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第76話 防壁を覆う土煙

 土煙がひどい。

 げ茶色の煙幕が防壁を覆い隠すぐらいに広がっている。


 いや、もしかしたら防壁が崩されたのかもしれない。

 はっきりとは見えないが、煙の奥でなにか大きな影が複数動いている。

 一番手前、あの影の位置は防壁の内側じゃないか?


「未確認ですが、激突寸前に紫色のなにかが見えたという者もいました。何人かを伝令や応援に向かわせましたが、まだ詳細の報告はありません」


 ここで紫のなにか、か

 あのワーラットがらみと見たほうがいいな。


 カブトイノシシの突進力を利用して防壁を崩し、ワーラットの侵入口を作る。

 混乱に乗じて村に潜入し、食料を奪ったり、無力な村人を襲ったりする。

 やつらなら、そのくらいの作戦を考える知能はありそうだ。


「わかった。俺はあそこに行く」

「それでは兵をお連れください」

「いや、ここはもう減らせないだろ」


 この場の兵士は、数えるほどしか残っていない。

 見張りの彼らをこれ以上減らしたら、追加で何かあったときに対応できない。


「襲撃があそこだけとは限らない。あの混乱に紛れて別の魔獣、とくにワーラットが侵入してくる可能性もある。君らはここで警戒を続けて、別の襲撃があったら改めて警報を鳴らしてくれ」

「しかし、ロン様おひとりでは危険です」

「そう、だな」


 いつもなら、ひとりじゃない。

 キュウがいる。


「わかってる」


 俺とキュウふたりなら、どんな窮地もなんとかなってきた。


「俺だけだと、やれることは限られるだろうけど」


 飛竜のキュウは強い。

 何度も助けられた。


 あの爪に、牙に、翼に、強靭きょうじんな肉体に、そしてそれらすべてを俺へ預けてくれる、絶大な信頼に、何度も何度も助けられた。


 俺が正騎士としてここにいられるのは、キュウのおかげだ。


「やらなきゃいけないからな」


 でも、今のキュウは、小さな女の子だ。

 力を奪われてしまった今のキュウを、俺ひとりでは守りきれない。


 それを守ってくれるのが、この開拓村であり、ここで暮らすみんなだ。

 そこに魔獣が襲ってきたのなら、迎え撃たなきゃダメだろ。

 たとえ、今の俺がひとりであっても。 


「あのカブトイノシシたちはまだあそこに留まっているが、動き出したら止められないだろう。行くなら今だ」

「それは、その通りですが」

「ここは任せる。俺は行くよ」


 兵士長は一瞬だけ迷いを見せたが、俺に敬礼を返した。


「承知しました。ご武運を」


 見張り台を離れ、兵舎の屋上につけられた板張りの通路を走る。

 途中の階段を駆け下り、一直線に現場へ。


 最近はキュウの単独飛行を走って追いかけることも多い。

 それで足を鍛えられたおかげか、俺は息を切らすこともなく防壁まであっさりとたどり着けた。

 この距離まで近づけば、土煙の中の様子も多少はわかる。


 兵士たちもいるが、一番目立つのは魔獣、カブトイノシシだ。

 位置は、防壁のそばにある兵士の詰め所のすぐ前。

 あそこは防壁の内側だ。やはり防壁を突破されている。

 あいつはここで仕留めないとまずい。


「ロン様!」


 俺に気づいた兵士の一人が声を上げた。

 周囲の兵士たちが活気づく。

 まだ俺以外の正騎士たちは来ていないみたいだ。


「ブルルアァッ!」


 そのカブトイノシシは足を止め、その場でしきりに頭を振り回し周囲を威嚇している。

 槍を持った兵士たちが遠巻きに包囲しているが、兵士自体の数が少なく、包囲の密度が薄い。


 イノシシの体高は、槍を構える兵士たちの胸ぐらいまではある。そこそこ大物だ。

 走り出されたら、突破されるだろう。


 だがカブトイノシシは足を痛めたのか、地面に膝をついている。

 あの状態ならやれるか?

 いや、やるしかない!


「俺がやる! お前たちは包囲を継続!」


 俺は叫ぶと、槍を両手に握りなおし、中段突きの姿勢で正面から突撃。

 当然、カブトイノシシは俺に反応してこっちを向く。

 正面側、あの分厚い頭蓋骨は俺の槍じゃつらぬけない。


 だからぶつかる直前で横に飛び、頭突きをしようとしたイノシシの頭と牙を避ける。

 なるべく勢いを殺さず、さらに直進。

 狙いは膝をついた後ろ足! 


「せあっ!」


 ねじりを加えた俺の突きは、カブトイノシシの太ももの表皮をえぐり飛ばし、中の肉をさらけ出した。


「ブキィッ!」


 カブトイノシシが短い悲鳴を上げる。

 与えた傷は浅い。だが思ったよりは切れている。これならいける!


 カブトイノシシは俺のほうに向き直ろうとするが、その動きは遅い。

 相手よりもさらに早く足を進め、傷口と同じ位置にもう一撃。

 槍の穂先は狙い通り最初の傷口をえぐり、そこから血が噴き出した。カブトイノシシの後ろ足が自身の身体を支えきれなくなり、大きくかたむく。


 これで、こいつはもう走れないだろう。あとは時間をかければ仕留められる。

 だが、襲ってきてる魔獣はこいつだけじゃない。

 どうする? このまま俺がやるか、兵士に任せて他へ行くか?


「アニキ離れて!」


 斜め上からマールの声が降ってきた。

 とっさに後方へ飛ぶと、爪のように小さく鋭い影がひとつ、俺の肩の上を飛びカブトイノシシへの傷口へと突き刺さった。


「ブキュアアアッ!」


 カブトイノシシが、今までと質の違う苦しみの雄たけびを上げる。

 刺さったのはマールの吹き矢だ。

 暴れるカブトイノシシの速度が、目に見えて落ちていく。


麻痺毒まひどくを撃ち込んだ! そいつはもう大丈夫だよ!」


 声のする方を見ると、背後の建築中の建物、その柱の上に吹き矢筒を持ったマールがいた。


「マール、他のもやれるか!?」

「あいつら皮が厚くて、そのままじゃ矢が刺さらない! 傷口を作って! 血がちょっと出るくらいでいいから!」

「わかった!」


 視界にいるカブトイノシシはあと二体。

 どっちも兵士に囲まれ、足を止めている。


 一体は横っ腹に俺が斬りつけ、その傷にマールが吹き矢を打ち込んだ。

 もう一体も俺が気を引いているうちに背後から兵士たちが槍を突き刺し、傷を作る。

 マールがその傷を狙える位置に移動するため、建物の上を走りはじめた。


 この調子ならいける、そう思った次の瞬間、何か大きな影が高速で俺の上を通り過ぎた。

 続いて背後から大岩が転がり落ちたような重音じゅうおんが響く。


 振り向くと、そこには今までいなかったはずのカブトイノシシがいた。

 あそこには何もいなかったはずだぞ。

 別の場所から後ろに回り込まれた?


 いや、違う。

 カブトイノシシの攻撃は正面からの突進だ。言い方は悪いが、あいつらは他に能がない。

 わざわざ後ろに回り込むような狡猾こうかつさなどないはずだ。


「ブルルルル……」


 低いうなり声を上げたカブトイノシシは、よく見ると土に膝をつき、うずくまっている。

 周囲には無駄に土煙が上がり、地面にはうっすらヒビが入っていた。

 ヒビの中心にいるカブトイノシシの足は、震えている?


「アニキ、上だよ! 空からだ!」


 マールの声が響く。

 空だって!?


「そっち行くよ、みんな避けて!」


 また大きな影が俺の上を横切り、少し離れたほうで土煙と重音、そして悲鳴が上がった。


 振り返ると、そっちにもまた別のカブトイノシシがいた。

 そして、土煙に隠れようとする別の影が、一瞬だけ視界に入った。

 空中をがくんと曲がって土煙に突っ込んだ、大きな翼を持つ四つ足の魔獣の影。


 見張りが見たっていう大型のヒポグリフか?

 だが、普通のヒポグリフはあんな空中機動はできないぞ。

 それこそ飛竜、それもよほど空中戦闘の経験を積んだやつじゃないと。


「マール! 空のやつがどんなのか見えたか!?」

「ヒポグリフだけど、なんかおかしい!」

「どこがおかしい!?」

「身体が普通の倍くらい大きくて、羽根がいっぱいある! 色も変だ! あんなの見たことない!」


 少し離れたところにある材木置き場が後ろから蹴とばされたように崩れ、また土煙が上がる。

 その煙に紛れるように、大きい影が地面をすべるように走り、そのまま防壁を駆け上がって乗り越えた。


 乗り越えた?

 俺は改めて防壁を見てみた。

 煙に紛れて見づらいが、土壁に薄くヒビが入ってるところはある。

 だが、少なくとも見える範囲に大きく崩されたところは無い。


 防壁は破られていないのか?

 なら、あのカブトイノシシたちはどうやって防壁の内側に入ってきた?

 防壁の前には空堀もある。あいつらがどれだけ助走をしたって飛び越えられるようなものじゃないぞ。


「アニキ、また来るよ!」


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