぞぉ~」
中央の人影が、間延びした声をあげた。
あの声に青い短髪、見上げるような体格、そして巨大な壁のような大盾。
間違いない。盾騎士マクシムだ。
「みんながんばれ!もう一息だぞ!」
「キュ!」
「はい!」
俺の声にキュウとカエデが元気よく返事してくれる。
ムスタは無言だが、俺に引っ張られているのもあって、なんとかついてきていた。
ほどなくして、俺たちはマクシムの待つ広場の中央へとたどり着けた。
「おぉ、お疲れさん。後はオラたちに任しとけぇ」
そう言って、マクシムは左手に持つ青色の巨大な盾を正面に構え、下の面を大地に密着させた。
「おぬしら、わしの後ろへ来るのだ。そこにいたら巻き込まれるぞ」
マクシムの背後、十歩ほど離れた位置には、広場の土に手をついた岩騎士ジオールがいた。
俺たちはジオールの背後に回り、キマイラの方へ向き直る。
「ふう。ここまでは来られましたね」
「キュッ」
カエデとキュウは息を弾ませているが、まだ余裕があるように見える。
「ひー、ひー」
一方で、ムスタの息はかなりあがっていた。
顔を真っ赤にし、肩で息をするその顔や首筋には、玉のような汗がいくつも浮かんでいる。
「あー、くっそ。長距離走は、大っ嫌い、なんだよ。ひぃ、はぁ」
「ムスタ、大丈夫か?」
「大丈夫じゃ、ねぇっての。まさか、手を引っ張られてまで、走らされるなんて、思って、なかったよ」
「おびき寄せろって言ったのはお前だぞムスタ。追い付かれたら意味がないだろ」
「追い付かれる、どころか、引き離してるじゃ、ねえか。急がせすぎ、だっての」
ムスタの言う通り、キマイラは一応追いかけてきているが、それなりの距離が取れていた。
キマイラはまだ広場にたどり着けておらず、その背が農道の途中で揺れているのが見える。
息も絶え絶えのムスタは、汗を滴らせながら顔を上げた。
「マクシム、ひぃ、ひぃ。呪具の、調子は、大丈夫そうか?」
「おぉ! 問題ねえぞう!」
ムスタの声に元気よく返事したマクシムは、その大盾を左腕一本で軽々と持ち上げた。
マクシムの呪具は左肩から二の腕、肘までを覆う腕鎧だ。
大盾と合わせて使うことを想定し、盾の内側と左肩を密着できるような作りになっている。
「そんじゃ、後は、まかせたぞー。はひー」
ムスタは限界だったのか、ジオールの背後で地面に尻をつき、そのまま無防備にひっくり返った。
「あいよぉ! どんとこい、だぁ!」
マクシムは地面につけた盾へ寄りかかるようにして、防御の構えを取った。
あの構えを取ったマクシムは、突進する暴れ馬をも正面から弾き飛ばせる頑強さを誇る。
マクシムは急いでここに来たのか、武装は呪具と盾、それに武器となるフレイルだけだ。
他の鎧は身につけておらず、普段着の状態。
それでも、盾を構えたマクシムの背は、呪いを受ける前の完全武装時と同じ山のような存在感を放っていた。
あぁ、思い出してきた。
大型魔獣が村を襲ったときを想定し、かなり前に決めておいた作戦があったな。
わざわざここにまでキマイラをおびき寄せてきた意味は、それか。
「そらぁ、来たぞぉ」
マクシムの声に俺が視線を変えると、広場の入り口にキマイラが入ってくるのが見えた。
俺たちが動いていないのを見て、キマイラは一度足を止める。
一瞬、空を飛ばれるかと思ったが、キマイラは身をかがめて後脚を蹴立て、突進の準備を始めた。
羽根がまだ動かないのか、地面を走るネズミの本能なのか、能力を取り込んだカブトイノシシの突進する本能に引きずられたか。
あいつは飛ぶよりも地面を走る方を選んだらしい。
その方が好都合だ。
作戦の第一段階は、この広場の中央で獲物の足を止めること。
「キシャアアアッ!」
キマイラが前脚を振り上げ、飛びかかるように突進を始めた。
あいつが一歩進むごとに、その速度が上がっていく。
まだ毒が残ってて全力ではないはずだが、それでもあの速度は並の馬と同じか、それより早いか?
「おっしゃあ!」
マクシムが気合いの声を上げる。
直後、硬質な衝突音と共にマクシムの全身が揺れた。
正面からキマイラの突進を受け止めたマクシムの盾が、そして全身が、少しずつ後ろに押される。
「今だジオールぅ、やっちまえぇ!」
「うむ!」
マクシムの声を受けたジオールが、地面につけた腕に力を込めた。
ジオールの指先を起点に、地面に無数のヒビが生まれ、前方へと伸びる。
それはマクシムの股下を抜け、キマイラの足元にまで届いた。
「崩れよ!」
声と共に、ジオールが両腕に体重をかけた。
ジオールが得意とする土魔法の魔力が、広場の地面へ一気に浸透する。
土をえぐる低音が響き渡り、キマイラの足元の土が左右へと退けられていく。
「グキィェェエッ!?」
土は、マクシムが地面に突き立てた盾の指一本先を境にして、水のように溶け、崩れていく。
支えを失ったキマイラは、バランスを取れぬまま足元の土の濁流に沈んでいった。
さらに、左右から吹きあがった土が、キマイラの背に向かって雨のように降りそそいでいく。
「ジオールよぉ。オラごと巻き込んでもいいって言ったろぉ?」
盾を持ち上げたマクシムが言うと、ジオールは地面に手をついたままニヤリと笑った。
「これぐらいの調整はできるわい」
「まぁ、助かるぞぉ。これに巻き込まれたら抜け出すのも手間だからなぁ」
「これで、作戦の第一段階は成功だの」
そう。これは大型魔獣が村の中にまで襲撃してきたときに対応するための作戦、その第一段階。
事前に魔術的な準備をしていた広場に魔獣を誘導、足止めし、土魔法による即席の落とし穴に叩き込む。
大型魔獣であっても、たいていの相手ならこれだけで無力化できるものだが。
「グギギギギギ」
土の濁流に巻き込まれながらも、まだキマイラは動けていた。
前脚の爪を立てて落下に耐え、六枚の翼をはためかせて土砂の雨を弾き飛ばす。
その穴に落ちた巨体は、少しずつだが上へと這い上がりつつあった。
「むう。いかんな」
地面に魔力を流し続けるジオールが、片眉をひそめた。
「わしだけでは抑えきれぬ」
「それじゃあ、次の作戦にいっていいかあ?」
「うむ。マクシム、合図を頼む」
大盾を持ち上げたマクシムはジオールの側面に移動し、再び盾を構えなおした。
その盾が向けられたのはキマイラではなく、横側。
第一兵舎のほうだ。
「よーし、みんなも盾の後ろに回ってくれえ。そこじゃあ巻き込まれるかもしんねえぞお」
マクシムに言われ、カエデが即座にキュウの手を引いて盾の背後に移動する。
俺も盾の後方にすべりこむと、キュウが俺の腕の中に飛び込んできた。
地面に寝たままのムスタは、そのまま器用に転がって盾の影に入る。
「リアラぁ! こっちはいいぞお!」
マクシムが盾を振り、兵舎に向かって大声を上げると。
「うむ! こちらは任せい!」
兵舎側からリアラの返事が返ってきた。




