第78話 キュウが かんじた ざわざわ
<<キュウ視点・魔獣襲撃の直前>>
ロンがたべおわった、おひるごはんのおさらを、おかたづけ。
そのあとも、カエデといっしょに、おかたづけのおてつだい。
いっぱいのおさらを、カエデやほかのひとといっしょに、あつめて、あらって、たなにおく。
おさらはつるつるで、ちょっとなめれば、すぐにきれいになるのにな。
でも、おさらをなめただけでは、きれいになったとはいわないらしい。
にんげんの、きれいのきじゅんは、きびしい。
「はい。そのお皿、くださいな」
「あーい」
さいごのおさらを、カエデにわたした。
カエデはおみずとぬので、おさらのよごれをささっとおとし、かわかすところにおいた。
あいかわらず、カエデはすばやい。
「さて、これで私たちのお仕事は終了ですね。邪魔になりますし、ちょっと外に出ましょうか」
カエデとおそとにでて、おひさまのひかりをあびて、いっしょにせのび。
でも、なんだろう。
ちょっと、いつもとちがう。
「んーっと。キュウさんは、これからどうします?」
「あー?」
なんだろう。
なんか、へん。
うまくいえないけど、へん。
「どうしました?」
カエデがわたしのかたをさわった。
「あーっち」
「あっち、ですか?」
あっちのほうが、とおくで、ざわざわしてる。
「あの方角は新しい家を建てる工事が始まった区画でしたっけ。とくには何もないかと思いますが」
わかんない。
でも、なんだか、ざわざわが、ちかづいてくる。
「でも、ちょっと煙ってますね。今日の風は強くないはずですが」
それも、へん。
きょうは、かぜが、しずかなのに。
あそこだけ、けむりが、もわもわしてる。
「気になるなら、そっちの見張り台に登ってみます?」
そういってから、カエデはじぶんのくちをおさえた。
「あぁ、今のあなたには翼がありましたね。飛んだ方が早いですか」
つばさ。
そうだ、なんかへんなのが、ひとつわかった。
わたしのつばさも、ざわざわしてる。
「あれ。その翼、なんだか前より縮んでませんか?」
「ウウゥ」
「キュウさん? だいじょうぶ?」
なにか、ぬけてく。
はねが、いっぽんいっぽん、ばらばらになって、ぬけていくような。
つばさの、ほねが、とけちゃうような。
「ちょっと、翼が! しっぽも!」
さむい。
ロン、どこ?
さむいよ。
「無くなっちゃった。キュウさん、痛くない? だいじょうぶ?」
あそこからなら、みえるかな?
「あっ、ちょっと待って!」
ロン。
さむいよ、ロン。
だっこして、あっためて?
「待ってくださいってば!」
かん、かん、かん、かん、かん。
かいだんをのぼってるとちゅうで、みはりだいからおとがなる。
かんかんかんかんかん。
「緊急警報!? なんでこんな時に! ああもう!」
のぼってきた。
いちばんたかい、みはりだい。
ここなら、ロン、さがせる?
「何事ですか!」
のぼってきたカエデが、さけぶ。
みはりだいには、いっぱいのへいしのひとと、ムスタがいた。
ムスタは、ながい、つつをもってる。
つつを、おめめにあてて、とおくをみてた。
「お? カエデか。ずいぶん早かったな」
わたしたちにきづいたムスタが、おめめからつつをはずして、こっちをみた。
「ありゃ。竜の嬢ちゃんも一緒かよ。しかも、羽根がないじゃないの。どっか落っことしたか? ん?」
「からかわないでください。たった今、消えちゃったんですよ」
「消えたぁ? もしかして呪具の不具合かよ。ロンのはずっといい調子だったってのに」
ロン。
そうだ。ロン。どこ?
あっちにはいない。こっちにもいない。
「何があったのです?」
「あん? あー。わざわざ聞くってことは伝令とは行き違いか」
ムスタが、とおくのほうをゆびさした。
あっちは、ざわざわしてるかんじのほう。
けむりが、もやもやしてて、よくみえない。
「魔獣の襲撃だよ。嬢ちゃんとか非戦闘員は避難させて、お前さんだけ来るよう伝令を出しといたんだが、まぁ来ちまったもんはしかたない」
「襲撃ですか。場所はあそこで?」
「今んとこ、あの一か所だな。だが、ちょいとヤバめだ」
「それ、遠眼鏡でしょう? 私にも見せてもらえますか?」
「あー、そうだな、いや」
ムスタが、またあのながいつつを、おめめにあてる。
「説明するから、ちょいと竜の嬢ちゃんを押さえててくれ」
「なんでまた……。いえ、わかりました」
カエデが、わたしのことを、うしろからだきしめる。
ちょっと、あったかい。
「見えてるのはカブトイノシシが十頭近くと、ヒポグリフが一頭。だがこのヒポグリフ、やたらでかくて、紫のまだら色だ。チッ、そういうことか」
「どうしました? 詳しく教えてください」
「あれはヒポグリフじゃない。ずいぶんと不細工な合成獣だ。翼が三対、それぞれ色が違うな。茶色と紫と、あと竜の嬢ちゃんと同じ緑色。全部で六枚ありやがる。あげくネズミの首が二本も生えてるときた。おおかた、ワーラットの呪いの産物だろうよ」
「それって、もしかして今のキュウさんから翼が無くなったのと関係が?」
「あるだろうな。呪術の術者が術の対象との距離を詰めることで、力を奪う呪術の威力を強めたってところか。もしかしたら、他にも呪術の影響が強まってるやつがいるかもしれねえ」
ちょっとだけこっちをむいたムスタが、かみつくようにわらった。
「まぁ、あれを殺せば、少しは元に戻るだろうよ」
わたしをだきしめるカエデのちからが、ちょっとだけつよくなった。
「そんでカエデ。正直に言ってくれ。たった今、右腕の調子は悪くなったりしてないか? 竜の嬢ちゃんみたいによ」
「私ですか? いえ、とくにおかしくはありませんよ。最近は鍛錬のおかげか、だいぶ元の調子に戻ってきました」
「それも大概おかしいんだけどな。僕の息子様の具合はずっと悪いままだってのに」
「あなたの股間と一緒にしないでください」
どぉん。
とおくで、かみなりみたいなおとがして。
ムスタがみてるほうで、また、けむりがあがった。
「あんま時間ねぇな。カエデ、前に正騎士の会議で決めた、対デカブツ用の陣形の話って覚えてるか?」
「もしかして、けっこう前の話ですか? まだ呪いを受ける前、ここに陣地を建て始めたときの」
「あぁ、それだ」
なんだろう、それ。
ひりゅうだったころ、みんなのかいぎに、いっしょにいられなかったころのはなしかな。
そうだったら、わたし、きいたことない。
「他の騎士連中へはもう伝令を走らせてある。マクシムやジオール、ユニは直接配置につくよう伝えた。リアラは弓隊の直接指揮だ。後方の総合指揮はルスカに任せた」
「たしかに、あの方法ならキマイラだろうと仕留められるでしょう。しかし、あの場では無理ですよね? 例の広場まで連れてこないと」
「そうだ。だから、これから僕はあのキマイラのところに行く。あそこで殺せれば良し。殺せなきゃ、陣形のとこまで誘導する」
「しかし、カブトイノシシも大量にいるのでしょう? いくらあなたでも、ひとりでは厳しいのでは」
「もうあそこにロンとマールがいるんだよ。カブトイノシシはだいぶ片付いてる」
ロン!
「あっ、ダメですキュウさん、動かないで!」
「押さえといてくれよ。今はロンがキマイラの相手してる。しっかし、あの様子だと相当ブチ切れてるなぁロン。あのデカブツ相手に正面からよくやるわ」
ロン、おこってるの?
だめだよ!
「おーおー。うまいことまたがって槍で背中を殴ってやがる。なーるほど、暴れ馬と同じ要領だな。勢い付けりゃ乗れないことはないか」
「あぁもう、キュウさん暴れないで!」
ロン! ロン!
「もう、ムスタ! なんでこの子にロンのことを聞かせたんですか! こうなることは分かってたでしょう!」
「この調子じゃ、僕が言わなくてもすぐに勘づいてたさ。そうしたら嬢ちゃん一人で突っ走ってたろう。それよりはマシと思いなよ」
「だからって!」
「そんなわけでカエデ。お前はその嬢ちゃんの護衛な」
「護衛、ですか?」
「あの場であのキマイラ相手に誰かを守りながら戦えるってのは、カエデぐらいだ。それに」
ロン!
「今のロンの様子じゃ、キマイラを陣形に誘導なんてことはできそうにない。あいつをまともに戻せるとしたら、そこの嬢ちゃんだけだ」
「あのロンが、そこまで熱くなってるのですか」
「なぁ、嬢ちゃん?」
ムスタが、わたしのまえにたった。
そこ、じゃま!
ロンのいるとこ、みえない!
「嬢ちゃんは、ロンのことをたくさん知ってるな?」
「しってう!」
「なら、怒ったロンを止める方法も知ってるな?」
「しってう!」
よぶ!
さけぶ!
だっこする!
「よし、嬢ちゃんのやることは、ロンを落ち着かせることだ。できるな?」
「できう!」
「よーしよし、いい子だ。後は僕らでやる。カエデ、そういうことだ。嬢ちゃんの護衛を頼むぞ?」
「まったくもう。わかりましたよ」
ムスタは、おめめにあてていたつつをしまって、ちかくのへいしのかたをたたく。
「諸君は引き続き警報を鳴らし続け、変化があったら伝令を送ること。他の正騎士からの指示が来たら、それに従うように、ってな」
「ハッ、承知しました!」
「訓練通りにやりゃあいい。あんまり慌てんなよ」
もう、げんかい!
ロンのとこ、いく!
「よーし、突っ走るぞ!」
ムスタ、カエデ、わたしがはしる。
けむりのあがったところへ。
ロンのところへ!
ここからでも、つたわってくる。
ロン、すごく、おこってる。
でも、それじゃだめ。
りゅうきしのくんれんちゅう、せんせいに、おそわった。
たたかいのときは、れいせいになりなさいって。
たたかいでは、れいせいさを、うしなったひとから、しんでいく。
おこったひとから。ないたひとから。まえをみるのを、やめたひとから。
ひとは、りゅうをかばって、しぬ。
りゅうは、ひとをかばって、しぬ。
のこされたものは、こうかいしたまま、しぬ。
それはだめ。
ロンはしんじゃだめ。
ロンは、わたしをずっと、かばいつづけてた。
ひとになっても、ずっといっしょにいてくれた。
またそらをとべるようになって。
でも、からだはひとのままで。
でもでも、またいっしょにとべるから
だから。
しんじゃ、だめ!
ロン、みえた!
ねらわれてる!
よけて!!
「ロオオォォォン!」




